終活は高齢者がするもの、なんてない。―俳優・財前直見が提案する、誰もが「今」を生きるための終活―
芸能生活40周年を迎える俳優・財前直見さん。多くの作品で活躍しながら、2016年には終活ライフケアプランナーの資格を取得した。2019年には著書『自分で作る ありがとうファイル』で、エンディングノートの代わりにつくる「ありがとうファイル」を紹介している。一般的なエンディングノートとはひと味違う内容のファイルで、自分や家族との対話を深める“終活”について伺った。
2012年に「ユーキャン新語・流行語大賞」でトップ10入りを果たした「終活」という言葉。人生の最期を自分の望むように準備することとして、一大ブームを巻き起こした。長寿化による老後不安の高まりや家族の多様化により、中でも注目されたのはエンディングノートだ。残された家族が滞りなく葬儀や相続を進められるように、みずからの意志や資産の状況を記録しておくノートの作成は、終活の代表例といえる。
しかし、そうしたノートを作るのは「縁起が悪い」と敬遠してしまう方も多い。では、もっと楽しく、人生を前向きにとらえられるようになる終活が、あるとしたら? 俳優として活躍しながら終活ライフケアプランナーの資格を持つ財前直見さんは「私がご提案する『ありがとうファイル』は、人生を前向きに歩いていくための終活ツール。年齢に関係なくおすすめです」と語る。ファイルが生まれた経緯やおすすめのポイントを、財前さんに聞いた。
「終活」は大切な人を守るだけでなく、自分の暮らしを便利にし、家族や未来に思いを馳せるきっかけをくれる。
“終活”の大切さを感じたきっかけ
俳優として第一線で活躍しながら、40歳で出産。子育てを機に、財前さんは生まれ育った大分県に拠点を移した。それから十数年。昔から知っているご近所さんや親せきが一様に年齢を重ねていく中で、似た“悩み”を耳にすることが増えたという。
「夫が亡くなって銀行口座が凍結され、支払いができなくなった。親が認知症になって、相続のことを聞こうにも聞けない――そんな悩みごとを、周りから伺う機会がぐっと増えてきたんです。言われてみれば、家族の銀行口座なんて一緒に住んでいても知らないし、家族が亡くなった後の手続きも、詳しいことまではわからない。多くの人が直面する問題なのに、解決方法を知らなかったんですよね」
そのうちに、財前さん自身もまさにその課題と“直面”する。一人暮らしをしていた義理の母が亡くなった時、遺品の中で大切なものとそうでないものが見分けられなかったのだ。
「ものを大切にする方だったから、あらゆるものが取ってあったんです。母にとって大切なものは残しておきたいけれど、それがどれなのかわからない。チラシの束を捨てようと思ったら、裏にキャッシュカードの暗証番号や金庫の開け方などがメモされていた時は驚きました。情報を整理し、まとめて残しておくエンディングノートの大切さを実感したのはこの時です」
50歳になり、これまでお世話になってきた方々のお役に立てる知識を身に着けたいと、さまざまな勉強を始めた財前さん。「終活ライフケアプランナー」という資格を取ったことで、終活の重要性をいっそう感じるようになる。
「どこのご家庭も『自分のうちは大丈夫だ』と思っています。でも、遺産がほとんどなくたって揉める時は揉めるし、延命措置が必要な局面になって本人の意思がわからないと、判断する立場の人は迷ってしまうもの。身の回りの情報をまとめ、自分の意志を書き留めておくだけで、大切な人の負担が減らせるんです」
情報の整理は、まず“今の生活”を便利にしてくれる
そこで財前さんが手にしたのは、大きなファイルだった。昔からいろんなものをファイリングするのが好きで、雑誌の切り抜きや現場で撮った写真、共演者からの手紙などを整理してきたからこそのアイデアだ。
「エンディングノートよりも、もっと気軽に」という想いから生まれた『ありがとうファイル』。自分と家族の現在、そして未来の年齢をライフプランシートに書き記していく。
「一般的なエンディングノートだと、書き始めたらページを差し替えることができません。でも、人間の気持ちはどんどん変わっていくものだし編集しやすいものにしたくて、ファイルを選びました。光熱費の領収書や保険証券などはそのまま突っ込んでおけば、わざわざ内容を書き写す必要もありません。家や土地の権利書類に銀行口座、クレジットカード、保険……まずは、生きている自分をサポートしてくれるさまざまな情報を、このファイルに集約したんです。おかげで、困った時にこれを見れば全てOKという頼れる存在ができました」
家族が通院しているさまざまな病院の診察券も、全て並べてA4一枚にコピーし、ファイリング。体調が悪い時や救急車を呼ぶような場面でも、ファイルを見ればすぐに家族のかかりつけがわかる。ところが、延命措置や葬儀の希望、相続といった「亡くなってから」のページには、あまり書き込みがない。
「もちろん、残された家族のために、できるだけ明確な意思表示をしておいたほうがいいとは思います。でも、延命措置や葬儀について、元気な時に考えられる人ってほとんどいません。私も、いざとなったら書けばいいかなって思っています。そのために、必要な項目を盛り込んだ記入用紙だけはファイリングしてあるんです」
とりあえずは今、役に立つ情報の整理から始める。亡くなってからの希望を書くページは、本当に必要性を感じてからでいい。そう考えると、エンディングノート作成のハードルがぐっと下がる。
自分や家族との対話を深め、未来を前向きにとらえられる
「ありがとうファイル」が優れているのは、コミュニケーションのきっかけが詰まっていること。財前さんは家系図やおふくろの味のレシピ、家紋の紹介など、これからも受け継いでいきたい家族のデータをまとめている。
「家族がいなくなった後で『もっと聞いておけばよかった』と後悔しないように、いろんなことを話して、書き残しておきたいと思ったんです。親の子ども時代の話なんて、聞いてみると面白いですよ。親は生まれた時から大人のような気がするけれど、実はこんな子どもだったんだなって、新しい発見があります。自分のルーツやご先祖様のこともそうです。家族のつながりが昔より希薄になってきている世の中だけど、だからこそこのファイルを、家族と話すきっかけにしてみてください」
葬儀やお墓の希望を聞きたくても、家族が「縁起でもない」と嫌がる……といった話は多い。でも、こうして一緒に今までの人生を振り返り、家族の歴史をたどっていくうちに、行く末についても話しやすい空気が生まれるという。自分で書くのを面倒くさがる家族に対しても、インタビューしながら書き込んでいく「聞き書き」は有効だ。
そして、コミュニケーションが深まる相手は、家族だけではない。これからの人生をどう生きていくか、家族の年齢や大きなイベントとともに書きこんだライフプランを作ることで、自分との対話も進む。
「『10年後には息子は18歳だから、車の免許がほしいって言うだろうな』『医者になりたいと言ったら学費は……?』などと表を埋めていくと、いつどれくらいのお金が必要になるのか見えてきます。わかっていれば、その時までにこつこつ準備ができる。お金の話だけではありません。『65歳にはこんなことをしてみたい』『100歳まで生きるためには、運動をしておかなくちゃ』などと、さまざまな未来のための行動を考えることができるんです。シミュレーションしておけば、何があっても動じない自分でいられるはず。備える姿勢があるからこそ、未来のことを考えるとワクワクしてきます」
未来を考えることは、死を考えることにもつながる。でも、それすら財前さんは前向きな機会としてとらえている。
「墓碑にどんな言葉を刻むか考えてみた時、私はまだまだ言葉を残すほどの人間ではないから、もっと頑張らなきゃだめだって思えたんです。死を意識することで、今を大切にできるようになりました。誰しもいつかは死ぬのだから、生きている間にできることを精いっぱいやって、納得いく人生にしたいですよね」と微笑む。
「ありがとうファイル」は、残される人を守るだけのものではなかった。自分の人生を振り返り、生きている間にできることを精いっぱいやるための道しるべだ。私たちにこれから必要なのは、そんな、自分のための終活なのかもしれない。
青ブラウス ¥25,300/CORSO ROSSO
白スカート ¥99,000/CHICCA LUALDI
クリーム色ワンピース ¥118,800/CHICCA LUALDI
(すべて(株)アッカドゥエ 03-5451-3670)
スタイリング:吉田由紀(crêpe)
ヘアメイク:豊川京子
取材・執筆:菅原さくら
撮影:内海裕之
1966年、大分県生まれ。1985年より女優として活動。2007年より、東京と大分の2拠点生活を始める。シリアスからコメディまで、幅広いジャンルのドラマや映画で活躍。主な作品はドラマ『お水の花道』シリーズ(1999、2001年、CX系)、ドラマ『QUIZ』(2000年、TBS系)、連続テレビ小説『ごちそうさん』(2013年、NHK)、大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017年、NHK)など多数。現在『こっち向いてよ向井くん』(NTV系、水曜夜10時)、『さすらいのグルメハンター』(BS日テレ、日曜夕方4時)に出演中。著書に『直見工房』(宝島社)、『自分で作る ありがとうファイル』(光文社)。
Instagram @naomi_zaizen_official
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