おとり広告はなくならない、なんてない。
成約済み物件の掲載など、いわゆる“おとり広告”が常態化する不動産情報。理想の住まいを求める生活者が、インターネットを通じて欲しい情報にたどり着けないことは、不動産業界全体の課題になっている。「エンドユーザーの利便性が第一。誰かが着手しなければ革進は進められない」。LIFULL HOME'Sエグゼクティブアドバイザー・加藤哲哉は、不動産管理会社との連携を通じて、情報の最適化に取り組んでいる。
不動産管理会社から依頼を受け、募集広告を掲載する不動産情報サイト。エンドユーザーとなる生活者はインターネットを通じ、気軽に住まいを探すことができるツールとして定着しているが、一方で内容が最新のものに更新されないなど、ユーザーと不動産管理会社の間で情報のミスマッチが起こるケースが多発している。この現状を「メディアとして本来の役割を果たしていない」と捉える加藤は、誰もが住みたい物件にアクセスできる社会に向け、サービスのアップデートに挑んでいる。
“おとり広告”をゼロにし、
誰もが求める物件に出合える不動産情報サイトをつくる
前職を含め、35年以上不動産業界に従事する加藤が、株式会社LIFULLが運営する不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」のエグゼクティブアドバイザーに就任したのは、4年前。以来、注力課題として取り組んでいるのが、「不動産情報の最適化」だ。
「“おとり広告”という問題は、30年以上前から不動産業界に存在しています。当時は、『吉祥寺駅徒歩3分/バス・トイレ・エアコン付き/3万8000円』というような、エンドユーザーの目を引く架空の情報を掲載。しかし実際に問い合わせると『成約済み』と告げられ、別の物件を紹介されるという露骨なものでした。最近はこうしたまったくの架空物件を掲載するケースは少なくなりましたが、それでも連絡をした時に募集が終了しているというケースは、後を絶ちません」
不動産管理会社などが、売る意思のない物件や売ることのできない物件を広告として掲載する“おとり広告”は、宅建業法上の違法行為となっている。報道機関や不動産業界団体により問題視された経緯もあり、意図的に掲載するケースは大幅に減少した。しかし現在、物件情報が紙媒体からウェブサイトへと移行したことで、管理サイドにおける情報の更新が困難に。不動産業界の新たな課題となっている。
「週刊や月刊の住宅情報誌で管理していた時代は、発行のタイミングで掲載情報をチェックすることで、成約済み物件を除外していました。それがインターネット時代になり、不動産情報サイトへの広告出稿はリアルタイムで情報更新をする必要が生じています。毎日情報をクリーニングするためには、不動産情報サイト・管理会社双方に膨大な労力がかかることも事実。結果として、不動産会社が意図せずとも、過去の情報が掲載されたままになってしまい、ユーザーから見るとおとり広告と同様の問題となっているのです。情報化社会に追いついていない、不動産業界全体の問題だといえます」
「新幹線や航空機、ホテルの情報はリアルタイムでアップデートされるのに、不動産は難しい……」という、ユーザー側の“諦め”がまん延している。このことを問題視する加藤は、発信する側と受け取る側の非対称な情報による “実質上のおとり広告”をゼロにするため、改革に踏み出した。
おとり広告は、デジタル社会への遅れがからむ問題
不動産業界の遅れに対し、加藤が強い危機感を抱いたのは4年前のこと。ドバイへの出張がきっかけとなった。
「デジタル化が進んでいるドバイでは、政府が全ての不動産物件に対してユニークナンバーを付与しているんです。契約書を作成する際、国が付与した契約ナンバーが確認できなければ、ガスや電気を使用することもできません。『誰が』『どこに』『いくらで』住んでいるのかを政府が把握する形となっています。情報はオンライン上に随時アップロードされるので、おとり広告など存在する余地がないんですね。個人情報の問題もあると思うのですが、日本はこうした取り組みが非常に遅れています」
つまり、日本のおとり広告の問題は、技術的には解消できるにもかかわらず、法規制や業会の商習慣、情報を更新する人的リソースの不足といった、副次的な原因によって生じているのだ。しかしこのままでは、日本はデジタル社会において大きな遅れをとり、最終的には生活者にとっての利便性の低さに帰結してしまう。
「信頼性の低い不動産情報サイトに疑問を抱くユーザーは、若い世代になるほど多くなるでしょう。物件を探すという行為そのものがおっくうになってしまう、インターネット時代とは相反する社会こそが、ガラパゴス化した日本の行き着く果てです。世界ではAIやビッグデータ活用がこれほど進んでいるわけですから、すでにデジタル化が進んでいる欧米や新興国の外資企業がソリューションを持ち込めば、日本の既存不動産業界は役割を失いかねません。“自分ごと”でもあるんですね」
不動産管理会社との連携で、業界の構造改革を推進
LIFULLで、2017年10月より情報審査グループを統括することになった加藤は、本格的におとり広告の問題に着手することになる。
「不動産情報サイトは当時、運営スタッフが物件の管理会社に問い合わせ、一件ずつ募集の有無を調査するという、アナログな方法をとっていました。この昭和から変わらぬ光景こそが、おとり広告の根本原因だと実感。まずは仕組みから変えなければと、情報審査グループに、業務フローのデジタル化を指示しました」
2018年、LIFULLは「LIFULL HOME'S」のシステムを刷新。成約済みの可能性がある物件を自動検出して不動産管理会社向けに確認依頼メールを配信する機能と、LIFULLが該当物件を非掲載にできる機能を追加した。
「業界としては先進的なことだったと思いますが、仕組みそのものは誰もが考えられることです。不動産情報サイトにとっては、掲載中の広告数が減れば売り上げも下がるので、誰もやりたがらなかったのでしょう」
業界全体のデジタル化のためには、不動産管理会社の協力も不可欠だ。大手不動産管理会社が入会する公益財団法人日本賃貸住宅管理協会で、長年理事を務めている加藤は、情報最適化の旗振り役として、各社のトップと交渉を進めていく。
「不動産管理会社さんの視点で考えると、契約途中で申し込みがキャンセルになる可能性もあるので、成約済み物件を掲載したままにすることにデメリットはないんです。そのため、『エンドユーザーが不便な思いをしている』という認識を、業界全体で共有することに尽力しました」
一連の取り組みの結果、当時日本賃貸住宅管理協会の会長を務めていた株式会社アミックスとの情報連携が実現。同社が管理する物件と、「LIFULL HOME'S」に掲載されている物件広告の情報とを照合し、仲介会社が掲載しているアミックスの成約済み物件が自動で非掲載になる機能が追加された。業界としては初めての事例となる。さらに2021年8月には、賃貸物件管理における日本最大手である大東建託グループの大東建託パートナーズ株式会社と連携。改革が大きく前進した。
「関連各社からすれば、メリット・デメリット双方があるのがおとり広告対策です。しかし、長期的な視点に立てば、不動産業界全体のサービス水準が向上することで、各社の企業価値も高まるはず。連携いただいた2社の英断には感謝しています。今後は、協働するパートナーをもっと広げていきたいですね」
ユーザー第一の不動産情報を提供するために
30年以上のキャリアから、不動産業界全体を俯瞰する加藤。常に不動産メディアの存在意義を自問してきたという。
「一番大切なことは、ユーザーにとっての利便性が高まること。確かに不動産管理会社は、LIFULLのようなメディア運営会社にとって顧客にあたります。しかしそこに気を使いすぎると、ユーザー目線を忘れ、革進が起こらずにサービスは停滞してしまう。それではいけないと考えています」
そして加藤は、不動産情報サイトに対する明確な理想像を描いている。
「最終的に目指すのは、日本の不動産を全部“表”に出すこと。募集の有無を含め、情報を網羅し、探している人にベストな部屋をマッチングできれば、一番美しいじゃないですか。そうしたサービスをつくることは、私が不動産業界に飛び込んだ時からの夢でした。近い将来、デジタル化によって実現できるはずです。未来に向け、自分にできることを一つずつ形にしていきたいと思います」
アナログからデジタルへと急速に移行する現代。若き日の加藤が思い描いた未来は、テクノロジーの力によって実現されていくだろう。真にユーザーが満足する社会に向けた挑戦は、始まったばかりなのである。
取材・執筆:相澤 優太
撮影:高橋 榮
1961年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。
84年~2000年リクルートを経て株式会社レンターズを創業。
2007年 LIFULL執行役員。
現在、LIFULL HOME'S事業本部 エグゼクティブアドバイザー、投資事業戦略室長、事業支援ユニット長。
(財)日本賃貸住宅管理協会理事。
みんなが読んでいる記事
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2021/07/07映画で地方は創生できない、なんてない。伊藤 主税
子供の頃から「表現の仕事をしたい」と映画に関わる仕事を目指し、俳優の経験を経て現在は株式会社and picturesのCEO/プロデューサーとして、地域と連携した映画製作、俳優向けワークショップ、プラットフォーム開発で映画産業の発展を目指している伊藤主税さん。愛知県蒲郡市の全面協力を受けて製作した映画『ゾッキ』、その撮影の裏側をドキュメンタリーにした映画『裏ゾッキ』の製作を通じて、感じた「映画」による「地域創生」の可能性について伺った。
-
2021/11/17仕事や生活の疲れは休めば取れる、なんてない。川野 泰周
川野泰周さんは、1416年に創建された禅寺の19代目住職だ。日々、寺務をこなしながら禅の教えを伝える一方で、精神科医として心の悩みを抱える人たちの診療に当たっている。近年、川野さんが普及のための活動に取り組んでいるのが「マインドフルネス」だ。書籍を何冊も著し、講演活動も精力的に行っている。「マインドフルネス」とは何か。禅僧と精神科医の“二足のわらじ”を履きながら、なぜ「マインドフルネス」を人々に勧めているのか、話を伺った。
-
2022/02/10意見がないなら対話しちゃいけない、なんてない。永井 玲衣
日本全国の学校や企業、寺社など幅広い場所で哲学対話の活動を重ねてきた永井玲衣さん。哲学対話はその場ごとにテーマを設けて、複数人で話しながら思考を深めていく活動だ。数え切れないほどの回数を重ねながらも、未だ「対話は怖い」という永井さんだが、ではなぜ活動を続けるのだろうか。哲学対話、そして他者と話すことの怖さと面白さについて話を伺った。
-
2022/01/12ピンクやフリルは女の子だけのもの、なんてない。ゆっきゅん
ピンクのヘアやお洋服がよく似合って、王子様にもお姫様にも見える。アイドルとして活躍するゆっきゅんさんは、そんな不思議な魅力を持つ人だ。多様な女性のロールモデルを発掘するオーディション『ミスiD2017』で、男性として初めてのファイナリストにも選出された。「男ならこうあるべき」「女はこうすべき」といった決めつけが、世の中から少しずつ減りはじめている今。ゆっきゅんさんに「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」について、考えを伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
「結婚しなきゃ」「都会に住まなきゃ」などの既成概念にとらわれず、「しなきゃ、なんてない。」の発想で自分らしく生きる人々のストーリー。
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。