LGBTQはカミングアウトするのが正解、なんてない。

元バレーボール選手で、パーソナルトレーナーとして活躍している滝沢ななえさん。現役時代に自身がレズビアンであることに気づき、競技引退後の2017年にメディアで自らのセクシュアリティを公表した。現在はSNSでパートナーとの日常をつづるなど、LGBTQのありのままの暮らしを発信し続けている。LGBTQという言葉が人々の日常に少しずつ浸透していく中、滝沢さんが理想とするのは「さまざまな選択肢がある世界」。カミングアウトを自由にすることも、公表せずに胸の内にとどめておくことも、人それぞれであっていいという。そう思ったきっかけは、スポーツ選手だった自身の現役時代の経験に基づいている。また、アスリートがLGBTQを公表する意義についても語ってもらった。

LGBTQとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーに加え、性自認がはっきりしない人たちを総称した、いわゆるセクシュアル・マイノリティを指す言葉だ。日本において10人に1人はLGBTQだといわれているが、そのうちの半数以上は「カミングアウトができていない」という。

男女での区別が明確なスポーツは、特に性別の認識を強く感じさせられる分野である。女子バレーボールという女社会の中で活躍を続けてきた滝沢さんも、当時は周囲の目やファンへの後ろめたさから、自らのセクシュアリティを公表することができなかった。ただ、性自認が女性であることから日常生活に不都合はなく、レズビアンであることを隠すことへの苦悩はなかったという。

レズビアンだと気づいた時に芽生えたのは、恥ずかしさより安心。恋ができることを実感する出来事だった

「恋ができない病気かもしれない」と思っていた

高校生の頃から、なんとなく周囲の恋愛話にはついていけなかった。彼氏ができて、デートをしてウキウキする友人たちを見て、そういう感覚が「なぜ自分には芽生えないのか」と疑問を抱いていた。

「どうしてだろうとずっと思っていましたね。高校を卒業してからも、男性とお付き合いをした経験はありますが、心から好きという感覚が正直言って芽生えなかったんです。一緒にご飯を食べに行くのも、隣で歩くのも大丈夫でしたが、スキンシップとなるとすごく嫌悪感がありました。『自分はもしかしたら恋ができない病気なのかも?』とさえ感じて人知れず悩んでいたんです。

自分がレズビアンかもしれないと思った最初のきっかけは、21歳の時だったかな。上野樹里さん出演のドラマ『ラスト・フレンズ』を見た際です。上野さんが性同一性障がいの女性を演じていて、『女性が女性を好きになるのもあるんだな』ということに気づいて。もしかしたら、自分もそうなのかもしれないなと思ったんですよね」

その時点では自身のセクシュアリティについてはっきりした答えは出なかった滝沢さん。その後にレズビアンのコミュニティに参加し、初めて女性とのお付き合いを開始した。交際を続ける中で、かねてから抱いていた疑問が確信に変わっていったという。

「その時の心境は、恥ずかしいというよりはホッとしましたね。男性とうまく恋愛ができなくて本当に悩んでいたので、『自分もちゃんと人を好きになれるんだ』ということがわかって安心した面がありましたね。

ひと口にレズビアンと言ってもさまざまで、私の性自認は女なんですよ。自分の性別が女であることに違和感はないし、例えば体の構造において胸や女性器があることにも違和感は全くないですね。だからこそ、自分がレズビアンだということになかなか気づけなかったのかもしれないですね。LGBTQの方の恋愛パターンもさまざまですが、私の場合は男性になりたいという願望はありませんでした。でもどちらかというと、守ってもらうよりはリードしたい気持ちの方が大きい程度です。あくまで、男性が女性を好きになる気持ちと同じではなく、女性が女性を好きになる感覚なんです」

女性アスリートから一人の人間として応援されるまで

セクシュアリティの自覚によって安心した気持ちとは裏腹に、当時バレーボール選手として競技生活を送っていた滝沢さんは、周囲への告白ができずにいた。

「今思い返しても、やっぱりできなかったですね。どこかで知られたくないというか、『どう思われるかな』『変に思われるかな』と周りの目が少し怖かったので、カミングアウトする選択はしなかったんですよ。でも、応援してくださる男性ファンの方が『好きです』と言ってくださることには、後ろめたさを感じていました。

ただ、言えない苦しさは私にはなかったですね。後ろめたい感情とカミングアウトできないことは全く別物と捉え、切り離して考えていました。当時、一部のチームメイトには打ち明けていたんですが、仲の良い同期がわかってくれていればそれでいいかなという気持ちだったんです。見た目も今でこそボーイッシュですが、当時はフェミニンな感じで、それも『女の子らしくしてなきゃいけない』ではなく普通に自分の好みでやっていましたし。とはいえ、当時からサバサバしていて、『ななえちゃんは中身はおじさんみたいだよね』とは言われていました。あんまり取り繕うこともなく楽でした(笑)。」

現役引退後は、母にだけ胸の内を明かした。しかし、周囲へのカミングアウトは止められた。娘がレズビアンであるという事実を受け入れようとする気持ちと、周囲からの目に対する葛藤があったのだろう。転機となったのは2017年。テレビからの取材オファーだった。

「当時勤めていた、私のことをよく知っていたパーソナルジムの代表と、自分にしかできないことは何だろうと話していた時に、『マイノリティのことを発信して社会に何かを伝えられたらいいよね』という言葉をかけてもらっていたんです。それでもまだ覚悟はできていなかったんですけど、そのタイミングでテレビの取材が重なって、公表することを決心しました。誰にも相談せずに公表したので、姉妹たちもみんなテレビで見て初めて知って衝撃を受けたようですね。でも、妹が連絡をくれて、『早く言ってくれたらよかったのに!』と言われましたよ。

家族だけじゃなくてファンの皆さんも、思ったより温かい言葉をくださって、『ななえちゃんを一人の人間として応援したいから、これからも頑張ってください』という言葉を頂いた時は、胸が熱くなりました。それに、同じような境遇の人から『勇気をもらいました』『頑張れそうです』というメッセージをもらって、『ああ思い切って告白して良かったな』と思えました。アスリートとして活動してきた自分だからこそ、社会に対してできることなのかなと感じた瞬間でもありましたね」

レズビアンを「近くにいるありふれた存在」に

現在は、SNSでパートナーとの日常を発信。そこには、LGBTQを身近な存在にしたいという思いがある。

「とりとめもない日常を発信していますけど、女同士でどんな生活をしているのか想像つかないところもあるじゃないですか。だから、異性同士の夫婦と何も変わらないところを知ってもらえたらなと思っています。どうしても、普段の生活の中で『触れちゃいけないかな』と気を使ってくださる方は多いんですよ。相手が彼氏や夫の愚痴を言う時でも、私の前だと『男ってさぁ』という表現を避けるといった具合に。でも全然気を使わなくてよくて、異性愛者と同性愛者がお互いにナチュラルに恋愛話や結婚話ができたらいいなと思いますね」

LGBTQを公表し、発信することで生きやすい世の中が広がっていく。アスリートにはその影響力をもっと期待したいと滝沢さんは話す。

「影響力は本当に大きいですよね。おそらくですけど、これだけ多くのアスリートが世の中にいたら、LGBTQで公表していない選手はまだまだいると思うんですよね。そういう人たちが公表してくれたら、LGBTQだけでなく人種や障害などさまざまなことを考えさせてくれるきっかけになると思うんです。

ただ、私みたいに『言わなくても別に平気』という人もいるでしょうから、そこは何が何でも公表しなければいけないとは思っていません。ただ、言いたくても言えないというアスリートがいるのであれば、発信することも一つの手段かなと思っています。社会に影響を与えるだけでなく、自分もありのままでプレーできます。メンタル的にも競技の向上につながるでしょうし、望ましい連鎖なのではないでしょうか。さらに、ファンが性別関係なく一人のアスリートとして応援してくれることで、すごく本人にとっての後押しになりますよね」

滝沢さんの目指す世界。それは「生き方の選択肢が広がること」だ。

「本当にいろんな生き方があっていいんです。LGBTQだって公表せずに静かに暮らしていきたい方もいると思うんですね。だけど悩んでいる人たちがもしいるなら、時代はすごく寛容にもなってきているので、信頼の置ける人から打ち明けていけばいいんじゃないかなと思います。それがクリアできると心もポジティブになれるので、まずは目の前の一歩を踏み出す勇気というのは持ってみてほしいです」

「私はパートナーにパパって呼ばれますが、他の夫婦と同じようにささいなケンカもするんですよ」と笑う滝沢さん。その笑顔からあふれ出た「愛するパートナーとの日常の幸せ」は、相手が異性でも同性でも関係なく、多くの人に「共通するもの」だった。それと同時に、自分の求める姿や恋愛の形はさまざま。LGBTQをひとくくりにするのではなく、一人一人の違いを認め合っていくことが理想の世界なのかもしれない。

LGBTQをカミングアウトできる時代になったことは、ものすごい進歩です。ただし、公表すべきだということはありません。大事なのは、カミングアウトするのもしないも、本人の自由であること。移り変わる時代の中で必要なのは、みんなが新しい考え方を持つのではなく、いろんな考え方があることを認めることです。「自分はこれでいいんだ」という安心感をみんなが抱くようになった時、社会においてダイバーシティが実現できるのではないでしょうか。

取材・執筆:久下真以子
撮影:阿部健太郎

滝沢ななえ
Profile 滝沢ななえ

パーソナルトレーナー。1987年、東京都生まれ。小学校2年生からバレーボールを始め、八王子実践高校時代は春高バレーなどで活躍。高校3年生ではキャプテンとしてチームを率いた。高校卒業後はパイオニアレッドウィングス、埼玉上尾メディックスでプレー後、引退。現在はパーソナルトレーナーとして活動中。パートナーと犬2匹とともに暮らしている。

Twitter:@nanae0922 
Instagram:@nanaetakizawa

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