キャンプの知識は防災に結びつかない、なんてない。【後編】

寒川 一(さんがわ・はじめ)

豪雨や震災、そして新型コロナウイルス感染症のまん延など、さまざまな災害や困難が私たちを襲う。しかし、それでも自然災害を“自分ごと”化して「防災」に取り組む人はあまり多くはないだろう。そんな中、アウトドアライフアドバイザーの寒川一さんは、現在のアウトドアブームが防災につながる可能性を見いだしている。「『防災』というものがもし『モノを備える』というだけの意味だったら、僕はあまり意味がないと思っています」そう話す寒川さんが考える、防災に大切なものとは?

日本各地で起こる自然災害の発生件数と被害は、ここ数十年で増加傾向(※)にある。大規模な災害が起こるたびに人々に防災への意識が芽生えるが、「災害対策」と聞くと、どうしても面倒に思えてしまい、なかなか重い腰が上がらない人も多いのではないだろうか。今回はアウトドアのプロである寒川さんに、日常の延長としてできる「楽しい防災」について話を聞いた。

※ 2019年版「中小企業白書」中小企業庁より

「自分を助けること」が、
「人を助けること」になる

日本オートキャンプ協会による「オートキャンプ白書2019」(※)によると、2018年のオート日本のキャンプ人口は850万人にのぼる。2021年は新型コロナの影響がありつつも、610万人という結果となっている。国内旅行が半減している中で「3割減」という数値は、人々のキャンプへの注目度が高まっていることを表しているといえるだろう。こうしたアウトドアブームにより寒川さんは「以前とは風向きが変わった」と、話す。

「数字を聞いたときに、震えたんです。これって僕が当初考えていた『負荷を減らす』という程度にとどまらないなって。日本人の十数人に1人がキャンプをやっていて、その全員が僕と同じように火をおこしたり浄水したりと、自分の衣食住を立てられる技術を持っていると仮定すると、日本中の人を助けられるレベルだと思ったんです。なんならアウトドア好きの人たちは、喜んで人を助ける。浄水も自分の分だけではなくて、困っている誰かの分までやります」

もはやこれは、自分の身は自分で守る「自助」や、地域や身近にいる人同士が助け合う「共助」という役割の隔たりは、ないのではないだろうか。それが、寒川さんの考えだ。

「自分で自分を守り、それができる人は、他の人に手を差し伸べる。一人の人間が、自助も共助も両方できる、ということです。キャンプ人口が増え、みんなが同じような心持ちで、人を助けることができるのだとしたら、国を動かして大きなシステムを作らなくても、日本の人口をほぼカバーできるのではないでしょうか。僕は、いくらシステムでカバーしても、本質的な解決にはならないと思っています。抽象的な言い方かもしれませんが、今の防災の状況を変えるとしたら、やはり一人一人が、その人の心からの気持ちで、自分自身と周りの人を救うしかないのではないでしょうか」

「生きるすべ」を鍛えるキャンプ。防災とつなぐために大切なのは、マインド

防災の仕方は万人共通のものと捉えている人も多いかもしれない。しかし実際、ホームセンターで売っている万人向けの防災セットの中には、使い方がわからないようなものも多い。「僕の防災バッグに、常識はないです」と、机いっぱいに自身の防災グッズを広げた寒川さんはほほ笑む。

車の中に常備しているという、寒川さんの防災バッグ。中には、火おこしナイフ、浄水器、SOSを呼ぶときにも役立つ鏡やホイッスル、45Lのポリ袋、止血もできるダクトテープ、ヘッドライト、水がいらない歯ブラシなど、自分用にカスタマイズされたものが入っている。

「防災バッグはカスタマイズの世界で、僕だけのもの。技術や使うイメージができている人でなければ、使えません。自分自身で命をつなぐために必要なものを考えて、自分で構築するのです。アウトドア用品って、かっこいいものがいっぱいあるんですよ。だからアウトドア好きの人が『俺だったらこうするよ』って対抗心を燃やしてくれたらうれしいですね」

「大事なのは、想像力を持つこと」そう、寒川さんは話す。

「それはアウトドアに対してだけではなく、日常においても言えることです。今日の晩ごはんを想像するとか、何でもいいんですよ。これから起きることを自分の中で仮説を立て、実際に結果を見て、次のアクションをまた考える。『防災』というのがもし『モノを備える』というだけの意味だったら、僕はあまり意味がないと思っています。もっとクリエイティブにやらないと続かないし、面白くない。だって、モノをそろえたら、終わってしまうじゃないですか。自分の中で、アップデートしないといけないんです。夏が終わったら今度は冬バージョンを作ったり、なるべく自分の中でテンションを上げるかっこいい道具をそろたりして、続けていくことが大事です」

防災に必要なもの──道具は大切だが、道具だけにとらわれてしまうと、本質を見失ってしまうと、寒川さんは続けた。

「これまでは『道具』と、それを使いこなす『スキル』の二つが重要だと僕も思っていたのですが、最近はそれに加えて『マインド』も大切だと思っています。何のためにやるのかや、どうしたら人助けにつながるか。今のこのキャンプブームの中でも、圧倒的に欠けているのはこのマインドの部分だと思います」

寒川さんが40年間、キャンプを続けてきた理由は、防災を考える上で大切なことともリンクする。

「何のために僕がキャンプをやっているか──それは、生きるためでもありますが、自分たちがこの世の中で暮らしていくための、一つの“生きがい”でもあります。それが、何か人助けや“生きるすべ”に変換できるのなら──キャンプをやっている人がそうしたマインドを持っているとしたら──大きな仕組みを変えずとも、この国自体が救われることになるんじゃないでしょうか。バーナーを使って簡単に火を付けてしまうのではなく、面白いからメタルマッチを使って火を付けたくなるわけですよね。うまくいかないこともあるから、アウトドアは面白いんです。そこに、これからの防災の可能性もあると、僕は信じたいです」

キャンプの知識は防災に結びつかない、なんてない。【前編】へ。〜

防災は、日常の延長線上にあると思っています。もちろん必ず来るであろう日は来ないほうがいい。でも、日常の延長という感覚で、キャンプの知識や技術を身に付けていれば、もし何も来なくても、キャンプでそのまま生かせてしまいます。勝手に増えていく道具も、全部災害時に使うことができますから。防災とキャンプが、「生き延びるためにやる」という同じゴールを持っているのだとしたら、「防災をやる」と意気込むのではなく、ぜひキャンプを始めてみてください。

編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。
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寒川 一(さんがわ・はじめ)
Profile 寒川 一(さんがわ・はじめ)

アウトドアライフアドバイザーとして、 アウトドアの魅力と災害時にも役立つ知識やスキルを各種メディアやワークショップなどを通じて伝えている。UPI OUTDOORのアドバイザー、 フェールラーベンやレンメルコーヒーのアンバサダーなども務め、 北欧のアウトドアカルチャーにも詳しい。

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