妊活は夫婦二人だけの問題、なんてない。
「妊活は二人だけの問題ではない。社会全体で考えていかないといけないんです」。そう話すのは、妊活支援サービスを運営する株式会社ファミワンの代表取締役、石川勇介さんだ。石川さんは、自身の妊活の経験からLINEで専門家に妊活の相談ができるサービス「ファミワン」を立ち上げた。2018年の登録開始から毎年のように登録者数は増加し、2021年には2.5万人を超えたという。石川さんは、自身の妊活を経て、どんな課題を感じ、そして何を解決したいと思ったのだろうか。そこには、社会全体がとらわれている「妊活に関する既成概念」があった。
子どものいない夫婦の約半数が、不妊を心配したことがある――。2022年には、不妊治療の保険適用を拡大する方針も示されており、社会の「妊活」への意識は年々高まっているように感じる。一方で、「誰にも相談できない」「会社や自治体でどんなサポートがあるのかわからない」と答える人もいまだに多い。
センシティブな話題であるがゆえに、当事者間で抱え込みがちな妊活の問題。それゆえ、当事者以外は悩みの存在自体に気付いていないことも少なくない。治療のため、突然通院が必要になることも多く、妊活中は会社を休んだり、2人目以降の子を望む場合には、上の子どもを預けたりする機会も増え、周囲の協力なしには継続が難しいことも。
子どもを願う全ての人たちが安心して妊活を進めるために、私たちは、社会はどう変わっていかなければいけないのか。ファミワンの代表取締役・石川さんと、アドバイザーとして不妊で悩むカップルをサポートするファミワンの公認心理師/臨床心理士の戸田さやかさんにお話を伺いました。
※出典:「2015年 社会保障・人口問題基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」
※出典:ロート製薬『 妊活白書2019 』
子どもたちが大人になった時、
僕たちと同じ苦しみを味わってほしくない
妊活支援サービスのファミワンは、石川さんが妊活中に感じたさまざまな“違和感”をきっかけにして立ち上げた。その違和感の一つが、妊活にまつわる情報の不確かさだった。
「ファミワンを立ち上げる前は、医療系のベンチャー企業に勤務していました。そのため、インターネットで妊活の情報を検索した時に『この情報にエビデンスはあるのか、学会ではなんといわれているのか』という視点でも見ていました。そうやって見ていくと、明らかに言い過ぎていたり、そもそもエビデンスがなかったりすることも多かったんですよね。
信頼できる情報かどうかの調べ方を知っていても、妊活にまつわる正しい情報をつかみ取るのは難しかった。だから、何を信じたらいいかわからず、自分たち夫婦以上に不安な方がたくさんいるんだろうな、と思ったんです」
情報の不確かさ以外にも、石川さんは妊活にさまざまな課題を感じていた。パートナーとのすれ違い、病院に通うハードルの高さ、周囲の理解のなさ――。妊活には、さまざまな“固定観念”が渦巻いている。石川さんは、自身の妊活を通じてそれを実感した。
「私の2人の子どもたちはもちろん、これから生まれてくる全ての子どもたちが大人になる時、当時の自分たち夫婦と同じように苦しんでほしくない。そのためには、今から少しずつ社会を変えていかなきゃいけない。そう思い、ファミワンを立ち上げました」
2015年にファミワンを立ち上げてから、現在のLINEで専門家に相談できるサービスになるまで、10回以上も路線変更や方向転換をしたという。そこには、「どんなサービスだと社会を変えられるか、誰もが安心して妊活ができる世の中になるか」に徹底的にチャレンジする姿があった。
石川さんは、どうしてここまで真摯(しんし)に妊活に向き合えるのか? 石川さんが感じた、“妊活に関する既成概念”について伺ってみた。
「子どもは願えばすぐに授かれる」は、既成概念だらけ

「妊活をするまで、『子どもは欲しいと思ったらすぐに授かれる』ものだと思っていました」
石川さんは大学入学を機に東京に出るまでは、愛知県で生まれ育った。
「僕は愛知県の中でも田舎の育ちなんです。地元では、20代で結婚し、子どもを持つことが普通でした。3、4人子どもがいる家庭も珍しくありません。そんな光景を見て育ってきたから、『子どもは望めばすぐに授かれる』と疑いもしなかったんですよね。妻と結婚したばかりの頃、『新婚旅行に行くまでに妊娠すると、旅行先でお酒が飲めなくなるから、それまではしっかり避妊しなきゃね』なんて話していたくらい。まさか、第1子を妊娠するまでにそれから数年もかかるなんて……」
自他共に認めるほどの“子ども好き”だった石川さん夫婦は、なかなか子どもを授かれないことに、次第に不安を覚えるようになる。また、周囲からの声に心を痛めることもあったという。
「『子どもは考えていないの?』と周囲から何度も聞かれました。私たちが子ども好きなのを知っているからこそ、結婚後しばらくしても子どもがいないことが単純に不思議だったのだと思います。
本当はすぐにでも子どもが欲しい。でも、できない。そんな不安を周囲に漏らすのも躊躇(ちゅうちょ)してしまって、当時はただただ耐えるだけでしたね」
“子どもは願えばすぐにできるもの”それが当たり前だと思っている人が多いからこそ、子どもを望むカップルが結婚したら「子どもはまだなの?」と聞いてしまう。
今でこそ、著名人が不妊治療をしていることを公表したり、メディアでも妊活の話題が取り上げられたりする場面が増え、少しずつ妊活の実態が知られてきたように思う。しかし、石川さんいわく、まだ一部の地域、一部の人たちの間で認知が進んでいるだけに過ぎないそうだ。
「先日、地方の自治体の方とお話をする機会があったのですが、公の場で妊活の話題が上がることはほぼないのだそうです。でも、保健師さんが新生児訪問等でご家庭を訪れると、『実は不妊治療で授かった子なんです』とおっしゃる方も少しずつ増えてきているそうで……。
私の地元もそうでしたが、地方の小さな町だといまだに子どもが3、4人いる家庭も珍しくない。そんな環境の中で、『実はなかなか子どもが授からなくて』とは相談しづらいですよね。本当は悩んでいるのに、まわりに相談できない。だから、妊活に悩む当事者以外は『妊活はドラマや映画の世界の話だ』と思っている人も多いんです」
悩んでいるのは自分たち夫婦だけなのかもしれない。そう思うと、まわりには相談できない。何より、家族のプライベートなことを相談するのは良くない気がする。でも、夫婦二人だけで悩んでいると、なんだか関係もぎくしゃくしてしまう。実際、石川さんたち夫婦も妊活中に何度もぶつかったという。
「早く病院に行くべきと考える私に対し、妻は不安や忙しさから病院にかかる勇気がなかなか出なくて。妊活に対する考えの違いから、お互いに責めてしまってつらかったですね。それでも、当時の自分たちはこの状態を誰かに相談しようなんてまったく思っていなかったんです。
正しい知識、周囲の理解、相談できる場所……。今の社会にそれらの安心して妊活をするための環境が整っているとは決して言えないでしょう。自分が経験してひどく身に染みました。そこに気付いてしまったら、もう後戻りはできなかった。『未来の子どもたちのためにも』そう思ったら、いてもたってもいられなかったんです」
誰もが安心して妊活をするには、社会全体が既成概念から解放される必要がある。石川さんの体験した“妊活の違和感”から生まれたファミワンによって、現在妊活中の人たちが正しい知識に触れるきっかけや相談する場所を得られるようになった。では、妊活当事者ではない「周囲の人たちの理解」を得るには、何をすべきなのか。
ファミワンではサービスの開発の他、企業や自治体へのセミナーも積極的に行っている。
「社会全体で『妊活は身近なものだ』と気付くことが大事なんです」そう話すのは、ファミワンの戸田さんだ。

「先日、今後女性社員を増やすために、事前に妊活の知識を身に付けたいというベンチャー企業向けにセミナーを行ったんです。セミナーをする前は、『うちの社員はほぼ男性なので、今妊活している人はいません』と伺っていました。しかし、いざセミナーをしてみると、『実は妻と妊活2年目で……』とか『妻が流産と死産を繰り返していて……』と打ち明けてくださる方がいらっしゃって。
このように、打ち明けづらい話題なので、ひっそり悩んでいる人がすごく多いんですよね。その結果、企業も『うちに妊活で悩んでいる人はいない』と思ってしまう。でも、こういったセミナーをきっかけに、『自分のまわりにもいたんだ』と気が付くと、一気に身近な課題だと捉えやすくなって、“自分ごと化”しやすくなるんですよね。
職場に男性しかいなくても、平均年齢が若くても、誰にも言えず悩んでいる人がいるかもしれない。セミナーの内容も“妊活当事者”向けにしてしまうと『参加したら妊活をしていることがバレるんじゃないか』などとハードルを上げてしまうので、組織運営だったり、ハラスメントや性教育をとっかかりにしたりして、当事者も当事者じゃない人も参加しやすいように設計しています」
また、妊活の問題を社会全体で“自分ごと化”できるよう、情報の届け方も工夫しているそうだ。妊活中の人は、自ら“妊活”というキーワードで調べる。しかし、妊活中でない人はわざわざ“妊活”と調べることは少ないだろう。そのためファミワンでは、現時点で妊活に興味のない人の目にも留まるよう、発信する際のキーワードにこだわっているという。
「例えば、今だとフェムテックやSDGs、性教育というキーワードが注目されていますよね。そういうキーワードをフックに情報を発信して、そこから少しずつ妊活の課題に触れてもらう。そうすると、これまで興味のなかった人にも徐々に広まっていくはず。この繰り返しで、社会全体が妊活の既成概念から解放されていくと思うんです」
妊活は、未来の家族と向き合うこと

妊活の話題はタブー視されることも多い。しかし、妊活はもっとポジティブなもののはずだと石川さんは言う。
「妊活は、未来の家族と向き合うことだと思うんです。自分の理想の家族像をパートナーと話すことって、すごく意義のある前向きな行為のはず。オープンに具体的な妊活の話をしよう、とまではならなくてもいいと思うんですけど、例えば“婚活”や“保活”のように『今妊活中なんだ』『子どもを授かりたくて、ファミワンを使っているんだ』と気軽に話せるようになるといいですよね」
今、石川さんは新たな取り組みにチャレンジをしようとしている。まちづくりと妊活の掛け合わせだ。これまで、まちをあげて「婚活」「子育て支援」に力を入れる自治体は多かった。しかし、結婚しても、すぐに子どもができるとは限らない。婚活と子育て支援の間に穴があることに自治体が少しずつ気付き始めたのだという。2021年は、その第1弾として神奈川県横須賀市とファミワンの連携がスタートした。
ファミワンを導入する企業や自治体が増えると、妊活当事者はもちろん、妊活に関心のなかった人たちの目にもそのサービスの存在が知れ渡っていくだろう。
ファミワンを通じて、妊活をもっとポジティブに捉えられるようになったら、友達や会社の同僚、そして住んでいる町が妊活に理解があったら、「結婚したら妊娠するもの」「妊活はつらいもの」「妊活はまわりに相談してはいけないもの」といったこれまでの妊活の既成概念を、社会全体で変えていけるかもしれない。
取材・執筆:仲奈々
撮影:内海裕之
妊活支援サービスを運営する株式会社ファミワン代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、医療事業者向けポータルサイトを運営する企業で新規事業立案を担当。自身の妊活の経験で感じた課題を後に続く世代に残さないため、2015年にファミワンを立ち上げる。LINEで気軽に専門家に相談ができる、妊活コンシェルジュ「ファミワン」の他、企業や自治体への啓発活動も積極的に行っている。
株式会社ファミワン https://famione.co.jp/
Twitter @ishikawa_yusuke
みんなが読んでいる記事
-
2024/05/30Finding a place for yourself in society – The “Monk in High Heels,” Kodo Nishimura, embodies a way of life that is uniquely his own.Kodo NishimuraKodo Nishimura, active as both a Buddhist monk and a makeup artist, has been featured in various media as "The Monk in High Heels" and has over 120,000 followers on Instagram (as of April 2024).Nishimura reveals the surprising past in his book, This Monk Wears Heels: Be Who You Are (Watkins Publishing, 2022) , stating, "To be honest, I've always thought of myself as inferior." What has been his journey to find his place and live as his true self?From his upbringing, which he describes as a "dark period," to his current activities, learn more about his story and his marriage to his same-sex partner
-
2025/03/25つらくてもここで頑張らなきゃ、なんてない。 ―日本から逃げた「インド屋台系YouTuber」坪和寛久の人生のポジティブ変換術―坪和寛久「インド屋台メシ系YouTuber」坪和寛久さんインタビュー。日本での挫折が転機となり、インドで自らの居場所を見つけた坪和さんのストーリー。ネガティブをポジティブに変える天才、坪和さんの人生のストーリーを伺いました。
-
2025/07/07チャンスは一度きり、なんてない。-9年間の待機の末、42歳で初飛行。宇宙飛行士・向井千秋に学ぶ、キャリアに「年齢」も「性別」も関係ないということ-向井千秋宇宙飛行士・向井千秋に学ぶ、キャリアに年齢や性別が関係ない生き方。「チャンスは一度きりじゃない」9年待ち42歳で初飛行を遂げた彼女の言葉には、常識という壁を乗り越えるヒントがありました。
-
2022/10/25学びの場は学校だけ、なんてない。東 佑丞2021年12月、とある広告がネット上の話題をさらった。「勉強ばかりしてないで、ゲームしなさい。」この広告を出したのは、ゲームのオンライン家庭教師サービス「ゲムトレ」。ゲムトレでは、ゲームを活用した新しい教育の形を提供している。東佑丞さんは、そこで生徒にゲームのプレイ方法を教える「ゲームトレーナー」として活動しているひとりだ。小学校・中学校と不登校を経験し、「自分の居場所はゲームの中だった」と話す東さん。今、東さんがゲームを教育の手段として広めようとしているのには、どんな理由があるのだろうか。
-
2023/05/11整形は何でも叶えてくれる魔法、なんてない。轟ちゃん「整形の綺麗な面だけじゃなく、汚い面も知った上で選択をしてほしい」と語るのは、自身が1,350万円(2023年4月時点)かけて美容整形を行った、整形アイドルの轟ちゃんだ。美容整形を選択する人が増える中で、彼女が考えていることとは?
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。
