お金は稼ぎ方と貯め方だけおさえていれば大丈夫、なんてない。 ―肉乃小路ニクヨが語る、お金に価値を与える増やし方と使い方―
「お金の話をするのはマナー違反」。そんな風潮を感じたことはないだろうか。今回取材した“経済愛好家”である肉乃小路ニクヨさんは、お金への興味をオープンに話し、積極的にメディアで発信している。いい家や車を買える、ブランド品がたくさん買えるなど表面的な側面だけではない、お金の本質的な価値とは。意外な「自分のあり方とお金のつながり」とは。ニクヨさんに話を伺った。
「老後資金2,000万円問題」が話題になってから久しいが、厳しい日本の経済状況のなかで、お金に関する不安を抱えている人は少なくないのではないだろうか。
内閣府「社会意識に関する世論調査」によると、「経済的なゆとりと見通しが持てない」と回答した20~30代は、2022、2023年ともに大きく増加し、長引く物価高が特に若年層の経済的不安となっているそうだ。(参照元:内閣府 世論調査)
誰にとっても身近で、悩みや不安の原因となるお金だが、どうしても難しく重いトピックだと感じてしまうことはないだろうか。また、お金について人とオープンに話し合って学びを得る機会もほとんどないのではないだろうか。そこで“経済愛好家”を名乗るニクヨさんに、お金を自分ごととして感じるための考え方や“価値あるお金の使い方”のヒントをもらった。
お金があって一番いいことは、嫌なことを断れるところ
ドラァグクイーン × 金融機関勤務
「経済愛好家」「コラムニスト」「ニューレディ」。
さまざまな肩書きを持ち、経済・お金・ライフハック・人生観を独自の視点で語ることで知られている肉乃小路ニクヨさん。慶應大学を経て証券会社に就職後、銀行と保険会社でキャリアを積んだ。大学在学中に女装をはじめ、会社員と並行してショウガール・ゲイバーのママとしても勤務していたそうだ。2023年には著書『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』(KADOKAWA)を出版。現在はYouTuberとしても活躍している。
ニクヨさんが金融系・経済系の発信をするようになったきっかけは、会社勤めのかたわら行っていたドラァグクイーンの活動だ。最初は恋愛相談や人生相談、ライフハック的なことを発信していたところ、「ドラァグクイーン×金融機関勤務」の組み合わせが面白いと、with onlineから金融系・経済系コラムの執筆を依頼された。
「そんなに自分の金融機関勤務という経歴が売りになると思っていなかったんですよ。でも発信を始めたら、自分の経験してきたことが、こんなに人の役に立つんだなというのはすごく実感して。それまでよりも明らかに反応が良かったので、『私の売りってそれだったんだ』と、後から気づきました(笑)」
“異日常”を感じることで自己投資
金融系・経済系のトピックでさまざまな発信をしているニクヨさんだが、2023年には著書 『確実にお金を増やして、自由な私を生きる! 元外資系金融エリートが語る価値あるお金の増やし方』(KADOKAWA)を出版した。この本の大切なキーワードで、タイトルにも入っている「価値のあるお金」とは一体なんだろうか。
「お金ってやっぱり使わないと価値を持たないと思うんですよね。だから、稼ぎ方や貯め方だけじゃなくて、使い方や回し方の話もしたいなと思っていました。ただ増やすだけじゃない、どう使ったらより良い人生の役に立てられるかということを主題に書いた本なんです」
ニクヨさんによれば、同じ「稼ぐ」でも“良い稼ぎ方”と“良くない稼ぎ方”があるそうだ。それは泡銭なのか、キャリアに繋がる仕事で得たお金なのか。そういったことが重要になってくるという。また、それをどのように使うかでお金の価値が変わってくる。
投資などで稼ぐことも重要だが、並行して自己投資をすることをニクヨさんは、強く勧めている。自己投資には、勉強や体験・経験が挙げられるが、特に強調していたのが、旅行だ。
「旅行のメリットってなんなんだろうって考えたときに、やっぱり日常から離れることができる非日常、あるいは“異日常”だと思います。“異日常”は、普段とは異なる文化圏で、現地の人の日常に混ざるという意味で使っています。例えば、観光名所のレストランに行くのではなくて、スーパーに行って現地の食材で料理をすること。そういった日常と近いけどもちょっと違ったところに自分の身を置くことで、普段の生活を俯瞰して見られるんですね。そうやって日常の大切さに気づいたり、日常を改善するアイデアが浮かんできたりする。それを実践して少しずつ改善していくことをやっていると、いい方向に進んでいくんじゃないかな」
お金は心の安定剤
お金についてオープンに分かりやすく発信しているニクヨさんが考える、お金が持つ最大のメリットは、「嫌なことを断れること」。フリーランスなら、受ける仕事を選べるかどうか。会社員なら、好きなタイミングで転職できるかどうか。そういった決断の際に心の余裕をつくるのは、やはり貯金だろう。それは日常的なことにも言えて、苦手な掃除をアウトソーシングすればストレスが減り、自分にとってより大切なことに時間が割ける。
「お金があればなんでもできるとは私は思わないし、お金が一番じゃないってことも知っているんだけども、お金があって一番いいなと思うのは、嫌なことが断れるところ。そうすれば、もっと自分が意欲的に取り組みたいことに集中できる。そうすると、より良いお金の稼ぎ方ができるようになる。そうするとまたさらに余裕ができて、もっと嫌な仕事を受けなくて良いようになる。そういう良い循環や連鎖みたいなのがあるんじゃないかなと思うんです。そう考えるとやっぱりお金は『心の安定剤』。心に余裕を与えてくれるものだから、すごく大事にしてほしいなと思うんですよね」
また、お金がもたらすのは経済的な安定にとどまらず、社会のなかに自分の価値を生み出す一つの方法という意味でも「働くこと」の重要性を唱えている。
「死ぬまで働き続けたいんですよ、私。子どもがいないし、悲しいかな自分が残せる価値、自分の価値を発揮できるのも労働しかないんですよ(笑)。だから少しでも長く働いていきたい。そのために『価値ある自分作り』に、お金を使い続けていきたいっていうのはありますね。なんでかというと、働くことは自分の持っている能力を発揮できて『ありがとう』と言われて、お金をもらえるという素晴らしいこと。そう考えると『仕事』って、一回で三回くらいおいしいんですよね」
「お金=幸せ」ではない。では、幸せの意味とは?
お金や経済について話すときに忘れてはならないのが、社会構造の問題だ。経済的に恵まれない家庭に生まれた人や人種/セクシュアリティ/ジェンダー/障がいなどを理由に社会的マイノリティと呼ばれる人には、与えられる機会が平等ではないことがあるのも事実だ。ニクヨさん自身は、恵まれた経済的環境のもとに生まれたが、セクシュアリティなどを理由に苦労したこともあるそうだ。
「自分は実のことをいうと本当に恵まれていて。親が大学までの資金をしっかり出してくれたから、奨学金とかの返済をしなくてよかったため、比較的簡単に貯金ができました。自分が恵まれていることは、発信していくうえで意識しないといけないと思っています。一方で、私は大学を卒業する直前くらいに親にゲイであることがバレてしまいました。新卒で就職してすぐに病気になったけれども、いろんなところで冷たくされて。家を出ないといけないような状況で、最初は四畳一間の風呂無しのアパートから東京での生活を始めました。親は口も聞いてくれない状態で、それは今もそうです」
当時、そんな大変な日々を過ごしながらも、ニクヨさんは「限られたリソースのなかでどう選択をしていくか」を重視していたと振り返る。
「人間って、会社もそうなんだけども、持たされた資源で闘っていくしかないんですよ。だってどっちにしろ不公平は存在するから。だからすごく気持ちは分かるんだけど、人のことを羨ましがったって自分の資源や持ち駒が増えるわけじゃないんですよね。だったらこの与えられた資源のなかでどう楽しく幸せを感じながら生きていくかってことになるべくフォーカスをするのがいいと思います」
「人生は経営だ」は、ニクヨさんがよくメディアで使っている言葉だ。限られたリソースのなかで資源を最大限活用し、どう成長していけるか。それは会社の経営のようなもの。ニクヨさんの人生観から見えてくるのは、お金が単なる物質的なものではなく、選択肢や心の余裕を生み出すためのツールであるということだ。お金をどう使い、どう稼ぐかが、私たちの生き方や価値観を大きく左右する。
また、ニクヨさんが「幸せが“感じられる”」という表現を使ったのは、もう一つの大きなポイントだ。お金や仕事の重要性についてここまで話してきたが、ニクヨさんは「お金=幸せ」だとは考えていない。最後に、ニクヨさんに幸せとは何か聞いてみた。
取材・執筆:南のえみ
撮影:阿部拓朗
「経済愛好家」「コラムニスト」「ニューレディ」。
1975年東京都出身。幼少期から高校まで千葉県在住。渋谷教育学園幕張高等学校卒業。慶應義塾大学総合政策学部卒業。大学在学中(1996年)に女装を開始。証券会社に就職後、銀行と保険会社でキャリアを積む。 会社員と並行してショウガール・ゲイバーのママとして勤務。 経済・お金・ライフハック・人生観を独自の視点で語る。
Instagram nikunokouji294
X @Nikuchang294
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