地球のために「なんでも手作り」しなきゃ、なんてない。

バラエティー番組などで活躍する人気タレントの井上咲楽さんは、実家での自給自足生活がメディアで取り上げられ話題になった。手作り化粧水や昆虫食などGFP (Good For the Planet)な生活を実践し、SDGsについても精力的に発信を行っている。井上さんが「丁寧な暮らし」を楽しむ秘訣(ひけつ)とは。

SDGs(持続可能な開発目標)は、地球上の「誰一人取り残さない」社会の実現を目指し、世界が一丸となって取り組むべき17のゴール・169のターゲット(具体的な目標)が掲げられている。

SDGsへの関心が高まる中、限られた資源の活用に目を向けた「サステナブル(持続可能)な暮らし」にも注目が集まっている。こうした「地球環境に優しい丁寧な暮らし」への意識はエコやシェアといった暮らしに根づいた行動で実践されているケースもある。

一方、SDGsが国連サミットで採択された2015年以前から、料理や掃除・洗濯などの家事に手間と時間をかける「丁寧な暮らし」と呼ばれるものはあった。本来は、“自分の心地よさを大切にすること”を前提とした暮らし方だが、最近はサステナブルとの親和性があるとして、生活に取り入れようという動きがある。

タレントの井上咲楽さんは、コンポストや昆虫食、手作り化粧水などの「丁寧な暮らし」を実践している一人だ。無理なく楽しみながら生活を営んでいる井上さんに、なんでも手作りの実家での生活や「丁寧な暮らし」のヒントについて聞いた。

自分のための時間をつくってあげる瞬間が
「丁寧な暮らし」じゃないかな

昆虫食は“生きている実感”が持てる

井上さんといえば、バラエティー番組やYouTubeなどで「昆虫食」を楽しむ姿が印象深い。世界の人口増加による食料危機が懸念されている中、昆虫食は飼育に必要なエサや水、温室効果ガスの排出量が少なく、SDGsの目標にも合致する“未来のタンパク源”として注目を集めている。

しかし、井上さんが昆虫食にハマっている理由は少し違うようだ。

「数年前、アンテナショップで初めて蜂の子を食べてみたら、想像以上のおいしさに衝撃を受けて。それからは、おやつとして持ち歩いたり、おみそ汁にコオロギのパウダーを入れたり。日々の食生活に取り入れています。

昆虫はそのままの形で食べることが多いので、『命をいただいている実感』がより一層湧く気がします。私たちが普段口にしている牛や豚などの食材も、生きている姿が想像できないだけ。『命をいただいている』ってことを、私たちは普段あまり感じずに生活しているということなんだと思います。

たしかに昆虫食は『地球に優しい食べ物』として注目されていますが、どちらかというと私は“生きている実感”が欲しいという気持ちの方が大きいんです」

井上さんが“生きている実感”に敏感になったのは、芸能界に入ったことがきっかけだった。高校1年生だった井上さんは、ホリプロタレントスカウトキャラバンをきっかけに芸能界にデビューをした。

「実家では食べられないようなお弁当やお菓子がたくさん用意されていたのを見てびっくりして。最初は喜んで食べていました。でもそのうちに、だんだんと違和感を持つようになったんです。

たしかにお金を出せばお菓子もお弁当も簡単に手に入るし、わざわざ作るよりも買った方が安いものもあるかもしれない。でも、両親がなんでも手作りしている姿を見て育ったので、自分で作ったものを食べていないと“生きている実感”が持てないなって感じるようになったんです」

なんでも手作りする実家で芽生えた生活へのこだわり

現在、おやつは昆虫食、調味料は自家製のもの、さらにラップまで手作りしているという井上さん。「大変」「めんどう」という印象を持つ人は多いのではないだろうか。

一読すると手間のかかる工程に“生きている実感”を感じるようになったのは、育った環境の影響が大きいと彼女は話す。井上さんは、文字通り「なんでも」手作りをする両親のもとに生まれ育った。

「実家は栃木県の益子町という、都会から少し離れた山奥にあります。木型職人の父が山を切り開いて自宅を造りましたし、おもちゃは手作りの積み木を与えてもらいました。遊び場所としてツリーハウスまで手作りするほどのこだわりで。ツリーハウスは少しずつ出来上がっていく様子にワクワクして、完成するまで毎日見に行っていた思い出があります」

井上さんは、両親と3人の妹の6人家族。家計をやりくりするため、節約志向が強い両親からは「物を大切にしなさい」と厳しくしつけられた。

「何かを捨てようとしたら『まだ使えるからちょうだい』って言われたり、着なくなった洋服もすぐに捨てずにお皿拭きに使ったり。外食や市販のお総菜は食費がかさむので、基本的には母の手料理を毎日食べていましたね。パンや納豆、みそなども母が手作りしていました。

まきストーブに石をくべて、それを新聞紙に包んでカイロ代わりにして学校に持って行ったこともあります」

そうした自給自足のような生活を、当時はどう捉えていたのだろうか。

「小学生くらいまでは、一人で静かに本を読んでいるようなタイプだったので、あまり周りと比べたこともなかったんです。でも、中学で部活に入って友達ができ始めてから、みんなが菓子パンやスポーツドリンクを買っているのを見て。

うらやましくて親にねだったら、『自分で作ったら?』って。ネットで調べて、スポーツドリンクも自作していました(笑)」

「地球のため」より「自分のため」に生活を営む

井上さんの今の暮らしにも、実家での教えが受け継がれている。

「例えば化粧水は、精製水とグリセリンと卵の薄皮を混ぜたものを自分で作っていて。お金をかけずに大量に使えるし、私の肌にも合っている気がしています。

あとは、布にみつろう(※)を染み込ませて作る『みつろうラップ』もプラスチックゴミを出さず、地球に優しいと最近話題になっていますよね。これも、プラスチックのラップだと消耗品で、頻繁に買いに行くのがめんどうくさいなって思って始めたこと。『地球のために』というよりは、自分にもメリットがあることをやっているだけなんです。

(左)手作り化粧水(右)みつろうラップ

父の影響があって、何かを手作りするのが好きというのもありますね。自分で作って完成していくまでの過程を見ていると、愛着が湧いて手放したくなくなります」

こうした生活の知恵や工夫がバラエティー番組などで取り上げられるようになり、今でこそ「SDGsキャンペーン大使」を務めるなどその分野の第一人者のイメージが強い井上さん。しかし、自分の生活がSDGsだと意識するようになったのはつい最近だと明かす。

「ここ数年『SDGs』って言葉に注目が集まり始めて、番組でも私の日々の生活や実家での暮らしにスポットを当ててもらえる機会が増えて。『これってSDGsなんじゃない?』と言ってもらって、初めて気づいたんです。それくらい、意識せずに当たり前にやっていたことでした。

両親も、『SDGs』という言葉を聞いてもピンと来ていないんじゃないかな。都会と違って欲しいくてもすぐに手に入らないこともあるし、かえってコストがかかったりする。

それに、6人家族だから家計を切り詰めなければいけなかったのもありますね。だから買えば済むものでも、代替品がないかと考える癖がついていて。その暮らしをせざるを得なかった、という面もあるんじゃないかと思っています。

例えば生ゴミを捨てるのにゴミ袋を買うのは一般的ですが、コンポスト(※)なら家庭で出るゴミを肥料として再利用できるから余計な出費を抑えられます。『地球のため』っていう使命感からではなくて、なんでも手作りした方が自分にとって得だからやる。きっと、それがこの暮らしを続ける理由なんだと思います」

※みつろう:ミツバチの巣を構成している蝋(ロウ)を精製したもの。
※コンポスト:家庭から出る生ゴミや落ち葉といった有機物に、微生物の働きを活用して作った肥料。

「丁寧な暮らし」は自分を大切にすること

井上さんのInstagramアカウントでは、「丁寧な暮らし」のハッシュタグとともに自炊した料理など日々の暮らしが多数投稿されている。井上さんにとって「丁寧な暮らし」とは、何を指すのだろうか。

「自分のための時間をつくってあげられた時に『丁寧な暮らし』だな、と思います。

『丁寧な暮らし』というとめんどうくさい、時間がかかるって感じる人もいるんじゃないでしょうか。私は塩こうじなどの調味料やぬか床も手作りしているんですが、実はそんなに時間がかかっているわけではありません。

本当に小さなことでいいんです。例えば買ってきたお総菜をきちんとお皿に取り分けて食べるとか、お花を部屋に飾るとか。そんなささいな工夫だけで、少し心が安らぎますよね。そういう自分がほっとした瞬間に、『丁寧な暮らし』を営んでいるなって実感できるんです」

井上さんにとっての「丁寧な暮らし」は、自分を大切に慈しむこと。そう語る井上さんは、昨今のSDGsへの意識の高まりについてどう受け止めているのだろうか。

「以前より昆虫食について受け入れてもらいやすくなったし、実家の暮らしを取り上げてもらえるのもありがたいですね。ただ、『これは使命だ』とか『やらなきゃいけないこと』なんだ、というメッセージが強くなりすぎてしまうと、少し危険だなと思っていて。

例えば『ペットボトル飲料を買わない』とか『SDGsに取り組んでいる企業からしか物を買わない』とか、そこまで自分に課してしまうと、窮屈で苦しくなってしまう人もいるんじゃないでしょうか。

SDGsって地球のためであるけれど、それ以上に自分のためでもあるんだということを、もっと知ってもらえたらうれしいですね。少なくとも私は、自分が心地いいこと、自分にとってメリットがあることをやっているつもりです。メディアやSNSで私自身のライフスタイルを発信する時にも、決して押し付けや強制にならないように気をつけています」

さらに、「自分にとっての心地よさがあればいい」と続ける。

「人生で何を大切にするかは、その人の育った環境や価値観、人生のフェーズによって違うと思っています。

私は両親の暮らしを間近で見てきたし、何より自分で一から作るのが好きなタイプ。だからこそ、自炊をしたり何かを手作りしたりする時間で“生きている実感”が持てる。でも、仕事や家事・育児で忙しくてその時間がもったいないと感じる人もいるでしょう。

人生の中でも『ワーク』と『ライフ』の比重はその時々で変わってくるから、生活を大事にしたいなと思えるタイミングが来たら、自分が心地良いと思えることを生活の中に取り入れてみてもらえたらいいのかな」

SDGsと聞くと「義務感」「使命感」でやるもの、というようなイメージが先行してしまっているかもしれない。しかし、井上さんが考える「丁寧な暮らし」の定義は実にフラットだ。自分が心地いいか、自分にもメリットがあるか。忙しい日常を過ごす私たちも、無理なくできる範囲で「丁寧な暮らし」を取り入れてみてはどうだろうか。

人生で何を大切にするかは人それぞれ違っていい。私は丁寧に生活を営むことで“生きている実感”が持てるけれど、それを誰かに押し付けるつもりはありません。手間や時間をかけることだけが「丁寧な暮らし」だとは思っていなくて。本当に小さなことでいいんです。自分が心地よいと思える瞬間が「丁寧な暮らし」なんじゃないかな。

取材・執筆:安心院彩
撮影:内海裕之

井上 咲楽
Profile 井上 咲楽

1999年10月2日生まれ、栃木県出身。2015年、第40回ホリプロタレントスカウトキャラバンで特別賞を受賞し、デビュー。『おはスタ』(テレビ東京系)、『アッコにおまかせ!』(TBS系)などに出演中。2022年4月からは『新婚さんいらっしゃい!』(テレビ朝日系)の新MCを務める。

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