アフターコロナはオフィス出勤に戻らなきゃ、なんてない。

従業員が日本全国どこにでも居住できる制度を導入し、場所に縛られない働き方を実践している株式会社ヤマップ。LIFULLが運営する多拠点コリビング「LivingAnywhere Commons」を活用することで、さらに働く場所の選択肢を大幅に拡充している。「目指すのは、皆がワクワクする働き方」と語るのは、同社で人事企画を担当する清水元気氏だ。次の時代、企業はどこまで自由なワークスタイルを追求できるのだろうか。清水氏、株式会社LIFULLの北辻巧多郎が探っていく。

コロナ禍を機に、リモートワークをはじめとした新たな働き方を模索し始めたというヤマップ。月額15万円を上限としたの交通費など、会社が積極的に制度を整備することで、多様なワークスタイルを後押ししている。コロナ以前は「オフィスに集まることを重視していた」という同社だが、どのような変化が生じたのだろうか。

日本全国、どこにいても働ける制度
「居住地フリー」を導入

位置情報を備えた登山アプリ「YAMAP」を中心に、登山・アウトドアに関する事業を展開するヤマップ。創業は2013年、約90名の従業員を抱える同社にて、働きやすい職場づくりに従事するのが清水氏だ。

「登山関連の事業を手掛ける弊社では、山への思いが強い従業員が多いです。会社としても、従業員が自然に触れることは、新たなビジネスアイデアが生まれるなど、事業強化につながると考えています。そのため、月に1度は勤務時間中に従業員同士で山に行ける制度『社内登山』を設けるなど、積極的にバックアップしています」(清水氏)

しかし、同社は東京と福岡の都心部を拠点としている。一般的な通勤圏内を居住地とすると、山へ頻度高くアクセスすることは容易ではない。

「『もっと山の近くに住みたい』という従業員の声もあったのですが、弊社では従業員同士の対面によるコミュニケーションを重視していたこともあり、出社との両立が障壁となっていました。しかしコロナ禍において、リモートワークを主体とする働き方へ方針を転換。非接触が日常となる中で、オンラインを主体としてどのように働き方と生活を両立させていくかを、会社全体で考えてきました」(清水氏)



模索の末、同社は2022年7月、従業員は国内であればどこでも居住できる制度「居住地フリー」の導入に踏み切った。それまで月額5万円だった交通費の上限額を、15万円に引き上げ。飛行機や新幹線、フェリーでの通勤もできる。

「15万円という金額は、遠方の居住者であっても月に2回までの出社を賄えることを前提に設定しました。『社内登山』の交通費に充てることも可能です。制度を開始して間もないですが、すでに福岡で働いていたエンジニアが、地元である静岡に移住しています」(清水氏)

こうして“場所に縛られない働き方”に向け動き出した同社は、「居住地フリー」制度と同時に、「LivingAnywhere Commons(以下、LAC)」を導入している。LIFULLが運営する、コミュニティ型多拠点コリビングだ。

LivingAnywhere Commonsが可能にする、複数の拠点を持つ働き方

「コリビング(Co-living) 」とは、価値観を同じくする人々が、住居を通じてコミュニティを形成する、共同生活の形のこと。「シェアハウス」と「コワーキングスペース」の2つが混ざり合った、新しい暮らしの形態だ。LACは宿泊機能を備える全国約50の拠点に、目的に合わせて滞在できる会員制のサービスだ。LIFULLの北辻は、LACの開発・展開を担っている。

「LACの拠点は、海や山に近接する地方部が中心。一方で最近は、都心部のターミナル駅周辺にも拠点を増やしています。個人・法人のどちらも利用することができ、法人であれば回数券を購入することで、複数の従業員さんがご利用いただけます。Wi-Fiなど基本的な機能は備えており、出張やワーケーション、地方での事業開発など、用途はさまざまです」(北辻)



LACのサービスは、居住地の選択肢を広げようとするヤマップとの親和性が高かった。

「旅に対してフットワークの軽いのが、ヤマップの従業員の特徴です。デスクワークが業務の中心になっていることもあり、LACはワーケーションの拠点としても機能しています。例えば、LACに5日間滞在し、水・木・金曜日を仕事、土・日曜を休暇といった使い方ができるわけです」(清水氏)

清水氏自身も、すでに一度、LACを利用したようだ。

「金沢で木・金と仕事、土日で観光する形でLACを利用しました。近江町市場から徒歩5分の場所に位置する金沢のLACは、街の中心部に位置し、リノベーションされた施設をゲストハウスのように利用できます。LACは施設により特徴が大きくことなるので、自分に合った拠点を探す楽しさもあると思いました」(清水氏)

LACの金沢拠点「LINNAS Kanazawa」。シェアキッチンや宿泊者限定ラウンジ(写真)が設置されている

従業員のビジョン共有が、斬新な一歩を実現する

では実際に、場所に縛られない働き方の導入後、企業としてヤマップはどのように変化したのだろうか。

「まずは『自分が望む場所に住みたい』『ワーケーションに1週間行きたい』『長期的に帰省したい』といった声が多数上がっており、早速ポジティブなイメージが抱かれていることを感じました。潜在的なニーズがあったのでしょう。また、採用面でのインパクトは大きく、『居住地フリー』をきっかけにして入社した従業員がいます。もともと都内で働いていたベトナム出身のメンバーなのですが、地方に憧れを抱き、2019年に大分の離島に移住。居住地フリー制度も後押しになり、弊社に入社してくれました。場所の制約が取り払われると、人材の幅も広がるので、事業を強化できると考えています」(清水氏)

一方で、ヤマップが重視していた従業員同士のコミュニケーションは、どのように両立していったのだろうか。

「コロナ禍以来3年が経ったので、オンライン会議システムの活用をはじめ、蓄積されたノウハウを最適化しているところです。ただし対面でのコミュニケーションは必要だと考えており、交流の場としての『社内登山』に加え、全員が参加するオフラインのミーティングを適宜実施することでカバーしています」(清水氏)

それでも課題がないわけではない。非エンジニア系の職種・部署を中心に、物理的な業務の発生を避けられない従業員は、新しい制度を活用しにくい状況にある。

「当社はEC事業を展開しており、商品や倉庫の管理が発生します。また、どうしても書類関連の作業のため、オフィスへの出社が必要になることはありすね。職種ごとに差が生じるのは不公平感にもつながるので、より良い方向性を模索しているところです」(清水氏)

トライアンドエラーで進められる同社の積極的な取り組みだが、全従業員が共有する思いに支えられている。パーパスとして掲げられる、「地球とつながるよろこび。」だ。

「資本主義社会の発展とともに、人間と自然の距離が離れていくことに、私たちは危機感を抱いています。両者は互いにつながり、もっと作用し合うことで、環境が保たれ、人々も豊かになるはずです。人間にとっての喜びが、地球にとっての喜びでもある。そんな世界を実現するために、従来型の働き方では私たち自身が地球とつながるよろこびを十分に体感できないと思いました」(清水氏)

働き方の多様化に向け、企業に求められるマインドセット

日常的な社会生活が徐々に戻りつつある現在、“オフィスへの出勤と居住地”というテーマにおいて、多くの企業は岐路に立たされている。コミュニケーションとマネジメント、デジタル化とセキュリティ管理、ワークライフバランスと人材の流動化……。多岐にわたる課題が絡み合う中、どのようなマインドで“働く空間”と向き合うべきなのだろうか。

「従業員の安全管理やネットワークセキュリティなど、『居住地フリー』制度の導入では検討すべき点は溢れていました。ただ、ネガティブなことに予防線を張り巡らせていては、きりがないことは事実です。『100日の生活のうち1日だけ偶然生じる出来事を突くよりも、残りの99日を大切にしよう』という心構えがなければ、新しいことにはチャレンジできないのではないでしょうか」(清水氏)

「そうですね。まず重要なことは、矛盾を解消することでしょう。ある調査では、ワーケーションを会社に黙って行っている人が4割に上るというデータ(※)もあります。これは会社に嘘をついて働いていることになるので、良好な状態とは言えません。しかし状況を打破するのはむしろ会社側であるべきです。どこでも働けるような環境を整え、皆が堂々と自由に仕事をした方が、双方にとってプラスになるはずです」(北辻)

「もちろん『全てOK』は難しいので、基準を明確化し、個々の選択肢を広げながら、会社が後押しするような姿勢が有効だと感じました。私自身も出社した方が仕事は捗るとも考えていますし、出勤が面倒だという本音もあります。どちらか一方でなく、『なぜ出社しなければいけないのか?』を自発的に考え、自分の責任で選択することが、新しい時代のスタンダードになってくると思います」(清水氏)

「基準自体は、最終的には企業の意志決定に委ねられるべきなのでしょう。アメリカの先進的なIT企業が出社を義務づけているケースもあるわけで、必ずしも在宅がベストなわけではない。若手従業員であれば対面でのコミュニケーションが重要ですし、中堅であれば育児や介護との両立が仕事に影響します。ポイントは、自分の会社を選択しているのは、自分自身であること。働き手は原則的に所属する企業を選べるわけですから、企業側は旗印を明確に掲げ、価値観が合う人材を募るべきではないでしょうか」(北辻)

働き方における価値転換が進む日本社会。そこには自由への期待と同時に、選択をする不安が伴う機会も増えていくのかもしれない。清水氏もまた、価値転換を自ら体験した一人であるが、将来に対する考えはポジティブだ。

※山梨大学「ワーケーション実施者1,000人に実態を聴取 会社の制度を利用せず自主的に実施している「隠れワーケーター」も潜在ニーズか」https://www.yamanashi.ac.jp/31189

▼YAMAP専属ガイド前田央輝(ひろあき)さんのストーリーも読んでみる▼
私はヤマップに入社する以前、前職では自然豊かな環境で通勤のストレスもない長野で働いていたこともあり、東京に転勤した後の満員電車での通勤には大きな違和感を抱いていました。さらにそこへコロナ禍が到来。リモートワークが可能になったので、実家のある山梨でいち早くワーケーションのような過ごし方をした経験があります。その時に感じたのは、「何かのきっかけで、働き方のセオリーはあっけなく変わる」ということでした。そして、「だったら皆がワクワクするような働き方を主流にしていきたい」と、現在の仕事に注力しています。こうした価値観の変遷は、多くの日本人が経験しているはずです。何か一つの概念が絶対的であることはむしろ少なく、前提となる固定観念を取り払うことで見えることも多いのかもしれません。「居住地フリー」はまだ始まったばかり。これからもさまざまな可能性を模索しながら、新たなワークスタイルを提案したいです。(清水氏)

取材・執筆:相澤 優太
撮影:高橋 榮

北辻 巧多郎・清水 元気
Profile 北辻 巧多郎・清水 元気

清水 元気(しみず もとき)
株式会社ヤマップ Corporateグループ人事チーム所属
山梨県韮崎市出身。都内の大学を卒業後、太陽光を主軸とした再生可能エネルギー事業会社に就職。発電設備建設の提案営業を経て、経営企画部門にて事業戦略立案や資本提携に携わる。同時に地元韮崎でローカルビジネスにも個人として関わり、空き家を活用した飲食事業の立ち上げや地元媒体での記事執筆などを行っている。2022年6月より株式会社ヤマップに参画。人事企画職として人事制度の運営・改善に取り組んでいる。

北辻 巧多郎(きたつじ こうたろう)
株式会社LIFULL 地方創生推進部LivingAnywhere Commonnsグループ所属
1988年生まれ 宮城県仙台市育ち 多摩大学経営情報学部卒。2012年4月に新卒でLIFULL入社。 LIFULL HOME‘Sの営業を6年間経験後、 総務省の制度「地域おこし企業人」を活用して岩手県釜石市へ出向。 2年間自治体職員として、空き家相談から利活用の仕組みづくりを現場で行う。 帰任後は「自分らしくを、もっと自由に。」をテーマとした 新しい暮らし・働き方を共創するLivingAnywhere Commonns事業にて法人・自治体向けのアライアンスと拠点開発を担当。

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