日本人は海外で夢をつかむことができない、なんてない。
国際的俳優として活躍する尚玄さんの生き様は挑戦の連続だ。だが、海外での活動や映画の企画など、既存の俳優の枠を飛び越えた行動を起こそうとすると、必ず「できるわけがない」という声が上がる。それでも自身の夢や目標に向けて全力で勝負をかけ、新しい道を切り開く。逆境にも負けずに強い思いを持ち続ける極意とは?
日本人は保守的な側面が強く、前例のない取り組みには二の足を踏みがちだ。特に海外で活躍することは難しいと考える人が多い。そんなネガティブな既成概念を乗り越え、映画や演劇の世界で新しい取り組みに挑戦し続けているのが国際的俳優として活動する尚玄さんだ。彼が世界で通用する表現者になるまでの道のりと、自ら企画を立てて作り上げた日本・フィリピン合作映画『GENSAN PUNCH』(邦題『GENSAN PUNCH 義足のボクサー〈仮題〉』)で義足のボクサー役を演じたことで感じた、逆境での挑戦に対する思いを伺った。
夢をかなえるための場所は
一つじゃない
俳優、時にはモデルとして国内外を慌ただしく飛び回る日々。現在の仕事の約3分の1は海外からのオファーによるもの。アメリカやヨーロッパを皮切りに、近年はアジアでの仕事も数多くこなすようになり、国際的俳優としてのキャリアを着実に積み上げている。
「子どもの頃から好奇心旺盛で、自分の知らない道を歩いたり、新しい景色を見ることが好きなんです。その部分は今も変わっていません」
そう語る尚玄さんのライフワークの一つは、大学時代に始めたバックパッカーの旅。ほぼ毎年一度は行ったことのない国々を回るのが定番で、これまでに訪れた国は50カ国を超える。大学卒業後はバックパックの旅をしながら、ヨーロッパでモデルをやっていた時期もあったという。
「本格的に俳優を目指す前に、学生時代に始めたモデルの仕事にけじめをつけたかったというか。ファッションの原点であるヨーロッパで、自分がどこまで通用するのか挑戦してみたかったんです。何のアテもなかったので自身の作品を持って売り込みをかけたのですが、僕の場合は沖縄出身というのもあって、あまり日本人と見られなかったんですよね。でも逆にその個性を面白がってもらえて、雑誌などの仕事で使ってもらえるようになりました」
しかし、日本で俳優として活動を始めるに当たって足かせとなったのは、モデル時代に重宝された個性だった。
「ある大手のプロデューサーから『君のように日本人離れした顔だと、日本では演じられる役も仕事のオファーもない』と言われてしまって……。すごくショックでしたね。ただ、ハッキリ言われたおかげで違う方向を向くきっかけにもなりました。日本だけに固執しないで自分が勝負できるところでやればいい。学生時代から英語は得意だったし留学経験もある。だったら英語をもっと勉強して海外での活動を目指そうと、意識が変わったんです」
日本での安定した暮らしを捨て、演技力を磨くために単身渡米
2007年に東京国際映画祭で上映された映画『ハブと拳骨』で主演を経験し、翌年にニューヨークの映画祭に招待されたことも俳優としての大きな転機に。
「一番大きかったのは現地のアクターズスタジオを見学したこと。当時の日本では『俳優の学校に行っている』と言うとビギナー扱いされることが多かったのですが、アメリカの俳優たちは仕事の合間に演技の勉強をするのが常識。どんなに売れっ子でもオーディションに落ちたら終わりですからね。現状にあぐらをかかずに、常に自分を高める努力を重ねているんです。その姿勢に感銘を受けると同時に、末永く俳優としてやっていくためには今のままじゃダメだと痛感。基礎からみっちり演技を学ぼうと思い、決意から半年でニューヨークへ移住しました」
本気で勝負をかけるため、東京の家は引き払い、荷物も処分。コンスタントにあった日本での仕事も手放した。間が空くことで仕事が来なくなるなど、キャリアに不安がなかったわけではない。だが、それ以上に「海外で挑戦したい」「夢をつかみたい」という強い思いが尚玄さんを突き動かしたのだ。
渡米後は一心不乱に演技の勉強に集中。そのかいあって、2013年には人気ゲームの実写化映画『Street Fighter: Assassin’s Fist』(邦題『ストリートファイター 暗殺拳』)に出演。同作品への出演を機に、マレーシアの連続ドラマのメインキャストとしての仕事が舞い込むなど、アジアでの仕事も増えていった。
活動の幅が広がっても「海外での挑戦に対するプレッシャーはない」と尚玄さんは語る。
「僕にとっては沖縄の外か中かの違いだけ。だから東京も海外も感覚としては同じなんです。ただ、海外は日本よりもオーディションの数が多く、実力主義なところがいい。今は場所にこだわらずに、クリエイティブなことをどんどんやっていきたいと思っています」
オファーを待つのが嫌なら自分から行動を起こせばいい
そんな彼が今向き合っているのは2021年12月全世界配信映画としてHBO GOよりアジア圏(日本以外)の先行配信がスタートする、日本では2022年劇場公開予定の日本・フィリピン合作映画『GENSAN PUNCH』(邦題『GENSAN PUNCH 義足のボクサー』)。尚玄さん自身が企画を立てて一から作品づくりに取り組むと同時に、主役である義足のボクサーという難役を演じるなど、新たな挑戦に満ちあふれた作品となっている。
作品のモデルになったのは、日本初の“義足のプロボクサー”である土山直純さん。現在においても日本では、先例がないことや安全面などの観点から義手・義足ではプロ資格を取得することができないルールになっている。彼はその現状に納得できず、単身フィリピンへ渡ってプロのライセンスを取得。プロボクサーとして活躍する夢をかなえた努力の人だ。
「彼と知り合って、生い立ちやボクサーとしての人生の話を聞くうちに、自分の中で共鳴する部分があることに気が付いてピンときたんです。自身を否定されたこと、夢を諦めるのではなく海外での挑戦を選んだこと、全力を尽くして夢をつかみ取ったこと……。この話を映画にして多くの人に伝えれば、置かれた状況や生まれ持った境遇で夢を諦めている人たちに勇気を与えられるのではないか?って」
発案から実現までにかかった時間は約7年。企画を温めながら尚玄さんの長編映画デビュー作『ハブと拳骨』を手掛けた山下貴裕プロデューサーを筆頭に協力者を集め、カンヌ映画祭で受賞歴のあるフィリピンの巨匠、ブリランテ・メンドーサ監督を熱意で口説き落とした。名のある監督がメガホンを取ることで勢いはついたものの、現実的な形にするまでは苦労の連続だったという。
「日本では俳優が自分で企画を形にするという前例が非常に少ないんです。ここ数年でちょっとずつ増えてはきましたが、日本中の誰もが知っているくらいの人でもない限り、実行するためのハードルはまだまだ高い。ましてや今回の場合は海外との合作だし、企画も主演も僕ですからね。途中で何度も企画がひっくり返りそうになったし、公開まで気が抜けないです(笑)。だけどその分、自分のやりたいことを自由に形にできるのでとてもやりがいを感じています」
目標を実現するため、手探りで道を切り開いていく。その行動力は、「俳優はオファーをされないと何もできない」という既成概念をも覆した。
「待つのが嫌なら自分で仕事を作ればいい。最初はしんどくても実例さえ作ってしまえば、次につなげやすくなる。今回の作品づくりの背景にはそういう思いもあります。何より声がかかるのを待つだけのスタンスだったら、今回のような作品の主役を演じることもなかったでしょうね」
役作りのため多いときは1日2時間のトレーニングを週に5~6回こなしていた。体重は10kg落ちたが、強いパンチを打つために必要な背中や肩回りの筋肉は見違えるほど発達。筋トレだけでは作れないボクサーらしい体に仕上がった。
全力でやりきれば失敗しても後悔はない
“義足のボクサー”という難役を演じたことで見えてきたこともある。尚玄さんの役者としてのポリシーは、「演じるときはその役柄の人間になりきって生きる」こと。少しでも義足の感覚を疑似体験できるようにさまざまな方法を試しながら役作りを進めていった。
「ボクシングの練習のときに足首をテーピングでがっちり固定して、役柄のモデルである直純さんの状態に近づけたりもしました。彼の場合は義足のくるぶし部分が常に90度のままでそれ以外の角度がつかないんです。だからパンチを打つため足を踏み込むときはすごく大変で。こんな状態でも海外でプロのライセンスを取得し、何度も試合を勝ち抜いた直純さんはやはりすごいなと、改めて強く思いました」
真に迫る役作りのかいあって、撮影中には事情を知らない一部のスタッフから「本物の義足の人」と思われていたほど。時には足を引きずって歩く様子を見て、ちょっとした段差で手を差し伸べてもらうことも。周りから手厚く扱われることに感謝しながらも、ふと胸の奥に沸き起こったのは複雑な感情だった。
「『義足だからできない』とか『大変だ』と見られることにイラッとしてしまう自分に気づいたんです。自分はボクシングだってやれているのに……。善意であることは十分に理解しつつも、自分の『できること・できないこと』を勝手に判断されたり活動を制限されるのは、こんなにも苦しいことなんだと知りました」
「できるはずがない」とされる既成概念を乗り越えて活躍する土山さんと尚玄さんに共通するのは、行動力と諦めない心、そして並々ならぬ努力。だが、努力を重ねたからといって必ず成功するとは限らない。何の保証がなくてもハードルの高い目標に挑戦し続けられる理由とは?
「特に失うものがないからじゃないですかね?(笑)何も気にしないわけではないですが、俳優もボクサーも自分の体さえあればできますから。必要なのは行動を起こすことと、リスクを背負う覚悟をすること。あとは己を高める作業のみ。今回の映画もそう。『たとえ自分の最後の映画になってもいい』という思いで、できることを全部ぶつけています。だから結果がどんな形であっても後悔はないです」
最後に、挑戦し続けるための極意を伺った。
撮影/尾藤能暢
取材・文/水嶋レモン
撮影協力/ワタナベボクシングジム
1978年生まれ、沖縄県出身。大学卒業後、バックパックで世界中を旅しながらヨーロッパでモデルとして活動。2004年帰国、俳優としての活動を始める。2005年、戦後の沖縄を描いた映画『ハブと拳骨』でデビュー。三線弾きの主役を演じ、映画は第20回東京国際映画祭コンペティション部門にエントリーされる。その後も映画を中心に日本で活動するが、2008年アメリカ・ニューヨークで出合ったリアリズム演劇に感銘を受け、本格的にニューヨークで芝居を学ぶことを決意しその年の末に渡米。イギリス映画『Street Fighter: Assassin’s Fist』(邦題『ストリートファイター 暗殺拳』)の剛拳役、日本のTVドラマ『DEATH NOTE』のレイ・ペンバー役など、現在は日本と海外を行き来しながら日本・海外を問わず多くの作品に出演している。
Twitter https://twitter.com/shogenism
Instagram @shogenism
IMDb https://www.imdb.com/name/nm2570241/
みんなが読んでいる記事
-
2024/09/30女性だと働き方が制限される、なんてない。―彩り豊かな人生を送るため、従来の働き方を再定義。COLORFULLYが実現したい社会とは―筒井まこと
自分らしい生き方や働き方の実現にコミットする注目のプラットフォーム「COLORFULLY」が与える社会的価値とは。多様なライフスタイルに合わせた新しい働き方が模索される中、COLORFULLYが実現したい“自分らしい人生の見つけ方”について、筒井まことさんにお話を伺った。
-
2024/03/29歳を取ったら諦めが肝心、なんてない。―91歳の料理研究家・小林まさるが歳を取っても挑戦し続ける理由―
「LIFULL STORIES」と「tayorini by LIFULL介護」ではメディア横断インタビューを実施。嫁舅で料理家として活躍する小林まさみさん・まさるさんにお話を伺った。2人の関わり方や、年齢との向き合い方について深堀り。本記事では、まさるさんのインタビューをお届けする。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2022/02/22コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。吉田 尚記
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。