素人の集まりには宇宙開発はできない、なんてない。
メンバー全員が本業とは別の“趣味”として取り組んだ宇宙開発で、人工衛星を打ち上げ話題を集めた「リーマンサット・プロジェクト」。しかし、発足時から代表を務める大谷和敬さんは、多様なメンバーをまとめたわけでも引っ張ったわけでもない。仲間のポテンシャルをうまく引き出し、共創を生み出した秘訣とは?
「宇宙開発を行い、人工衛星を飛ばす」と聞くと、大抵の人は知識や技術に対するハードルの高さを感じ、雲の上の話だと思ってしまうだろう。そんな既成概念を吹き飛ばし、宇宙開発の素人だけで人工衛星を打ち上げるという快挙を成し遂げたのが、大谷さんが代表を務める「リーマンサット・プロジェクト」だ。代表といっても大谷さん自身に宇宙開発の知識や技術があったわけでも、組織をまとめて牽引したわけでもない。表に立つよりメンバーのサポート役に徹しながらも、共創を生み出す環境を作るチームマネジメント力の基盤は人に対する興味と好奇心にあった。
気の置けない会話の化学反応で夢だった
宇宙開発が現実味を帯びてきた
2018年9月、一基の人工衛星が鹿児島県の種子島宇宙センターから宇宙へ飛び立った。開発したのは宇宙開発を趣味とする一般のサラリーマンや学生たちの団体「リーマンサット・プロジェクト」。メンバーにはエンジニア、デザイナー、法律関係者、起業した人、大学生、高校生、自由人など、多様な肩書の人々を擁しているが、普段から宇宙開発に関わる人は誰もいない。代表を務める大谷さんも普段はソフトウェアの会社で営業として働くサラリーマン。子どもの頃から宇宙開発に興味はあったもののあくまで宇宙好きなだけであって、本気で人工衛星を作るという発想はまったくなかったという。
すべては2014年、新橋の居酒屋での雑談から始まった。メンバーは大谷さんが趣味で参加した宇宙関係のセミナーで意気投合した仲間と、大谷さんの前職の先輩知人の5人。最初はよくある仕事の悩みや世間話をざっくばらんに交わし合うだけだったが、次第に宇宙開発についての話題が増えていくように。互いに刺激を受け合ううち、会話の流れも客観的なものから「こうしたらもっと盛り上がるんじゃないか?」と主観的なものになっていった。
「同世代で同僚でも上司でも先輩後輩でもない、利害関係のない間柄だったので、オープンマインドに話せる感じがすごく心地よかったんですよ。おまけにみんな議論好きで、個々にアイデンティティを持っている。誰かの主張に「こういう考え方もあるんじゃない?」と意見を述べることはあっても否定することはない。前向きなディスカッションができて、そこから何かが生まれたらラッキーだよねと。ただ、その時は話して盛り上がって楽しいという感じで、具体的な目的は置いていませんでした」
同志の熱い思いに押されて本格的な活動を決意
活動にギアを入れたのはメンバーのひとりが雑談のタネに持ち込んだアメリカの人工衛星キットの話題。「これなら自分たちでも作れる」と盛り上がっていたところ、今度は別のメンバーが「人工衛星に関する取り組みを2週間後の展示会で発表しよう!」と決めてきた。しかし物として出展できるものが何もない。そのため、ひとまず「リーマンサット」という団体名を考え、宇宙開発や人工衛星を作るプロジェクトの説明と同志募集のメッセージを書いたポストカードを作って、会場で配ろうということに。
500枚作ったポストカードはすべてはけたものの、名前だけの出展だったため全員が「新しいメンバーが2~3人入ればいいよね」と軽く考えていた。だが、後日行われたキックオフのミーティングには、宇宙開発に対して並々ならぬ思いを持つ24~25名の参加希望者が全国各地から集結。参加はできなかった人からも熱意のあるメールが殺到。そのことが後押しとなり「これは本気でやるしかないな」と意識が変わったという。
「リーマンサット」というネーミングの由来は「サラリーマンが作るサテライト(人工衛星)」というプロジェクト名から取ったもの。「サラリーマンのおっさんたちでも何かできるんじゃないか?」という思いや皮肉も込められているという。
「代表」や「発起人」と役職名を聞くと先頭に立って組織やプロジェクトを牽引していく姿を想像しがちだが、大谷さんたちが選んだのは「仲間が活躍しやすい場を作る」という裏方的な役割。
「専門家と呼べる人はいなくても、宇宙開発を専攻している大学生とか、マニアックな知識を持つ方など、集まってくれたのは本当に熱意のある方ばかり。立ち上げメンバーの5人よりも宇宙開発に詳しい人が多いから、僕らが全体の流れや開発を仕切るより分野ごとの詳しい人にお任せした方が、よっぽど自分たちがやりたいことに近づけるなと思いまして。その分、僕たちはリーマンサット・プロジェクトをどういう場にして、僕らと同じ熱意を持つ方々をどうサポートしていくかを考えることにしたんです」
先頭に立つよりもメンバーの個性を引き出し
自由に意見を出せる場を作る
毎月約80~90人が集まる定例会で伝えているのは、「自分のできること、得意なこと」よりも「やりたいと思うこと」を一番大事にしてほしいという思い。とはいえ、メンバーの中には意見をうまく主張できない人もいる。寡黙な人ほどいいアイデアや実行力を持っていたり、メンバーをあっと言わせるようなプレゼン資料を作ってきたりするという。それをつついて聞き出すのも大谷さんの役割であり、楽しみのひとつだ。
「自分の専門領域だけで物事を考えてしまうと世界観が狭まってしまうし、やり方もカタにハマってしまう。「やったことないけど、これやってもいいですか?」くらいのが、その人の個性を思い切り引き出せると思うんですよね」
そのための試みの一部が、メンバーの前でなんでも好きなことを5分間話せる「なんでもプレゼンテーション」や飲み会などの懇親会だ。それぞれの「これがやりたい」という主張に共感したメンバー同士で新しいプロジェクトが発足することも多く、大谷さんの知らないところで人工衛星とはかけ離れた想定外のものが共創されているという。
「定例会でいきなり現物を発表されて「こんなの作ってたの!?」と驚かされることもしょっちゅう(笑)。うちの団体は宇宙開発といっても人工衛星を作ることだけに限っていたわけではないので、ロケットを作りたい人、ローバーという宇宙用の車を作りたい人、天文イベントをやりたい天文女子(通称・宙(そら)ガール)などなど、いろんな目的の人がいて、プロジェクトにも多様な色がある。僕らの想定にはなかった新しいアイデアがどんどん生まれて来るのを見ると「こういう宇宙開発もあるのか!」とすごくワクワクするんです」
定例ミーティングの様子
いざこざも許容していると価値観の変化による発見や
関係性の進化に巡り合える
しかし、約700人のメンバーを抱える大所帯となると思いをまとめるのも容易ではない。
「正直、全然まとまってないです(笑)。夢中になってくれるのはいいのですが、思いが強すぎたり行動力がありすぎて暴走してしまう人もいますし。「やりたいことをやるのはいいけど、ほかのメンバーにも迷惑がかからないよう気を付けて!」とは伝えてはいるものの、迷惑の定義にも個人差があるのでなかなか難しくて。ただ言葉で伝えるだけじゃなく理解してもらうためのアクションも起こしていかないと……というのは課題の一つですね」
さらに避けられないのが人間関係のいざこざだ。各自が強い思いを持つ一方で、ちょっとした認識のズレや主張のぶつかり合いで仲たがいが起こることもあるという。
「僕が仲裁に入ることもありますが、「去る者追わず、来る者拒まず、出戻り歓迎」というのがうちのルール。仕事が忙しくなったりライフステージが変わって活動と距離を置いた人はもちろん、気まずくなった人もいつでも戻っておいでというスタンスです。その時は受け入れられなかったことでも、時間が経てばスッと腑に落ちる瞬間ってあるじゃないですか。それで関係が修復したり、人に対する接し方が変わったメンバーも多いんです。個人の考え方や価値観が少しずつ変化して進化していく様子を見ることで、他のメンバーや僕自身の考えも変わっていって。6年目となった今では、いつの間にかお互いに助け合える関係やリレーションが出来上がっていたりもするんです」
どんな人でも受け入れる寛容さは「人が好き」という持ち前のポテンシャルと人に対する好奇心、多様な人々にもまれたアメリカ留学時代に培われたもの。喜びと同じ分だけ苦労も絶えないが、この活動のおかげでチームマネジメント力が格段に上がり、本業でも大いに役立っているという。
「もともと人を中心に物事を考えていくのが好きなんですよ。リーマンサットに関しても面白い人に出会えたり、そこから個性や可能性の輪を広げて行けたり。その結果、「なんでこんなもの作ったんだろう?」というのが見続けられる。これも共創ならではじゃないですか。ものづくりに限らなくても、自分の発想を超える出来事が起こる瞬間がものすごく楽しくてたまらないんですよね(笑)」
本業との両立のコツは、「本業は本業、趣味は趣味と割り切り本業できちんと結果を出すこと」と大谷さん。今では社内の人たちも宇宙開発を応援してくれている他、本業でも宇宙開発プロジェクトに関わる案件の担当になることができたと話す。
共創する仲間を見つける一番の近道は人に興味を持つこと
2018年に打ち上げた第1号に続くべく、二基目、三基めの人工衛星の制作も着々と進んでいる。「サラリーマンとOLでも宇宙開発ができたぞ!」というのろしを上げることが2018年のテーマ。一発目が人工衛星になったのは、「何ができるか?」ということよりも、手軽に打ち上げられるものを優先した結果だという。今年打ち上げ予定の二基目には、メンバー一同が「自分たちが作ったものが宇宙にいる様子を確かめるためにも一番やりたい!!」と切望する自撮り機能を搭載する予定だと、大谷さんは表情をほころばせる。
将来への目標について「壮大なビジョンはないけれど、何年後にこうありたいという目的地だけは見えているんです」と語る大谷さんが描くのは、リーマンサットの経験を経たメンバーから「プロとして宇宙開発に携わっているんですよ」という報告を受けること。そして自分の息子たちの世代が主役になり、リーマンサットの仲間たちと共に新しい何かを作り上げる様子を見守っていく、という未来。
「現在10代、20代の子たちが37歳の僕と同じくらいの年になった時に、うちの息子たちが20歳前後になるのですが、そこがつながってくれたらなぁなんて。いつか息子に「お父さん、面白い団体見つけたんだ。リーマンサットっていうんだけど」と言われる瞬間が訪れたらなって(笑)。そのためにもこの団体を次の世代や未来につなげていければと」
リーマンサットの活動だけにとどまらず、メンバーたちもこの活動を起点に、10 年後 20 年後に語り合えるような仲間をたくさん見つけてもらいたいというのも願いの一つだ。
「75 歳のメンバーの方が「俺、この団体に入ってもうちょっと長生きしたいなと思えるようになったんだよ」と言ってくれたことがものすごくうれしくて。好きなことを軸に関わり合うことで幸せな生き方、ひいては誰かの生きがいにもつながってもらえたら本望です」
大谷さんの話を聞いていると、人に興味を持つことがいかに楽しいことか。そのことがメンバーの個性を生かすチームマネジメントや共創、人生をより楽しむ生き方のヒントにつながるかが見えてくる。彼のように無限大のワクワクを生み出す仲間を見つけるにはどうすればいいのか?と尋ねると、「つながり自体は自分の周りにいくらでもあるんですよ。肝心なのは自分からつながろうとする意思なんです」と教えてくれた。
撮影協力/コワーキングスペース茅場町 Co-Edo
撮影/尾藤能暢
取材・文/水嶋レモン
FOUNDER
一般社団法人 リーマンサットスペーシズ 理事。
自称「熱いバカ」
リーマンサット・プロジェクト https://www.rymansat.com
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