家の天井は高いほうがいい、なんてない。
豊かに暮らせる「小さな家」づくりで知られる建築家の伊礼智さんは、これまで狭小地の住宅を含め、数々の「天井が低い家」を設計してきた。
一般に、住宅市場においては「天井は高いほうがいい」とされがちだ。ハウスメーカーのテレビCMや住宅情報誌などでは、明るく開放的な住まいとして天井の高さをアピールすることが少なくない。
一方、伊礼さんが設計する多くの住宅の天井高は2100~2200ミリメートル。これは、建築基準法で居室に対して定められている天井高の最低値だ。ハウスメーカーが通常推奨している天井高は2400ミリメートルとされているので、それよりも約20~30センチメートル低いことになる。
「天井は高くなくてもいい」。伊礼さんから、家に対する一つのこだわりを脱ぎ捨てるヒントを伺った。
「もしも家を建てるなら、天井が高くて明るい、開放感のある家にしたい」。
まだ見ぬマイホームに思いをはせた時、このようなイメージを抱く人は少なくないだろう。実際、住宅建築の世界では「天井が高いこと」は人気の高い要件の一つであり、その理由として圧迫感の減少や採光のよさを挙げる人は多い。
しかし、住宅を「小さな心地いい居場所の集合体」と捉える伊礼さんは、「天井が高いことは必ずしもよい家づくりの必須条件ではない」とし、むしろ天井が低いことにはさまざまなメリットがあると語る。
狭い空間は天井を低くしたほうが広く感じる。大事なのは全体の「プロポーション」
東京藝術大学大学院で建築を学び、丸谷博男氏の建築事務所での11年間の勤務を経て、1996年に自らの事務所を構えた伊礼さん。建築家として「小さな家」に魅力を感じるようになったきっかけは、先達からの教えと、目にしてきた名建築の影響が大きいという。
「僕の師匠の、そのまた師匠ともいうべき吉村順三先生から受け継がれている教えが『建築は低くつくれ』なんです。
『名建築』と呼ばれるような建築物の中には、天井の低いものも少なくありません。例えば『旧帝国ホテル(ライト館)』や『自由学園明日館』の設計などで知られるフランク・ロイド・ライトも、天井の低い空間を効果的に取り入れて、より広がりを感じられるような空間設計をしているんですよ」
玄関などのエントランスはあえて天井を低くつくり、そこから続くホールやリビングの天井高を上げる「トンネル効果」によって、開放感や広さを感じさせる技法がある。ライトはこの効果を利用して、数々の名建築を生み出してきた。こうした名建築の影響から、天井の高さにはこだわらないという建築家は多いのだ。
伊礼さんが手がける住宅建築も、「あえて天井を低くすることで、空間を広く感じさせる」という名建築のメソッドを最大限に取り入れている。
「僕が大切にしているのは、空間のバランスです。同じ床面積に対して、天井の高さを変える実験をしたことがあります。2100ミリメートル、2400ミリメートル、2700ミリメートルで比較してみましたが、2100ミリメートルが一番広く感じられたんです。
こればっかりは実際に見てみないと実感しづらいと思うのですが……。極端な例を挙げると、天井が5メートルある4畳半の部屋ってとても窮屈そうだと感じませんか? 狭い空間は天井を低くしたほうが、広く感じるんです」
もちろんやみくもに天井を低くするのではなく、窓などの開口部を天井高いっぱいまで広げたり、造作棚をあえて床から少し浮かせて床を見せたりと、空間を広く見せるための細部への工夫も怠らない。
「吉村先生も仰っていたことですが、低い建築は重心が低く、バランスがよく、美しい。住む人にとっても階段の段数を減らせる、使用する建材を減らしてコストカットができる、冷暖房費を節約できるなど、いいことがたくさんあります。圧迫感がなく、景観もすっきりするので、近所に住む人にとっても心地よい、とても利他的な家になります」
心地よい空間をつなぎ合わせて、住みよい家をつくっていく
今では「天井が低い小さな家」を設計する建築家として広く知られている伊礼さん。その原点は建築家になる以前、幼少時代にまでさかのぼる。
「僕は沖縄・嘉手納町の出身。親や祖父母の世代は現在の嘉手納基地の敷地内に住んでいました。戦後、土地を接収されたことで多くの家族が敷地から出ることになったのですが、都合よく適当な広さの家がすぐに見つかるわけはなく、狭い家に住むケースが多かったんです。
わが家もそういった家族の一つで、お茶の間の広さが4畳半ほどしかない家に6人で住んでいました。生まれた時から狭い空間が当たり前の環境で育ち、その中で快適に暮らす方法を自然と心得ていったんだと思います」
その後大学院で建築を学び、独立するまで勤務していた建築事務所では、富裕層を顧客にさまざまな邸宅の設計を担当した。その中で気づいたのが「自分が得意とする設計の手法は、心地よい小さな居場所をつなぎ合わせていくこと」だった。
「もちろん、大きな家を設計するのに天井をわざわざ低くつくる、というようなことはしません。広い空間では、圧迫感が出ないよう天井を高くしたり、吹き抜けを組み込んだりと変化をつけます。ただ、住宅はさまざまな小さな空間の集合体なので、空間によりメリハリをつけ、『居心地のよい住まい』にすることが大切です」
天井が低い小さな家を本格的に手がけることになるのは、独立後。初めての施主は伊礼さんの長男の同級生の家族で、小さな土地に収まる小さな家を建てることになった。その「小さな家」が話題となり、建築賞を受賞するなど多くの人の目に触れるようになったのだ。
そこから「小さくても住みやすく心地よい家を建てたい」という依頼が舞い込むようになり、現在へとつながっていく。
「小さな家に住んでいた経験があるので『こうすればいいんじゃないか』というアイデアが浮かんで、すごく楽しんでつくることができるんです。僕は料理もするので、キッチンの寸法に悩む施主の相談にのることもできますし、隅から隅までが『手に取るように』わかる。本領を発揮できるフィールドに出合った、というべきでしょうか」
伊礼さんが設計した「守谷の家」。天井いっぱいまで開口部を設けることで、天井の低さを感じさせないつくりに
その土地に合った家づくりを。天井へのこだわりをなくせば選択肢も広がる
都心などに多い狭小地では、床面積や採光の確保のため建物を高くした「ペンシルハウス」と呼ばれる縦に細長い住居が増えている。こういった住居は極端な勾配天井を取り入れて、制限ギリギリまで天井を高くすることも多い。
しかし、伊礼さんの考え方は違う。むしろ、その土地に合わせた建築のあり方を重視しており、天井の高さに対するこだわりをなくせば、限られた土地であっても柔軟な設計が可能になると考えている。
「大切なのは土地の広さに合った建築物にすること。海外みたいに土地がすごく広ければ、天井の高い大きな家でもいいですが、日本の都心部は土地が限られていてとても狭い。そんな土地に無理やり大きくて高い家を建てるのは、やはり『合わない』んです。
それなら、天井を低くするのと一緒に床に段差をつけて天井を高く感じさせるとか、開口部を広く取ってみるとか、さまざまな要素を混ぜ合わせて、小さくて狭い空間でも豊かに暮らすことを目指したほうがいいと思うんです。近年は天窓など機能性が高い建具も増えていますし、そういった“最新の技術”を取り入れてカバーする方法もあると思います」
築45年の古い木造平屋を改装した伊礼さんの事務所。天井が低く、こぢんまりとしているが不思議と狭さは感じず、むしろ居心地がよい
ただそうはいっても、モデルハウスへ見学に行けば天井の高い開放的な建築が大半を占め「やっぱり天井が高いほうが……」と気持ちが揺らぐものだ。伊礼さんも独立当初は「閉塞感がありそう」「窮屈そう」と懸念する施主が少なくなく、「高い天井」を求められることもあったという。
しかし実際に建った家を目にすれば、「広がり」や「落ち着き」を感じさせる空間になっていることに誰もが驚くそうだ。
「どうしても天井の低い家に不安を感じる人には、実際に“天井が低い空間の居心地のよさ”を体験してもらうしかないですね。僕は全国の工務店と一緒に天井が低くて小さな『i-works』という提案型の規格住宅も手がけているので、ここのモデルハウスに行ってもらえば、そのよさを体感しやすいと思います。
あとは天井が低い名建築にも触れてみてほしいです。例えば、京都の老舗旅館・俵屋旅館には、『アーネストスタディ』と呼ばれる、宿泊者なら誰でも入れる美術書の閲覧コーナーがあります。その中にカウチを置いた3畳ほどの小さな空間があるのですが、とても居心地がよくて、僕も設計をする上で多くの刺激をもらいました。『天井が高い家はよくない』ということではなく、『天井が低い空間も悪くないな』と思ってもらえれば、設計のバリエーションはグンと広がると思います」
伊礼さんが携わる「i-works project」の施工事例。画像奥の天井は2100ミリメートルと低いが、手前の吹き抜けと組み合わせることで圧迫感をなくしている
自分にとっての「心地よい家」をつくるために
「家の天井は高いほうがいい」といった既成概念が浸透している背景には、家や建築は多くの人にとって欠かせないものであるにもかかわらず、建築の知識を学んだり、感じたりする機会が身近にないことに起因していると伊礼さんは考える。
コロナ禍によって自宅で過ごす時間が増え、自分にとって居心地のよい空間を見つめ直す機会を得た人も多いが、そういった人たちはどうやって“建築”の知識に触れるとよいのだろうか。伊礼さんによると、近年は専門書を読んだり、名建築に行ったりせずとも、知識を吸収できる手段が増えてきているという。
「最近は、建築関係者など家づくりの『プロ』がYouTubeなどで建築の情報を配信することが増えました。断熱性能の話やエコハウスの話など、おのおのの専門分野に特化したエッジの効いた内容だったり、鋭い目線からのアドバイスだったりと、建築家としても興味深く思いながら見ています。“ルームツアー動画”なんかはいいと思いますよ。質の高いものが増えているので」
最後に改めて、伊礼さんが設計時に意識している「心地よい家」のための条件を尋ねてみた。
「やはり、吉村先生の口癖でもあった『プロポーション』ですね。バランスと言い換えてもよいかもしれませんが、外観・内観を問わず『整っている』『収まりのよさ』を大事にしています。家具の高さを抑える、低い吊り下げ照明を取り入れる、視界のアクセントとなる壁スイッチやコンセントを低い位置に設置する……など、細部までプロポーションの整った、“美しい家”をつくることが、僕のこだわりです」
天井の低さは、こうした“美しい家”への思いが一つの形をとって現れたもの。狭い土地だからといって、無理に高さのある家を建てなくてもいい。低いからこそ生み出せる美しさもある。自分にとって「住みやすい家」「落ち着く空間」とはどのようなものなのかを、考えさせてくれる機会になった。
取材・執筆:藤堂真衣
撮影:関口佳代
編集協力:はてな編集部
1959年沖縄県生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科計画研究室卒業。1985年東京藝術大学美術学部建築科大学院修了。丸谷博男+エーアンドエーを経て、1996年伊礼智設計室を開設。住宅デザイン学校校長、東京藝術大学美術学部建築科非常勤講師などを務める。主な著書に『伊礼智の「小さな家」70のレシピ』(エクスナレッジ)、『伊礼智の住宅設計作法ー小さな家で豊かに暮らすー』(新建新聞社)、『オキナワの家』(復刊ドットコム)など。
Twitter @satoshi_irei
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