災害対策で必要なのは備蓄だけ!?│防災心理学・木村玲欧教授に聞く「心の防災」7つのポイント
阪神・淡路大震災から今年で30年。その後も日本列島は地震活動期にあり、風水害リスクも増大。いつ次の災害が起きてもおかしくない状態にある。耐震化や備蓄に取り組む動きは広がっているが、一方で実際に災害に遭った時、人はどのような心境になるのか、生き延びるための行動をとれるのかなど心理状態について、じっくり考える機会は少ないのではないだろうか。
大切な人を守り、自分が生き抜くための「心の防災・危機管理」とは何か、兵庫県立大学の木村玲欧教授に災害時の人間心理と行動について話を聞いた。
1 地震の大揺れに頭と身体がフリーズ!それが「失見当」です
皆さんは、驚いたり、ショックを受けて「頭が真っ白」になった経験はないだろうか。これは、程度の差はあれ誰にでも起こりうる現象である。木村教授によると、この状態を心理学用語で、「失見当(しつけんとう)*」と呼ぶ。
*「失見当」:時間、場所、人物などの基本的な情報を正しく認識できなくなる状態を指す。例えば自分がどこにいるのか、何時なのか、周囲の人が誰なのかを分からなくなる。
「人は誰でも、自分の許容量を超える環境変化を経験すると、失見当になります。程度や我に返るまでの時間に違いはありますが、フリーズ(凍りつく)したり、理性的でない行動をとるのは、特別な反応ではなく想定内の反応です。
失見当は、事故や災害のような大きな出来事だけでなく、日常的にも起こりえます。例えば、家を出る時に鍵が見つからずにあわててしまった時。合理的に考えれば、普段、鍵を置きそうな場所を一つずつ見ていけば良いのですが、あわてているとなぜか同じ引き出しを何度も探したり、風呂場や玄関マットの下を探すなど、発見の確率が低い非合理的な行動をとってしまうことがありませんか?
ましてや、大地震などそれまで経験したことのない大きな環境変化では、さらに失見当の度合いが高くなります」
2 失見当への対策:緊急時の行動シミュレーションと訓練が身を守る
大きな災害や事故に遭遇すると、ほとんどの人が失見当になる。判断を誤り、適切な行動をとれない最大の原因はここにある。そんな時も理性的に判断し、身を守る行動をとるにはどうすればよいのだろうか。
「災害が起きる前までに、日常と違う想定をし、何が起きるかをシミュレーションして、訓練する。災害への危機管理の対応は、これに尽きます。人は、今まで考えたことのない行動を本番でとっさにとることは、なかなかできません。失見当は、『心のブレーカー』が落ちた状態です。失見当になっても、訓練を思い出せば、自分で『心のブレーカー』を上げて、平常心を取り戻すことが可能です」
実際、「失見当」について知識を持つだけで随分変わる。東日本大震災時、仙台市内の高層マンションに住んでいた40代女性の事例について、木村教授が教えてくれた。
「地震でマンションが大きく揺れ、その女性は、最初、頭の中が真っ白になったと言います。でも、彼女は『失見当』についての知識がありました。『これは失見当かもしれない』と考えた瞬間、急に頭がはっきりしてまわりが明るくなったように感じたそうです。そして、隣の部屋にいた母親の存在に思い当たり、タンスから離れて座布団で頭を守るよう声をかけることができました」
能登半島地震では、地震発生から10分程度で津波が到達したにも関わらず、津波による死者はあまり多くなかった。木村教授が被災地で聞いたところ、能登半島ではここ数年地震がたびたび発生していたため、東日本大震災からの教訓もふまえ、日頃から避難訓練をしっかり実施していたという。
3 わがこと意識:大災害の確率が上昇している今だからこそ、備えが必要
とはいえ、準備や訓練が重要だと分かっていても、なかなか着手する気になれない人もいるだろう。忙しい、面倒くさい、なんとかなる、自分だけは大丈夫……。誰しもが災害に巻き込まれる可能性は高まっていても、どこか遠い出来事のように感じてしまう人も少なくない。
「災害は、長い人生の中で自分が当事者になる確率が低い、ある意味やっかいなリスクです。自分ごととして考えづらく、心理学用語で言う『わがこと意識』を持ちにくいからです。例えば、病気にならないための健康管理、犯罪に巻き込まれないための防犯としての施錠、交通事故にあわないためのルール順守などは、日常的によく発生するリスクへの対策であり、怠ると自分に跳ね返ってくる可能性が高いため、多くの人が『わがこと意識』を持って行います。一方で、確率的に自分に影響が及ぶことが少ない、非日常である災害にはなかなか注意をむけられないのです」
災害のニュースを目にして、多くの人が「怖い」「不安」など感情を揺り動かされても、それが即、行動につながるわけではない。そこで、木村教授は「わがこと意識」を持ちづらいからこそ、自治体や所属組織ごとの定期的な防災訓練が重要だと訴える。災害映像などからの「怖い」「不安」という感情に加え、防災訓練などで自分の地域や職場で実際に動いてみることによって「わがこと意識」が芽生え、備蓄をはじめるなどの防災を始めるきっかけになるだろう。
「人は、間接的被災経験(他者の被災経験)から学び、自分に置き換えて考え、知恵を受け継ぐことのできる唯一の生き物です。一生のうちに大きな災害にあう確率が、以前よりも上昇している今、経験者から学び、想定や訓練にいかすべきでしょう。
間接的被災体験での『わがこと意識』をもとに、頭を守るヘルメットを買う、持ち出し袋を準備する、通学路を見直すなど、具体的な行動に移すことができます」
4 正常性バイアス:「小さな変化だから」という心理で災害に巻き込まれる
災害に向き合う上で、障壁となるもうひとつの心の動きは「正常性バイアス*」。木村教授はこれを「考え方の癖」と表現する。小さな変化や違いはなかったこととみなし、正常範囲内だと判断する心理状態である。例えば、大雨洪水警報が出ても、窓の外が小雨だと、「いつもと変わらない」と考えたことはないだろうか。しかし、小さな変化が突然、大きな変化につながることもある。小さな変化をそのままにすると、災害に巻き込まれる可能性があると肝に銘じておくべきだと、木村教授は指摘する。
*「正常性バイアス」:異常事態が発生しても、正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする働き。
「正常性バイアスにとらわれないためには、小さな変化だととらえがちな出来事に対しても、自分なりのマイルールを事前に決めておくことが有効です。訓練に参加したり、事前に知識を得られれば、『自分は何をすべきなのか』というとるべき行動が分かります。例えば、ハザードマップで自分の家が危険な場所にある場合は、一定量の雨が予想される時には、安全な親戚の家に避難する。例えば、自分の家が安全な場所にある場合は、一定量の雨が予想される時には、いたずらに外出せずに自分の家でライフラインの備えをするなど、行動を決めてパッケージ化しておくことです。
私の場合、出張先など、どこにいてもその場所で火災報知器が鳴ったら、自分自身で確認しに行くことにしています。『また誤作動か、誰かが確認してくれるはず』と放置しません。講演・講義中でも、必ず『これから確認をしてすぐ戻りますから、皆さんは出口を確認しながら、軽く荷物をまとめておいてください』と言って確認に行きます。確認には5分もかかりませんし、誤作動なら『良かった』で済みますよね」
ハザードマップをもとにした対応を確認するための避難訓練の様子(2017年11月1日岡山県倉敷市の保育園、木村玲欧教授提供)
5 行動のパッケージ化:地震が起きたら”シェイクアウト”「低く伏せ、頭を守り、動かない」
木村教授は、これまで講演・講義中に4回、火災報知機の鳴動を経験した。どれも誤作動だと確認できたが、このマイルールや行動のパッケージ化がいざという時に命を守る。
「地震の際の安全確保行動であるシェイクアウト(低く伏せて、頭を守り、動かない)も、行動のパッケージ化の例です。スポーツや楽器の反復練習のように想定や訓練を重ね、考えなくても自然に身体が動く状態にしておけば、失見当になっても助かる確率が上がります」
出所:日本シェイクアウト提唱会議ウェブサイト
6 集団同調性バイアス:「まわりが逃げないから」が逃げ遅れにつながる
木村教授によると、危機管理においては「集団同調性バイアス」も問題だという。これは、まわりが逃げないので、行動をあわせるうちに、逃げ遅れるというケースが該当する。身近な例では、質疑応答において、本当は質問したくても、誰も手を挙げないので質問できなかったという経験をした人も多いだろう。
「手を挙げて質問できる人は、過去に手を挙げて質問した成功体験のある人が多いでしょう。自分一人であっても手を挙げることに慣れ、結果に手ごたえを感じれば、集団同調性バイアスにためらうことなく、また手を挙げるでしょう。一方で、手を挙げられない人は、ずっと挙げられない状態が続きます。何かを行うためには、訓練などで『一度やってみる』ことが重要なのです。」
「集団同調性バイアス」を乗り越え、災害時に適切に対応するためには、やはり訓練と経験の積み重ねしかない。
ただ、これまで挙げた災害に対する心の動きは、生物としては身を守るための自然な対応であり、災害時でなければ決して悪いものではないそう。
「『失見当』は、大きな環境変化が発生すると、自分が情報処理できる許容量を超えて頭や体に過度に負担がかかります。いわゆる『ショック死』などの状況にならないように、本能的に心のブレーカーを落とし、頭や体を守る機能です。
『正常性バイアス』も、小さなことにその都度、敏感に反応していては複雑な日常を生きていけないので、特に複雑な自然環境・社会環境を生きている人間には必要な機能です。
また、人は社会的動物なので、群れから離れて生きていけません。群れから1匹だけ離れた動物は、敵から目立つかたちになり命を落とす確率が高まります。周囲にあわせる『集団同調性バイアス』は集団で生きていくために不可欠です」
7 大切な人の命のために自分が備える
やはり自分や家族が災害に遭うなど直接的経験がないと、人は災害を「わがこと」ととらえにくい。ニュースを見たり、人の話や書籍から学ぶ間接的経験には限界があるのか。
「そんな時は、自分のためにというよりも、大切な人のために、と考えてみてはいかがでしょうか。自分のためではなく、大切な人の命を守るためなら行動しようと思えませんか。自宅で、家具につぶされて我が子が亡くなっても、仕方ないと言えますか。もし、自分が死んでしまったら、孤児となった子どもはどうなるのでしょうか。
このように考えると、幼い子どもや高齢の親族のためには、まず自分が生き残らねばならないと気づくはずです。このように他人のために頑張ろうとすることを『利他的なモチベーション』と言います。大切な人を守るために、自分も助かる備えをしようという気持ちは、行動につながりやすく長続きしやすいとも言われています。訓練や備えについて行動に移す人が増えることを願います」
【木村教授のおすすめ情報源:風水害・防災】
・ウェブサイト
気象庁「キキクル」
https://www.jma.go.jp/bosai/risk/
ヤフー「天気・災害」
https://weather.yahoo.co.jp/weather/
NHK防災
https://www.nhk.or.jp/bousai/
国土交通省「ハザードマップポータルサイト(重ねるハザードマップ、わがまちハザードマップ)」
https://disaportal.gsi.go.jp/・アプリ
ヤフー防災速報
https://emg.yahoo.co.jp/
NHKニュース・防災
https://www3.nhk.or.jp/news/news_bousai_app/index.html
「避難指示について」(政府広報オンライン)
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201906/2.html
取材・執筆:上沢聡子(防災士、赤ちゃんとママの防災講座主宰)
撮影:イノウエショウヤ

兵庫県立大学環境人間学部・大学院環境人間学研究科教授。専門は防災心理学、防災教育学、社会調査法。主な研究として、災害時の人間心理・行動、復旧・復興過程、歴史災害教訓、効果的な被災者支援、防災教育・地域防災力向上手法等。内閣府・防災教育チャレンジプラン実行委員会委員長、東京大学地震研究所・地震・火山噴火予知研究協議会・防災リテラシー部会部会長、一般社団法人・ドローン減災士協会代表理事、一般社団法人 ・防災教育普及協会理事など。監修に『明日のキミを震災から守る10の質問(全3巻)』(学研)、著書に、『災害・防災の心理学-教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)、『超巨大地震がやってきた スマトラ沖地震津波に学べ』(時事通信社)など多数。
HP:https://kimurareo.com/"target
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