老いると自由を失う、なんてない。―老い・介護・死について、日本とスイスの事例をもとに語り合う―
日本では国民の約5人に1人が75歳以上になり、医療・介護の体制が課題になっています。2000年開始の介護保険制度により、介護や「老い」に関する人々の意識は大きく変化しました。今後、これらの制度や「老い」に関する社会通念がどのように変化するかは、私達にかかっています。弱者が弱者のまま尊重される社会は、どうすれば実現できるのでしょうか。
女性学に続き、介護や「老い」について長く研究されてきた社会学者の上野千鶴子さんと、日本・スイス両国の看護・介護現場を経験されたリッチャー美津子さんに、日本とスイスの介護や死生観について語りあっていただきました。
お二人は介護や死生観の勉強会を通じて知り合い、すぐに意気投合。今回もどんな化学反応が起きるか楽しみです。
介護の現場や家族の意識をがらりと変えた、介護保険制度
ーー女性学・ジェンダー研究をしてこられた上野さんは、40代で研究対象を「老い」にシフト。2007年に書かれた『おひとりさまの老後』は、ブームを巻き起こし大ベストセラーになりました。現在は、介護を研究し、積極的に発言されています。
上野千鶴子さん(以下、上野): 2000年に介護保険制度ができた時、おひとりさまの私は「やった!この制度は私のためにできた」と思い、それから25年間、介護の現場を歩き続け、ヘルパーや事業者の方達とネットワークを広げてきました。今日の対談相手のリッチャ―さんと出会ったのも、介護や死生観についての勉強会です。
リッチャー美津子(以下、リッチャー):私が、移住先のスイスでのケアや安楽死に立ち会った経験を語るオンライン企画に、あの上野千鶴子さんが出席されていてびっくりしました(笑)。

ーー上野さんが「やった!」と感じた介護保険の基本理念は「自立支援」。制度開始後、利用者の状況にあわせてさまざまなサービスが選択可能になり、利便性が向上しました。
上野:くわえて、家族の経済的・介護負担が減り、高齢者とその家族を取り巻く環境が大幅に改善されたのは大きな変化です。制度開始から25年を経て現場の経験値が蓄積し、人材も育って、当初不可能だと言われた在宅ひとり死もできるようになりました。
リッチャー:私は、日本で看護師やケアマネジャーを経験し、現在はスイス東部の公立医療型ホスピス認知症グループホーム併設型高齢者・障がい者介護看護施設に介護スタッフとして勤務しています。日本の介護保険制度は世界から見ても手厚く、素晴らしいです。特にケアの質が非常に高い。日本の施設では、いつ誰が部屋に入っても清潔で、気持ちよく過ごせるように整えられており、長年の介護・看護教育の賜物だと感じます。
介護保険制度が導入される前、まだ私が看護学生だった1980年代、家庭で看病(介護)ができない高齢者の方々の「社会的入院」を受け入れていた「老人病院」でアルバイトをしたことがあります。そこは、個人の尊厳とは無縁の世界でした。丸刈りで男女の見分けもつかない状態の方々が、大部屋にだーっと布団を敷いて寝かされていて…。夏の間、その方達の爪を切ったり、手足を洗ったりとお世話しましたが、体臭や汗の入り混じった臭いは、今でも忘れることができません。また、知らないうちに亡くなり冷たくなった遺体を、スタッフが、その方の使用していたシーツで手早く包みこんで、畳を引きずって運んでいた光景もまぶたに焼き付いて離れません。
介護保険制度が始まってからは、施設・設備が充実し、介護従事者のスキルも上がりました。最初は、「ご近所に知られたくない」と、外部の介護サービス活用を後ろめたいことだと考えていた家族の意識もがらっと変わり、以前ほど抵抗を感じず利用されているように思います。
ーー本当に大きな変化ですね。しかし、近年、高齢化が進み、介護保険制度にも新たな課題が生じているのでは?
上野:この数年、利用者負担の増加、要介護認定基準の厳格化、サービス削減など介護保険制度改悪の動きがあり、強い危機感を覚えています。介護の現場には、本当に人間的に素晴らしい人が多く、介護業界自体は良い方向に向かってきました。ただ、介護業界は職種ごと、自治体ごとに分断されており、横のつながりがあまりありません。私達は、業界横断的に連帯を呼びかけ、「ケア社会をつくる会」として抗議や政治への働きかけ等を行っています。

リスクがあっても、本人の意思を尊重するのがスイスのケア
ーー若い世代もいずれはお世話になる制度なので、自分事として注視していかないといけないですね。スイスでも高齢化が進んでいますが、状況はいかがですか?
リッチャー:スイスでは、介護は家族が担うものではなく、ほとんどの人が施設に入ります。もともと、スイスには在宅介護を支える仕組みが無いため、在宅という選択肢が少ないのです。私は珍しい例として、スイス人の義両親を義両親の家で介護することを選びましたが、在宅介護を支える施策が無いため、義両親宅の「段差解消」すら出来ませんでした。結局、介護用品を選ぶところから自分でせざるをえなくて、この時ばかりは日本でのケアマネジャーの経験を活かせました。けれど、訪問看護や介護、訪問リハビリ等のサービスについてケアプランが無く、行き当たりばったりの介護が続きました。夫と二人で行う家族介護には限界があり、義両親とも施設や病院に移って亡くなりました。
上野:スウェーデンやデンマークでは、施設から在宅介護へと国が舵を切っています。国によって随分、方向性が異なりますね。
ところで、リッチャーさんは、ご自身が働いているスイスの施設に将来入ってよいと思われますか?施設に入った高齢者の幸せ度は?
リッチャー:うーん、最近、私は入ってもいいかなと考えるようになりましたけど…、そもそもスイスでは在宅介護を支える仕組みがないので、施設に入るしかないと思います。
私が勤務するホームの「住人さん」の幸せ度は概して高いと思いますよ。起床時間は自由だし、外出も許可不要、寝酒だって飲めますし、イヤなら入浴・シャワーも断れるし、一斉に何かするというプレッシャーは皆無です。
ーー個人の意思が尊重されるのはいいですね。
上野:私は集団生活が嫌いだから、施設はイヤです。スイスでは在宅という選択肢のない中、強いられてしぶしぶ施設入居した人もいるのでは?
リッチャー:確かに、選択肢のない中で折り合いをつけて過ごしている人もいるかもしれません。ほとんどの人が終の住処として生活を送るホームでは、私達、看護・介護職は本人の意思を尊重するサービスを大切にしています。例えば、転倒の可能性がある人を歩かせてよいかという問題。日本では、「危ないからやめとこう」と自重する現場を何度も見てきました。一方、スイスでは、たとえ認知・身体機能の停滞や低下があったとしても、歩きたい場合は、その本人の意思を尊重します
私の勤務するホームでは、スタッフ一同、この姿勢が徹底しています。大雪が降った日、住人が外に出て雪かきをしたいと言い出したので、最初、私は話のテーマを変えようとしました。だって危ないし、風邪をひいたら大変。でも、ベテランスタッフに「美津子、それは違う。あなたが今するべきことは、彼らに長靴を履かせ、防寒を徹底して、雪かきができるようにサポートすることだよ」と言われて、御本人のしたいことを尊重するということの重要性に気づき、はっとしました。ご家族も「本人のその時の意思を最優先する」という方針を理解されています。もちろん、転倒やそれに伴う事故や怪我も起きますが、私が勤務する12年の間、ご家族からのクレームは一度もありません。

ーー自由と責任という考え方が、隅々まで根付いているスイスだからでしょうか。ところで、リッチャーさんの働いている施設では、看取りまで行うのですか?
リッチャー:はい。特に私は、看取りケアが得意であり好きな人、という位置づけのため、看取りに立ち会う機会が多いんです。施設の人員配置に余裕があるわけではないのですが、看取りが必要な時はチームで話し合い、誰かが付き添えるように配置します。長い人で3時間程度、手を握ったり、身体をさすったりしながら、ご家族と一緒にただそこにいます。
スタッフと家族がこれだけ愛情を持って、その人が死ぬまで時間を見守っているというのは、残された家族の死生観に多大な影響を及ぼすと思います。ある時、お孫さんがおばあさまのベッドサイドに付き添いながら、「僕が生まれた日、お婆ちゃんがそばにいてくれた。だから、今日、僕がそばにいる時、祖母が亡くなると思う」と言ったんですよ。その後、そのとおりになりました。美化するわけではありませんが、看取りの現場ではこんなふうに小さな驚きを感じることがよくあります。
上野:私は、リッチャーさんが最期の場面に立ち合って「もう逝っていいよ」という言葉に心を動かされました。人生を生き抜き、終末にたどりついた達に対する、最大の敬意をこめた同意です。
最後まで生ききることにこだわりたい
ーー看取りの話をうかがいましたが、「死」についてお二人がどのように考えているか教えてください。特にスイスといえば、安楽死が話題に上ることも多く、日本でも最近議論になっており興味深いです。
上野:私は最後まで生ききることにこだわりたいので、安楽死反対派です。リッチャーさんは、スイスで安楽死に立ちあった経験があるそうですが、どのように感じましたか?
リッチャー:安楽死については、より現状に近い自殺ほう助という呼び方をさせていただきますね。数年前、難病によりスイスでの自殺ほう助を希望された男性、そのご両親と数日間行動をともにしたことがあります。彼とは渡航前からやりとりをしていて、もしかしたら、いつかその意思が生きる方に向くのでは、と私が勝手に希望を持っていたのですが、それはひとりよがりでした。彼の意思は強固で、すでに覚悟もできていました。私は敗北感すら感じたんです。結局、変えられない大きな流れに一緒に乗ったかのような感じで彼の死の前後数日間が過ぎて行きました。
死の前日でさえ、彼は冗談を言って笑っていたので、「明日、死ぬ」という実感が持てませんでした。最初は致死薬投与の場への立ち合いを断ったのですが、ご両親にお願いされて、致死薬の点滴が彼の身体に入っていく瞬間も私は彼のそばにいました。安楽死を終えた晩も、私はご両親と一緒にレストランで大量の中華料理を食べて…、みんな変なテンションになっていた気がします。あの数日間はなんだったんだろう?今でも心の整理がつきません。ただ、同じような場面には、もう二度と立ち会いたくないというのは、はっきりしています。
上野:そんな経験をされたリッチャーさんは、自殺ほう助には賛成?反対?愛する家族が、もし自殺ほう助を希望した場合、「本人の自己決定だから」で済ませられる話なのか、私は大いに疑問です。これは、愛する人から「自分の死をあなたには委ねられません」と通告されているのと同じで、要は相手から信頼されていないということですね。
リッチャー:私も、最後まで生ききろうという考え方に近いです。万一、夫が自殺ほう助を希望しても私は認めたくないですね。
上野:リッチャーさんが自殺ほう助に立ち会った男性のご家族も、その数日間は正気ではいられなかったのでは?普段通りの生活をしているように見えても、受け入れがたい現実に直面すると、食べたり飲んだりする日常のルーティンにしがみつくように乖離(強いストレスや心の傷から自分を守るための心の働き。身体もしくは精神から自分が切り離されたような感覚になり、自分を外から眺めているように感じられたり、意識や記憶、自己同一性等がうまく機能しない状態)を起こすと言われますから。
リッチャー:当時、ご両親は、落ち着いた様子で現実を受け入れておられるように見えましたが、内心、相当の葛藤を抱えておられたはず。日本に帰って、息子さんの持ち物を片づけたりしながら、その不在を確認するうちにきっと…。
上野:本当に息子はいなくなった、しかも、あんなふうに死んでしまった…。もし私が同じ立場なら、自分を責めると思います。

ーー日本やスイスの介護、終末期の話をうかがいましたが、最後に、お二人はどのように年老いたいですか?
上野:私は今年で77歳。順調に加齢が進み、ボディの部品があちこち故障してきています(笑)。「前向きに」とか「明るく」より、機嫌よくいたいですね。
リッチャー:私も機嫌よくいたい(笑)。実際に、本人が理想とする介護はひとりひとり異なります。私は、相手に機嫌よく過ごしてもらえるよう、その人のやり方や癖を尊重するよう心がけています。例えば、口腔ケアや歯磨きの支援についてですが、その動作にさえ御本人の生活習慣が表れます。先に歯ブラシを水で濡らすのか、歯磨き粉はいつ付けるのか等、何十年も大切にしてきた生活習慣や安心できるやり方を観察して、その人に合わせると機嫌よく過ごしてもらえることが多いです。また、認知症にはいろんなタイプがあるものの、本人のこだわりを尊重すると症状が和らぐことがあります。私は、こだわりは意思であり、その方の尊厳だと思っています。
ーーまわりがどのような姿勢で高齢者や「老い」に向き合うか、が重要ですね。
上野:これについては、ボーヴォワール『老い』の中で、私の一番好きなエピソード、文豪・ゲーテのくだりを思い出します。晩年のゲーテが、講演中に言葉に詰まって20分間、沈黙したことがあったそうです。聴衆は、彼に敬意を持って身動きせず、見守りました。その後、何ごともなかったかのようにゲーテはまた話し始めました。私は、この話にとても感動しました。こんなことは誰にだって起こりうるし、私にだって起きるかもしれない。これが老いの現実であり、それを人々が受け入れたらよいのです。
(写真右)
富山県出身。社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。著書に『家父長制と資本制』『近代家族の成立と終焉』『生き延びるための思想』(以上、岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(法研/文春文庫)、『ケアの社会学』(太田出版)、『女の子はどう生きるか』(岩波書店)、『挑戦するフェミニズム』(江原由美子との共編著、有斐閣)、『当事者主権 増補新版』(中西正司と共著、岩波新書)などがある。
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN):https://wan.or.jp/
――――
(写真左)
大阪府出身。看護師・ケアマネジャー、ジャムネット・スイス代表。日本で20数年、医療現場で臨床や訪問看護、行政の技術吏員として介護保険や福祉全般、介護保険事業所で管理者やケアマネとして勤務。現在、スイス東部の公立医療型ホスピス認知症グループホーム併設型高齢者・障がい者介護看護施設に介護スタッフとして勤務。アロマテラピー国際資格(IFPA)資格取得。スイスで外国人として生きることから見つけた介護や看護観を「フレーゲPflege®️」と名付け、医療介護の場、介護を担っている家族、看護学生への研修会を開催している。
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