家は自分だけのために建てるもの、なんてない。【前編】
新しく賃貸住宅を借りる時や、夢のマイホームを買う時、あなたは何を重視するだろうか。立地、日当たり、間取り、広さ……。そうした条件は、本当に誰もが基準にすべきものだろうか?
建築家の進藤強さんは、遊び心あふれる設計で海外からも注目を浴びている。だが、そのデザインは決して芸術性だけを重視したものではなく、住む人のことを考え抜き、「エンドユーザーファースト」の理念のもと設計されているという。彼の活動の裏側にある信念を取材した。
連載 家は自分だけのために建てるもの、なんてない。
進藤さんは、第一線で活躍する建築家だ。大学では建築学を学び、一級建築士事務所「ビーフンデザイン」の代表を務める。しかし、彼の仕事は建物の設計だけにとどまらない。
進藤さんは、住宅物件の一部を他の人に貸し出すことができるように設計された「賃貸併用住宅」を提唱。さらに、「SMI:RE(スマイル)不動産」という住宅紹介サイトも立ち上げるなど、不動産業にも携わっている。
前例のない進藤さんの活動は、それぞれどんなきっかけがあって始まったのだろうか。そのストーリーをひもといてみると、経験に裏打ちされた彼の信念がそこにあった。
建物ではなく、ストーリーを買ってもらう。
設計者と入居者がつくる新しい建築
住居、お店、民泊の宿。住んだあとのストーリーが見える“進藤デザイン”
進藤さんが経営する設計事務所「ビーフンデザイン」のオフィスが入居しているのは、代々木にある「SMI:RE YOYOGI & ANNEX」。ここは、進藤さん自身が設計した建物だ。立体的なデザインで、住居はもちろん店舗や民泊としても活用できるスペースが複数用意されている。
「ここは、築30年の建物をリノベーションして造り上げました。会社員をやっている人や本業を持つ人が自宅として住みながら、週末や夜だけ自分のお店を出す。そんなライフスタイルが実現できる建物を目指して設計しました。現に、今ここのシェアレストランではアパレルデザイナーの方が週末限定でオープンするタコス屋さん、麻布十番の有名店で料理人として働く方が月に4回だけオープンするおすし屋さんがあります。月曜日から土曜日は、こだわりのクラフトカレーが食べられるカレー屋さんが営業しています。このカレー屋さんの店主も、ここに住みながらお店を経営しているんですよ。
さらに、3階には、若手建築家や大家志望の入居者が自宅として住みながら民泊として使用できるスペースもあります。Airbnbなどを活用して、小規模に不動産業の練習をすることができます」
進藤さんの手がける建物は、このように住む人の営みを見通して設計されている。
「『自分のお店を出す』ということは、思っているよりもハードルが高いと思うんです。例えば有名なレストランの料理人でも、いきなり独立して有名店の看板が外れたら、全くお客さんに来てもらえないかもしれない。でも、ここで限定的にお店を始めれば、有名店を辞める前に自分だけのお客さんをつかめたり、SNSを活用した集客の練習ができたりする。僕の建物は、そうやって活用してもらいたいんです。
これまでの不動産業界では、家賃相場は『駅からの距離』や『部屋の広さ』で決まっていました。でも、僕の物件は『ここに住んだら、このスペースをこうやって活用できる』という、入居者一人ひとりのストーリーを売っています。単純な広さや交通の利便性で考えれば、ここの家賃は少し割高かもしれない。でも、空間が面白く設計されていて、住んだ後のストーリーが見えるから問い合わせが絶えないんです」
「ストーリーを売る設計」。それができるのは、進藤さんのビーフンデザインがただ設計だけを請け負うのではなく、そこに暮らす人たちを顧客とした不動産業まで行うからに他ならない。では、進藤さんはどのようにして、そのスタイルにたどり着いたのだろうか。
過去に進藤さんが手がけた物件の模型
「設計料だけじゃない」独立で気づいた可能性
一般的な建築家や設計事務所は、設計に対する報酬で収入を得る。進藤さん自身も、設計事務所の一社員だった時代は、それだけが建築家としてやるべきことだと信じていた。その考えが変わったのは、独立して自身の事務所を構えた時だという。
「建築家として独立した時、代々木八幡の物件を買ったのがきっかけでした。そこの1階を自分の会社の事務所として、2階を自宅として使うように建物を設計したんです。
それまでは設計事務所の社員として、業務で設計をするばかりでしたが、そこで初めて全てを自分で決めて設計しました。すごく狭い物件だったけど、それをいかに開放的に見せるかをとことん実験しました。なぜ実験したかというと、『こんなに狭くても設計次第で快適に暮らせますよ』とお客さんに見せられると思ったんです。そこで、エンドユーザーの目線を持つことの大切さを学びました」
住む人を意識した設計を始めた進藤さん。そして、その物件は不動産業へ足を踏み入れるためのさらなる気づきを与えてくれた。
「その後、会社のスタッフが増えて、事務所を代々木八幡の物件から別の場所に移転させました。それで、空いた1階を『Little Nap COFFEE STAND』というコーヒーショップに貸したんです。そうしてみたら、その家賃収入で物件を購入した時のローンを返済できたんです。これには驚きましたね。『設計料以外に収益を得る手段があるのか』と」
住宅として建てる建物の一部を、オーナー以外に貸し出せるように設計する。「Little Nap COFFEE STAND」への貸し出しの経験から生み出した「賃貸併用住宅」は、今では進藤さんの代名詞とも言える存在となった。
「それ以降、家の設計を依頼してくれるお客さんに『一部を貸せるようにしませんか?』と提案をするようになりました。今では、純粋にオーナーが住むだけの家を設計する機会は年に1回程度しかありません。もちろん、『賃貸併用住宅』は人によっては向かない場合もあります。人と触れ合うことが好きな人にはおすすめですが、少しの生活音が気になったり、他人が近くにいると気を使ってしまったりする人はやめた方がいいでしょう。でも、僕が設計した家では、オーナーと賃貸入居者が良好な関係を築いている場合がほとんどです。家賃収入だけでなく、コミュニティーをつくることができるのも、『賃貸併用住宅』のメリットです」
工事の様子もオープンに。建築家、オーナー、入居者を結ぶ異例のサービス
設計だけを請け負う従来の建築業から、オーナーや入居者との関係づくりも見据えた業務へと軸足を移していく進藤さん。そんな中で、よりその姿勢を体現するサービスとして始めたのが、自社が手がける賃貸住宅を紹介するWebサイト「SMI:RE不動産」だ。不動産業者ではなく設計事務所が不動産サイトを運営するのは異例のこと。しかし、この形がビーフンデザインの物件の価値を最も伝えられるのだという。
「僕らの設計する物件は、住む人が入居後をあれこれ想像して、“ストーリー”を思い描けるようにデザインしています。なので、例えば『全体で見れば手狭でも、リビングにできるだけ大きなスペースを確保して、家具をゆったり置ける部屋に設計しよう』と考えた場合、お風呂はシャワー室のみにしたり、靴箱をなくしたりします。そうすると、既存の不動産サイトに掲載された際には、『バスタブなし』『靴箱なし』という事実しか伝わらない。
でも、『SMI:RE不動産』はその物件を実際に設計した建築家がブログ形式で紹介文を執筆します。だから、どうしてそういう設計になっているかを丁寧に伝えられるんです」
そして、「SMI:RE不動産」の大きな特徴は、物件が完成する前の工事の段階からリポートを読むことができる点だ。
「土地の地盤調査から建物が竣工するまで、ブログで逐一レポートします。これは、賃貸契約を結ぶ入居者だけではなく、お金を出して僕たちに設計を依頼したオーナーへの報告の意味もあります。工事の様子をオープンにして、建物ができていく様子が見えた方が、オーナーから僕たちへの信頼度も増しますよね。建築家、オーナー、入居者。みんなでいい関係を築くのが僕の狙いです」
常識にとらわれない設計や、サービスを提供し続けてきた進藤さん。柔軟な発想の裏にはどんな思いがあるのだろうか。後編では進藤さんの設計の理念や、今後の展望を伺った。
1973年兵庫県生まれ。京都精華大学美術学部デザイン学科建築専攻卒業後、設計事務所勤務を経て独立。2007年に一級建築士事務所ビーフンデザインを創業。14年に不動産サイト「SMI:RE(スマイル)不動産」を開設、16年にはホテル事業も開始するなど、建築の枠におさまらない精力的な活動を展開する。
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