防災グッズがあれば安心、なんてない。

篠田 大輔

いつ起こるか分からない災害に備える「防災」。しかし、分かっていても十分には備えきれていなかったり、防災グッズを買って終わり……という人は少なくない。そこで、防災をより身近に捉え、取り組んでもらおうと、「防災とスポーツ」の掛け合わせでイベントなどの事業を展開しているのが、株式会社シンクの代表取締役社長・篠田大輔さんだ。

篠田さんは中学校時代、当時住んでいた西宮市で阪神大震災を経験。その時に取った「逃げる」「水や支援物資などを運ぶ」といった行動は、災害に対してスポーツで備えることができることに気付いたと話す。防災としての準備には、どのようなものがあるのか。「防災×スポーツ」の掛け合わせがどのようなメリットがあるのか。篠田さんに話を伺った。

地震、台風、豪雨……。海と山に囲まれた日本は、豊かな自然に恵まれた一方で災害が多く、「災害大国」といわれています。日本の国土の面積は全世界のたった0.28%しかありません。しかし地震に関しては、全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の20.5%が日本で起こっています(※1)。また豪雨についてもここ30年で1時間降水量50mmを上回る大雨の件数が1.4倍に増加しているというデータもあります(※2)。

地球環境そのものが変化し、いろいろな災害が隣り合わせであることを感じさせられる中、必要とされているのが「防災を身近なものにする」ということです。篠田さんが取り組む「防災スポーツ」とは、防災意識をどのように変化させるものなのでしょうか。

※出典1:災害を受けやすい日本の国土 : 防災情報のページ - 内閣府
※出典2:我が国における自然災害の発生状況:中小企業庁

防災スポーツを一つの文化にしたい

1995年1月17日午前5時46分。兵庫県淡路島北部沖の明石海峡を震源としたマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が起きた。犠牲者は6434人にも達し、当時としては戦後最悪の災害となった。中学1年生だった篠田さんは当時、兵庫県西宮市に住んでおり、自宅で被災したという。

「1月17日は火曜日で、前日は成人の日の振り替え休日だったので、3連休明けの学校に行く日だったんですね。いつもだったら寝ている時間なんですけど、地響きを感じて地震が起きる前に不思議と目が覚めたんです。その直後、突然揺れ出したので布団をかぶって揺れが収まるまで待ちました。廊下に出たら本も家具も倒れていて、その中で家族が寝ていたので助け出して……。夜明けまで待って外に出たら、すごい惨状でした。

電気・ガス・水道などのライフラインも止まってしまって、先行きが見えなくて不安になりましたね。それと、しんどかったのは食事。当時は冬で、避難所におにぎりが支給されたんですけど、カチコチに凍っていて……。でもそれしかないから食べざるを得ないですよね。ありがたかったですけどね。今でこそいろいろなタイプの非常食がありますけど、当時はあまりなくて」

被災直後の行動は、スポーツのように体で覚えることで災害時に生かすことができると気が付いた。それこそが、今の篠田さんの活動を支える原体験だ。

「被災後の行動は本当に体を動かすものばかりでした。本棚に埋もれた家族を助け出したり、がれきの間を縫って支援物資を運んだり。避難した小学校では水が止まっているものだから、地域の人と協力し合ってプールの水をトイレに運んだりもしました。私の場合は野球で鍛えた体力がありましたが、“走る=逃げる”“運ぶ=人を助ける、物資を運ぶ”“投げる=(水害時)浮くものを投げる”というように運動時の行動は災害時の行動とリンクするのではないかということに、あとから気付いたんですよね」

防災とスポーツには親和性がある

大学卒業後、スポーツ系企業勤務を経て起業し、2014年にシンクを設立。スポーツコンサルティング事業、イベントプロデュース事業、スポーツイベント向け記録配信サービス事業(スポロク)、防災スポーツ事業の4つを展開し、中でも防災スポーツは2020年12月に「第8回スポーツ振興賞スポーツ庁長官賞」、2021年2月に「スポーツ庁主催 INNOVATION LEAGUEコンテスト ソーシャル・インパクト賞」、2022年2月に「内閣府主催 第4回日本オープンイノベーション大賞 スポーツ庁長官賞」を受賞している。

「防災スポーツ事業は具体的に言えば体験プログラム(防リーグ)がメインになります。災害時に起こり得ることをスポーツ競技化して、体を動かして楽しみながら防災について学ぼうという試みですね。学校の授業や行事として取り入れていただくことも増えているんですが、あとは自治体の新たな防災訓練として導入していただいたり、企業が行うイベントとして行っていただいたりと、さまざまです」

防災スポーツ事業には、競技性を持たせた体験プログラム「防リーグ」の他に、日常の中でトレーニング的に行う防災対策「防トレ」、“地域の防災”を歩きながら学ぶ「防災ウォーク」などがある。「防リーグ」には具体的に、競技種目としてはどのようなものがあるのだろうか。

「例えば、『ウォーターレスキュー』という種目は、浮くものを投げてロープで救助するのを陸上で行う種目です。実際の災害では水難救助になりますが、水難者を見つけた際、自身は水に飛び込まずにまずは浮くものを投げれば人を助けるのに役立ちますよね。また、『キャットサイクルレース』は、一輪車による障害物競走です。災害時はがれきや土砂が散乱するので、小回りの利く一輪車を操作できると、物資の運搬がしやすいです。他にも、姿勢を低くして行動する速さを競う『キャタピラーエスケープ』、毛布を担架代わりに使う障害物レース『レスキュータイムアタック』、バケツを使った初期消火の方法を学べる『バケツリレー&シューティング』など、多様な種目があります。

走るところや投げるところなど、こうやって考えると防災とスポーツって親和性があると思いませんか? レスキュータイムアタックも、負傷者に見立てた人形を20キロから30キロの重さに設定しているんですけど、4人で持ち上げて1分くらい運ぶだけでも結構疲れるので、筋力も必要。一輪車だとバランス感覚も大切ですよね」

防災をスポーツのように「楽しむ」。そこには、防災への心理的ハードルを下げる狙いがあるという。

「ハードルが下がれば、日常的に防災について考えるきっかけになると思うんです。防災の専門家の方々や自治体の方とお話をすると、どうしても防災訓練がマンネリ化したり、参加者が高齢化したりとか、防災や災害に対して『怖い』『危ない』といった印象を持つ方が多く、訓練への参加も広がらないといったことを聞きます。そこにスポーツを掛け合わせることによって親しみやすく、若い人も参加したくなるのではないでしょうか。防災を楽しむだなんて、違和感を持つ人もいるかもしれないと、この事業を始めるにあたって心配もあったんですけど、いざイベントや展示会などの場では多くの方に『いい活動だ』とお褒めの言葉をいただいたり、室伏広治スポーツ庁長官に応援いただく活動となっていて、本当に良かったと思いました」

実際に防災スポーツを通して、家庭での防災行動が増えたという事例はたくさんあるそうだ。

スポーツを通じた防災啓蒙(けいもう)へ

スポーツ庁の委託事業としてシンクが実施した2020年度「Sport in Life 推進プロジェクト」の調査報告書では、地域向けイベントで行った防災スポーツを通じて、楽しみながら体を動かすことが運動・スポーツへの意欲の改善につながったことが示唆された。

「イベント実施前のアンケート調査では、運動やスポーツをすることが好きではないと回答した子どもが、イベント後の調査で22人が『好き』と回答して、スポーツに対する好意度が向上したんです。

防災スポーツに取り組んでみて、“みんなで力を合わせること”や“体を動かす楽しさ”みたいなものを感じ取ってくれたんじゃないかなと思います。

スポーツが防災を身近にするための単なる手段じゃなくて、スポーツを通じた社会課題の解決につながっているなと感じる瞬間でもありました」

篠田さんが見据えるのは、「防災スポーツ」を文化(当たり前のこと)にすることだ。

「東京オリンピック・パラリンピックが昨年開催されました。私自身、オリンピック会場で運営に携わりながらスポーツの力を再認識しました。スポーツ界には、レガシー(遺産)という言葉がありますが、私も防災スポーツを災害の多い日本におけるレガシーとして残していきたいという思いがあります。学校や自治体、企業などがイベントとして続けていくだけではなく、アスリートや地域に根差すスポーツチームと協力して地域の防災力を高めるような活動も進めていて、スポーツの力を生かした防災活動を広めていけたらいいですね。その先には、海外への発信。気候変動などにより海外でも災害が多い国や地域があるので、災害大国日本からスポーツを通じた防災啓発ができればなと思っています」

「想定外」を想定する

阪神大震災から27年。その後も東日本大震災での津波や西日本を中心とした2018年の豪雨など、想定外の災害が次から次へと発生した。この「想定外」に、私たちはどう対応していけばいいのだろうか。

「自然災害ってコントロールできないことだから、意識しても想定できないことってあるんですよ。大事なのは、その中で自分ができることは何なのかということです。防リーグは、災害前の備えから災害時の自助・共助、災害後の復旧・復興まで起こり得ることを体で覚えるプログラムとしていますが、災害をイメージして行動したり事前に備えたりすることは日常生活の中でできることだと思います

防災グッズを買って安心している人も多いだろう。しかし、それで十分、なんてことはない。

「そういう人は多いですよ。購入した非常食が賞味期限切れだったりすることもあるので、定期的に食べて、その分買い足しをするローリングストックという方法もあります

他にも家でできる備えはあります。ライフラインが止まって連絡手段がない時に家族の集合場所を決めておく、家具の転倒防止をしっかりしておく。あとは懐中電灯だと実際には手がふさがってしまうからヘッドライトを用意するとか、家の中にランタンやLEDを複数用意するとか。そう考えると、やれることはたくさんありますね。当社では『防トレ』と称して、こういった家庭でできる防災対策をトレーニング形式で推進しています。『防リーグ』を体験した人の防災行動が増えたという効果も出ています」

災害は非日常だが、いつ起きるか分からないという意味では日常だ。

「災害が起きたら、命の危険を身近に感じますし、下手すれば命を失う可能性もあります。それが周りの人なのか自分なのかは分からないですけど、明日起こるかもしれない。だからこそ、防災を日常的に、ある意味でのクセとして取り組む人が増えればいいなと。スポーツを通じて、そのきっかけとなればうれしいです。

実際に阪神・淡路大震災を経験した篠田さんの言葉から、「一人でも多くの人が、防災は身近なことでスポーツを通して考える・行動するきっかけをつくりたい安全を守りたい」という思いがにじみ出ていた。災害は怖いもの、つらいものだから、防災に対して「楽しむ」というイメージをこれまで持っていなかった。しかし、アンコントローラブル(制御できない)な災害だからこそ、しっかり体で覚えて「正しく恐れる」ことが大事なのだと、改めて痛感させられた。

 

災害の多い国に住みながら、自分の身に降りかからないと、災害の多い国に住んでいるという実感がなかなか湧かないこともあります。災害を経験しても、時間がたつにつれて防災意識が風化することだってあります。大事なのは、「他人事」や「過去のこと」ではなく、いつでも起こり得る「自分事」にすること。ぜひ、家族で会話をして、防災について考えてみてください。

取材・執筆:久下真以子
撮影:阿部健太郎

篠田 大輔
Profile 篠田 大輔

1981年、横浜市生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科修了(工学修士)。中学1年生の時に、阪神・淡路大震災を経験。東京オリンピック・パラリンピック開催決定を機に、2014年に株式会社シンクを創業。自身の被災体験を基にした「防災スポーツ」事業、記録配信サービス「スポロク」といったITソリューション、スポーツコンサルティング、イベントプロデュースなどを手がける。東京2020オリンピック競技大会では、横浜スタジアムにて会場マネージャーの一人として会場運営に携わる。2017年に開催された「ワールドマスターズゲームズ オークランド大会」で野球競技に選手として参加し、銅メダルを獲得。

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株式会社シンク公式サイト

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