シングルマザーは住まい選びを諦めなきゃ、なんてない。

秋山 怜史

「社会と人生に新しい選択肢を産みだす」ことを理念に掲げ、建築家として活動する秋山怜史さん。2008年に「一級建築士事務所秋山立花」を設立して以降は、建築家として家を建てるだけでなく、“住まい”そのものを通して社会問題に向けたアプローチも積極的に行っている。2014年には、秋山さんが企画した子育てと仕事が両立できるシェアハウス「ペアレンティングホーム」が「キッズデザイン賞」(主催:NPO法人キッズデザイン協議会)を受賞。どんな社会課題に取り組み、解決させるためにどのような取り組みをしているのだろうか。

住宅に関する社会問題は、今、空き家問題をはじめさまざま存在する。そもそも、人々はどんなことを暮らしに求めているのか、また住宅を選ぶうえでは何を基準にしているのだろうか。デザイン性、機能性、家賃など多くの基準があるが、本当に自分が求めている豊かな暮らしをしている人がどれくらいいるのか。もしかしたらほんの一握りなのかもしれない。秋山さんは、暮らしについてどのような考え方を持っているのだろうか。

豊かな暮らしをするために選択肢を増やす。
空間作りだけでなく世の中の仕組み自体を作る。

建築の世界へは、大学生のときに初めて足を踏み入れたという秋山さん。それまではほとんど建築に関心を持たなかったそう。

「もともと僕は野球しかやってこなかった野球少年だったんです。小学生のときに野球を始めて下手なりに高校まで続けて、引退して燃え尽き症候群になりました。当時、将来的に何かやりたいことというのはなく、でも『何か見つけなきゃな』という思いに駆られていた、ありふれた悩める高校生の一人でした。進路を決める際は大学に進学することは決めていたものの、どの学部に進むべきか悩み、ぼんやりと『建築ってちょっといいな』と思ったことから建築学科を受験しようと決めて進学しました。つまり僕は大学入学と同時に建築の世界へ飛び込んだのです。しかし、周りで建築家を目指して大学にやってくる人たちは、すでにいろいろな建築物を観に行っていたりとか、著名な建築家の名前を何人も知っていたりしました。一方で僕は誰もが知るような建築家の名前すら知らない状態(笑)。ですが、建築学科に入ったからには、ゆくゆくは建築家として独立したいなとはなんとなく考えていました」

大学を卒業すると、秋山さんは建築事務所へ就職。そして、27歳のときに独立し「一級建築士事務所秋山立花」を設立した。

「『社会と人生に新しい選択肢を産みだす』ことを僕らは理念に掲げていますが、そもそも建築というのは社会を豊かにしていくためにあるものです。では次に豊かさとは何だろうって考えたときに、お金があるかどうかなどさまざまな指標があると思うんですが、僕たちが考えた豊かさというのは選択肢があること。ちゃんと自分自身で選ぶことができる環境にあることが豊かさであるということなんです。たとえば、紛争地域で学校に行けないよっていう子たちがいたとすると、その子たちの選択肢ってものすごく狭まっていますよね。でもお金があって、安定した国であればいろいろな学校の選択肢があってその中から選ぶことができる。お金のある・なしではなくて、選べる環境にあることがそもそもの豊かさなんじゃないかと考えてこの理念を掲げることにしたんです」

日本初、シングルマザー向けシェアハウスを企画。
母子家庭の自立を目的に

「一級建築士事務所秋山立花」設立以来、家をただ建てるだけではなく、豊かさを追い求めさまざまなチャレンジをする秋山さん。2012年には、シングルマザーのシェアハウスを企画した。

「当時、シングルマザー向けのシェアハウスは、日本で初めての企画だったんです。僕は建築の仕事を通じてさまざまな暮らしや社会問題と多く関わる中で『シングルマザーの暮らし』という観点において、まだまだ社会課題があるんだということを知りました。そもそも居住支援が足りていない現状の中で、母子家庭は住まいの選択肢がすごく限られてしまっている。母子家庭だというだけで収入が少ないと思われたり、様々な偏見があったりする。なので、不動産店へ行ったときに不当な扱いを受けることもある。そうしたことは徐々に少なくなってきたかもしれないですけど、今でもまだ残っているのが事実。そういった社会課題があることを僕は知り、解決するために僕自身が仕組みを作ろうと決意したんです。目の前にこんなに大きな社会課題があるのに放っておくことはできないし、僕ができることで解決に向かえると思ったからです。具体的には『シェアハウス』という形にすることで解決できると思いました。子育てはもちろん仕事についても、一緒に住む人や管理者、僕らを含む関係者にある程度共有しながら住んでいただく。そうすることで、子育ての仕方や仕事の選び方についての選択肢が増える。そもそもシングルマザーが住むための住居なので、母子家庭だという理由で入居拒否や偏見もない。今でこそ母子のシェアハウスは全国に増えてきていますが、こういった母子家庭の人たちが自立に向けてのステップを踏みやすいような居住環境を作りましょうという考え方自体、当時はまだあまりなかったんです。その後、僕らは全国組織としてNPOを立ち上げて、現在も代表理事を務めさせていただいています。空間を作るだけじゃなくて、世の中の仕組み自体を作る、そしてそこに選択肢を産みだしていく。それが実現できた企画だったと僕は思っています」

母子家庭における住居問題を「シェアハウス」という形で選択肢をつくった秋山さんだが、そもそも暮らしにおいて、今、どんな社会課題があると考えているのだろうか。

「『暮らし』における現代の最大の問題は『空き家問題』だと思うんですよね。海外の場合、中古の流通が盛んなんですが、日本でそうならないのは、以前はローンの仕組みが中古に対して厳しかったり、新築信仰みたいのもいまだに根強い。一般流通していない空き家も多くて、実はそういう空き家が一番、問題の根が深い。空き家になっているんだけど、持ち主が貸そうとも売ろうともしない家です。そうした家をどうやって社会に開いていくか。今後、どんどん少子化になってきて、そうした家が相続されるとなると、一人の子どもがいろいろ考えなきゃいけないことが増えてくる。たとえば両親のそのまた上の人たちの不動産まで一手にその子どもが考えないといけないとなると、すごく大変ですよね。そういったこともひとつの課題として現代において出てきているのかなと思っています」

これらの社会課題に対して、秋山さんが取り組んでいることはあるのだろうか。

「まず母子家庭向けのシェアハウスについては、基本的に空き家を活用しています。空き家については、近年起きている高齢化社会問題に連動しているのですが、自宅を所有する高齢者が老人ホームなどに転居することで増えています。その後に壊そうと思っても、解体費用に100万円から300万円くらいが掛かります。そのため壊したいけど壊せないという人が多くいるのも事実。空き家については『活用できない』『そのままにするしかない』という既成概念があったように思えますが、空き家を買い取る、または買い取ってくれる人を探すなりしてまず僕らが空き家を所持する。そして母子家庭向けシェアハウスという形にすることで、空き家問題と母子家庭の住居問題の2つの社会課題解決に向けて貢献できているのかなと思います。ちなみに、最近では『空き家をうまく活用しよう』という考えが広まっていますが、まさに僕も同じ考えですね。あともうひとつ、住宅を確保できないという問題があって。たとえば母子もそうですし、高齢者、障がいのある方、外国人の方などは不動産が借りづらい。住宅を借りるために不利となる。これだけ空き家があるのに、そういった状況が続いている。そういった人たちに対して、政府も住宅セーフティネット制度といったものを作ったけど上手く機能していない。その中で住宅確保要配慮者の方々にちゃんと健全な住まい、自立に向けた住まいをしっかりと作っていかなければいけないとは思っています。僕らの中でも、世の中の制度的に不動産が借りづらい人たちに対して、住まいをより提供できるような仕組みづくりを今後もしていくつもりです」

社会制度自体を変えていきたい

今後、秋山さんは、社会課題を解決させるための活動をしていく一方で、住まいについて、世の中に対してさまざまな提案をしていきたいと話す。

「住みやすい住宅って、基本的には誰が住むかによって変わるんですよ。もちろん価値観も変わります。なので、住みやすい住宅というよりも、住むことに対する選択肢をどれだけ増やすことができるかが大切ですし、僕らも選択肢を増やすことを意識した住まい提供を今後さらに強化していくつもりです。たとえば今だとADDressのように定額で住み放題のサービスが出てきたりと、住むということに対してのいろいろな方法が増えてきている。それに対してちゃんと建物、空間というものが追いついているかどうか、そう考えるとまだまだ課題はあるのかなと正直感じています。基本的に住まいというものは、“自分たちがそこに対して合わせる”のではなくて、“自分たちに住まいを合わせる”ことが正しいので、こうした購買がきちんとできているか、住み方ができているのかを考える必要はあります。自分たちがどういった住み方をしたいのか、何を優先して人生を歩んでいくのかとか、建築家ってその人の人生そのものをその空間に表現していかなければならない。なので僕らは、お客さまが家を建てるうえで、どんなビジョンや理想を描いているのか、また以前はどんな悩みを抱えていたのか。豊かな暮らしを求めている人の心に寄り添ったコミュニケーションを意識して、今後も取り組んでいきます」

このように一般的な暮らしに関する悩みなどを解決させるために日々活動する秋山さんだが、社会制度自体も見直した方がいいと指摘する。

「個人的なことなのですが、2020年の春に第2子が生まれまして。上の子がもうすぐ4歳になるんですけど、僕の中に根底としてあるのは、子どもたち、将来の世代に対して、僕たちが自信を持ってバトンタッチすることができる世の中にしたいという思いです。いま一番の挑戦は、母子の居住支援と、子どもたちの住環境をどう整えるかということ。これは今までになかったものですし、それをどうやって広めていくかは挑戦だと捉えています。僕みたいな小さい事務所が社会を変えていくってすごく大変なことというのは重々理解していますが、でもそれをどうやったらできるのか。建築家として僕がやらなくてはならない責務だと思っています」

野村監督(元プロ野球選手・故野村克也氏)の本を読むといいヒントが得られると思います(笑)。彼の本全体から僕が受けたメッセージは、“自分の能力をいかに駆使して、工夫して、強者に立ち向かっていくか”っていうことなんですよね。あとは、自分の特性、何が得意なのか。自分を客観的に見る訓練、自分に足りていないものに対してしっかりと学ぶことをずっとやってきたのと、建築教育が合わさっていまの自分になっているので、持って生まれたもので勝負していない、自分で後から身に付けてきたもので勝負しているという自負が僕はあります。それは逆に言うと、誰もが始めることができることだと思っています。0→1というステップを1回踏んじゃうと楽になるので良いのかなと思います
秋山 怜史
Profile 秋山 怜史

1981年生まれ、神奈川県出身。
東京都立大学卒業後、一級建築士事務所秋山立花を設立。2014年から横浜国立大学非常勤講師としての顔も持つ。「社会と人生に新しい選択肢を産みだす」ことを理念とし、建築設計とともに、社会に選択肢を増やしていく仕組みづくりを行う。

みんなが読んでいる記事

LIFULL STORIES しなきゃ、なんてない。
LIFULL STORIES/ライフルストーリーズは株式会社LIFULLが運営するメディアです。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。

コンセプトを見る

#したい暮らしの記事

もっと見る

その他のカテゴリ

LIFULL STORIES しなきゃ、なんてない。
LIFULL STORIES/ライフルストーリーズは株式会社LIFULLが運営するメディアです。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。

コンセプトを見る