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STORIES 2019/02/19

賃貸住宅では自分らしく暮らせない、なんてない。

賃貸住宅の常識を覆して新たな文化を創ったり、愛ある大家の育成を行う「大家の学校」を運営したり。既存の大家さんの枠を飛び越えた活動で注目を集める青木純さんだが、大家業を継いだ当初は仕事が好きになれなかったと語る。住人の幸せな暮らしを追求するというやりがいを見いだし、壁を乗り越えるまでの軌跡とは?

「賃貸住宅に住む人の多くは大家さんの顔を見たことがないんですよ」と語るのは、株式会社まめくらし代表の青木さん。言われてみれば確かに賃貸物件の多くは不動産会社とのやりとりのみで、大家さんとは一切顔を合わせないケースが多い。顔が見えない存在だけにどんな仕事をしているかのイメージも湧きにくいため、「不労所得で生計を立てている」といううがった見方をする人もいるという。青木さん自身も自らが“大家さん”という当事者になるまでは、大家業にネガティブな印象を持つひとりだった。

大家という仕事に対していいイメージはなかった

地元は東京・池袋。大家の家系で生まれ育った青木さんだが、“大家”という仕事に対するイメージはあまり良いものではなかったという。

小学校時代に親族が建て替えた物件の建築時の様子。この建物で大家の家系であることが広まり、いじめが始まった。

「小学6年生のときに親族が管理する物件のひとつを建て替えたのですが、学校から見える位置だったのでクラスの中でちょっと浮いた存在になってしまって。「お前んち大家なのか! 金持ちの息子だ!」みたいな。実際に暮らしていたのは賃貸の集合住宅で、洋食店を営む両親は共働き。寝る間も惜しんで育ててもらった感覚なので、大家業をやってる家に生まれたって感じじゃなかったんですけどね」

大学を卒業し、不動産会社へ就職したあとも悪い印象は変わらなかった。

「家の売買なら売り主と買い主が顔を合わせてしっかり契約を結ぶのに、賃貸の場合はほとんどが不動産会社とのやりとりのみで大家さんはほぼ出てこない。顔が見えない相手に家賃を払い続けるシステムにも違和感があったし、扱う物件を金融商品と見ている大家さんが多いという印象もぬぐえませんでした」

不動産業界で働くうち、「もしかしたら、いずれ家業に関わることになるかもしれない」と感じていた青木さんが大家業を引き継いだのは35歳のとき。

「親も次男、僕も次男だったのでそもそも家業を継ぐはずではなかったんですけど、親族が誰もやりたがらなくて。でもそういう家系で育って、何不自由なく過ごしてこられたのも家業のおかげ。誰かが受け継がなきゃいけないなら僕がやるしかないのかなと」

大家の仕事に魅力を感じていたわけではない。だが、自分が大家という当事者になれば、人と住まいを結び付ける不動産業界の仕組みのあり方を変えられるかもしれないという期待があった。

「大家になる前は不動産の広告会社で不動産情報サイトの仕事に携わっていたのですが、借り手と不動産会社と大家さんの間に“借り主の理想がうまくかなえられなくても仕方ない”という空気が渦巻いているのをひしひしと感じていたんです。変えるための企画を考えても不動産会社から大家さんにお願いしてもらうしかないためか、なかなかうまく届かない。だったら自分が大家になって何かしらの行動を起こせば、新しい動きをつくれるかもしれないと思ったんです」

青木さんが取り組むプロジェクトのひとつ、「大家の学校」の授業風景。大家をはじめとした場づくりに関わる人を対象に、街づくりや人と人の関係性をデザインするノウハウを学ぶ。

気苦労が絶えない仕事に震災……未来には危機感しかなかった

しかし、いざ大家になって実感したのは仕事が予想以上に楽しくない、かつ気苦労が絶えないものだということだった。

「まず物件がつまらない。個性を追求できる購入物件と違って、賃貸の場合は無機質で画一的だし、室内を自由に改装することもできない。原状回復などのルールに縛られている点も窮屈で好きになれませんでした。次に住人同士のトラブルなどによる苦情の多さと、文句を言われるときだけ大家が呼び出されるというしんどさ。そして仕事に対する負い目。やっぱり社会に対して大きな声で『大家さんやってます!』と言えないんですよ。『働かなくてもお金がもらえるんでしょ?』とねたまれるというか、斜めに見られる感じがすごく嫌でした」

持ち物件の古さも不安をあおった。受け継いだ時点で築23年だったため、空き部屋が出てもなかなか埋まらない。「これは普通にやっても将来苦労するな」と肌で感じたという。

さらに追い打ちをかけたのが東日本大震災だ。度重なる余震や福島の原発問題の影響で池袋近くの物件に入居していた留学生たちが祖国に帰ってしまったため、空室率が一気に上昇。青木さんも「継いだばかりなのにヤバイ!」と危機感を覚えたと語る。

だが、青木さんの意識のスイッチを変えたのも、震災がきっかけだった。

「震災の半年後に被災地へボランティアへ行ったのですが、復興に向けて活動する人たちの姿を見てハッとしたんです。現地の人たちは過酷な状況にも負けずに頑張っているのに、自分は受け継いだ家業に対して大変だとボヤくだけで何の行動も起こせていない。自分自身で面白くしていかなければ、物事がうまく立ちゆくはずもない。まずは自分の目の前の大家業ときちんと向き合っていこうと強く思いました」

その決意を後押しし、大家としてあるべき方向性を決定づけたのが、現在はLIFULL HOME’S総研の所長を務めている島原万丈氏が「愛ある賃貸住宅を求めて」というレポートの中で日本の大家さんに向けて書いたメッセージだ。

実際の物件管理の場面で大家であるあなたが
汗をかいてやれる仕事はそう多くないだろう。
しかしあなたが建てたアパートやマンションの部屋で
毎日眠り目覚め 食事を摂り
勉強したり 仕事にでかけたり
時に友と語らい 時に恋をして
社会人として成長していく若者のことを
自分の物件にふさわしいとあなたが選んだ若者の人格を
慈しみ その暮らしを思いやることはできる。
いやそれはあなたにしかできない仕事だ

「このメッセージを目にして、俺が大家としてやりたいのは、住民の幸せな暮らしを支えることだと気がついたんです」

コンセプトは「育つ賃貸住宅」。住む人同士が自然に関係性を持ち、コミュニティが育まれるようにさまざまな工夫がこらされている。

当事者意識を持って協力し合えば暮らしはもっと良いものになる

まず実行したのは家探しを楽しくすること。「自分だからできることをやってみよう」という思いで始めたのは、物件の壁紙を入居者に選んでもらい貼り替えるサービス。だが、不動産会社から利用者に伝えてもらうように依頼したものの、手間やトラブルを懸念され、なかなかうまく伝えてもらえない。

「これじゃダメだ」と思った青木さんが入居者と直接話をしてみたところ、予想だにしなかったうれしい成果が。

「壁紙を選ぶために好きなものを聞いていくと、その人の内面が見えてくる。さらに入居者さんの好みに合うものを一緒に考えてつくり上げることで、入居する時点で関係性ができているんです。部屋にも愛着と感謝の気持ちを持って入ってくれるし、苦情などのもめ事もない。会うってすごく大事なことなんだなと心の底から思いました」

次にやってみたのが、自分がいい関係を築いた住民同士をつなげること。交流が生まれたことでひとりひとりの住人にも物件に対する責任感や愛着が生まれ、当事者意識が芽生える。当事者になると周りに目を配るし、いい意味で気を使うようになる。コミュニケーションを介してひとりひとりの住人の意識を変えたことで、味気ない箱だったはずの物件は人々が気持ちよく暮らせる“家”になったと青木さんは語る。

「箱が家になり、住人同士の関係性が深まると、暮らしもどんどん豊かさを増してくる。僕たちはマイクロデベロップメントと言っているのですが、ひとつの集合住宅の住人の暮らしが楽しくなれば、街が変わる可能性があるんですよ。街をつくるのは住人ですからね。ポジティブな人が多いほど魅力的な人が引き寄せられて、結果としてその地域が面白くなっていく。その過程に寄り添える大家さんって、めっちゃいい仕事だなと思うようになりました」

住人同士の関係性が良くなることでトラブルも圧倒的に少なくなったが、もちろんすべてがうまくいったわけではない。良かれと思ってやったことが逆に良くない結果を生み出すなど、うまくいかないこともあるという。それでも自身の家族や住人の暮らし、果ては地域の未来をより幸せなものにするため、青木さんはコミュニケーションの輪を広げ続ける。

最後に大家さんの目線から“住む”側の人々が快適な暮らしをつくるためのアドバイスをいただいた。

まずは物件や地域というコミュニティの一員であるという当事者意識を持ってもらい、自分がどう幸せに暮らしたいかを考えてもらうことですね。幸せの価値観や物差しは人それぞれでいいんです。“理想の住まい”は難しいかもしれませんが、“したい暮らし”であれば大家さんや住人のみんなと協力し合うことで、ちょっとずつ近づいていけるはずです。そのためには、自分にとって「いい湯加減」と感じる人づき合いができる場所を見つけることも大切ですね。みんなが同じ目線で心地よい暮らしに必要なものを感じ取り、日常を少しずつ楽しくしていけるはずだと思います
Profile 青木 純

株式会社まめくらし 代表取締役/株式会社nest 代表取締役/株式会社都電家守舎 代表取締役/株式会社北九州家守舎 取締役/株式会社タンガテーブル 取締役/株式会社ルーヴィス 取締役/株式会社リノベリング 取締役/株式会社セミコロン 取締役

1975年東京都生まれ。
日本の賃貸文化を変革したカスタマイズ賃貸で新しい市場を創造し、経済産業省「平成26年度先進的なリフォーム事業者表彰」受賞。グッドデザイン賞受賞の「青豆ハウス」や、JR東日本都市開発と共に取り組む「高円寺アパートメント」では住人と共に共同住宅を運営。主宰する「大家の学校」で愛ある大家の育成にも取り組む。生まれ育った豊島区では都電家守舎の代表として遊休不動産の転貸事業や飲食事業「都電テーブル」を展開。「南池袋公園」など公共空間活用も民間主導の公民連携で実践する。全国展開する民間主体の街づくり事業として注目を集めるリノベーションスクールには2013年から参画。

まめくらし https://mamekurashi.com/
大家の学校 https://mamekurashi.com/oyanogakkou/
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