勉強も部活動もすべて先生が担わなきゃ、なんてない。
妹尾昌俊さんは、野村総合研究所のコンサルタントの職を捨て、フリーランスの学校業務改善アドバイザーに転身した。深刻化する教育現場の問題を目の当たりにし、現状の改善に少しでも貢献したいという強い思いを抱いたからだ。妹尾さんが教育分野に目を向けたきっかけは何だったのか? 日本の教育には評価すべき点があるとしつつも、現在の学校には大きく2つの改善すべき問題があるという。その解決策とともに語ってもらった。
文部科学省「教員勤務実態調査」(2016年実施)によると、小学校教諭の33.4%、中学校教諭の57.7%が週60時間以上勤務、つまり月80時間以上の時間外労働をしていることがわかった。これは過労死リスクが高まる過労死ラインを超えている。民間企業では、長時間労働や過労死が問題視され、少しずつ改善の歩みが進められる中、学校の先生たちの多忙な現状は数十年変わっていない。長時間労働の蔓延(まんえん)だけでなく、体罰問題、理不尽な校則、保護者からの不条理な要求など問題は山積みだ。こうした学校を巡るさまざまな課題に向き合う妹尾さんは、学校業務改善アドバイザーであると同時に保育園児から高校生まで5人の子どもを育てる親でもある。自らの背中を子どもたちに見せていくことで、「人生は一つのレールに縛られる必要はない」ということを伝えたいと願う。日本の未来を担う子どもたちが生き生きと学業に専念できるよう、学校をどう改善していくことがベストなのか、お話を伺った。
出典:文部科学省教員勤務実態調査(平成28年度)集計【確定値】
企業コンサルタントより学校アドバイザーのほうが魅力的だった
妹尾さんがアドバイザーになったきっかけ。その原体験は中学生時代にあるという。出身は徳島県。人口1万人ほどの小さな町にある阿波市立市場中学校で、妹尾さんは生徒会長を務めていた。
「県内でワースト5に入るほど、荒れた学校でした。教室の窓ガラスは割られ、タバコの吸い殻があちこちに落ちている。暴力事件も日常茶飯事。生徒のひとりとして『なんとかしたい!』と思いつつも、家庭環境で苦労している生徒も多い地域でしたし、『自分の力だけでなんとかできるわけないよな』という気持ちもありました。そんな母校に、生徒指導や学級運営に熱意と実績のある先生たちが赴任してきたのです。先生たちのチームワークと熱心な取り組み、そして生徒のがんばりもあったと思いますが、それらが功を奏し、次第に問題が少なくなっていきました。じつはそれまで生徒の問題行動が多かったので、市場中学校には文化祭や体育祭がありませんでした。しかし、生徒と先生たちで話し合って復活させたのです。当日はとても感動しました。この時、湧き上がった『学校は変われるんだ』という思いが、現在の活動の原点になっています」
学校に特別な思いを抱いたものの、妹尾さんは教師を目指さなかった。大学に進学すると、教育学ではなく、行政学や政治学を専攻した。さらに大学院に進み、修了後は野村総合研究所に就職する。
「野村総研では、おもに官公庁や公共組織の案件を担当していました。当時はさまざまな行政改革の真っ只中で、市政の計画づくりや評価の仕組みに関わることが多くありました。そうしているうちに、行政の問題の一つとして『学校』が目に留まったのです。もしかすると、これまでに得た知見を学校に伝えれば役に立つかもしれない、と思いました。自分で企画を提案し、学校の改善に取り組むことになったのです」
コンサルタントとしてさまざまな学校を取材したり、校長や教育委員会の相談に乗ったりするうちに、妹尾さんは学校の改善に対する関心をより強めていく。
「一般的にコンサルタントの成果、やりがいといえば、自分の提案にクライアントが喜び、『その企業の業績や株価がアップした』『ヒット商品を開発した』といったことだと思います。もちろん、それらも価値のあることですが、私の心にはあまり響いてきませんでした。それよりも、この先10~20年、子どもたちがどうなっていくのか。そちらを考えるほうが私にとって大切だったのです」
教育分野の案件は、あまり「儲からない」という。大企業や経済産業省、国土交通省などから依頼される大規模なプロジェクトを請け負うほうが会社として“旨み”があるのはたしかだ。このまま会社に残って教育現場の改善に取り組むには限界を感じていたこともあり、妹尾さんは2016年に退社。起業し、合同会社を設立する。現在は教職員や保護者向けの講演・研修で各地を回る他、校長や教育長の相談に乗るアドバイザー(コンサルタント)として活動している。
「起業したといっても、ほぼひとりの会社ですが(笑)。大企業を辞めることには、もちろん不安もありました。しかし、一度きりの人生だし、好きなこと、ワクワクするほうに舵を切ったほうが楽しいじゃないですか。独立すれば、自分の思うことに集中できますし、自分なりに進めていけます。例えば今、著書やYahoo!の記事などで情報発信していますが、文科省を批判することもあれば、応援することもある。誰にも忖度する必要はありません。ファクトやデータ、さまざまな関係者の声などをもとに、自分の書きたいことを書いています。研修会でも、先生たちの日々のがんばりには敬意と感謝の気持ちをもちつつも、課題のあることや耳の痛いこともちゃんと言う。それで多少なりとも誰かの役に立てるのであれば、とてもうれしいです」
私たちは学校に頼り過ぎている
アドバイザーとして日々活動する中で、今の日本の学校において、何が最も大きな問題だと妹尾さんは考えているのだろうか?
「日本の教育問題はそれこそ多岐にわたりますが、まずお伝えしたいのは、『日本の教育はけっしてダメじゃない』ということです。例えば、学習到達度に関する国際的な調査であるPISAでは、日本の子どもの数学・理科の成績はずっと世界でトップクラスを維持しています。日本ではあまり話題にならないのですが、外国からは注目されている事実です。また、運動会や修学旅行、学級活動などを特別活動、略して『特活』といいます。『特活』では学校の先生が教科以外の学びをサポートしている点が特長です。やはり外国から高く評価されていて、『Tokkatsu』と英語になっているほどです」
日本の教育には評価すべき点が多くあることを認めながらも、現在の学校には大きく2つの改善すべき問題があると妹尾さんは語る。
「一つは、先生があまりに過酷な状況に置かれていること。不幸なケースでは精神疾患を患って退職したり、過労で亡くなったりしています。これは、先ほど述べたように、教科指導だけが先生の役割ではないというところとも関係していますが、とにかく日本の先生たちには余裕がありません。授業の質が落ちたり、先生のなり手が少なくなり人手不足に陥ったりしています。産休やメンタルの不調で休む先生がいても、代わりの先生を補充できない学校も多い状況です。実際、私の娘が通う学校でも先生が足りず、教頭が担任を務めていたことがありました」
教師が過酷な状況に置かれている現状には複雑な要因が関係しているが、妹尾さんが最も主張したいのは、「学校にいろいろお願いし過ぎていること」だという。
「一例として、日本の学校には部活動があります。中学生のほとんどが参加し、しかも先生たちが面倒を見ている。保護者もそれを期待しています。しかし、これが先生の大きな負担になっているのは否めません。また、例えば放課後に生徒たちがコンビニなどでたむろしていると、苦情が学校に来たりします。放課後なのですから、本来は家庭が対応すべきものでしょう。管理外にもかかわらず、先生がケアせざるをえない現状があります」
もう一つの問題は、教師が子どもに求める理想像にあるという。これまでは、教室でイスに座り、先生の言うことを聞きながらノートを取る子どもが「いい子」とされてきた。先生の話に余計な茶々を入れるのは、授業の流れを止める「不規則発言」として悪いものと見なす教室も一部にはある。「程度の差はありますが、多くの学校では、従順さを重視してきたわけです」と妹尾さんは言う。
「先ほど、PISAの成績は優れているとお話しましたが、一方で『好奇心』や『学び続ける力』が育っているかといえば疑問があります。テストの点数は抜群だけど、勉強が好きなわけではない子どもも多いですし、受験が終われば、燃え尽きる子どもも少なくありません。これからは『従順さ』ではなく、『主体性』や『リーダーシップ』のある子どもを育てていかなければならないと、国の審議会や文科省、経済界なども述べています。『主体性』や『リーダーシップ』をどう定義するかは難しいですし、抽象的な議論だけではいけないとは思っていますが、別の言い方をすれば、指示されたことをそつなくこなすだけでは不十分で、自分の好きなことを深めていける力がより重要になるということだと思います。『不規則発言』も、じつは好奇心や主体性の表れで、そこから学びにつながることもあるはずです。子どもの好奇心や主体性を伸ばす授業にもっとなっていくためにも、先生の過酷な状況を改善する必要があります」
大人がもっと学校に関わっていい
日本の学校で起こっているさまざまな問題はどう解決すればよいのか? 一つは「学び方の多様性」を認めることだと妹尾さんは指摘する。
「これまでは、先生が薦める方法で勉強することが良いとされてきました。ただし、その方法になじめない子は置いていかれてしまう。その結果、通信教育を受けたり塾に通ったりしなければなりませんでした。しかし、これからは子どもの特性に応じて、学び方を変えてもいいのではないかと思います。例えば英語を勉強するなら、これまでのように教科書を使ってもいいし、あるいはアニメや映画を観ながら学んでもいい。ネットを通じて外国人と会話するほうが力のつく子もいるはずです。そこから好奇心や主体性も育っていくでしょう。教育界では『個別最適な学び』と呼んでいますが、学び方に多様性を認めるのです」
また、「学校、教師の“荷物”を下ろしてあげること」も必要だと妹尾さんは主張する。例えば、部活動は習い事や地域の活動に代えていく方法が考えられるという。部活動に対する保護者の意識も変える必要があるだろう。給食や休み時間の見守りなども、今は担任の先生の仕事だが、別のスタッフを入れて、分業していけるようにしたほうがいい。先生の負担が軽減されれば、「学び方の多様性」を実現する授業を展開する余裕も出てくるはずだ。
さらに妹尾さんの提案は、一般のビジネスパーソンの活動にも及ぶ。
「東京都中野区にある新渡戸文化中学校の授業では、一般のビジネスパーソンを相手に中学生がプレゼンをする活動が行われました。大人はオンラインでの参加です。大人の参加者は教育については素人ですが、仕事で培った知見から子どもたちに有益なアドバイスができました。これからの時代は、例えばビジネスパーソンの勤務時間の一部を学校に関わる活動に充てたりする仕組みを作ってはどうでしょう? そもそも今の学校は一般の人が訪れるにはハードルが高過ぎます。ともすれば『不審者』扱いされてしまいます。子どもを通わせている保護者だけでなく、子育てをしていない大人も積極的に学校に関われる仕組みや取り組みが求められているのではないでしょうか」
2020年2月、新型コロナウイルス感染症対策により、全国の学校が一斉に休校となった。5人の子どもを持つ妹尾さんも他人事ではなかった。休校期間中、妹尾さんは子どもたちの好きなこと、興味のあることを大切にしようと意識したという。野村総研を辞める時、自分の想いを尊重したのと同じように。
「当時小学3年生の息子は、『マインクラフト』のプログラミング的な活動に没頭していました。宿題よりもそちらを優先していたようですが、『宿題をやりなさい』などとはなるべく言いませんでした。娘2人は料理が好きなので、さまざまなチャレンジをしてもらいました。唐揚げなんかも得意ですが、『危ないからダメ』とは言いません。どこまで子どもの『好奇心』や『主体性』を育むのに影響しているかはわかりませんが、親としてできることは少しはできたかなと思います」
妹尾さんは自分の家庭について語る時、アドバイザーというより、ひとりの親としての顔を覗かせた。学校や社会に対する提案は、親である自分自身にもそのまま返ってくる。親も問題の当事者だからだ。「うまくこなせているかはわかりませんが」と妹尾さんは謙遜するが、言葉と表情には、子どもを教育することの難しさと同時に、子どもに対する大きな期待が表れている気がした。
取材・執筆:米田 政行(Gyahun工房)
撮影:阿部 健太郎
教育研究家、学校業務改善アドバイザー。合同会社ライフ&ワーク代表。徳島県出身。京都大学大学院法学研究科を修了後、野村総合研究所を経て、2016年に独立。文部科学省での講演の他、全国各地で教職員研修やコンサルティングを手がけている。中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁・文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインを作る有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー、教育新聞特任論説委員として、教育問題などの解説、提案なども行っている。『教師と学校の失敗学 なぜ変化に対応できないのか』『教師崩壊 先生の数が足りない、質も危ない』(共にPHP新書)など著書多数。5人の子ども(高校生、中学生、小学生、保育園児)を育てる親でもある。
Twitter
@senoo8masatoshi
オフィシャルサイト
https://senoom.jimdofree.com/
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