LGBTQ同士なら正しく理解しあえて当然、なんてない。
近年における行政の取り組みや、ダイバーシティ(多様性)社会に向けての動きとともに、LGBTQといわれる人々の存在は広く知られるようになってきた。だが、LGBT総合研究所の代表を務める森永貴彦さんは「日本の社会の中で当事者々に対する理解はまだまだ進んでない状態」と語る。

LGBTQといわれる人々について、あなたはどのようなイメージを思い浮かべますか? そして、そのイメージは本当に正しいという自信がありますか……? 根拠のない誤解、偏見、嘲笑にストレスを感じる当事者は非常に多いと語るのは、LGBT総合研究所代表の森永さん。その背景には、LGBTQについての正しい理解が得られていないという事実と、「男女の性的役割はこうあらねばならない」という既成概念があるという。当事者を取り巻く現状を変えていこうと奔走する森永さんに、多様な個性を持つ人々との向き合い方と、誰もが自分らしい生き方を体現する方法について話を伺った。
多様な性のあり方を
正しく知ってもらいたかった
森永さんが代表を務めるLGBT総合研究所が目指しているのは、多様な性のあり方の下で生きる人たちが持つ感性を生かし、社会に新たな価値を生み出していくこと。そのためにLGBTQにまつわる情報を集め、調査をし、多様な性のあり方を“正しく”知ってもらうこと。
この発想が生まれたのは、森永さんが大学生のとき。自分と同じゲイの友人が増え、彼らがさまざまな分野で才能を発揮している姿に感動すると同時に、「これだけ多様で素晴らしい感性があるなら、それを生かした新しいビジネスができるんじゃないか?」と思い描いたことがひとつのきっかけになったという。
LGBTQの人々に対する心ない言葉や、根拠のない誤解を解消したいという思いもあった。
「さまざまな性のあり方を受け入れる、受け入れないは個人の自由だと思います。でも、仮に無意識だったとしても『おい、オカマ!』というような言葉や、『ゲイは女性的、レズビアンは男性的』『同性愛者は異性の格好をする』『ゲイはオネエ言葉を使っている』といった誤解や思い込みで傷ついている当事者はたくさんいる。これは僕自身もたくさん経験してきたことです。こういった偏見をなくすためにも多様な性のあり方や彼らが持つさまざまな側面を、多くの人たちに正しく知ってほしいと思うようになったんです」
“見えない存在”とされているのに
根拠のないイメージばかりが広まっている
いざ事業を始めて気づいたのは、LGBTQの人たちに関する情報の少なさや曖昧さ。海外では「LGBTQとはどんな人たちなのか?」「どういう暮らしや消費行動をしているのか?」といった調査や研究がすでに行われているにもかかわらず、日本には公的な調査に基づいたデータというものがまったくなかったという。
「LGBTQに対する日本の取り組みが遅れているのは、歩んできた文化の違いによるものでしょう。例えば海外では1970年代から男女平等やLGBTQについての活動や議論が盛んに行われるようになっていきました。一方、高度経済成長の真っただ中、日本では『男は外で働き、女性は家を守る』という家族像が理想とされていた。当時の社会的な性的役割を、その後も変えずに進み続けた結果が、いまの日本というわけです。だから女性の社会進出が始まってもさまざまな課題が未解決のままだったり、『~べき論』に縛られた教育が続いてしまったことで、誰もが自分の性のあり方に誇りを持ちづらい社会になってしまった。LGBTQについての理解がなかなか深まらないのも、そもそも考える機会自体がなかったからなんだと思います」
加えて課題と感じたのは、なんとなくLGBTQのことを知ってはいても、「自分の周りにはいない」と思っている人が非常に多いこと。つまりは、存在そのものがまったく認知されていないということだ。
「当事者側が偏見を恐れ、本当の自分を隠して生きているという側面もあるとは思います。けれど、誤解や偏見が絶えないのも、彼らのことを正しく知らない人が多いから。そういった“見えない”アイデンティティを持つ人に対する理解を広げることの重要性を常々感じています」
毎年、大規模な定量調査を行い、当事者のリアルな姿をデータ化し公表していくこともLGBT総合研究所の柱となる取り組みのひとつ。その背景には、見えない存在とされているにもかかわらず、「ゲイの人はファッションが好きそう」「恋愛相談に乗ってくれる」といった、当事者の人たちでさえも不思議に思うような「思い込み」が広まっていることへの不安もある。
「こうしたイメージって、本当に正しいのかどうかわからないもの。だから確かめる必要があります。周囲が根拠なくイメージで語ってしまうこと、LGBTQの話に限らず、自分のことに置き換えて考えると少し不思議に思っちゃうんです。だからこそデータで確かめ、正しい知識を取り入れ、目の前にある事実をきちんと伝えていくということは、お互いが尊重し合うためにすごく必要なことだと思うんです」
LGBTQコミュニティの中でも
まだまだ理解が足りていない部分がある
「正しい知識を持ち、理解してもらう」ことは当事者以外に向けての話ではない。LGBTQの当事者コミュニティの中でも、自分とは違うセクシュアリティを持つ人に対する理解は未だに浸透しきれていないという。
「これは会社を立ち上げた当初、私自身がすごく反省したことなのですが、『LGBT総合研究所』を名乗っているのに『LとBとTのことを知っているのか?』と聞かれても、なかなか答えられなかったんです。だから必死に調査を進めて結果を読み込んで、『なぜこの結果になるんだろう?』とわからないことがあれば、理解できるまで当事者に聞く。このやりとりをずっと繰り返しました」
その経験を経て気づいたのは、それぞれのセクシュアリティの人たちがみんな違う価値観や生き方をしていて、簡単にLGBTQという言葉でひとつにくくれるものではないということだ。
「昨年、レズビアンの方が主催している女性限定のイベントで、男性から女性になられたトランスジェンダーの方が入り口でお断りされるという出来事があったんです。身体性が女性の方は入場できるけど、もとの身体性が男性であるトランスジェンダーの方は入れませんと。非常に難しい話なのですが、この出来事はコミュニティの間でも大きな議論になりました。マイノリティといわれる小さな世界の中でも、未だに衝突が起きてしまうわけです。自分とは異なるセクシュアリティの人たちを理解し、尊重し合うということはLGBTQコミュニティ全体にとっても大きな課題なのかもしれません」
「多様性=何でも受け入れる」ということではない
当事者に対する理解を深めるため、森永さんたちが取り組んでいる事業のひとつに、企業などでのダイバーシティ研修がある。LGBT総合研究所の創業当初は「多くの人や企業に受け入れてもらう」ことを目的としていたが、最近は「受け入れる」という言葉自体を使わなくなったと森永さんは語る。
「多様性推進とは『何でも受け入れる』ではなく、多様なものを尊重し合っていきましょうという話。そこには当然、既存の価値観や、『受け入れない』という主張も含まれるわけです。また、人はたくさんのアイデンティティを持っています。目に見えるものだと、年齢、性別、人種、身体的な特徴など。目に見えないものだと、性的指向、性同一性や性自認、性表現のほか、宗教などの思想・信条もある。そこで『LGBTQを受け入れましょう!』と強制しちゃうと、『宗教的にLGBTQがダメな人はどうすれば?』ということになってしまいますよね?」
森永さんがこの考えに気づいたのは、自身の母親とのやりとりの影響が大きいという。
「私の場合、敬虔(けいけん)なクリスチャンである母にはカミングアウトをしていなかったんです。キリスト教カトリックでは同性愛は認められていません。だから、知ったら絶対に悲しむとわかっていました。だけど結局、バレてしまい、ひどく母を苦しめてしまうことになりました。母は半年くらい悩み、自分を責め、どうすればいいのか困惑していました」
昨年他界した彼女の日記には、こう書かれていたそうだ。「いいところがたくさんあるのに、このひとつ(性的指向)を許せないが故に、私は自分の息子を愛せないという決断を下すのだろうか?」「受け入れられない部分を持っていても、それ以外のアイデンティティでその人を判断すればいいのではないか?」
「そのときに『あ、なるほどな』と思ったんです。みんな多様な個性があるのだから、価値観の違いや受け入れられない部分を持っているのは当たり前。違いを理解し合ってこその多様性推進なんだろうなと。そのためには、ひとつのアイデンティティだけを見て人格を決めつけるのではなく、いろいろな角度からその人を見つめた全体像で判断することが大切なんだと、改めて強く感じました」
多様な違いを楽しむことが
自分らしい生き方につながっていく
現在の課題は、これまでLGBTQに対して無理解、無関心だった人たちにも正しい知識と理解を深めてもらうこと。既存の価値観を壊したり、変えていこうというわけではない。ねらいは、当事者が持つアイデンティティを正しく知ることで、「こういう考え方もあるんだね」と価値観の幅を広げてもらうことにある。
「『理解する』ことと『受け入れる』ことは違うと僕は思っています。受け入れるかどうかはもちろん本人の自由です。ただ、感覚や思い込みだけで決めるのではなく、相手のアイデンティティをきちんと理解し、考えたうえで判断してほしい。そのためには、やはり多くの方に正しい知識を身につけてもらう必要があると思うんです」
森永さんが目指すのは「受け入れられない人がいてもいい。自分はその価値観で生きることはないけれど、その考え方を尊重するし、攻撃も排除もしないよ」という向き合い方が、スタンダードになっていく未来。LGBTQに限った話ではなく、この「違いを尊ぶ」ことこそが自分らしく生きるために大切なことでもあるという。
取材・文/水嶋レモン

1984年、神奈川県生まれ。2011年株式会社大広入社。マーケティングプランナーとして、企業のリサーチ・戦略立案、事業開発などを担当。2016年に博報堂DYグループ内に株式会社LGBT総合研究所を設立。 当事者としてLGBT・性的マイノリティに向き合う企業をマーケティング視点でサポートし、多様性社会の形成を実現していくことを目指す。現在、企業研修をはじめ、各種メディア取材やセミナーなどで多数の掲載、登壇の場を持つ。著書に『LGBTを知る』(日経文庫)など。
LGBT総合研究所 https://lgbtri.co.jp/
Facebook https://www.facebook.com/LGBTResearchInstitute/
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