辛い仕事から逃げたら負け、なんてない。
1,500人以上のメンバーがフルリモートで働く株式会社キャスター。同社で取締役CRO(Chief Remotework Officer)を務める石倉秀明さんは、30代になってからパニック障害・自閉スペクトラム症(ASD)と診断されたことを公表している。
コミュニケーション能力や人脈に頼らず、自分らしい働き方は実践できると語り、仕事での人脈づくりや空気の読み合いに辟易(へきえき)するビジネスパーソンへ向けた仕事術を発信する。自分の特性と向き合いながらキャリアチェンジを重ねている石倉さんは、どのように今のキャリアにたどり着いたのだろうか。
「みんなが当たり前にできていることが自分はできない」と悩むビジネスパーソンは多い。今いる場所がどんなに自分に合っていなかったとしても、「逃げてはいけない」「苦手は克服しないといけない」といった既成概念は根強く残る。そうした風潮の中でより一層自分を追い詰め、苦しくなってしまう人は少なくないのではないだろうか。
そんな既成概念に対し、「つらかったら逃げていい」と語るのはキャスター取締役CROの石倉さん。彼もまた、「人の感情が読めない」「こだわりが強すぎる」などの特性と付き合いながら、自分らしいキャリアを築いてきた一人だ。そんな石倉さんが見出した“生存戦略”とは。お話を聞いた。
「自分が一番になれる場所」を探す努力をする。そして「できない側」に回りそうになったら、環境を変えて、一回逃げてみるのはどうですか
みんなが当たり前にできていることができない
石倉さんは株式会社リクルートに入社後、すぐに営業で成果を挙げ、マネジャーに昇格。その後は立ち上げ期の株式会社リブセンスに参画して事業責任者を務め、上場に貢献した。
株式会社ディー・エヌ・エーに転職して新規事業責任者・人事責任者を歴任し、フリーランスとなる。独立後は会社の立ち上げを経験し、現在はフルリモートワークの会社として国内最大規模を誇るキャスターで、取締役CROを務めている。
誰が見ても輝かしい経歴の持ち主に見える石倉さん。「営業は大の得意」と話す彼は、きっと高いコミュニケーション能力でこれまで道を切り開いてきたのではと思う人も多いだろう。
しかし、意外なことに「人に共感できない」「人の悩みが分からない」と、人とのコミュニケーションに苦手意識を持ってきたのだそうだ。そんな石倉さんは、30代でパニック障害、そして自閉スペクトラム症の診断を受けたと明かす。
30代後半で突如下された診断を、どのように受け止めたのか。
「正直『ああ、やっぱりな』という気持ちが大きかったですね。それと同時に、これまで漠然と感じていた不安に名前がついたような気がして、ほっとしました。病名が分かれば対処法も分かるから、半分治ったようなものだなって。
家族や友人など身近な人に伝えても、ほとんど驚きはなかったようです。今までの自分の気質や特性を見ていた人たちは『まあそうだろうね』と言うくらいでした(笑)。だから診断を受けた今も、これまでと何も変わりません」
石倉さんは「今思えば、幼少期から苦手なことが多かった」と振り返る。
「人と群れるのが好きじゃなくて、一人でいることが多かった気がします。それに、とにかく自分が興味ないことには全く関心が持てなくて。みんなが漫画やアニメの話で盛り上がっていても、輪に入ろうと思えなかったんです。小学校の通知表では『協調性がない』とか『人の気持ちを考えて動きましょう』と書かれていました。
あとは、想定外のことが起こるとパニックになって動悸(どうき)や冷や汗が止まらなくなってしまう。だから、行動する前にあらゆるパターンを想像してしまう癖がついていて。飛行機などの乗り物は『もし途中で具合が悪くなったらどうしよう』って想像しただけでパニックになるので、あまり好きじゃないですね。
昔から『みんなが当たり前にできることが自分にはできない』とは感じていました」
苦しければ、環境を変えて逃げていい
こうした特性は、大人になってからも変わらなかったそうだ。
「何事も白黒はっきりつけたい性格で、曖昧にしておくのが嫌。日本人特有の『場の空気を読む』とかも苦手です。あとは相手の感情を読み取るのがあまり得意じゃないんです。いわゆる『共感力』みたいなものは、ほとんどないかもしれない(笑)。興味・関心の偏りとか、こだわりの強さも小さい頃から変わっていないですね」
社会に出て仕事をする場面において、他者との関わり合いは避けて通れない。「人の感情が読めない」「共感ができない」といった石倉さんの特性は、ビジネスシーンにおいてデメリットに働かないのだろうか。
「特にマネジメントでは苦労しました。僕自身は仕事で悩んだり、落ち込んだりすることがあまりないんです。悩んでも答えが出ないなら、考えても仕方ないって思っているから。部下に悩みを打ち明けられても、『こうしたらいいんじゃない?』と思ったことをストレートに伝えてしまう。僕の言葉で傷ついてしまった人もいると思います」
こうした特性を抱えながら、これまでどのようにキャリアを築いてきたのか。そう聞くと、「まわりが寛容なだけ」とあっけらかんと笑う。
「あえて言うとすれば、年齢を重ねるごとに『こういう発言をすると相手が傷つくらしい』というパターンを学習してきて。数式を解くみたいに、学習したコミュニケーションのパターンの中から相手に合わせて振る舞うように気をつけていますね」
さらに、「苦手なことからは逃げてきた」と続ける。
「僕は、常に自分の強みや得意を発揮できる場所に身を置くようにしているんです。どんなに能力やスキルを磨いても、環境やメンバーとの相性によっては価値が発揮できない場合もありますよね。それに、苦手なことを克服しようとすると自分に自信がなくなって、つらいだけじゃないですか。
だから、『自分が一番になれる場所』を探す努力は人一倍してきました。そして自分が『できない側』に回りそうになったら、環境を変えて、一回逃げてみる。それが僕の“生存戦略”です。
例えば僕の場合、得意なのは営業。もちろん、世の中には僕よりも営業が得意な人はたくさんいるでしょう。それでも、『自分が一番になれる場所』——つまり、僕の能力やスキルが必要とされている環境にいられたら、ちゃんと成果が出せる。そうやって成功体験を積み重ねることで自分に自信をつけて、自己肯定感を上げていくんです」
「苦手」を克服するより、「得意」が生かせる場所へ
苦手なことからは逃げる。そして自分の強みが生かせる場所へ行け。なんともフラットで合理的な発想だ。しかし、そもそも自分の得意や強みが見つけられずに悩む人もいるだろう。
営業という武器で活躍してきた石倉さんは、どのように自分の「得意」を見つけてきたのだろうか。
「僕は『得意』とか『苦手』とかって、自分ではなくまわりが決めることだと思っていて。自覚していなくても、得意なことって誰でも一つはあるものです。例えばみんなは苦労しているけれど、自分は苦なくできることは『得意』だと言えるんじゃないでしょうか。
それを見つけるためにも、周囲の人をよく観察することが大切です。『こうすればもっと簡単にできるのに』ってもどかしく感じる瞬間があったら、それがあなたの『得意』かもしれません」
「得意」や「苦手」はまわりが決めること。社会では“苦手を克服せよ”という風潮が根強くあるが、「苦手」なことにはどう対処したらよいのだろうか。石倉さんは「苦手にも2種類ある」と分析する。
「一つは自分が苦手意識を持っていて、まわりからの評価も得られないこと。もう一つは自分が得意だと思っていても、まわりから評価されないこと。
後者の場合、評価のギャップが『個人の努力不足』と捉えられて、『克服すべき』だと言われやすい。でもいくら努力を重ねたとしても、自分もまわりもハッピーな結果にならないことが多いんです。
無理に『苦手』を克服しようとするより、自分の『得意』を存分に生かせる環境を見つけた方が、楽しく生きられるんじゃないでしょうか」
私たちには一人ひとり「違い」があるからこそ、豊かで多様な社会が形成されていく。しかし、時に「違い」が“欠陥”のように感じたり、まわりと同じように生きられない自分を責めて、苦しくなったりすることもあるだろう。そんな時には、思い切って“逃げ”てみるのはどうだろうか。自分らしく輝ける場所は、きっと近くにあるはずだ。
取材・執筆:安心院彩
撮影:阿部健太郎
1982年生まれ。群馬県出身。株式会社リクルートHRマーケティング入社。2009年に当時5人の株式会社リブセンスに転職し、事業責任者として入社から2年半で東証マザーズへの史上最年少社長の上場に貢献。その後、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)のEC事業本部で営業責任者を務めたのち、新規事業責任者・採用責任者を歴任。2016年より1,500人以上のメンバーがほぼ全員フルリモートワークで働く株式会社キャスターの取締役CRO(Chief Remotework Officer)に就任。
著書には『コミュ力なんていらない 人間関係がラクになる空気を読まない仕事術』(マガジンハウス)、『会社には行かない 6年やってわかった普通の人こそ評価されるリモートワークという働き方』(CCCメディアハウス)がある。
Twitter @kohide_I
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