孤独死は悲惨で悲しい、なんてない。―79歳マンガ家・齋藤なずなが笑い飛ばす「老いと死」―

名もなく、総じて貧しい高齢者が登場するマンガを描き続けている齋藤なずなさん。孤独死や孤立などシビアな題材が多いにも関わらず、読後感はなぜか胸に明るい希望の種が1粒残る。

自らも79歳で現役として活躍、今も紙にペンで描くアナログな手法から紡ぎ出される物語は、発表されるたびにネット上のみならず、世の中に大きな反響を巻き起こしている。なぜ、齋藤さんのマンガを読むと、希望を感じられるのだろうか。ご本人の生き方と併せて、作品に込められたメッセージを読み解いてみたい。

マンガ家・齋藤なずなさん|LIFULL STORIES

79歳の現役マンガ家・齋藤なずなさんの代表作『ぼっち死の館』は、ぼっち死=孤独死という衝撃的なタイトルであり、中身も数々の死を扱っているにも関わらず「孤独死や老後の体の衰えが怖かったけれど、この漫画を読んだらなんだかホッとした」「独りで死んでもいいや、と安心した」「なるようになると思えた」という感想が続々寄せられている。

このマンガの舞台は団地。齋藤さんも1970年代から多摩ニュータウンに住んでおり、登場人物もご近所さんをいろいろブレンドしたりアレンジしたりした人々となっている。物語はゴミ屋敷となった部屋で孤独死した女性の話から始まる。しかし20ページほど読み進むと、その部屋には既に別の住民が入居していることが、登場人物たちの立ち話から分かる(さらに、その新・入居人も数ページ後には死んだことが描かれているのだが)。

高齢者が多いから、ここでたくさんの死と出合ってきました。死は当たり前のようにあるし、私にとって特別なものじゃなくなりました

齋藤さんは毎日9時から11時ぐらいまでの間に起床し、午前中にマンガの仕事を進め、その後朝昼兼用の食事を摂る。食後は昼寝することもあるし、買い物に出かけることもある。夕方が過ぎると夕食を食べ、その後は切羽詰まっていれば仕事をすることもあるが、だいたいはのんびりと過ごしている。マンガがうまく描けると、楽しみにしている紙巻きタバコで一服。さらなるお楽しみはネットで生成AIのネコ動画を見ること。齋藤さんはネコ好きなのだ。そんなこんなで就寝は夜中の2時〜3時。

齋藤さんの愛猫|LIFULL STORIES齋藤さんの愛猫。昼間は斉藤さんのベッドで寝ている

マンガ家・齋藤なずなさんの自宅|LIFULL STORIESもとは猫用の入口があったリビングの扉。相性の悪い猫同士が行き交わないように(笑)不思議の国のアリスの絵で塞いだという

そうした毎日の繰り返しの中に「あの人、亡くなったのよ」と、ご近所さんの死が入り込んでくる。死は、日常の中にある。

団地ではしょっちゅう「あの人見かけないね」「亡くなったらしいよ」という会話がされているそうだ。時には『ぼっち死の館』第0話にあるように、死に顔を見ることもある。

「マンガに描いたそのまま、プチ女帝みたいな風貌の妹さんが椅子にどっしり座ってて『どうぞ見てやってください』というので拝みながら顔布(遺体の顔にかける布)をめくったら、紺に近い紫色だったんです。雪山で遭難した人みたいに。プチ女帝は『そんな顔になっちゃったらもう誰だか分かんないわよね』と、マンガに描いたそのまま、私に言ったんですよ」

人の死の横にプチ女帝がいて、ドライな言葉を吐く。まるで劇か映画のような滑稽な感じさえある。

『ぼっち死の館』(小学館)第0話44ページより©齋藤なずな/小学館『ぼっち死の館』(小学館)第0話44ページより©齋藤なずな/小学館

「そうなんですよ。マンガ家は悲惨なことでもどんなことでも、物事から距離を持って見る習性があります。自分のことでさえも距離を置いてみますから、だからなにか起きてもどっぷり不幸せ感に浸からないですむってことはありますね」

「不幸でもいいから退屈しない人生」を神様にお願い

“物事を客観的に見る”習性は、マンガ家になる前から齋藤さんの中にあったのかもしれない。齋藤さんは静岡県富士宮市で高校を卒業し、上京を決意。その時神様に願ったことは「成功したい」でも「いい人と結婚したい」でもなく、なんと

「不幸でもいいから、退屈しない人生を送りたい!」

上京して短大に入学し、卒業後就職してからの人生は願った通りだった。就職先は英語の専門学校だったが、縁があってイラストの仕事を請け負うようになる。やがてそちらのほうが忙しくなり独立。スポーツ紙のイラストルポの仕事で全国を駆け巡り、約8年続けた。

しかし仕事が先細りになる心配から「マンガなら描けるかもしれない」と一念発起し、模索しながら描いた処女作『ダリア』が1987年にビッグコミック新人賞を受賞。一作目でそのままデビューとなった。この時齋藤さんは40歳。「遅咲きの作家」と評される所以だ。

その後、寡作ながら次々に作品を発表し、順調にマンガ家人生を歩み……と書きたいところだが、デビューして18年ほど経った時にパートナーが脳出血で倒れ、半身不随となってしまう。

「ダンナとは英語専門学校の時に知り合ったんです。ずーっと籍は入れずに暮らしていました。結婚の意味が分からなくて、別にいいやと思ってたんです。ダンナの方も『そのほうがモテる』って籍にはこだわらず。モテるならいい男だったのかって? いやいや、ブサイクな男でしたよ(笑)。私はそういう顔のほうが好きなんです」

マンガ家・齋藤なずなさん|LIFULL STORIES

当時、齋藤さんは京都精華大学のマンガ学部でマンガを教えていた。夫は施設には入りたくないと言うので、自宅で介護しながら週に3日は京都へ。マンガは休筆状態となった。

「私がいない間はヘルパーさんやプロの方の手を借りて、なんとか介護していました。当時ネコが10匹いたんですが、もうネコに何度もぶつかったりしながら家中走り回って介護して、大変でしたね〜。そして、この時になって籍を入れたんです。だって、ダンナは稼ぎがないから介護のお金は全部私。なのに籍を入れていないと医療費控除はゼロなんです。頭にきて籍を入れたら、いっぱい控除されまして、初めて結婚の意味が分かりました(笑)」

身も心もクタクタになるほどの介護生活が続いた。

「本当に変な男なの。寝たきりになってからも『テレビを持ってきてくれ』というのだけど、3台も横に並べてね。全部違う番組を見てるんですよ。その上トイレにもテレビ置いてくれとか言ってね。変よねえ(笑)。おかげで退屈はしませんでした。不幸だったけど(笑)」

パートナーは11年の介護の末に亡くなった。さぞ、喪失感に見舞われたのでは?

「ぜーんぜん! 助かったーって思いましたよ!」

マンガ家・齋藤なずなさん|LIFULL STORIES

そう豪快に笑う齋藤さん。個性的な夫と大変だったけど退屈しない日々を送り、介護もやりきったからこその笑顔かもしれない。

孤立しがちな高齢男性へのエール

“ぼっち”になった齋藤さんはマンガの世界に復帰。2018年には、唯一、介護中の2012年に描いた『トラワレノヒト』や、90年〜91年に描いた作品と、2015年に描いた『ぼっち死の館』第0話を収めた『夕暮れへ』が自身の単行本としては実に20年ぶりの発刊となり、大きな話題を呼ぶ。同作は2019年に第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。加えて同年、第48回日本漫画家協会賞優秀賞も受賞という快挙を成し遂げる。

2023年の『遡る石』、2025年の『金の糸 銀の糸』は、掲載と同時にこれらも大きな反響を巻き起こした。いずれも高齢となりやや頑固、人と交わらない孤高の男性が登場する。同様の描写は『ぼっち死の館』の何作かにも描かれている。

マンガ家・齋藤なずなさんの自宅|LIFULL STORIES自身の手がけた漫画と受賞記念のトロフィー。小さな青いフレームには愛猫の写真が納まっていた

「男の人って年取るとどうしてか、過去の栄光にしがみつくというか。部長とか課長とかの肩書が剥がれるとダメね。団地のご近所さんを見ていても、女性はすぐおしゃべりして『ちょっとうちでお茶でもどう?』なんてお付き合いが始まりますけど、男の人は『あんなババアらと俺は違うんだ』というようなね、孤立しちゃって」

高齢者にとって「孤立・孤独」は大きな不安の1つだ。総務省内閣官房が2022年に行った調査では、単身高齢者で「人との会話がほとんどない」と答えた人が25.4%にのぼっている。

だが、どの作品でもある“きっかけ”によって本人が心を開いたことで、孤独な人生が一気に反転して孤立・孤独の日々から救われていく様が描かれる。そのことが、作品を読んだ人に深い共感と安堵感を与える。

これは、齋藤さんからの男性たちへのエールでもある。

「意固地さや偏見を捨てて手を伸ばしてみると、困った時にみんな駆け寄って助けてくれたりするんですよね。だから、心を開いてみたら世界は変わる、そうなって欲しいと思って描いているんです」

中でも2025年に発表された『金の糸 銀の糸』は、40ページの短編のでありながらその重厚感は長編映画のようで、今もなお多くの人から感想がネットに投稿されている。

齋藤さんはこの作品で作家・森敦の『意味の変容』に登場する宇宙の樹、堀田善衛の『方丈記私記』、現代ならではのSNSによる人と人のつながり、森全体がつながり共生し合う糸状菌のネットワークなどなど、いくつもの要素を複層的に重ね、物語を構築した。その要素が渦のように1つに束ねられていくラストは感動的だ。1つのつながりが死によって途絶えても、“金の糸 銀の糸”で生と死も時空も超えて、目には見えないつながりは続いているし、入れ替わり新しいつながりも紡がれていくことを感じさせ、読む人の胸に迫る(ちなみにこの物語構成には担当編集者も『超絶技巧』と感嘆したそうだ)。

『金の糸 銀の糸』(ビッコミ)38ページより ©齋藤なずな/小学館『金の糸 銀の糸』(ビッコミ)38ページより ©齋藤なずな/小学館

老いることは「悪かぁない」

死と同様に、世の中から忌むべきものと扱われているのは「老い」だ。高齢化社会のおかげか、シニア向けの情報は驚くほど増えたが、そのほとんどが「●●をすると若返る」というアンチエイジング情報で、これは老いの否定に見える。

「老いを悪いことと考えているからそうなるのかな。老いも悪かぁないですよ。経験という財産をいっぱい積んでますし、少々のことじゃビックリしなくなりますし。誰だってここに来るまでに苦労して生きてきたと思うんですよ。生きるのって生易しいもんじゃないですよ。そこに自信を持っていいんじゃないですかね」

シワシワの顔をリフティングしても、若い肌のハリには戻らない。だったら受け入れることのほうが大事ではないかと齋藤さんは言う。

「まあね、身繕いに気を遣わなくなりすぎるのは考えものですが、小奇麗にして自然体にしていれば十分でしょう。今は若さに価値を置きすぎ。若さなんてバカさと紙一重ですからね(笑)」

マンガ家・齋藤なずなさん|LIFULL STORIES

孤独死も、家族に囲まれての死も同じ死

そして、高齢者の多くが不安に思っている「孤独死」。メディアで語られる時はほぼ、「悲惨」「寂しい」という論調だ。

「孤独死、そんなに心配なものなんですか? 死ぬ時は誰だって独りで逝くわけで、親族に囲まれて死んだって、同じ死ぬことに変わらないように思うんですよね。みんなに囲まれていたって、一緒に死んでくれるわけじゃないし。逝くのは誰だって独りですよ。

独りで死んで、発見されるまでに時間があって、遺体が傷むのが心配? いやあ、本人はもう死んでるわけですしね(笑)。そこまで気を遣わなくても、最終的には誰かがきれいにしてくれて、(団地だったら)一月経てばその部屋に新しい人が入って、平気で暮らしてますよ」

距離を置いて「死」を見てみれば、太古から続けられてきた営みのひとつにしか過ぎない。誰かが抜ければ、そこに新しい人が座る。『ぼっち死の館』の最後に描かれたように「何もかも みーんな 順ぐり順ぐりなんだよね」の通りなのだ。

『ぼっち死の館』(小学館)後日談最終ページより ©齋藤なずな/小学館『ぼっち死の館』(小学館)後日談最終ページより ©齋藤なずな/小学館

齋藤さんは2月12日にも新作『お大事に』を『ビックコミックオリジナル増刊2026年3月増刊号』と、WEBサイト『ビッコミ』上で同時発表した。すでに次の作品にも着手している。3月には傘寿(80歳)を迎え、今年中に新しい単行本の発売も控えている。

またも私たち読者を死や老いの不安からホッとさせてくれるだろうか? 齋藤さんの「退屈しない人生」はまだまだ続く。

年老いたら“社会に役立たなきゃ”なんて考えなくてもいいと思いますよ。それぞれ、今まで十分にやってきたんですから。これからは、自分の毎日を充実させて生きればいいんじゃないでしょうか。

取材・執筆:有川美紀子
撮影:阿部 拓朗

マンガ家・齋藤なずなさん|LIFULL STORIES
Profile 齋藤なずな

1946年生まれ。40歳の時初めて描いたマンガ『ダリア』でビッグコミック新人賞を受賞しデビュー。2006年〜2021年京都精華大学マンガ学部特任准教授、講師を務める。2018年、20年ぶりの単行本『夕暮へ』刊行、翌年同作が第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第48回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2023年『ぼっち死の館』刊行、翌年第28回手塚治虫文化賞マンガ大賞最終候補作となる。2023年の『遡る石』、2025年の『金の糸 銀の糸』は、発表と同時にSNSや新聞などで大きな話題となる。

齋藤さんの近作が読める『ビッコミ』(小学館青年誌の漫画サイト)内のコーナー
https://bigcomics.jp/series/bbb877c802b96

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