なぜ、住む家が見つからない人たちが存在するのか。|全国居住支援法人協議会・村木厚子が語る、住宅の意義とこれからの居住支援とは
国土交通省によると、現在の住宅数は人口に対して十分といえる状況であり(※1)、2022年の全国の空き家数は850万(※1)に達しています。しかし、住む場所を見つけにくく、生活が安定しない人たちも一定数存在しています。近年、“住宅弱者”“住宅確保要配慮者”とされる層がスムーズに入居できるよう、政府も本腰を入れてこの問題に取り組んでいます。
しかしながら、住宅と福祉のさまざまな制度のはざまで、支援の手が十分届かない部分もみられます。この現状を打破すべく、2017年に「住宅セーフティネット法」が改正され、全国居住支援法人協議会が発足しました。元厚生労働事務次官であり、同協議会共同代表・会長の村木厚子さんに、活動や課題についてうかがいました。
※1 国土交通省住宅局「空き家政策の現状と課題及び検討の方向性」(令和4年10月)
連載 住まいと居場所 -ホームレス・ワールドカップによせて-
- 第1回身寄りがない若者は家を借りられない、なんてない。
- 第2回なぜ、住む家が見つからない人たちが存在するのか。|全国居住支援法人協議会・村木厚子が語る、住宅の意義とこれからの居住支援とは
- 第3回なぜ、スポーツが貧困やホームレスの解決に必要なのか。│ダイバーシティサッカー協会代表・鈴木直文さんに聞くスポーツと社会課題解決の関係性
- 第4回新しいルール、新しい人と出会えるサッカーの練習が生活の糧になる―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第5回定期的なサッカーの場が居場所と自信をくれた。―ホームレス・ワールドカップ選手の声―
- 第6回誰もが向き合うべき住宅弱者問題とは?身近に潜む課題と解決法について
住む家と支援する仕組みがあれば、自立への道が開けるかもしれない
――厚生労働省で、さまざまな立場の人たちを支える政策に関わってこられた村木さん。今、支援が必要な“住宅弱者” “住宅確保要配慮者”にはどのような事情があるのでしょうか?
村木厚子さん(以下、村木):家を借りづらい背景には、金銭的な理由のほかに、貸す側が不安を感じて貸したがらない、という経緯があります。
この点で皆さんがよくイメージするのは、孤独死などを心配されがちな高齢者だと思います。また、障がい者や外国人は周囲とのトラブルという理由で敬遠されることもあります。このほか、騒音やご近所とのトラブルなどの懸念により、子どもが多い家庭、保証人や経済的な面でひとり親家庭、外国人、児童養護施設から出たばかりの人、刑務所出所者、低所得者層も家探しに苦労しがちです。
――お話をうかがい、これまで自分が住宅確保要配慮者について固定的なイメージを持っていたことに気づきました。例えば、児童養護施設を出たばかりの人たちのことには想像がおよびませんでした。
村木:居住支援が必要な人たちについて知っていただくことも、私たちの活動の大切な柱です。
もともと、虐待やさまざまな家庭の事情があるため、児童養護施設を出ても、実家の支援が期待できず、厳しい状況に置かれる人も多いのです。家を借りるための保証人はいるのか、まとまったお金を準備できるのか、などクリアすべき問題がありますが、住む場所がないと就職も難しくなります。
彼らの中には、子ども時代に傷ついた経験からメンタルの不調を起こす人もいます。病気で仕事をやめると会社の宿舎も出なくてはならないけれど、行き場所がない。そのままどんどん沈んでいくこともあります。
――住宅や周囲への影響を気にする大家さんの気持ちもある程度は理解できますが、家が見つからないとそこから先に進めない、貧困に陥るなどその後の生活に大きな影響を及ぼします。村木さんはこの問題をどのようにとらえていますか?
村木:厚生労働省にいた頃から、何か打開策はないのかずっと考え続けてきました。そんなある日、これだ!という発見があったんです。
障がい者政策に関わった時、精神障がい者の社会的入院(医学的に入院の必要性がないにも関わらず、生活上の都合により入院生活を継続せざるを得ない状況)に、同僚と頭を悩ませていました。偶然、精神障がい者が普通に町のアパートで暮らしているところが出雲にある、と聞いたので現地に見に行きました。
そこでは、社会的入院が続く状況をどうにかしようと思いたった医療職の方が、「町で普通に暮らしてほしい」とアパート1棟を丸ごと借り、利用者が入居できるようにしていました。さらにアパート内には相談室も設置し、周辺に働く場所も用意して、周りが見守りながら精神障がい者がひとりで暮らせる仕組みを作ったのです。
見学に行くと、「今日、嬉しいことがありました。大家さんが、もう1棟建てましょうかと申し出てくれたんです」と報告がありました。
この話を聞いて、私、本当に感動しました。病院を出た精神障がい者の人たちは、家賃滞納もトラブルもなく安全に暮らしているそうです。これなら、大家さんも歓迎ですよね。
こんな取り組みができれば、もっと多くの人たちが安心して、自分の人生を送ることができる、と確信しました。では、このような“居住支援”の試みをほかにどう広げるかですが、なかなか難しい面もあったのです。
住宅と福祉、異分野との連携で取り組む“居住支援”
――地域でのすばらしい取り組み事例を教えていただきましたが、広げるのが難しいというのはどのような意味でしょうか?
村木:このような取り組みを全国に広げるには、政府による支援が必要です。しかし、これまで“居住支援”は、住宅施策を管轄する国土交通省と福祉施策を管轄する厚生労働省のはざまにあり、進め方が難しかったのです。
そんななか2017年、民間の賃貸住宅や空き家などを有効活用して住宅の供給促進をはかろうと「住宅セーフティネット法」が改正されました。これは、省庁の枠をこえて“居住支援”を進めるための画期的な枠組みです。
この法律ができて、私は本当に嬉しかった。厚生労働省は見守りや訪問サービスなどソフト面は得意ですが、住宅の供給に関することについては国土交通省に動いていただかなければならず進めづらかったのです。でも「住宅セーフティネット法」により、大家さんや住む人が安心できる支援の仕組みをつくることで、住宅というハードがたくさん出てくる可能性が生まれたのです。
――この「住宅セーフティネット法」改正により、どのような変化が起きましたか?
村木:この法律の施行により、住宅確保要配慮者の入居を拒まないセーフティネット住宅の登録戸数は約89万戸(※2)(2024年2月時点)にのぼり、対象となる住宅の改修や入居者への家賃補助なども行われています。
また、この法律の枠組みで居住支援を行う居住支援法人数も全国で約670近くにのぼります(※3)(2023年3月時点)。居住支援の仕組みは、住宅というハードの提供と生活支援というソフトの提供という両面を持っています。そこで、この居住支援という分野に踏み出してくださった方々も、もともと従事している事業は多様でした。
その内訳をみると、主に不動産関係や福祉系の方々が多く、それぞれの分野から居住支援の重要性を認識し、この事業に踏み出してくれています。
この法律では、居住支援法人は、住宅確保要配慮者に家賃の保証、住宅情報の提供・相談、見守りなどの生活支援などを行います。
※2 セーフティネット住宅情報提供システム
※3 国土交通省住宅局「住宅セーフティネット制度の現状について」(令和5年7月)
――村木さんが共同代表・会長を務める全国居住支援法人協議会の役割を教えてください。
村木:居住支援法人は、どの業態から参入するかによってそれぞれ得意・不得意が生じます。そのため、私たちの協議会は不動産関係の人には福祉分野の知識、福祉関係の人には不動産分野についての研修を行い、異分野への橋渡しを行っています。また、“居住支援法人”を目指す人たちへの立ち上げ支援や、調査、政策提言なども活動のひとつです。
提供:全国居住支援法人協議会
――円滑な“居住支援”のためには、不動産と福祉の分野を互いに補い、結びつける必要があるのですね。ところで、村木さんがこの活動に関わるきっかけは?
村木:“居住支援”はまさに省庁をまたぐ分野なので、全国居住支援法人協議会の代表にはいろんな分野の人を集めようという話で声をかけていただきました。私が厚生労働省をやめてから引き受けたのが、農林水産省と厚労省の農福連携、法務省と厚生労働省の再犯防止のプロジェクトと、この居住支援です。いずれも異分野との連携が必要でした。
組織や制度のはざまで、支援から抜け落ちる人を減らしたい
――専門性が高い分野は、違う世界から見るとハードルが高く思えることがあるため、間をつなぐ存在は貴重です。2019年発足の全国居住支援法人協議会の活動をふり返ってみていかがですか?
村木:活動の目的は、居住支援という新しい支援の基礎を作ること、そのために関係省庁の連携を図ることであり、ある程度の成果はありました。
ただ、法人数は増えても、居住支援法人ごとの得意・不得意はありますし、求められる多様な支援をトータルに供給できる法人は少ないと思います。
また、ビジネスとして持続可能な仕組みかというとまだまだです。本業をしっかり行ったうえで、“居住支援”は善意や思いで頑張っておられ、その分野だけで見ると赤字というところが多いのが現状です。
そして最後に、セーフティネット住宅に登録された住宅のうち、要配慮者専用のものは少なく、多くは世の中全体に開かれているものです。そのため、空き室があり、困っている人がすぐに入れる、というわけでもないんです。
――今までにない取り組みなので、今後に期待する部分は大きいですね。これからはどのような工夫が必要でしょうか?
村木:その地域には住宅を確保しにくい人がどれだけいるのか、その内訳としては高齢者・外国人・若者のうちどの層が多いかなど地域の特性をふまえて、施策を考えることでしょうか。
どのような政策を行うかを、地域の関係者に議論していただきたいです。それぞれの地域に、頼りになる居住支援法人があり、そこに行けば、どこにどういう住宅があるかがわかり、この窓口に相談すればスムーズに入居できるというような流れができればいいですね。
特に今は高齢者が多いので、住宅は高齢者の困りごととしてスポットライトが当たりがちですが、ほかにも多様な人が家を借りるために困難を抱えていることに理解が深まればいいなと思います。
また、大家さん側の困りごとを解決して、安心して貸せる状況をつくるという方向からのアプローチも良いと思います。
例えば、少子化が進む中、子育て世帯や新しくビジネスを興す人のために不動産を使うという発想などもいいですよね。不動産業界も大家さんも、その地域らしさをいかしつつ、新しい人が地域に流入して住んでくれれば地域も盛り上がりハッピーですよね。こうして大家さんのモチベーションもうまれるのではないでしょうか。
――全国居住支援法人協議会は、国土交通省と厚生労働省の枠組みをこえて“居住支援”を推進する役割を担っていますが、私たちの生活に関わる多くの問題も簡単に区分できるものではないような気がします。村木さんが指摘されるように、既存の組織や制度をこえたアプローチが重要ですね。
村木:人生のステージ、病気や障がいの程度、家族構成などによって、私たちの生活は変わりますし、必要な支援が複数という場合も多いです。
これまでの日本の制度は、白黒つけやすい二分法がメインでした。たとえば、「保護する制度」は手厚く作られていますが、保護を受けようとすれば、同時に権利も厳しく制限されることがあります。一方で、その「保護する制度」から外れると、自己責任・自立せよ、と言われます。言い換えると、保護と自立の間の過渡期やグレーな時期に対応する制度が手薄だといえます。
でも、私たちの人生をみればきれいに切り分けられることのほうが少ないと思いませんか。
病気は少しずつ進行し、老いもゆるやかに進みます。ゴミ出しがちょっと不便になり、出歩く頻度が減ってから、ようやく周りが気づく。このほか、病気から回復して退院してから自宅でひとり暮らしするまでの間をどう見守るか。子どもから大人になり働き出し、家族を持つまでの間、生活がうまく軌道に乗るまでに何が必要か。刑務所から出て、社会になじむまでをどう支えるか。
大切な時期にしっかり支援をして、やがて本人が自立するほうが、社会も本人も健全でハッピーでしょう。
このはざかい期や移行途中のグレーな期間は、ある意味とても脆弱な時でもあり、支えてくれる実家や家族がいないと乗り切れないこともあります。でも、支えてくれる身内がいない人たちも多いのです。残念ながら日本社会は、この時期へのサポートが手薄です。
住む場所に困り、行きづまってそのまま沈んでしまうのか、それとも、不安定でつらい時期に支えを得て浮き上がれるのかは、必要なときに適切な支援につながることができるかどうかにかかっ
取材・執筆:岡本聡子
撮影:新井加代子
高知県出身。1978年、労働省(現・厚生労働省)入省。女性政策や障害者政策などを担当。2009年、郵便不正事件に巻き込まれるが、翌年無罪が確定し復職。女性として歴代二人目の事務次官として、2013年から厚生労働事務次官を務めた。2015年退官。津田塾大学客員教授。困難を抱える若い女性を支える「若草プロジェクト」代表呼びかけ人。2019年より、全国居住支援法人協議会共同代表・会長。
一般社団法人全国居住支援法人協議会ホームページ https://www.zenkyokyou.jp/
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