食べるだけでは地球を救えない、なんてない。
サステナブル志向の高まりの中で、注目を集める食の問題。フードロスのみならず、環境に与える影響や生産者と消費者の経済格差など、あらゆる課題が関係する一方で、日常の中で全ての人に共通するテーマだ。「食べないのではなく、食べることが地球のためになれば、新たな道は開けるはずです」。株式会社LIFULL執行役員CCO・川嵜鋼平は、前人未到の解決策に挑んでいる。
21世紀になり深刻化する地球環境問題。その元凶は、人間中心の経済・文化であることは言うまでもない。食習慣もその一つだ。利益優先の食料供給は、生産国に貧困をもたらし、森林乱採や生態系の破壊に帰結する。こうした課題に取り組むべく、プロジェクト「地球料理 -Earth Cuisine-」を立ち上げた川嵜は、「人間が決めた“おいしさ”の定義を、自然環境を含めた全てのステークホルダーが幸せになるようなものに変えていきたい」と語る。消費者、社会、地球が幸せになる“おいしさ”とは?
食べることが地球のためになるように
新たな食材を発見する
「木を食べる」。シンプルながら斬新な発想から、地球の新たな食材を見つけるプロジェクトは始動した。コンセプトは、「持続可能な社会を叶(かな)えるために、LIFEを見つめ直す、一皿を」。人々が通常、食材としないものをおいしい料理に仕上げ、社会課題を解決しようという活動だ。チームを指揮する川嵜は、LIFULL全体のブランディング、デザイン、コミュニケーションを担うCCO(チーフクリエイティブオフィサー)。「しなきゃ、なんてない。」というメッセージの生みの親でもある。
「LIFULLの社是は『利他主義』。この考えのもと、あらゆる事業で社会課題解決に取り組んでいます。私自身も食習慣というアプローチで地球的課題の解決に取り組もうと思い、立ち上げたのが『地球料理 -Earth Cuisine-』です。第1弾の素材は間伐材でした」
国土の2/3を森林が覆う日本だが、その4割を占めるのは人工林であり、間伐によるメンテナンスが欠かせない。しかし近年、安価な海外資材の流入などにより林業が衰退、定期的な間伐が行われず、森林環境の悪化が進んでいる。間伐を持続させるためには、新たな需要が必要だ。そこで川嵜が取り組んだのが、間伐材を食べるという選択肢だった。
「林業従事者、研究者、料理人、あらゆる領域の専門家を集めて開発を進めました。試行錯誤の結果、成分の約20%が間伐材で作られたパウンドケーキの商品化に成功。続く第2弾として、放置林が問題となっていた竹を材料にガレットを開発し、味も好評をいただいています。このように、社会課題を引き起こしている“食べられないはずの”素材を“食べる”、新たな食習慣をつくることで持続可能な社会に貢献しようとしています」
間伐材、竹と続いたこれまでのEarth Cuisineは「新たな用途の開発」というアプローチだった。現在進行中のプロジェクト第3弾は、「視点を変えてみた」と言う川嵜。テーマは「脱人間主義」。挑戦する素材はカカオだ。
カカオ豆を使用しないチョコレートで、原産国の農家を救う
チョコレートの原料となるカカオは、世界中で需要が高い。しかし先進国や大企業に既得権益が集中しているため、市場が拡大しても原価は下落するという傾向にある。薄利多売の波から逃れられないカカオ農家は、供給量を増やすことでしか生活を維持できず、行き着く果ては森林乱採による農地開発、さらには児童労働が問題となっている。
「そもそもカカオの主な生産地は、“カカオベルト”と呼ばれる赤道付近。この地域には貧困国が多いんです。生産国と消費国が分断され、経済的な利益が優先されてしまう産業構造が、問題の背景にあります。加えて、樹木および生産者の高齢化、気候変動なども進んでおり、事態は深刻化しています」
現場では何が起こっているのだろうか。チョコレートやココアに使用されるのはカカオの豆の部分だ。そのため、豆を取り出した後に残る殻・枝・葉・花・根など約70%にあたる部分は廃棄されてしまう。それでも実の数を増やすことを最優先しなければならない生産事情により、不健全な栽培方法と貧困が連鎖している。
「問題の解決に必要なのは、廃棄されている部分に付加価値を与え、カカオ農家が収入を得るようにすること。そこでまず、主要生産国のインドネシアからカカオの廃材を仕入れ、それを原料に新しいチョコレートを作ろうと考えたんです。現地にあるフーズカカオという業者さんに手配の協力をお願いしました」
仕入れたカカオ素材を“おいしい商品”にするため、川嵜は料理人と協働で開発に取り組んだ。当然、豆を原料とするカカオマスやココアバターは使用しない。その難題は、二人の若きシェフに託される。
「協力していただいたのは、パティシエの江藤英樹さんと、ショコラティエの上妻正治さん。江藤さんには『全く新しい概念のチョコレート』、上妻さんには『なるべく既存のチョコレートに近づけたもの』と、方向性を分けて依頼しました」
こうして二つの商品が完成した。江藤氏が手掛けた「ECOLATE CARRE」は、カカオの殻を50%使用したもの、枝を20%使用したものなど3種類。クッキーに近い食感に雑多な味が混じり合う、地球のあらゆる粒子を凝縮したような一品で、味わったことのない感覚を楽しめる。一方、上妻氏が手掛けた「ECOLATE TABLETTE」は、殻を33%使用しているにもかかわらず、通常のチョコレートと匹敵するクオリティだ。口溶けが極めてやわらかく、ほろ苦い独特の風味が大人の味わいを演出する。両商品は現在、オンラインショップで販売されている。
(左)ECOLATE CARRE(エコレート カレ)・(右)ECOLATE TABLETTE(エコレート タブレット)
「目的は商品を売ることでなく、廃材を使うという視点そのものが広まり、なるべく多くの生活者、シェフ、生産者が循環型社会にコミットすること。二つの方向性で開発し、バリエーションの幅をつくったのはそのためです。これからは普及させる活動にも力を入れていきたいですね」
根底にある“食習慣”が変わらなければ、サステナビリティは実現できない
もともと川嵜は広告業界の出身。これまでもさまざまなアプローチで、「食」から社会課題を解決するプロジェクトを手掛けてきた。長年の活動を経てたどり着いたのが、「変えなければならないのは食習慣そのもの」という考えだ。
「フードロス削減やフェアトレードといった取り組みはもちろん大切です。しかし購買意識や企業活動が変化しても、日常における食習慣という“根底”が変わらなければ、問題は解決しません。食習慣が変われば食文化も変わる。そうすれば持続可能なエコシステムが循環していくと考えています」
食習慣を変えるというのは、食そのものの価値を見つめ直すということでもある。私たち現代人は、資本主義の競争原理により、どうしても“よりおいしいもの” “一番おいしいもの”を無限に追い求めてしまう。この画一的な価値基準はどこから来たのだろうか。川嵜は、「もっと自分の尺度を持っていい」と答える。
「好きな人のタイプは、“人それぞれ”という前提のもとで語られます。それが仕事や食事、ファッションになると、たちまち一定の基準の上で、相手の顔色を伺いながら、好みを語っているように感じるんです。本来はもっと、自分自身の美意識を持っていいはず。その一つが、あらゆる人が幸せになれる食事です」
生産者の暮らし、家族の健康、人間以外の生命体……。一つの食にはあらゆる要素が関係し合う。「自分だけがおいしい」のではなく、「全ての人が幸せになれるおいしさ」が良いとされる、そうした価値観が広まっていくのが、Earth Cuisineの目指す世界だ。
「食にかぎらず、あらゆるものづくりは、全てステークホルダーのことを考えるべきだと思います。この視点が欠けてしまうと、生産する側と消費する側が分裂する。カカオ産業はその一例です。感覚的な“美しさ” “かっこよさ” “おいしさ”だけを求める、自己中心的な時代は終わりつつあるでしょう」
作りたいのは、食の先にある社会課題を考える一皿
Earth Cuisineは今後、どのような価値を世の中に提供していくのだろうか。
「新しい食材を発見し、価値観をつくる活動は続けていきます。しかし、地球規模の問題に対し、当社のプロジェクトだけで取り組んでいくのでは、本当の解決にたどり着けません。私たちが知らない場所で、気づかないうちに間伐材や竹が調理されているような、価値観が普及した世界を目指しています。そのためにはまず、たくさんの生産者や料理人がコミュニティをつくり、ムーブメントが起こるようにしていきたいですね。特に若い世代が気軽に参加できることは不可欠です。生産者と料理人をマッチングしたり、工程をオープンソースとして公開したりすると面白いかもしれません」
未来を見据えながら、新しい食材を食べるという方法は「一つのきっかけに過ぎない」と、川嵜は考えている。
「Earth Cuisineが提供したいのは、食の問題を見直すきっかけと、食の先にある環境や貧困の問題を考える視点。Earth Cuisineの商品はおいしいです。でもそのおいしさの先にある、知らない世界にも目を向けてほしい。食は最も身近にあるエンターテインメントですが、目線を少し変えるだけで、地球全体へと視野が広がっていきます。サステナビリティは何よりも“自分ごと”化することが大切。まずは日常空間から考えていくことに意味があると考えています」
食という手段であるからこそ、誰もが楽しみながら賛同できる。そう語る川嵜本人が、最も楽しみながら取り組んでいるように見えた。
取材・執筆:相澤 優太
撮影:高橋 榮
2017年5月株式会社LIFULL入社。
執行役員/CCO(チーフクリエイティブオフィサー)として、ブランド戦略、ブランドデザイン、プロダクトデザイン、ブランドマーケティング、コミュニケーションデザイン、研究開発、新規事業など、グループ全体のクリエイティブを統括。それ以前はbeacon communications k.k.、J. Walter Thompson Japanにて、Nike、Nestle、P&G、UNIQLO、Sony等の企業のクリエイティブディレクションを手掛け、Cannes Lions金賞、文化庁メディア芸術祭優秀賞をはじめ、国内外の180以上のデザイン・広告賞を受賞。
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