歳をとったら丸くならなきゃ、なんてない。―LIFULL初の老卒採用メンバーに聞く、仕事とやりがい―
LIFULLは2024年4月から、人生を通じて培ってきた超経験を活かして働きたいシニアを採用する「老卒採用」をスタートした。この制度を使って初めてLIFULLに入社したのが宮川貫治だ。宮川は2005年にJAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤーのメダリストに選ばれるなど広告代理店でクリエイティブディレクターとして活躍し、退職後にLIFULLの老卒採用を知った。「なんでもやってやろう」という思いで応募し、LIFULLに入社したのが2024年8月のこと。現在はクリエイティブ本部の最高齢メンバーとして、豊富な広告業界経験をいかして働いている。

テレビCM制作会社のプロダクションマネージャーとしてキャリアをスタートし、外資系広告代理店で66歳まで勤め上げた宮川。退職後、「いつも暇ではつまらない」「ずっと仕事がないと思うと怖い」と、気持ちが揺れ動いたという。ここでは、誰もがいずれは経験する60歳からの暮らしと働き方について、「老卒採用者」第一号である宮川のデイリースケジュールと、ありのままの言葉を届ける。
リタイアして、ただ暇になるのはつまらないと思ったんです。「なにか新しいことができるならやってみよう」という気持ちで、老卒採用に応募しました。
「困ったな。これで本当にリタイアするのかな」
「CM制作会社のプロダクションマネージャー」と聞くと、昼夜問わずに働き続ける激務のイメージがある。宮川のキャリアは、まさにそんな日々から始まった。
「もともとコピーライターになりたかったのですが、入社したプロダクションにはコピーライターという職種がなかったんです。“体力がありそうだから”という理由で、プロダクションマネージャーに配属されました。テレビ業界でいうADですね」
プロダクションマネージャーとして5年間、お弁当の手配から演出助手まで何でもやったという。その後、CMの演出をする部署に異動したが、「自分には演出の才能がない」と見切りをつけた。自身のキャリアに迷っていた時に外資系の広告代理店を紹介されて転職し、その会社でCMプランナーとして、その後クリエイティブディレクターとして、計5年ほど働いた。
縁があって、株式会社グレイワールドワイドに転職したのが39歳の時。主に外資系企業のCM企画を担当してきた。CMのコンセプトを練り、時には自分で絵コンテをつくり、タレントの起用も含めて提案する。企画が採用されれば、撮影、編集作業と進めていく。60歳の定年までCM畑で走り続けてきた仕事人生だ。再雇用制度を利用して66歳まで働き、その後も業務委託契約でCMの仕事を続けていたが、徐々に仕事の依頼が減っていった。完全に仕事がなくなったのは、2024年2月のこと。
「困ったな。これで本当にリタイアするのかな。ずっと暇なのはつまらないなと思ったんです。いろんなメディアで『趣味を持たないと、定年後に大変なことになる』と脅していますよね。まさに僕は趣味がないから、どうしようと思って。これからずっと仕事がなかったら……と考えたら怖くなりました。それで、なにかやろうって決めたんです」
ここで宮川は、音訳ボランティア講座に通いはじめた。音訳ボランティアとは、視覚障害者など文字を読むのが難しい人のために文字情報を音声で届ける活動のこと。知的障害のある息子が東京マラソンに出場するための伴走者を探す過程で、宮川は多くの視覚障害者に出会ったという。「いつかこの人たちを助けたい」と考えていた宮川は、退職後に行動を起こしたのだ。また、クリエイティブディレクターとして日本語を大切に扱ってきた経験を活かせる国家資格にチャレンジしたいという気持ちから、日本語教員の資格取得を目指している。
同じ時期に、LIFULLの老卒採用を知り応募した。契約が決まったと連絡がきた時は「とにかく、なんでもやってみようと思って」LIFULLで働くことを決めたという。
オンラインの作法から世代間ギャップを埋めていく
老卒採用で入社した宮川は、クリエイティブ本部に配属された。社内の雰囲気を聞くと、「社員は若くて、女性が多いです。本当に良い人ばかりで驚きました。社是の利他主義が浸透しているようで、皆さんから奉仕の精神を感じます」と答えた。当面は、TikTokやXなどSNSを使った企画立案と『LIFULL STORIES』の記事制作に携わるという。
「TikTokやXは見ますが、仕事として投稿内容を考えたことがなかったので戸惑いました。人生経験を積んできたシニア視点の企画を期待されているのですが、投稿を見るのは若い世代ですから難しいです。いろいろ考えて、興味があること、自分がおもしろいと感じることを提案しています。ただ、自分がどれほど役に立てているか分からないので、毎日かなり緊張感があります」
中途採用で入社した当初は、多くの人が会社に貢献できているか分からず緊張感を抱えるものだ。しかし、宮川の緊張の要因はオンラインでのコミュニケーションにあるようだ。
「前職でもオンラインで仕事をすることはありましたが、コミュニケーションを取る相手はもともと職場で一緒に働いて性格を知っているメンバーでした。今はリモートワークなので、面と向かって会っていない人ともオンラインで意見を交わします。画面上の反応だけ見ていると、僕が提案した企画が受け入れられていないと感じることがあるんです。正直なところ、オンラインのコミュニケーションだけでは僕が役に立てているかどうか分からなくて戸惑います」
実際には、宮川の出した企画はLIFULLの社是やコーポレートメッセージまで見通した深みのある企画だと好評だったそうだ。しかし、職場で対面して仕事をするのが当たり前だった宮川の世代と、個人化が進んだ社会でオンラインコミュニケーションに慣れた世代では、オンラインでの表現方法や作法に違いがある。会社初の老卒採用者である宮川の戸惑いや緊張感は、避けられないものだったのかもしれない。
宮川が入社したことで、若い社員は60代以降の同僚に対するオンラインでの振る舞いに学びを得られたはずだ。今後はお互いが考えを持ち寄って意見を交換することで、それぞれの世代の“当たり前”を理解し合えるだろう。
一方で、宮川は簡潔なオンラインでの仕事の進め方にも可能性を見出している。宮川への仕事依頼は主にSlack(※ビジネス向けメッセージツール)で行われる。メンバーで集まって議論を交わしながら役割分担をしてきた宮川にとって新鮮なコミュニケーションだが、将来性も感じているようなのだ。
「最初は“クールなオーダー”だと思いました。ただ、僕は昔からミーティングの多い職場が苦手だったので、必要な情報に絞った“クールな”やり方は合っているかもしれない。これからもやっていけそうだと手応えを感じています。もしかしたら、今のやり方のほうが生産性は高くなるかもしれません」
宮川のもう一つの仕事が、『LIFULL STORIES』の記事制作だ。宮川にとって、取材先に出向いてインタビューをして原稿をつくる仕事は初めてだという。どこにやりがいを感じているのだろうか?
「先日インタビューをした方は、油絵の画家を目指す過程で方向転換して医大に進んだという異色の経歴を持っていました。今は研修医をしながら、希少疾患を持つ患者さんのために油絵を描いています。彼は医者を続けながら絵で貢献していくと言うんですね。話を聞いて、こんな人生があるのかと衝撃を受けました。文章にまとめるのはすごく大変ですが、この仕事はおもしろいと感じました。どんな文章になるかは、聞き手の腕が問われます。シニアの僕だから聞き出せるインタビューをして、既成概念にとらわれない生き方を掘り起こせたらと思っています」
『LIFULL STORIES』の取材現場で話を聞く宮川。「普段は知り得ない話を聞くと、肩書きや外見からは想像できない意外な一面が見えてきて興味深いです」
▼宮川の担当記事
宮川のデイリースケジュール
9:00 起床・朝食
食事は、朝昼夜すべて自炊をしている。高い食材やスパイスを揃えた本格的な料理ではなく、「ふつうの家庭料理」だという。宮川は、料理をするようになったきっかけを教えてくれた。
ご飯・味噌汁・納豆・ニラ玉・紅鮭の手作りごはん
「昔の話ですが、人員整理をしないといけなくなった時にうつ状態になりました。でも、料理をしている時は気持ちが落ち着いたんです。お湯を沸かして、ニンジンを切って……と頭の中で段取りをしていると仕事を忘れて気持ちが安定する。それから料理をするようになりました」
10:00 業務開始・勉強
宮川は基本的にリモートワークのため、近所のコミュニティセンターの学習室で仕事をするという。
「僕が行く学習室は、同年代の方がたくさん来ています。静かで集中できる雰囲気があるので、仕事がはかどります。周りには簿記資格の取得を目指す方など勉強をしている人が多いので、刺激を受けますね」
13:00 昼食
学習室に荷物を置いたまま、いったん帰宅。昼食を自炊して食事をしたら、すぐに学習室に戻る。
17:00 業務終了
学習室から戻って休憩をしたら、夕食を自炊する。家族で食事をした後は、読書や録画した料理番組を見て過ごす。
「23時くらいからビールを飲みはじめて、1時ぐらいまでが自分の時間。至福のひとときです」
2:00 就寝
歳をとったら丸くならなきゃ、なんてない。
最後に、宮川の「しなきゃ、なんてない。」を聞いた。
「歳をとったら丸くならなきゃ、なんてない。若い頃の僕は、歳を重ねると欲や煩悩がなくなっていくと思っていました。でも実際にはなくならないんです。行ったことのない場所に行きたいし、知らないことがあれば知りたくなる。こういう素直な欲求はずっと持っていたいから、これからもアンテナを張って情報収集をして、どんどんアウトプットしていきます。“宮川も歳をとって丸くなったね”なんて言われないようにしたいですね」
恐竜は環境に淘汰されましたが、僕は絶滅する恐竜にはなりたくない。もし恐竜でいる以外に選択肢がなかったとしても、飛べる恐竜に進化して生き残りたいと思っています。
取材・執筆:石川 歩
撮影:阿部拓朗

1956年熊本県生まれ。高校を卒業後上京し、住み込みの新聞配達員として働きながら早稲田大学商学部入学。調理助手、土木作業員、バーテンダーなどのアルバイトをしながら学ぶも中退。TVCM制作会社に就職後、外資系広告代理店2社を経て退職。2005年JAAAクリエイターオブザイヤーメダリスト受賞。日本広告学会会員。現在はLIFULLの仕事に携わりながら、音訳ボランティアと日本語教員の資格取得を目指し勉強中。
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