強い志がなきゃ地方創生に参加できない、なんてない。
大学在学中から地元テレビ局のレポーターとして順調に活動するも、26歳で仕事をすべて辞め、芸人となるべく再出発。今では強烈なキャラクターに扮(ふん)したコントや憑依(ひょうい)型のモノマネ、抜群の歌唱力を武器に、唯一無二の存在感を放つ友近さん。近年、再び地元・愛媛での活動に尽力し始めた背景には、絶対にブレない芸人としての信念があった。
コロナ禍で働き方や価値観が変わり、地方回帰への関心が高まっている。だが、「地域を盛り上げたい」「地元のために役立つことがしたい」と考えていても、なかなか一歩を踏み出せない人も多いだろう。お笑い芸人の友近さんは、出身地である愛媛県の観光大使を10年以上務める中、近年では地方創生の活動も始めた。活動のきっかけや地域住民から寄せられた温かい声、愛媛への愛について存分に語る。
歌と笑いで皆を笑顔に。
エンタメの力で地域を盛り上げる
今でも毎週地元に帰るたびに新しい発見がある
瀬戸内海に面し、温暖な気候に恵まれた愛媛県。みかんや今治タオルなどの特産品も多く、観光地として人気が高い。愛媛出身の有名人として真っ先に名前が挙がるお笑い芸人の友近さんは、株式会社LIFULLの設立25周年記念に公開された特設サイトでも「地方創生」をテーマとするエッセイをつづった。
「愛媛県には自然や遊び、食を楽しめるスポットがコンパクトにまとまっていて、都会と田舎の空気を両方楽しめます。私の出身地である松山市は温泉街やストリップ劇場、路面電車にノスタルジックな雰囲気を感じる一方、若者向けに流行を発信するファッションビルもあり、新旧のバランスが良い街です。
特に道後温泉は、肌に優しく滑らかなアルカリ性単純泉。私にとって子どもの頃から当たり前に傍らにある存在でしたが、仕事やプライベートで全国の温泉を訪れてみて、その泉質の素晴らしさに改めて気付きました。
毎週のように愛媛に帰っていますが、毎回新しい発見がありますし、地元の友人から『あんなスポットがあるなんて知らなかった』と言われることも多いです。何年たっても全く飽きない愛媛の魅力を、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思っています」
2011年に伊予観光大使に就任。2021年からは「まじめなえひめ研究所」編集長として、県民性の一つである“まじめ”を統一コンセプトに、フリーペーパーやYouTubeなどで県の観光スポットやグルメを紹介。自身の持ち味を発揮した小ネタを挟みながらのユニークな視点で、地域の魅力向上に貢献している。
過疎地域のお年寄りから「長生きしてよかった」の声
大の旅行好きとして知られる友近さん。地元・愛媛に限らず、魅力的な町に対する愛着は人一倍強い。地域活性化の一環として、自身の“分身”である水谷千重子のコンサートを全国47都道府県の都市で開催。過疎が進む地方都市を歌と笑いの力で盛り上げている。
「主要都市で開催するイベントと違って、お客さんは70~90代の人もいらして、水谷千重子はNHKの歌番組に出演していたので、意外と年配の方に知名度が高いんですよ。『友近は知らないけど水谷千重子は知っている』とか言われたり(笑)。
コロナ禍の前は握手会や撮影会も開催していたのですが、本当にたくさんの人が並んでくださるんです。時には『長生きしてよかった』と言われることもあって、感動してウルッときちゃうんです。千重子って知らないうちに良いことをしていたんだと実感できました。
また、コンサートでは地元のダンスが好きな子どもたちと共演します。先日は小学校の時にキッズダンサーを務めていたという高校生から『私、千重子キッズ(※)です!』と声をかけられました。
キッズはもちろん親御さんが喜んでくれたり、娘さんがご老人に水谷千重子が何者なのかを説明していたりと、親子で楽しんでもらえている様子を見るととてもうれしくなります」
水谷千重子としての公演活動は10年以上も続いており、リピーターも続出。小さな町がエンターテインメントの力で一つになる瞬間を目の当たりにできるという。
※水谷千重子による地域密着型のコンサートに参加する地元のキッズダンサー
仕事は県庁や地元企業と直接交渉!
実は友近さんは芸人になる前、愛媛の情報番組のレポーターや旅館の仲居として働いた経験を持つ。レギュラー番組を複数抱えるなど順調に活動していたが、次第に自分のやりたいこととのズレを感じ、26歳で大阪のNSC吉本総合芸能学院の門を叩いた。当時の心境をこう振り返る。
「私が出演していたのはあくまで情報番組なので、ネタを披露する場ではないんですよね。『レポーターとしてひょうきんだけどネタはできない子』と思われているのでは……と被害妄想に似た気持ちが強くなり、仕事を全て辞める決意をしました。
小さい頃からテレビで活躍する面白い人のことを『自分と価値観が合うかも』という感覚で見ていました。ネタを磨いて、とにかく早くその人たちの目に留まりたい一心でしたね。
過去の栄光をひけらかす、じゃないですが愛媛でテレビ出演していたことは誰にも言いませんでした」
「芸人として成功したい」という友近さんの強い信念は、愛媛での活動に対する姿勢にも表れる。実は地元での仕事が増えたのは、ここ2~3年のこと。デビュー後まもなくして愛媛の情報番組レギュラーの仕事が舞い込んだが、断ったことがあったという。
「情報番組メインの仕事は自分の目指すものとは違うと思って大阪へ出てきたのに、すぐ元の場所に戻ることに違和感があったんです。全国的な知名度を上げて、芸人として核となるものを手に入れてから、凱旋(がいせん)というと大げさですが愛媛のレギュラーを持つことにこだわっていました。
愛媛に頻繁に通うようになったのはエージェント契約を結んだのも大きかったと思います。エージェントは自分で営業活動をすることができます。“日々進化し続ける愛媛の魅力をもっとみんなに伝えたい、そして震災で被災した地区の応援で何かできることはないか”と、思いたったら即行動するのが自分なので、県庁や企業に挨拶に行って、積極的にやれることを話しました。そこから愛媛での活動が一気に増えました」
従来は営業やギャラ交渉などを所属事務所が代行する(マネジメント契約)のが一般的だったが、近年は個人でマネジメントを行うスタイル(エージェント契約)を選ぶタレントも増えつつある。
県民に直接自分の思いを伝えられるようになった友近さん。地域の小さなお祭りの企画にも尽力するなどこれまで以上に意欲的になり、活動の幅を広げ続けている。
愛媛が好きだから、応援したい
友近さんの「芸人として勝負できるネタを確立させてから地元に凱旋したい」という気持ちは、当初はあまり理解されなかったようだ。「若手は仕事を選ぶべきではない」と考える人は、今でもまだ多いだろう。
「若手時代に愛媛の情報番組レギュラーの仕事を断ったことは、もしかすると周囲には『感じの悪い人だ』と思われていたかもしれません。でも、常に先を見ていたので、迷いはありませんでした。私にとって、まずは芸人としてしっかりネタを磨いてブレない軸を持ち、それから愛媛の活動をすることが何よりも重要だと思っていたので。
今はだいぶ環境も変わり、吉本興業さんから頂く仕事だけではなく自分で取りに行く仕事も増え、いいバランスでお仕事をさせてもらっています。日頃のうっぷんも仕事でストレス発散ができているのだと思います」
友近さんのネタには、昭和歌謡やサスペンスドラマなど、自身の好きなものが多く取り入れられている印象だ。愛媛のPRに関しても「愛媛が好きだから、純粋に愛媛の良いところを皆さんに知ってもらいたいという気持ちで取り組んでいます」と話す。
「地元の方から『愛媛を応援してくれてありがとう』『宣伝してくれてうれしい』と声をかけられて、そんなに喜んでくださっているんだ、と驚きました。愛媛県民は本当にまじめで、引っ込み思案の人が多いですよね。
でも、実は県の魅力をアピールしたいと思っている人が多いということを知ったので、私にできる活動をこれからも続けていきたいと思います。今後考えているのは、著名人に実際に足を運んでもらい、愛媛を好きになってもらう企画です。
あと、一番やりたいのは、食事や観光、お土産までを全てプロデュースする『友近ツーリスト』! 私の活動をきっかけに愛媛に行きたいと思ってくれる人が増えたことが一番うれしいので、もっと喜んでもらいたいですね」
地方創生と聞くと、強い志を持つ者以外は参加できないと感じる人もいるかもしれない。だが、最初は「その地域が好きだから」という、ほんの小さな動機から何かが始まることも多いはず。「楽しい仕事をしたい」「人に満足してもらいたい」を原動力に独自の道を突き進む友近さんの姿に、小さな一歩を踏み出すヒントを見た気がした。
私はうまくいかなかった時や落ち込んだ時は、「間違ってなかったよな」「ここは謝らなきゃいけないな」と自分の行動を冷静に振り返るようにしています。地域の魅力に気づき、何か役立つことをしたいと思っている人、地方移住を検討している人は、自分と対話しながら、ぜひ一歩踏み出してみてほしいと思います。
取材・執筆:酒井理恵
撮影:内海裕之
お笑い芸人・タレント。愛媛県松山市出身。B型。人間観察の細かさから生み出される多彩なキャラクター像と話術の確かさなどが親しまれ、幅広い層から人気を集める。2011年に伊予観光大使、21年に「まじめなえひめ研究所」編集長に就任。豊かな観光資源や、農林水産物を誇る愛媛の魅力向上に貢献している。水谷千重子名義での歌手活動のほか、女優としても映画やドラマに出演するなど、マルチに活躍。
Instagram @mizutanichieko
YouTube 友近 / 楽演チャンネル
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