ショートフィルム『ホンネのへヤ』。ジェンダーと多様性をテーマに10人が語り合う
ジェンダーという言葉が広く使われるようになってからどのくらいが経っただろうか。程度の差はあれど、多くの人が、性別による格差の存在に気づき始めている。
一方で、積極的にジェンダーの話をしたいかと言われると「そうでもない」、あるいはむしろ「あまり話したくない」と考えるひとが多いのも現実だ。問題があることはわかっているけれど、目を背けてしまう。それはなぜなのだろうか。
LIFULLでは、性別も職業も年齢も異なる10人に「ジェンダーと多様性」をテーマに語り合ってもらった。映画監督、映像作家の関根光才監督がモデレーターを務め、参加者たちがそれぞれが抱えるジェンダーについての考えや悩みを話す。その様子を記録したショートフィルム『ホンネのヘヤ 対話から始めるジェンダーと多様性。』を紹介する。
ショートフィルム「ホンネのヘヤ」概要
「話を聞く」プロセス
仲の良い友達や家族同士でも、なかなか真剣に語る場所がないジェンダーの話。今まで面識のなかった人と本音で語り合うのもハードルが高いはず。それでも、この場に参加した人たちにはそれぞれ抱える思いがある。
第一部は、参加者の1人能美たかこさんの抱える悩みを参加者の皆で聞き、語り合うパートとなった。シングルマザーとして2人の子供を育てながら働く能美さん。家族の時間も、自分も追いかける時間も大切にしたいと奮闘してきた。それに対し、周りの反応は必ずしも温かいものではなかったという。「あなた母親なんだから」「子どものことを愛しているように見えない」といった冷たい言葉をかけられ、能美さんは女性・母親としての役割に当てはめられることに苦しんでいる。「私は子どもを愛しているし、だからこそ自分らしく生きる私を子どもにも見せたい」と涙ながらに話す能美さんに、同じような環境を見てきた人々から温かい言葉が寄せられた。
「お母さんがキラキラしているほうが子どもにとってもいい影響があるだろうに」と語るのは、同じくシングルマザーとして子育てしながら働く秋庭麻衣さん。働きながら働く母に育てられた筌場彩葵さんは、「自分の好きなことをしている母をすごく尊敬していた」と続ける。
「世間の母親像を目指して頑張ったがそうはなれなかった」と語る能美さんだが、周りの参加者からの言葉を受けて、自分らしく生きることへの覚悟を改めて固めた。「誰が何と言おうと私は子どもを愛しているし、私は私を生きる」と話す能美さんには力強さを感じる。
「話をする」プロセス
続いては、参加者全員でひとつの切り口を元に話し合いをするパートだ。テーマは「男らしさ」について。團上祐志さんの「男性性から降りたい気持ちがある。しかし男性が優遇されている社会でどういったアティチュードが取れるのか」といった悩みから対話が始まった。
いまだに男性優遇が続く社会の中で、「下駄をはかされている」という自認があるという團上さん。当事者となる男性も、それ以外の性に当てはまる人も、「有害な男性性」にどんな意識を持っているのか、どう向き合っていくべきなのか、トークが展開された。
團上さんと同じく男性の中島琢磨さんも、専業主夫という選択をしたことによって、「男らしさ」の違和感と向き合ってきた。
中島琢磨さん:専業主夫だから『奥さんに世話になりっぱなしで大丈夫?』とネガティブな声をかけられているかと思っていたけれど、全く言われないどころか、褒められることが多かった。なんで自分が男性であるだけで、そんなに褒められるのか違和感がある。女性は育児中も街中での困難なども多いのに、男性である自分はそんなことがない。
育児や家事をするのは女性。いまだにそんな意識が根付いている社会だからこそ、男性が家事や育児に取り組むとそんな意識が生まれるのかもしれない。一方で、男性もまたジェンダーバイアスをかけられて苦しむ場面もあるのではないだろうか。
秋庭麻衣さん:「男性の方がジェンダーバイアスで見られて苦しい時もあるのではないでは?男性が時短勤務を何年間もするってなかなか難しいですよね。本当はもっと子育てに専念したい人もいるのでは。男性も本当にステレオタイプなイメージを背負いながら生きなければならなくなっている気がします。
さらに、社会に存在するジェンダーは男性と女性だけではない。トランスジェンダーとして、「女性」としての経験も「男性」としての経験も持つ筌場彩葵さんからはこんな意見も出た。
筌場彩葵さん:性別を変えたのは、「男性性から降りる」ための一つの選択だったのかも。でも、女性になって身の危険を感じるとかマウントを取られたりすることもある。それから、トランスジェンダーの女性がネットで叩かれることもよくあって、女性でもあるけれど男性の経験・男性器があることで、女性の安心安全を脅かす存在として見られてしまうこともある。私たちの背景にはそれぞれの痛みがあって、それは比べようがないけれど、男性・女性のさらに周縁に自分たちがあるのでは、と感じます。
それぞれの視点から、男性性を切り口にジェンダーへの考え方を話し合う場になった。
ジェンダーの話をホンネでするために
この場に集まった10人も、それぞれの別の価値観・考え方を持っている。それでも互いの話に耳を傾け、真摯に向き合って語り合っていた。
参加者の1人、柚月恵さんが「(ジェンダーや性への考え方は)本当に人それぞれだから理解できるとするのもおこがましいのでは」と語るシーンがある。それでも、理解できないから知ろうとしない、考えようとしないのではなく、理解できなくても、ただ相手に寄り添おうとする姿勢がこのショートフィルムの中には溢れていた。
語り合わなければ、自分が何を知らなくて、何をわかっていないのかすらわからない。このショートフィルムのようにジェンダーや性の話を気軽にできる場がもっと必要なのではないだろうか。
執筆:白鳥 菜都
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