介護は家族が犠牲にならなきゃ、なんてない。
「株式会社 LIFULL senior」代表取締役として、日々挑戦を続ける泉雅人。2002年に明治大学を卒業後、営業、人材系、ITベンチャーと順当にキャリアを積んでいき、2010年1月、LIFULL(旧ネクスト)に仲間入りした。入社後は、介護の世界で奮闘。携わった老人ホーム・介護施設の検索サイト「LIFULL介護」を業界最大級のサイトに成長させるなどその手腕を存分に発揮した。泉が成果を上げるまでには、どんな努力をし、どんな挑戦をしたのか。そこにはどんな既成概念が存在し乗り越えたのだろうか。本人に話を聞いた。
いまの日本が直面している社会課題に「高齢化」がある。よく言われている「2025年問題」だ。人口推計(総務省統計局)によると、2025年に3677万人になる高齢者の約6割が後期高齢者の年齢に達し、要介護者は800万人を超える。これに伴い、介護や医療などの社会保障費の急増だけでなく、介護を受ける人やその家族の人をとりまく社会構造やしくみ自体が大きく変動する可能性がある。そんな日本の多くの人が必ず直面する「老後の不安」を払拭するために、いまどんな取り組みが求められているのだろうか。
介護の既成概念は、
テクノロジーによって薄れていく
2002年に大学を卒業した後、数社を経て2010年1月にLIFULLに入社した泉。社会人となってからはどのようにしてキャリアを積み上げていったのだろうか。
「学生時代、私は、自分で事業を作って世の中に価値提供ができる人間になろうと考えていました。そのためにまずは、基礎的なビジネススキルである“お金を稼ぐ力”を身に付けようと、大学卒業と同時に営業職に就きました。その後は人材業界にも転職し、そこを通じてさまざまな業界に携わることができました。当時は2000年代中頃でちょうどAmazonやGoogleが日本でも知られてきたというタイミング。そんなある日、ネット業界に関連したある1冊の本を読んだときに、『インターネットに関わっていないと人生損するな』と思わされ、それがきっかけで立ち上げ直後のITベンチャーへ転職しました。約3年間はそこで働きましたが、誤解を恐れず言うと、当時はお金を稼ぎたいという一心で仕事に取り組んでいました。ただ正直そういった考えで働くのはとてもつらかったというのが本音です。その後会社を離れるときに、『どうせ自分の人生の時間を使って何かをするなら人の役に立つことをしたい』と思い、本気で探して出合ったのがLIFULLでした。LIFULLのビジョンやカルチャーに共感して入社しましたが、私がやりたいと思っていた『社会課題を解決する』や『人の役に立つ』ということに携われる、と感動した覚えがあります」
そして、LIFULL入社後に泉は介護のマーケットに足を踏み入れることとなった。
「最初に『介護』という言葉を聞いて、一般的に『介護』という言葉自体に対してネガティブに捉えている人が多いなと思いました。たしかに、決して華やかな世界ではないですし、マスメディアで報道される内容は大抵“負”の面ばかり。つらいとか厳しいとか業界が大変だという情報しか表に出ません。もちろん本当に大変な思いをしている人もいるんだとは思いますが、実際に私が携わっている取引先の経営者たちに話を伺ってみると、ほとんどの人が熱い思いとやりがいを持って仕事に取り組んでいることがよくわかりました。ある経営者の方に会ったとき『自宅で最期を迎えたいという人が多いのは人情としてわかります。しかし私たちの施設を選んでくれるのであれば、自宅ではなくここに入って良かったと言ってもらえるようなサービスを提供したい』と仰っていました。この業界の人たちはみんなこういう想いを持って仕事をしているんだ…。これが最初に介護のマーケットに飛び込んだときの感想でした。しかしこのような働いている方々の想いはあまり世の中に伝わっていません。そのため私は、老人ホームに入居したいと思っている人に、そこでどんな人がどんな想いを持って働いているかを伝えると入居先を選びやすくなるのではないかと考えました。たとえば『施設長の人柄や考え方』という情報です。実際、施設長の考え方ひとつで施設の雰囲気や心配り、サービスの細やかさなどが変わることが多いんです。でもこんな情報がスペックなどの情報よりなぜ入居先探しで重要なのかって思いますよね? それは老人ホーム探し特有の事情があります。老人ホームを探す人の多くは子世代の方たちです。当然“自分の親がそこに入って幸せに暮らせるかどうか”を一番の基準に置きます。そのとき入居先の人たちの想いが大事な選択軸になるのは当たり前だったんです。そんなところからLIFULL介護のサービスは改善を重ねていきました」
より多くの人が課題を解決できる世界をつくりたい
現在、LIFULL senior代表取締役として日々まい進している泉だが、どのような事業に取り組み、どんな挑戦をしているのだろうか。
「私が現在取り組んでいる事業は大きく3つです。老人ホーム・介護施設の検索サイト『LIFULL介護』、遺品整理サービス『みんなの遺品整理』、介護や老後の不安を解消する情報提供を配信しているウェブメディア『tayorini』。それぞれのサービスをより良くするために日々業務に励んでいます。LIFULL介護はネットでの老人ホーム・介護施設探し以外にも、介護について“知りたい”ということに対する、知識や経験・事例を発信してきたメディアです。今後は、もっとできることを増やしていきたいです。たとえば、いまスタートさせているオンラインで入居前に老人ホームを見学できるサービスが、誰もが使う当たり前のものにしたいですし、より便利で役立つツールにしていきたいです。ほかにも、介護サービスを選ぶことに対して、いまだに多くの方が持つ「罪悪感」に似た思いを払拭したいですね。そのためには自社の事業を良くしていくことはもちろんなのですが、ひとりでも多くの同志を集めることが大事だと思います。そういう意味では、同志を集めていくことが私の今の挑戦なのかもしれません」
介護サービスを利用することに対して壁を感じてしまう人がいる中で、さまざまなツールを用いてそのハードルを下げる泉。その延長線上にはどんな理想があり、彼はどんな世界をつくり出していきたいのだろうか。
「そもそもですが、人が一生で働く20代後半から65歳の定年までの前半の時間と、定年してから亡くなるまでに過ごす後半の余生の時間というのはほぼ同じで、約10万時間といわれています。そのうち前者の定年までの期間においては、これまでさまざまな企業が便利なツールやサービス、選択基準や知識を世の中に提供し、だいぶ可視化されてきたのではと思っています。しかし、後者の余生の時間においては、一般的にまだまだ可視化されていないと思っています。正直、初めて介護に直面した方で、施設をどうやって探せばよいのか正確にわかっているケースはほとんどないと思います。その他にもまだまだ不透明な不安があるこの後半の期間、私たちのサービスを通じて日々の暮らしなり仕事なりの課題が解決され、さらに老後の不安がなくなるといった流れをつくれたらいいなと思っています。そういう世界観がつくれると、シニアの暮らしに関わっている人々の中から笑顔になる人が増えていく、そう私は信じています」
介護のノウハウを世界に供給していきたい
そんな泉が思う理想の介護の姿は何なのだろうか。また彼は何を成し遂げたいと思っているのだろうか。
「一番の私の思いとしては、年を取って老いることに対するネガティブな考えをポジティブに変えたい。もしそのきっかけを僕らがつくれるとしたら、今度はその考え方自体を世界に展開したいと考えています。そうすると、世界的に見て日本にチャンスがやってきます。なぜなら、日本の高齢化率は世界の中でもダントツトップ、かつ40年連続1位という状態ですが、言い換えれば介護業界のノウハウやビジネスが確実に蓄積されてきている。一方で、他の先進国もこれから高齢化率が上がっていきます。つまり、介護業界自体を産業としてとらえたときに、世界に誇れる産業の一つになるんじゃないかと私は思っています」
そして、介護の既成概念は今後薄れていくという。
「介護は、多くの場面で人手を必要としますので、一人の方が抱え込んでしまうと、どうしてもキツいし辛い思いをしてしまいます。しかし、いまは多くの介護のプロに「介護を任せる」選択肢があります。またテクノロジーも進化しており、センサリングやAIの発達で、多くの人手が必要だった介護の中身そのものも変わっていくと思います。そうした人やモノの進化で介護の負荷が軽くなったら、介護を理由に離職する人も減り、ただでさえ減っている労働人口の減少にも良い影響を与えられると思います。さらに今後はオンラインで人との関わり合いを持つことがますます増えていきます。なかなか会うことのできない家族同士が気軽にオンラインサービスでつながることができれば、高齢者の方の生活に潤いを与えるだけでなく、家族の在り方や社会との接点の持ち方を根本から変化させることすら考えられます。このような技術の進化で介護に多くの人が描いていたネガティブな既成概念は薄れていくと思いますよ」
1979年生まれ、埼玉県出身。株式会社LIFULL senior代表取締役。
2002年に明治大学卒業後、数社の転職を経て、2010年に株式会社ネクスト(現株式会社LIFULL)に中途入社。入社後は新規事業であった介護事業に携わり、立ち上げに携わった前任者から事業を引き継いで、成長を牽引。2015年、株式会社LIFULL seniorの代表取締役に就任。老人ホーム・介護施設の検索サービスや介護に関するウェブメディアの運営などを通して、介護業界の発展に貢献。
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