「男らしく」ない自分は“だめ”、なんてない。

ジェンダーの問題は女性だけの問題ではない。当たり前のようでいて、なかなか男性にとってのジェンダーの問題を、具体性を持って考えられる人はいないのではないだろうか。そんな中で、恋愛相談をきっかけとして、男性性の問題に向き合うようになった清田隆之さんに、男性が「男らしさ」の問題に向き合うまでのヒントとなるお話を伺った。

Toxic masculinity(トキシック・マスキュリニティ)という言葉をご存じだろうか。日本語では、「有害な男らしさ」と呼ばれることが多い。例えば、「男の子なんだから泣いちゃだめ」「男は出世しなければ」。こんな言葉が「男らしさ」のステレオタイプをつくり上げてきた。これらの価値観は、男性へは過度なプレッシャーを与え、女性には「強さ」を良しとする男性からの加害を助長してしまうとして、“有害な男らしさ”と呼ばれる。

しかし、このような男らしさの問題に気がついている男性はどのくらいいるのだろうか。今回お話を伺った、「桃山商事」代表の清田さんもかつては自身の感じる違和感が「男らしさ」の問題からくるものだとは気づいていなかったという。清田さんのストーリーから、男性が“自分ごと”としてジェンダーの問題に向き合っていくためのヒントを教えてもらった。

「ひどい彼氏ですね」と言いながら、過去には自分も同じようなことをしてしまっていた

清田さんが代表を務める恋バナ収集ユニット「桃山商事」。恋愛を中心トピックとしてテキストや音声でのコンテンツ作り、イベントへの出演や主催をする。この桃山商事が活動を始めたのは、清田さんが大学生の頃。初めは友達同士の遊びや会話として恋バナを楽しんでいたという。

「大学に入学して、友達と一緒にお昼ご飯を食べたり、休み時間にしゃべったりする中で、恋愛の話をよくするようになりました。文学部でフランス語のクラスに入学したので、クラスの7割くらいが女性だったんですよね。それで、恋バナをしていると『彼氏がお金を返してくれない』とか『最初は積極的な態度だった彼氏が今はコミュニケーションを面倒くさがるようになった』というような相談をされることが増えていったんです。僕は自分一人で答えられる自信がなかったので、いま一緒に活動している中学・高校時代からの仲間に声をかけて、女友達の相談に乗りながら遊んだりしていました。それが珍しがられたのかだんだんと口コミで広がって、知らない人からも“依頼”がたくさん来るようになって。で、会社のような名前をつけてみようって話になり、桃山商事というユニット名をつけました」

清田さんが桃山商事の活動を始めて既に20年以上がたつという。初めはサークルのように遊びの延長線上だった活動は、社会人になり、遊びとして集まることが少なくなる中で形を変えて続けられてきた。そんな中でも転機となったのが2011年頃に始めたPodcast番組「二軍ラジオ」の配信だった。

「Podcastでも最初は恋愛相談の中で見聞きしたエピソードをもとに恋バナっぽい話題を発信していました。それこそ合コンの話とか、「おごるかワリカンか」みたいなお会計問題とか。でも、相談に来る人のほとんどは異性愛者の女性で、夫とかアプリで出会う人とか、男性が悩みの種になっているケースがほとんどなんですね。男性のネガティブな例を数多く耳にする中でだんだんと男らしさの問題をテーマにする機会が増えていきました」

女性から寄せられる相談の数々に男性性の問題を見いだした清田さん。友達同士でこのPodcastを運営したことが、「恋バナ」から一歩踏み込んで、ジェンダーの問題や男性性の問題を“自分ごと”として考えるきっかけになったという。

「相談者さんの話を聞きながら、自分にも思い当たる節があるな……と思う瞬間が結構あるんです。一人で活動していたら、そんな自分の胸の内を隠して『ひどい彼氏ですね』とか言ってしまうかもしれないのですが、学生時代からのメンバーと一緒に活動していると、『おまえも同じようなことしていたよね』とか暴露されてしまう。そうすると、否応なしに自分の問題としても考えざるを得なくなってしまうんです。さらに相談者さんたちは、彼氏や夫が自分の発言や行動について理由を説明しないことにモヤモヤしており、“説明しない”男たちのメンタリティーを一緒に考える機会も少なくありません。そういう中で恋愛相談や恋バナが徐々にジェンダーの問題と接近していったように思います」

10代の頃、気がついたら「男らしさ」が染み付いていた

自身にも「男らしさ」のネガティブな側面によって他人を傷つけてしまった経験があるという清田さんだが、「男らしさ」とは一体どのように身についてしまうのだろうか。ご自身の体験を振り返ってもらった。

「僕は中高一貫の男子校出身だったのですが、振り返るとその頃から『男らしさ』のようなものが自分に入り込んできた気がします。中学・高校時代には、勝たなければいけない、クラスで良いポジションを取らなければいけない、みんなに一目置かれなければいけないというような競争意識が刷り込まれていて、それって典型的なホモソーシャル(※)にいたからだと思うんですよね。そのまま20代を過ごす中でも、合コンに行ったら自分が一番面白いと思われたいという意識のまま人の話も聞かずにしゃべり続けてしまったり、下品な話をしたり、彼女の容姿をダシに笑いを取ろうとして傷つけたり、振り返るとそんなやらかし体験が山のようにありまして……」

これらの価値観は、いまだ競争社会の中で生きる男性の多くが強いられているものだろう。また、このような競争意識は女性の社会進出に伴って縮小されるどころか、女性にまで波及しているようにも感じる。実力主義や成果主義の拡大とともに性別にかかわらず、働く人々は競争へと駆り立てられている。

しかし、桃山商事の活動を通した発見をもとに、徐々に「男らしさ」は社会的に作られたものであることにも気づき始めた清田さんは、本来の自分に向き合うことができるようになっていったという。

「小学生の頃までさかのぼると、もともと少年漫画が苦手で、さくらももこ先生や吉田秋生先生の漫画が好きだったし、服装やデザインもどちらかというとかわいいものの方が好みだったんです。本来の自分の気質はこうなのに、自分に合わない性質を無理にインストールしようとして、毎日肩に力が入っていたなと思います。『男らしさ』みたいなものを背負わなくていいんだと思えるようになったのは間違いなくジェンダーを学んだおかげです。話は聞く方も重要だから無理してしゃべらなくてもいいんだと思えたり、競争に勝たなくてもいいと思えたり、人と比較して優劣をつけて一喜一憂することもなくなったりと、ずいぶん気持ちが楽になったんです」

※同性同士の恋愛関係や性関係を伴わない絆やつながりのことで、特に男性同士のつながりを表す時に使用されることが多い。「男らしさ」や男性優位主義といった同じ価値観の共有を前提に男性同士のつながりが構築されていくとして、問題視されている。

同調圧力に流されないためにできること

これらの経験を経て、2021年の年末に男性性をテーマにした著書『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』を出版している。同書では、清田さんのように表立って活動をしているわけではない「一般男性」に、性の話や仕事の話など、自身の男性性による問題を振り返ってもらうような内容が記されている。競争社会において男性が弱みや過ちを告白したり、悩みを共有することはまだまだ難しい印象もあるが、どのように対話を重ねていったのだろうか。

「女性に比べれば少数ですが、ここ数年は男性からも恋愛相談が来るようになっていました。そんな中で、男性も別に悩みや弱さを話せないわけではなくて、会社での立場や社会的な規範、家庭でのしがらみなどを気にして、なかなか人に打ち明けられないだけかもしれないと思うようになって。重要なのは安心して自己開示できる関係性づくりではないかという考えのもと、この本のインタビューでは思考や行動の良し悪しをジャッジすることなく、まずは話されたことをそのまま受け止めるように聞いていきました」

このようなジャッジメントを恐れてしまう背景には、男性間のコミュニケーションにおける同調圧力の強さがあるという。社会でうまく立ち回ろうとすればするほど、たとえ違和感があったとしても、その場の空気を壊さないため、関係性に亀裂を生まないために意見を合わせてしまったことのある人も多いだろう。そんな人に向けて、最後に、清田さんが同調圧力を生まないコミュニケーションをするために行っていることを教えてくれた。

「大人になっても同調圧力が生まれてしまう瞬間は多々あると思います。男性間のコミュニケーションだと、下ネタで笑わないと立場が危うくなるとか、そういった波に乗らないとうまくコミュニケーションが進まない場面もありますよね。でも、同調圧力が生まれるのは多くの場合、3人以上の集団になった時だと思うんですよね。集団の時と一対一の時で全然モードが変わってしまう男性は多いので、ホモソーシャル的なコミュニケーションにしんどさを感じている人は、一対一で対話することを心がけていくといいかもしれません」

過去の自分の過ちと向き合うことは、勇気のいることだ。それでも、清田さんは過去の自分の行動をひもといていくことで、「男らしさ」から解放され、より心地よい生き方に近づいていったという。ジェンダーの問題に向き合うことは、女性やそのほかのジェンダーを自認する人の苦しみだけではなく、男性の生きづらさをも溶かしてゆくきっかけになるのではないだろうか。

「男らしさ」の同調圧力に乗ることのできない自分はだめなんじゃないか、つまらなくて寒いやつなんじゃないか。そんなふうにネガティブなレッテルを周りや自分自身に貼ってしまうのは苦しさを生みます。男だからと「男らしさ」を意識しすぎず、競争には乗らなくてもいい、人と比べて評価する必要はないと思えれば、肩の力を抜いて自分にとっても周りにとっても居心地のいい人間関係ができるようになると思います。

取材・執筆:白鳥菜都

清田 隆之
Profile 清田 隆之

1980年東京都生まれ。 文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。 早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと』 (2021年、扶桑社)、『さよなら、俺たち』(2020年、スタンド・ブックス)などがある。

Twitter @momoyama_radio

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