家は自分だけのために建てるもの、なんてない。【後編】
住居の快適さは、誰にとっても重要なことだ。コロナ禍以降、多くの人が自宅環境の大切さを再認識しただろう。
しかし、建築家の進藤強さんによれば、現状の建築は人々の理想に寄り添っていないという。「人の生活が変わっているのに、建築は変わっていない。時代遅れになってしまっている」進藤さんはそう語る。
そんな進藤さんは、設計で迷いを感じた時、常に「楽しいと感じる方」を選ぶという。彼はどのように既存の建築の常識を打ち破り、「楽しさ」を実現してきたのか。新しい発想が生まれ続けるその頭の中をのぞいた。
連載 家は自分だけのために建てるもの、なんてない。
前編では、進藤さんの建築に込められた思いと、そこに至る経緯を伺った。彼は建築家の枠を飛び越え、不動産業にも進出したことで、建物のオーナーやその向こうにいる入居者との理想の関係を構築してきた。
後編では、進藤さんが独自のキャリアを積んできた中で得た知見をさらに深掘り。彼が掲げる「エンドユーザーファースト」という理念の真意や、これからの野望についてお話を伺った。
駅近・広面積だけがいい部屋じゃない。
本当に入居者の視点に立った家づくりとは
「クレーム」を「相談」に変える。建築家が入居者を第一に考える理由
自身の設計会社「ビーフンデザイン」を経営していく中で、設計だけで身を立てる従来の建築業から脱却し不動産業も手がけるようになった進藤さん。そのことで、「エンドユーザー」(=入居者)との関係性を重視するようになったという。進藤さんは、本業の建築設計においても、エンドユーザーを第一に考えることの重要性を説く。
「建築家や設計をする人は、どうしてもオーナーの言うことを一番に聞いてしまう。建物を建てるためのお金を出しているのはオーナーですから。でも、本当にオーナーに幸せになってもらうには、入居者を楽しませないといけません。
一番多いケースは、オーナーと入居者の年齢層に差があるのに、オーナーがそれを理解できていないパターン。建物を建てるオーナーは40代から60代の方が多いですが、それを借りる入居者はもっと若い。でも、オーナーは自分の感覚で『寝室のすぐそばにトイレが必要だ』『階段は広くてゆったりとしていた方がいい』と言う。その制約があるせいで、居住スペースが圧迫されてしまう。実際に借りる居住者は20代、30代だから、例えば階段をはしごにしてしまってもその分部屋が広い方がうれしい場合もあるんです。そうして入居者が喜ぶ設計にすれば家賃が高くても住んでもらえて、結果的にオーナーもうれしいでしょ。
それに、僕の経験上、入居者はオーナーや設計者と仲良くなると、部屋をとてもきれいに使ってくれるようになるんです。僕が設計した賃貸住宅に住んでいたある入居者は、退去の時に挨拶に行ってみたら、すごくきれいに部屋を片付けてくれていました。それに、ある物件では、オーナーが入居者に初対面の時に、きちんと名刺を渡したり、年に一回花火大会をして親睦を深めたりした結果、頭ごなしのクレームがなくなり、困り事は相談してくれるようになったんです。退去のたびに部屋をボロボロにされたり、たくさんのクレームに対応したりする悩みが、入居者を大事にして仲良くなることで一気に解決する。不動産業をやってみて学びになりました」
入居者のニーズを敏感に拾い、設計に反映する。それはどんな建築家でもできることではないだろう。進藤さんの設計が入居者を引きつける秘訣はなんなのだろうか。
「『誰かが住む家』という他人事の感覚ではなく、全て自分事で設計することが重要です。自分が『こんな家なら住みたいな』と思える物件なら、必ず同じように感じてくれる人がいる。
設計をあれこれと考えていると、どうしても最初の目的とずれてしまうことがあります。そんな時、設計の軸が自分にあれば、『最初に思い描いた理想はこうじゃなかった』と気づいて、自主的に軌道修正できる。でも、もし自分に軸がなく、オーナーの言う通りに設計することしかできない人だと、ずれが生じた時にはオーナーに聞きに行くしかないわけです。それだと住む人に対して、胸を張って設計意図を説明できないですよね」
そして進藤さんは、自分の中の軸を入居者の感覚に近づけ、さらに不動産ビジネスとして成立させるためには、「実験」が重要だと語る。
「自分がオーナーの物件ではいろんな人の生活を想像して、それを実現する設計をとことん実験しています。例えば、この『SMI:RE YOYOGI』には車庫を改造したシェアキッチンがあります。もしここに何も造らず、スペースを駐車場として貸し出せば、それだけで月に4万円ほどは収入があるでしょう。一方でこうした施設を造れば、工事に大体100万円くらいはかかってしまう。でも、僕はここに、週末や暇な時だけホームパーティができたりお店を開けたりするシェアキッチンがあったら絶対に楽しいと思った。だから実験としてこれを造ったんです。結果として、このシェアキッチンをお店として貸せば家賃収入として月に15万円ほど得られることが実証できました。もちろん、最初の1年くらいは工事費用を回収するのに大変でしたが、それ以降の収益の差は大きい。設計者が目指すところを示し、入居者の共感を得られれば、ゆっくりでも大きな結果を出せるんです」
建築業界の既成概念を打ち破る
進藤さんは自分軸で「良い」と感じる物件を造るという実験を繰り返してきたことで、入居者の共感を得る設計を実現してきた。そんな彼から見て、建築業界は既成概念にとらわれ、進化できていないという。
「コロナ禍以降、僕のところには『働きながら家でお店をやりたい』という問い合わせがすごく増えました。リモートワークが普及して、生活が大きく変わったんです。家で仕事を終えた後に、自分のスキルを売り物にできるようになった。
一方で、よくあるタイプの建売住宅では、必ず車を置けるスペースが設計されています。なぜかというと、建売業者の間で『家を買う人は、車が欲しいはずだ』という既成概念があるからです。でも、今は時代が変わって、車を持っている人の方が少ないですよね。それ以外にも、現代にそぐわない設計は今売られている家にも多々見受けられる。生活の変化を無視して現状維持を続けると、建築業界は時代遅れになってしまう」
建築を愛するからこそ、業界外の目線を取り入れて警鐘を鳴らす進藤さん。彼自身は今後、建築業界で何を成し遂げようとしているのだろうか。
「単純に建築業でお金をもうけたいなら、大規模な設計案件を請け負えばいい。でも、僕にとってそれは面白い仕事ではないんです。大資本を持つ企業から言われた通りに高層ビルを造っても、それはつまらない。
今は、クラウドファンディングのようなシステムでお金を集められる時代です。熱意とアイデアがある人が発起人となって、それに賛同した人々から少しずつお金を集めることができる。そうすれば、時代や社会に合った建築を現実に作ることができるはずです。僕が今やりたいことは、1人1000円ずつだけ集めて、みんなの理想の施設を造ること。銀行や投資会社が絡んだ従来のやり方を脱して、時代に合った大規模建築を造ったり、東京以外でもさまざまな街で人々が『3日以上泊まりたい』と思えるような施設やコンテンツを増やしていきたいです。最近は実際に地方に長期滞在して、その土地の魅力を発掘する『47都道府県元気プロジェクト』という試みを考えています」
「おいしいお店が近所にできてよかった」。家がつなぐコミュニティー
建築家として、住む人を第一に考える姿勢を持ち続ける進藤さん。最後に改めて、自身の活動のこれまでを総括してもらった。
「振り返れば、先ほど言ったクラウドファンディングのようなことを、僕はずっとやってきているのかもしれません。建築の理念を語り、ファンを増やし、建てた地域に還元する。
この『SMI:RE YOYOGI & ANNEX』という建物は、僕らの会社のオフィスも入っていますが、実は僕個人も住んでいます。なので、僕にとっては自宅。ですが、仮に僕がこの建物を自分のためだけに建てて、周囲に『俺の家だぞ!』と自慢したところで、何も生まれません。
でも、いろんな方が入居してくれて、タコス屋さんやおすし屋さんやカレー屋さんを営んでくれることで、地域の方からも『おいしいお店が近所にできてよかった!』と喜んでもらえている。そういう様子を見て、また新たな入居者が『自分もこういうお店ができるんじゃないかとイメージできた』と言って入ってきてくれる。だから、建てた当初よりも価値が上がって、結果的に僕の家賃収入にもつながっている。そういう意味では、『家は自分のためだけに建てるものではないんだな』とつくづく感じます。これから新しい住居を探す人には、単純な広さや利便性だけでなく、住んだ後に誰かを幸せにできるストーリーが描けるかどうかを考えてみてほしいです」
進藤さんの建築・不動産活動の方向性を示したのは、前編で紹介した「Little Nap COFFEE STAND」のエピソードだった。代々木公園近くにたたずむこのお店は、今では客足が絶えない人気店。訪れる人の数に対し手狭な店舗に見えるが、創業の地として移転することなく、2店舗目もすぐ近くの富ヶ谷にある。進藤さんがいかに入居者を大切にしているかが伺える。
他者との関わりが希薄になっている現代。そんな中で、取材場所の「SMI:RE YOYOGI & ANNEX」で見た周辺地域も巻き込んだコミュニティーの形成は、新鮮に感じられた。昭和の時代にあった「ご近所付き合い」からさらに進化した価値を、進藤さんが造る家はもたらしているのだろう。
進藤さんは後進の育成にも熱心だ。今では、自社以外の設計事務所を対象に建築・不動産業界に関する情報を伝える塾も開催しているという。彼の影響で、日本中で家を通じた人と人とのつながりや新たな自己を実現する人が増える。そんな未来が、これから待っているのかもしれない。
目の前のことだけにとらわれずに、視野を広げて自分たちがどういう仕組みの中にいるのか興味を持つ。例えば「あの大家さん、いくらくらいで土地を仕入れているのかな?」と興味を持ったら、実際に土地を調べて、実際に買うことを体験する。そうすれば、自分の領域が「建築だけ」から「土地も分かる」まで広がる。設計士として大家さんと会話する時にも、相手の気持ちが分かるようになるでしょう。自分で試す、やってみる。そうすることで、驚くほど見える世界が違ってくるんですよ。その繰り返しの先に、「面白い設計の仕事」が集まってくると思います。
取材:白鳥菜都
執筆:生駒 奨
撮影:服部芽生
1973年兵庫県生まれ。京都精華大学美術学部デザイン学科建築専攻卒業後、設計事務所勤務を経て独立。2007年に一級建築士事務所ビーフンデザインを創業。14年に不動産サイト「SMI:RE(スマイル)不動産」を開設、16年にはホテル事業も開始するなど、建築の枠におさまらない精力的な活動を展開する。
SMI:RE Web
多様な暮らし・人生を応援する
LIFULLのサービス
みんなが読んでいる記事
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2024/04/23自分には個性がない、なんてない。―どんな経験も自分の魅力に変える、バレエダンサー・飯島望未の個性の磨き方―飯島 望未
踊りの美しさ、繊細な表現力、そして“バレリーナらしさ”に縛られないパーソナリティが人気を集めるバレエダンサー・飯島望未さん。ファッションモデルやCHANELの公式アンバサダーを務め、関西テレビの番組「セブンルール」への出演をも果たした。彼女が自分自身の個性とどのように向き合ってきたのか、これまでのバレエ人生を振り返りながら語ってもらった。
-
2021/09/30苦手なことは隠さなきゃ、なんてない。郡司りか
「日本一の運動音痴」を自称する郡司りかさんは、その独特の動きとキャラクターで、『月曜から夜ふかし』などのテレビ番組やYouTubeで人気を集める。しかし小学生時代には、ダンスが苦手だったことが原因で、いじめを受けた経験を持つ。高校生になると、生徒会長になって自分が一番楽しめる体育祭を企画して実行したというが、果たしてどんな心境の変化があったのだろうか。テレビ出演をきっかけに人気者となった今、スポーツをどのように捉え、どんな価値観を伝えようとしているのだろうか。
-
2024/07/11美の基準に縛られる日本人【前編】容姿コンプレックスと向き合うための処方箋
「外見より中身が大事」という声を聞くこともありますが、それでも人の価値を外見だけで判断する考え方や言動を指す「ルッキズム」にとらわれている人は少なくありません。なぜ、頭では「関係ない」と理解していても外見を気にする人がこれほど多いのでしょうか?この記事では、容姿コンプレックスとルッキズムについて解説します。
-
2023/04/11無理してチャレンジしなきゃ、なんてない。【後編】-好きなことが原動力。EXILEメンバー 松本利夫の多彩な表現活動 -松本利夫
松本利夫さんはベーチェット病を公表し、EXILEパフォーマーとして活動しながら2015年に卒業したが、現在もEXILEのメンバーとして舞台や映画などで表現活動をしている。後編では、困難に立ち向かいながらもステージに立ち続けた思いや、卒業後の新しいチャレンジ、精力的に活動し続ける原動力について取材した。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。