ペットは家族の一員になれない、なんてない。
現在、保護犬1匹、保護猫2匹と暮らす小林孝延さん。当初、病気の家族を抱えて精神的にもつらい日々を過ごしていたという。そんなある日、友人に相談したのがきっかけとなり、保護犬を家族に迎えた。それによって、それぞれの家族がどのように変わっていったのか。どんな過程を経て保護犬が家族になったのか。保護犬に対する思いと気持ちの変化、現在の暮らしに思うこと、さらには動物たちが置かれている社会の状況に対する考えやこれからの希望などを伺った。
ここ数年、動物に関する法改正やマイクロチップ装着等の義務化など、ペットにまつわる話題が多く見られるようになってきた。また、インターネットの拡大に伴って、犬や猫を迎える際にペットショップだけではなく保護犬、保護猫を譲り受けるという選択肢が新たに加わった。
家に迎えるペットとして保護犬を選んだ小林さんには、その後どんな心の変化があったのだろう。それは単純に犬を飼うのとは違う、もっと深い気持ちの交流、いとおしい思いだと語る。
ただ、そばにいるだけでいとおしい。
そんな存在を今まで知らなかった
保護犬との出会いは、友人に勧められたのがきっかけ
現在、保護犬の福ちゃん、お庭に現れた猫のともちゃん、もえちゃん、そしてご家族と暮らす小林さん。福ちゃんとの出会いのきっかけは、病気の奥さんを取り巻く家族の日常に、何かが欲しかったからだという。
「妻が末期がんの闘病中で、家の中がとても暗い雰囲気でした。家族が笑顔でいられるような生活がない状態がずっと続いていて、このままじゃいけない。なんとか以前のように家族に笑顔を取り戻したいと本当に困り果て、以前から仕事だけでなくプライベートでも家族ぐるみのお付き合いのあったモデルの雅姫さんに相談したら、“絶対に犬を飼ったらいい”と勧められました」
相談したのはクリスマス前のこと、ちょうど12月29日が奥さんの誕生日だったので、その日に間に合うように犬を探すことになった。俳優の石田ゆり子さんと友達だった雅姫さんは、石田さんが山口県周南市で保護した子犬の里親を探している話を聞いて、小林さんに犬を見に行かないかと声をかけた。
そこで2016年の年末、周南市の保護施設から引き取った子犬が10匹ほどいる東京のシェルターを訪れた。
「最初は、送られてきた写真を見て、譲り受けようと思う子を決めていましたが、シェルターに行ってみると、1匹だけキャリーケースの中に入ったまま、お尻を向けて出てこない犬がいたんです。なんとなく気になってシェルターの方に尋ねると、当時『あんず』という仮の名前がついていたその子は、引っ込み思案で出てこないから、誰にも気づいてもらえず、もうずいぶん前からシェルターにいるというんです。
大きさも、子犬とはいえ7kgくらいだったかな。ケースから引っ張り出したらなんとも言えない情けない顔をしていて(笑)。何をされても抵抗しないしほえもしない、犬らしくない変わった犬だな~って」
その時に、同行してもらったドッグトレーナーさんに「犬でも先天的な性格があります。この子の引っ込み思案な性格ならたぶん鳴かないし、犬らしさはないけれど、きっと飼いやすいと思いますよ。ご病気の奥さんのそばでもじっとしていて、たぶん人に寄り添ってくるようなタイプの子だから良いですよ」とアドバイスされたという。
実際、シェルターには犬がいっぱいいて、「どの子もかわいいと思った」と語る小林さんだが、なかなかもらい手がなさそうなのを悲しんでいるボランティアさんや石田さんを見て、思わず「あんずにします」と言って、引き取ってきた。そして、あんずには新たに希望を込めて福という名が与えられ今に至る。
引き取る直前、シェルターにいた頃のあんず(左)
福ちゃんが来てから家の中が明るく変わった
福ちゃんを迎えて、家族全員が想像以上に大きく変わった。家の中が暗い雰囲気だったのにとても明るくなり、会話も増えた。
「特にその頃は高校生だった娘とは、ほとんど話す機会がありませんでした。でも福が来てから娘とはもちろん、家族全員が本当によく話をするようになりました」
小林さんがいない時は誰が面倒を見るか、ご飯をあげるのかなど、スケジュールをお互いに共有して、これまでにはないほどたくさんコミュニケーションを取るようになるとともに、笑顔も増えた。
「何と言っても妻が驚くほど元気になり“かわいい、かわいい”と。動物の持つ、気持ちを和らげる効果は本当にすごいと思いました。そばにいるだけなのに。私も仕事に行かないといけないので、子どもが学校に行った後、家に妻だけを残すのは心配でした。妻は飲んでいる薬の影響もあってうつの傾向があったり、ひどく気持ちが沈む日もあったりで。そこでペット用のライブカメラを家の中に設置して、会社からカメラを通してのぞいてみたら、妻が福と一緒に昼寝したりしている姿が見えて、ホッと安心しました」
福ちゃんは、小林家に来て数カ月ほどで奥さんの後を追ったり、そばに寄り添うようになった。そしていつも静かに寄り添い続けた。そのおかげか、奥さんは医師から余命半年くらいと言われていたにもかかわらず、3年もの間、元気に過ごすことができたという。
「治るかもしれないと思ったくらい。亡くなった年の8月くらいまでは、とても元気でした。福が来てから、何でもっと早く飼わなかったの、もっと早く犬を家に迎え入れることを決断していたら、もしかしたらもっと違うことが起きたかもしれないと後悔することも。本当に福を迎えて良かったことしかないですね」
福ちゃんとの生活は幸せな半面、懐かないゆえに困った点、苦労した面もあったという。
「なれていないのと、普通の犬が普通にできること、例えばお散歩も最初はできなかったんですよ。でも、ドッグトレーナーさんのアドバイスやカリスマ・ドッグ・トレーナーといわれるシーザー・ミラン氏の本を参考にして、徐々に関係性をつくりました」
特に本の中にある「家のリーダーは誰であるか」を分からせるように福ちゃんと向き合ったら、1日目から驚くほど変わった。
また、散歩に行って歩かせることが大切で、労働=歩いてから食事をする、その行為があって初めてご飯がもらえるという習慣付けは、動物たちが狩猟をして食べる本能にもつながる。さらに一緒に歩くことで信頼関係が生まれるので、それを繰り返すことが大事というのもあり、散歩に連れ出して少しずつなれさせた。
こうして人との関係はかなり改善されたが、福ちゃんはいまだに小林さんに対してはベッタリ甘えることはない。
「ソファで福が寝ていても、私が座ると降りる。でも娘がいると娘をどかそうとしてくるというように、全く関係性が違う。私は一緒に座りたいし一緒に寝たいのに。私にはさっと場所を譲る感じです。ちょっと寂しいですけどね(笑)」
福ちゃんが小林家の一員になって数年後、亡くなった奥さんの一周忌の法要が自宅で執り行われた。そこで不思議なことに、法要が終わった後にベランダに猫が2匹やってきた。毎日現れるようになったその子たちを結果的に家族に迎え入れて、現在は犬1匹と猫2匹。そして人間の家族は今、大学生の娘さんとの二人暮らしになっている。
ペットではなく家族であることを実感
小林さんは福ちゃんを家族に迎えて一番驚いたのが、「自分の中にこんなに“母性本能”があるのか」と実感したことだった。
「本当に申し訳ないけれど、子どもたちを育てていた時とは全く違う感情です。子どもたちにはもちろん父親として頑張らないといけないし、責任もあったけれども。福の場合は、ただただかわいくて、何をしても叱れない」
小林さんは幼少の頃、実家でも犬を飼っていたが外に鎖でつないでいるような旧来の日本的な犬の飼い方だったので、“飼い犬”とは思っていたが家族とは違っていた。でも、福ちゃんに対しては、家族以上の関係に自然になっていた。
現在、コロナ禍でよりペットブームが広がったといわれるが、「ペット=愛玩動物、飼う」という既成概念はまだ一般社会に根深い。
「海外では動物たちはパートナーであり、家族であるという認識が一般的になっています。一方で日本は法的にも動物たちは“所有物”なんですね。災害があっても一緒に避難所に入れなかったり、警察でも遺失物扱いだったり。虐待されても器物損壊。でも、自分が一緒に過ごしてみて、本当にかけがえのないパートナー、場合によっては家族以上、そのくらい生命として尊い。こんなに素直できれいな心で人間は生きられないと思えるような、清い、尊い存在ですね」
ペットを取り巻く環境もいい方向に変わると思いたい
ペットブームの広がりに反して、ペットと暮らしている人とそうでない人との意識の差が顕在化してきている。ペットは飼い主にとって大切な存在だが、それを飼っていない人に強要するのは無理があるし配慮が必要だろう。
愛する側だけの常識とか正義を押し付けるのでは絶対うまくいかない。アレルギーで苦しんでいる方やふん害で困っている方もいるので、お互いに共生するための譲歩、飼っている側も気をつけるべきところは気をつけるしかないと、小林さんは語る。
「私は犬も猫も好きだから、大事にするのは当然のように思うけれども、そうではない人もいるということを常に考えています。そういう人たちを否定してはいけないでしょう。こっち側の気持ちだけを押し付けるのではなく、譲歩して折衷案のようなものが必要だろうと思います。ただ、動物たちは生きているので、非常に難しいですが」
でも、最も大事なのは引き取り手がなく、殺処分されるような不幸な犬猫たちがいなくなること。そういう活動を継続的に応援していきたいし、自身の編集者としての仕事を通して広く伝えていければと言う。
動物を大切にすることは結局、人も大切にするということ。命を分け隔てなく大事にすることで、それぞれが相手を尊重し、心豊かな社会を築いていけるのだろう。例えば、飼っている動物が亡くなった時や病気の時に仕事を休める会社が増えている。
「ペットごとき」という既成概念を超えて、動物も家族・パートナーであるという捉え方を許容できる社会こそ、豊かな社会なのかもしれない。
私は出かけることも、旅をすることも好きですが、動物たちがいると制限があって実行できないことが多いですね。それでも、そういうマイナス面を差し引いても余りあるくらい、いろいろなものを動物たちから受け取っているように思います。それは本当に幸せなことです。
取材・執筆:村田泰子
撮影:阿部健太郎
福井県出身。編集者。月刊誌『天然生活』創刊編集長、『ESSE』編集長を経て現在は株式会社扶桑社執行役員。現在、朝日新聞社が運営する「犬・猫との幸せな暮らしのためのペット情報サイト sippo」で「とーさんの保護犬日記」を連載中。
Instagram @takanobu_koba
sippo とーさんの保護犬日記
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