いつも“できるやつ”でいるのが正解、なんてない。―「女子あるある」で人気のクリエイターが語る、無理をしない職場コミュニケーション―
春は、変化の時期だ。学生から社会人になったり、転勤や転職で職場がガラッと変わったりする人も多いことだろう。仕事の難しさはさまざまあるが、悩みの種となりやすいのが「人間関係」や「コミュニケーション」。上司との距離、同僚との温度感、雑談の輪に入るべきかどうか。どれも正解が見えづらい。そんな仕事や職場コミュニケーションのモヤモヤを、ユニークな視点で言語化し続けてきたのが、「さもあんすがい」こと菅井敬介さんだ。
菅井さんが女性会社員になりきって演じるショート動画シリーズ「女子あるある」シリーズ。動画内で描かれるのは、組織で働いたことのある人ならば、きっと遭遇したことのあるシーンばかりだ。
リアルな場面を描くことのできる背景には、菅井さん自身が複数の職場で働いてきた経験がある。職場の空気を絶妙に切り取る菅井さんは、多くの人がぶつかるコミュニケーションや人間関係の悩みにどのように向き合ってきたのだろうか。正解探しに疲れた人が参考にできる、コミュニケーションのコツを聞いた。
プライドを捨てると、味方が増える
「なんとかなる」精神で積み上げてきたキャリア
数多くの業界・職種を経験してきた菅井さん。まずはそのキャリアを辿ってみよう。新卒で入社したのは、食品商社だ。大学時代にアメリカへの語学留学を経験した菅井さんは、英語を使った仕事を志向するようになる。
「10代の頃は、ずっと芸人になりたかったんです。でも、留学をしたら海外と日本を繋げる仕事をしようと、急激に目指す方向が変わりました」
入社先の候補はかなり絞り、関心のあったお酒の商社だけを受け、南アフリカのワインを専門的に扱う食品商社に入社した。しかし、東京五輪の開催決定を機に「もっと世界と関われるチャンスがある」と、転職を決める。フリーランスで、五輪関連で来日する各国VIPの滞在をコーディネートする仕事をした。
コーディネーターとして働くうちに出会ったのが、サモアの大使だ。ラグビー経験があった菅井さんはラグビーの強豪国として有名なサモア大使と意気投合。縁がつながり、駐日サモア大使館へ入職することになった。職員は大使を含めて5人ほどの小さな組織で、総務という名の“なんでも屋”として働いた。
さらに、大使館に勤めつつ、お笑い芸人としても活動。事務所に所属して、メディアに出演したりお笑いの大会にも出場したりした。「芸人になりたい」というかつての夢まで叶えた。
刺激的な仕事に満足していた菅井さんだったが、コロナ禍に入ると大使館の仕事を離れざるを得なくなった。その後はIT企業の会社員へ転身し、2社を経験。現在は、起業し会社を経営しながら、SNSでのコンテンツ発信をしている。
こうして見てみると、経験している職場の数がとにかく多い。そして、転職のたびに大きな方向転換をしている。とはいえ、何か仕事選びの共通点はあるのかと尋ねると、あっけらかんとした回答が返ってくる。

「共通して言えることは、『まあ、なんとかなるでしょ』という精神(笑)。あとはご縁ですね」
しかし、続けて話を聞いていると、この「なんとかなる」は、ただの楽観ではなく、どの環境でも人と関係を結び直してきた“経験値の言葉”であることがわかる。
“できる人”を演じない。入社直後は期待のハードルを下げる
ここからは、さまざまな職を経験してきた菅井さんに、職場でのコミュニケーションや人間関係の悩みを解決するコツを聞いてみた。
新卒でも中途でも最も苦労するであろう時期が、入社直後だ。最初の数か月はなかなか周囲と打ち解けられず、緊張するという人も多いのではないだろうか。しかし、数々の職場を経験してきた菅井さんは、どこの職場でも、周囲との関係作りは得意だったという。その極意をこう語る。
「変にプライドを持たないようにすることです」
言葉で聞くと簡単そうだが、意外とこれは難しい。菅井さんがプライドを捨てて働けるようになったきっかけは、1社目での経験にあった。
「最初に入った会社に、すごく怖い女性の先輩がいたんです。当時の僕は新卒で、まだ無駄にプライドもあったので、ミスしても認められない自分がいました。それからだんだん、先輩に怒られないよう、失敗しないようにしなきゃと萎縮してしまって。
でも、これじゃあまずいなと思って、ある時からむしろ積極的に先輩を頼るようにしたんです。『ごめんなさい、ほんとうにわかんないです(泣)』とか、『助けてください~!』とか言って。そうしたら、『また菅井ちゃんは〜』と、助けてくれるようになって。それから、周りとの関わり方のコツを掴んだ気がします」

実際、その後の職場でも菅井さんは「分からない」を隠さなくなった。転職直後はわからないことがあっても問題のない時期だからこそ、見栄を張らずにとにかく質問する。
「入社したら、上司や先輩、同僚を捕まえて、ミーティングの時間をもらっていました。いきなり会議に出ても、最初はだいたい『ぽかん』としちゃいますよね。だから、とりあえず録画とかしておいて、それを流しながらミーティングで『ここがわからないです!』と聞いちゃうんです」
ググったらなんでも出てくる時代、質問することにも躊躇してしまう人も多いだろう。しかし、「質問する」という行為には、味方を増やす効果もあると菅井さんは言う。多くの仕事は人との関わりでできているからこそ、いかに味方をつけていくかが大切だろう。
「せっかく転職したなら、“できるやつ”として認められたい気持ちが出るのもわかりますが、それでミスした時の落差の方が大変です(笑)。むしろ、『ポンコツが入ってきた、育てなきゃ!』くらいに思ってもらっていた方が、その後の仕事はしやすいと思うんですよ。『こんなこと聞いて、大丈夫かな』とかって思わなくていいんです」
職場で見極めたい「聞く」と「言う」のバランス
最初はプライドを捨てて周囲から学んだとしても、職場に慣れてくれば、「自分のやり方」も確立されてくる。ときには周囲と意見がぶつかることもあるだろう。そういったときにはどう対処しているのか。
菅井さんが大事にしているのは、会話の手順だという。
「よく言われることですが、一度は相手の意見を否定せずに聞くことが大事だと思います。相手の話を受け止めた、敵じゃないよという合図。それから自分の意見を言うと割と受け入れてもらえるようになるかと」
菅井さんがこのコミュニケーションの型を覚えたのは、中学生時代のことだ。小学生の頃まではいわゆる「ガキ大将」で、一方的な自己主張しか知らなかった。それが一変する出来事があった。

「中学生になったときに、急に周りから無視されるようになったんです。びっくりして、一歩引いて考えてみたら、自分勝手なところが周りに嫌われる原因だったんだと気づいて。 少し意識して、人の意見を聞くようにしたら、また周りと喋れるようになりました。相手を不快にせずにコミュニケーションを取るにはどうしたらいいのかと初めて考えたときだと思います」
この時に得た、「一歩引いて」見る力は、菅井さんの動画にもよく現れている。ほとんど実話だというさもあんすがいアカウントの動画も、菅井さんの観察眼によって切り取られた、日常のやり取りのオマージュからできている。
一方で、周囲をよく見たり、周囲に合わせるだけでは対応しきれない場面もある。むしろ自らの意見をはっきりと言うことが求められることもあるだろう。
菅井さんの場合、それが留学の期間だったという。異なる文化圏の人々と関わることが多く、「自分から言わなければ始まらない」環境だったそう。
「せっかく一歩引いて見れるようになったのに、今度はとにかく自分からバンバンと意見を言わなきゃいけない環境だったんです。当時の僕は、日本人とつるむのではなくて、外国人の友人を作ろうとしていたので、なおさらそれが求められました。必死だったのもありますが、今思えばそれはそれで、良い経験でした」
職場は、この2つの環境の中間にあると言えるだろう。だから、相手のことをよく見る、聞く。そして、建設的に自分の意見を足す。
実際、菅井さんが関わった会社員の人々からよく聞く人間関係の悩みとして、「言葉遣いや発言力の強い上司との関わり方」が多かったそうだ。周囲の人のパフォーマンスを引き上げるという意味でも、「摩擦の少ない伝え方」を身につけておくのはお得そうだ。

「雑談」を仕事のインフラととらえる
そして、徐々に職場の人とも打ち解けてきた時に悩みどころになりやすいのが「雑談」。たわいもない話をするのが好きな人もいれば、無駄は徹底的に省きたいという人もいるだろう。菅井さんは、「嫌な人は無理にする必要はない」と前置きしつつ、雑談の価値を次のように考えている。
「私はいろいろな人と打ち解けるのが得意だったからこそ、雑談相手にもよくなりました。愚痴を聞くことも多くて、正直、疲れることもあります。でも、これが意外なところで役に立つんですよ。重要な情報や噂を教えてもらえたりなんてことも(笑)」
雑談を通して、進んでいる仕事の空気感、相手の機嫌、部署の力学、ちょっとしたトラブルの情報まで見えることがある。さらには、雑談は、「お互い様」の関係を作るきっかけになると菅井さんはいう。
「ただ話を聞いただけなのに『あの時、助けてくれたから』ってお返ししてくれたり、私が困っているときに助けてもらえたりするんです。雑談もある種、仲間を作る方法の一つですね」
さらには、ランチや業務後の飲み会などまで活用すれば、仕事中には見えなかった同僚の一面を知ることもできる。
「経理の〇〇さん、実はこんなに面白い人だったんだ! と知っているだけでも、業務中もなんだか楽しく働けるじゃないですか。気持ちを軽くするためにも、周りの人と話しておいて損はないです」
コロナ禍で「飲みニケーション」の文化が急激に減少してから、プライベートの時間における職場の人との関わり方にはさまざまなスタンスが見られるようになった。勤務時間外にまで気を遣いたくない、という感覚も自然だろう。ただ、菅井さんのように、仕事や職場を楽しむための一環として捉えて、楽しんでみるのもアリなのではないか。

ここまで話を聞いてきて、菅井さんのコミュニケーション力や人間関係構築力の根底には、物事を冷静にポジティブに捉え直す力があるのではないかと感じる。何かに直面した時に、ただの「失敗」や「面倒」とだけ捉えずに、考え方を転換することで前に進むことも多いはずだ。
最後に、新しい環境へ踏み出す人に向けて、菅井さんからメッセージをもらった。
取材・執筆:白鳥菜都
撮影:阿部拓朗
1989年、東京都生まれ。大学卒業後、サモア独立国大使館、ヤフー、サイバーエージェントなどに勤務。大使館勤務時には、お笑い芸人としても活動。現在はフリーで活動し、SNSでのコンテンツ発信に加え、地域企業と連携した活動も展開。実話をもとにした「女子あるある」動画が話題。
Instagram:@samoansugai0926
TikTok:@w.samoansugai
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