人のために建築物をつくると自然が荒れる、なんてない。

パンデミックが私たちの生活にあらゆる影響を与えたこの2年間。働き方や日常生活が変化を余儀なくされる中、改めてこれからの「暮らし方」について考えた人は多いのではないだろうか。そんな今、建築を造ることで人と自然を再生し、さらには地方の活性化をも行おうとしている人がいる。建築家の浜田晶則さんだ。

浜田さんは、1984年富山県に生まれ、コンピュテーショナルデザイン(※1)を用いた現代的な建築設計が国内外で注目を浴びている。また、デジタルテクノロジーを用いた作品を制作するアート集団チームラボにも建築家として加わるなど、“デジタル”を軸に分野を超えて活躍する。

そんな彼が今模索しているのが、これまでになかった形の「人と自然との共生」の在り方だ。2022年秋に向けて設計が進む、自然環境に没入できるアートヴィラ「ONEBIENT 神通峡(ワンビエント じんずうきょう)」をはじめとし、都会と自然との中間に位置する日本全国の里山に、テクノロジーを用いた建築を設計していく予定だ。

高度経済成長期を経て過疎化してきた地方の活性化、いわゆる「地方創生」を、国は昨今の急速な少子高齢化への対策として、2014年ごろから本格的に行ってきた。そんな中起こった世界的なパンデミック。ライフスタイルが変化し、都市圏から地方への移住を検討し始めた人もいるかもしれない。

2020年に内閣官房が行った調査によると、20〜59歳の東京圏在住者の49.8%が「地方暮らし」に関心を持っており、中でも若者の方がその関心は高いという(※2)。

浜田さんが現在造ろうとしている「ONEBIENT」は、人・自然の「再生」、そして周辺地域を「活性化」すること、そして「人と自然との共生」をコンセプトに掲げる、新しい形の宿泊施設だ。彼が持っている自然への“畏怖の念”とも言える価値観をベースに、これまで培ってきたデジタル技術と建築の融合で、独特の体験をつくり出すことに挑戦する。

浜田さんはなぜ、人や自然を再生するための建築を造ろうとしているのか。そもそも、彼が考える「人と自然との共生」とは、どういうことなのだろうか。そこに、私たちのこれからの暮らしのヒントが眠っているかもしれない。

※1 コンピュテーショナルデザイン:コンピューターを用いた計算によって、より複雑なデザイン的課題を解くものであり、さらにはその手段や手続きによって導かれる思考から生み出されるデザイン。

※2 移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業 報告書(内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部事務局)

人間と自然とが共生している風景は、美しい

活躍の幅を広げた、デジタルとの出合い

浜田さんは、幼少期に、建築設計事務所を営む父親の仕事場で製図台や模型などに触れて育ったという。その影響もあって、子どもの頃から将来は建築の道に進むことを漠然と予感していた。

「小学生の頃に、ちょうど関西国際空港ができたんですよ。当時の自分には、海に浮かぶ建築は新鮮で、ポスターコンクールの題材にもしていましたね」

大学で建築計画学を専門に学び、コンピューターを使った先端的な設計を大学院で学んだ。徐々にテクノロジーに興味を持つようになっていき、「コンピュテーション」や「デジタル」を軸に他分野の人とつながっていった。

「naminoma」。東京大学とコロンビア大学の合同プロジェクトで、デジタルをツールとして用いることをテーマに作った現代版茶室。建築誌の表紙に掲載されるなど、国内外で注目を集めた。

そんな中、空間作品を手がけるようになり、建築を専門とする人材を必要としていたアート集団チームラボに参画。

「伝統的な建築から学ぶことはもちろん大事ですが、僕たちは、先人たちでは思いもつかない、現代にしかできないことをやっていかないと、建築の文化をアップデートしていくことはできないのではないかと当時から考えていました。そういう意味では、チームラボのコンセプトや作品は、非常に面白いと思ったんですよね」

浜田さんがチームラボで最初に手がけたのは、2014年にキャナルシティ博多で行われた「キャナルみらいクリスマス2014」での作品「チームラボクリスタルツリー」だ。不確定要素の多さにプロジェクトが途中で頓挫しそうになったこともあったというが、浜田さんは諦めずに先頭に立ってプロジェクトを進め、見事成功させた。

チームラボクリスタルツリー / teamLab Crystal Tree
teamLab, 2013-, Interactive Installation of Light Sculpture, LED, Endless, Sound: Hideaki Takahashi
無数のLEDを三次元空間に配置した「チームラボクリスタルツリー」。デジタル制御により、クリスマスツリーなどの立体物を動かしながらリアルタイムに投影できる「インタラクティブ4Dビジョン」のシステムを独自に開発した。

自然の力で、人の「心」を再生する場所に

浜田さんの設計する建築は、建物全体がその場所に溶け込む“静けさ”を持ち、そこに滞在する者を瞑想へと導くかのようなデザインが主な特徴だ。

「僕は、富山の田舎で生まれ育ったからか、“自然の美しさ”を、自分自身の物事の判断基準にしているところがあります。作品を造るときに、自然が持っている何かしらの法則性──渦や、木の枝分かれのルールなどといったものを、無意識に参考にしていますね」

そう語る浜田さんが現在最も力を入れて進めているのが、冒頭でも紹介した、アートヴィラ「ONEBIENT」の設計を通じた、デジタル技術によって自然環境に深く没入できる体験である。

「ONEBIENT」は、施設運営の省人化や自動化を可能にするテクノロジー、また太陽光発電や薪(まき)ボイラーを活用したオフグリッドのエネルギー供給の仕組みなどを通して、その独特な宿泊体験をつくり出す。

2022年秋に富山県にオープン予定の「ONEBIENT 神通峡が、今後日本全国に展開予定である「ONEBIENT」の第1弾となる予定だ。

富山県の環境特性である本州一の多様な植生、名水に着目し、それぞれの自然現象を3棟のアートヴィラで表現している。

この「ONEBIENT」で浜田さんが掲げているテーマの一つが、「人の再生」だ。実は、浜田さんは学生時代にはすでに、この「ONEBIENT」につながるコンセプトを構想していたという。

「大学の卒業設計で、富山の森の中に“サナトリウム”を造ることを構想したんです。サナトリウムは、一般的には結核の人などの療養施設を指します。しかし、現代においては身体的な病気だけではなく、“精神”や“心”の療養こそが必要なのではないか。そう考えて、都市生活者が森の中のその場所に行き、滞在することによって心身を整え、かつ杉などの針葉樹林から広葉樹を含む混交林へと森をも再生するものとして、サナトリウムを設計しました」

「ちょうどいい距離感」を保ちながら、自然と向き合う

忙しい日常を離れて自然の中に静かに身を置くことで、人が再生される。人間が生きていくために欠かせないパートナーとして自然を捉える浜田さんの感覚は、自然環境と切り離されて暮らすようになった現代の私たちに、必要なものなのではないだろうか。
ただ、自然の中に身を置くといっても、浜田さんが目指しているのは人間が無防備に原生的な自然の中に入っていくことではない。彼がつくろうとしているのは、人間が守られながらも自然と静かに向き合える、人と自然との新しい“共生の形”だ。それを実現するために、設計上のさまざまな困難もあるという。
例えば、「ONEBIENT 神通峡」のヴィラの一つでは、森との境界線をぼかして自然環境に没入する体験をつくり出すため、客室内にも多くの植物が植えられる。しかし、それによって室内に虫が生息する状況も同時に発生する可能性があるため、不特定多数の人が利用できる場所にするためには工夫が必要だ。

そういった問題を解決するために、人工の土壌を使用したり、地面と土台とを切り離した設計にしたりと、浜田さんは妥協せずに試行錯誤を重ねている。

「ここでは、キャンプのような元来の自然体験とはまた違う、“新しい自然との関係性”をつくろうとしています。

慣れていない人が原生的な自然の中に急に入っていくと、どうしても圧倒されてしまいますよね。だから、完全に自然の中に入り込むのではなく、人と自然がちょうどいい距離感で、共生関係を築く。人間が建築に守られながらも、“他者としての自然”に向き合い、静かに考えるきっかけをつくる場所にしたいと思っています」

美しいと思う場所を守るための建築を

浜田さんが「ONEBIENT」を建てるのは、人間が一方的に自然の恩恵を受けるためだけではない。彼は、人間の再生と同じくらい重要な目的として、自然の再生や、その周辺地域の活性化を位置付けているのだ。

「建築を造ることは、環境を破壊することだと捉えられることが多いですよね。それはある意味、事実ではあります。一方で、自然を再生するための建築を作ることも、可能だと思っているんです」

建築で自然を再生するとは、いったいどういうことなのか。浜田さんは、こう続ける。

「今、日本には荒れている森が非常に多いんです。それは、戦後の針葉樹の植林によって人工林の割合が増え、さらには国産の木材の需要がないため、それらの木が適切に切られずに伸びていったからです。結果、森は暗くなり、本来そこにあった生物多様性も失われていっています。

だから、切るべき木を切り、そこに広葉樹を植え、その間に建築を建てる。それによって、荒れている森を再生したいと思っているんです」

さらに、周辺地域を活性化したいという部分には、“里山の美しい風景”を守りたいという、浜田さんのシンプルながら熱い思いがあった。

「僕は、都市と自然の“境界部分”にあたる場所が面白いなと思っていて。

『ONEBIENT』を建てる場所も、完全な辺境地ではなく、まさに都市と自然の間、いわゆる“里山”のような場所なんです。残念ながら、そういった場所は今、森と同じくどんどん荒廃していっているのです」

「里山」とは、人間の住む集落部分と原生的な自然の中間に位置し、適度に人の手を入れることによって豊かな自然が保たれてきた地域のことだ。高度成長期以降、都市部への人口流出などによって農村の集落の過疎化が進み、そういった地域は放置されることによって徐々に荒廃していった。

「人が住みながら、人が手を入れることによって自然の多様性が守られていく──そんなふうに、人間と自然が共生している風景は、美しい。僕は、自分が美しいと思う場所がどんどん劣化していってしまうのが悲しいんです。

だから『ONEBIENT』は、来た人が食事や活動のときには周辺地域に足を運んでもらえる仕組みを作っています。訪れた人に、その周辺地域の良さを発見してもらいたいからです。

来た人に『里山って、なんかかっこいい』と思ってもらう。僕はそのための建築を造っていきたい。それができれば、地方は都市にはない価値を持つ場所になっていくのではないかと思っています」

人と自然が“ちょうどいい距離感”を保ちつつ、お互いが補い合いながら生きる。それは、私たち人間が何かを我慢するわけでもなく、一方で、人間の都合で自然を破壊するわけでもない、真に持続可能な暮らし方なのではないか。浜田さんの「人と自然が共生する」構想をヒントに、そんな“心地よい”暮らし方を模索してみたいと感じた。

僕自身、住環境をつくる人なのに、目の前のプロジェクトに忙しくて自分の住む場所には結構無頓着だったんです。

でも、コロナの影響でこれまでとライフスタイルが大きく変わり、その意識にも大きな変化がありました。例えば、食べる、座る、寝る、といった生活の一つ一つの動作を意識的に行ってみることで自分にとってより心地よいものが見つかってきたり、やっぱり美しいものに囲まれていると、すごく生活の質が上がるなと改めて感じたり。

そうやって、ちゃんと自分の内面と向き合うことで、自分にとっての心地よい暮らし方は少しずつ見つかっていくのではないでしょうか。

編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。
海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。

浜田 晶則
Profile 浜田 晶則

AHA 浜田晶則建築設計事務所代表・teamLab Architectsパートナー
1984年富山県生まれ。2012年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2014
年AHA 浜田晶則建築設計事務所設立。同年よりteamLab Architectsパートナー。日本女子大学非常勤講師、明治大学兼任講師、日本大学非常勤講師。コンピュテーショナルデザインの手法により、これまで空間に落とし込むことが難しかった、自然界の美しく複雑なフォルムや、光や風といった形のないものまでを設計対象とし、建築と自然が互いに拡張し合う「超自然の建築」という設計思想のもと、人と自然が共生する社会づくりをめざしている。
グッドデザイン賞2019、Iconic Award 2019 Best of Best、the 2A Continental Architectural Awards 2017 Second Placeなど国内外で受賞。

AHA 公式HP https://aki-hamada.com/
Instagram @aki_hamada_architects
Twitter @ak_hamada
ONEBIENT 公式HP https://onebient.com/

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