帰る地元はひとつだけ、なんてない。
「地元を出て今は東京にいるけれど、地元がすごく好き!」そんな立場だからこそできる地元との関わり方がないだろうかと考えながら、それぞれ個別のフィールドで活動をしていた(トップ画像右から)守屋真一さん、根岸亜美さん、原田稜さん。そんな3人が試行錯誤の末に行き着いたのが、友人を連れて地元に帰省する「超帰省」という取り組み。超帰省は、帰省する人、帰省についていく人、さらには帰省者の家族や地域にも良い影響を及ぼす新しい旅の形なのだという。具体的にはどういった取り組みで、どのような魅力があるのか3人に伺った。
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、長い間不要不急の外出自粛が要請される中、地元を出て東京など都内に住む人たちの「帰省」にもその影響は及んでいる。株式会社タイムカレントが2021年12月に行った調査によると2020年の年末年始に「リアル帰省」をしなかった人は全体の約半数(49.3%)を占め、2021年に関しても「帰省しない予定」と49.4%が回答している。
今まで当たり前のようにできたことに制限がかかるのは苦しくもあるが、それは同時に今までにない新しい選択肢が出てくることも意味する。帰省に関しても、デジタル機器を活用して、離れた家族とビデオ通話などを介してコミュニケーションをとる「オンライン帰省」といった選択肢も見られるようになった。
今回取り上げる「超帰省」の活動には、どのような新しさがあるのだろうか。
私の思い出や好き、自分だけが知る地元の魅力を伝えたい
3人が活動を始めたきっかけは、根岸さん主催のツアーにもともと友人だった守屋さんが参加したことだった。
「私は地理歴史学科だったこともあって、地域活性に興味があったんです。私の地元は神奈川県の小田原エリアで、自分の地元で何かできないかなという思いが東京に来てから出てきました。小田原には小田原城やかまぼこなど、広く知られている観光資産があって、『小田原と言えば』といったイメージが確立されていますが、自分が小田原に対して抱いている思いが、それとは全く違っていることに気づいたんです。私はもっと、自分の思い出とか自分自身の『好き』『こういう家族でこんな暮らしをしてます』といったことも含めて、かなりパーソナルに地元を紹介することを、友人限定でやりたいなと思ってツアーを始めました」(根岸さん)
「小田原の暮らしをそーぞーするツアー」と銘打ったそのツアーで、守屋さんは根岸さんに地元を案内してもらい、さらに実家に行き、根岸さんのご両親や妹さんにも会ったのだという。
「僕も高校が小田原だったこともあって、なんとなくエリアのことは知っていましたが、ツアーを通して見えた小田原はそれとは全く違って、すごく魅力的な場所に見えたんです。それはきっとあみちゃん(根岸さん)の当時の思い出や、好きな物というフィルターを通して見たからなんだろうなと思いました」(守屋さん)
地元というテーマで何か面白いことをやろうよとツアー参加前から話をしていた守屋さんと原田さん。パーソナルな視点で地域の魅力を伝えていくアクションを全国に広めたいと考えていた根岸さん。3人の思惑が一致して活動がスタートした。
アイデアの価値を確認できた静岡県焼津市での実体験
面白いと思う地元との関わり方を根岸さんのツアーを通して共有した3人は、活動を形にしていくために話し合いを重ねていた。その中で今の活動につながる転機となったのが、原田さんの地元である静岡県焼津市に、2人が訪れた時のこと。
「僕の町は小田原城のようなシンボリックな物もないですし、観光地でもないので、焼津に行こうとはなかなかならない場所です。2人が来てくれた時は、地元の友達がお茶の農家をやっていたので、茶摘み体験を地元の高校の友達と一緒にしたり、昔から友達とBBQをしていた河原で一緒にBBQをしたりしました。2人が楽しんでいる姿を見ながら、何もないと思っていた自分の町も、他の人にも喜んでもらえることがいっぱいあるんじゃないかという気持ちが生まれたんです。僕にとっての日常がみんなにとっての非日常になる。今では、ちゃんと自分の言葉で焼津ではこういう体験ができるよ、来なよ!と自信を持って言えます。自分の地元を誇らしく思うし、堂々と自慢できるようになりました。地元にもっと関わってみたいと思うきっかけにもなりました」(原田さん)
この体験を通して、3人全員が「友人を帰省に連れていく」ことの魅力を強く実感。“帰省”という概念にフォーカスしたこの新体験を「超帰省」と名付け、2020年9月にプロジェクトが本格始動することとなった。
超帰省ならではのユニークな魅力
3人の立ち上げた一般社団法人超帰省協会は、サービスとしてではなく文化として「超帰省」の魅力を発信し、「超帰省が当たり前の世の中」をつくるべく日々活動を行っている。具体的には、超帰省文化に賛同すると同時に自らも紹介したい地元を持つ「アンバサダー」を集めた全国コミュニティをつくり、彼らと連携しつつ情報発信を行っている。また、超帰省を実際に企画したい人に対する実施サポート施策として、「超帰省ツアー」のディレクションも務めている。
2021年11月に大分県中津市で行ったツアーは、超帰省ならではの出来事があった。参加した6名。ほとんどが20代後半から30代を占めるなか、1人19歳の大学生が参加していた。地元を見て周り、夜みんなで集まって話をしている時、急に「大人って楽しいですか?」とその大学生が人生への不安を口にした。その一言に対し“大人”たちは口々に答えた。「大人は楽しいよ!」。そんな時間を経て将来に希望を持てずにいた大学生の顔つきが徐々に変わっていった。夜が更ける頃には「人生に希望が持てました。なんだかみなさん親戚のおじちゃんおばちゃんみたいでした」と顔色明るく前を向いていたという。
超帰省は「帰省」だ。参加者同士の間にも、帰省を一緒にするメンバーとして認識し合ったうえでの近しい距離感がある。だからこそ、このやりとりが発生し得たのだろう。
この一件以外にも超帰省は、帰省する人・帰省についていく人・帰省者の家族・地域など、超帰省に直接的、間接的に関わる人々それぞれに様々な価値を生んでいる。
まず帰省する人。こちらは先ほどの原田さんの言葉にもあったように、超帰省を行うことで「自分の地元に誇りを持てるようになる」といった価値がある。そして「家族が喜んでくれる」「親友が増える」といった利点もあるという。
「超帰省をすると家族がすごく喜びます。超帰省をする時は、本来の帰省のように自分の実家に行って、連れていった友達と家族、みんなで一緒に話をしたりご飯を食べたりすることも多いんです。子どもの頃は夕方まで遊んで、友達がそのまま家に来てご飯を食べて行くとかってことがあったんですが、東京に行ってからはなかなかそういうことはないじゃないですか。なので親からすると友達を介して自分の子供の話を聞けたり、ご飯を作ってあげたりってできるのがうれしいみたいです。その後も『この間連れてきたあみちゃん元気?』みたいな会話も出たりして」(原田さん)
「実家まで来て、地元の友達と東京でできた友達が会ったりすると、もう絶対嘘がつけないんですよね。丸裸というか。過去も今も含めて、お互い偽りがない状態なので必然的に距離感も近くなっていく。『昔からそうだったんだね〜』と結婚の前みたいな感じで。超帰省をすると親友が増えますね。仲良くなりたい人を超帰省に連れていくと、絶対親密になれます」(根岸さん)
そして帰省についていく人にも多くの利点がある。原田さんの地元、焼津市を訪れた守屋さんと根岸さんはその魅力をこう言葉にした。
「夕方に河原でBBQをしたんです。そもそも焼津に行く機会は旅行ではきっとなかっただろうし、その河原って行ったとしても気にも留めず通り過ぎるような感じの場所だったんです。だけど、『昔からここでBBQしてたんだよ』といった友達の思い出や物語がその場所と合わさることで、オリジナルのストーリーがついてきて、見え方が変わる。何の変哲もない場所が、そこにしかない唯一無二の場所に見えてくる。そしてそこで実際にBBQをすることで、さらにその河原がただの河原ではなく大切な場所になる。新しい体験でした」(守屋さん)
「自分の地元ではないはずなのに、行った後は自分の地元が増えたみたいな感覚になりました。旅人ではなく、もう少し近い目線でその土地に関わることができるからこそなんだと思います。超帰省した後は、友達の地元を自分のことのように自慢できるというか。その土地と深いつながりを持って、自分なりのエピソードが話せるようになります」(根岸さん)
守屋さんと根岸さんが焼津での体験を言葉にする前、原田さんが一言「恥ずかしいなぁ」と口にしたのが印象的だった。「告白を聞くような感じだよね」と根岸さん。超帰省の体験を通して、地元焼津と原田さんの距離がより近づいたことを感じられたやり取りだった。
そして最後に、地域側にも利点がある。二拠点居住やワーケーションなどの文脈で語られる「関係人口」。超帰省においては、訪れる人がその地域を地元とする友人というフィルターを通してつながりを持つことで、地域との間により強い信頼のもとに成り立つ「信頼関係人口」が築かれていく。さらにその地域への深いつながりや愛情のようなものは、帰省についてきた人だけでなく、帰省者やその家族・友人の間でも強まりを見せるのだ。
超帰省をツールに、地元とつながろう
発起人の3人以外で超帰省をしている人たちは、どのような目的で行っているのだろうか。
「一度地元を出てしまっていて地元に貢献もできていないけれど、地元が好きだし何かやりたい、つながりを持ちたい。だけど個人的に地域との接点はないし、どう作っていいか分からない、という人が帰省者(=超帰省プロジェクトでいう地元案内人)には多いです。自分もそうだから分かるんですが、一度出てしまうと、地元に仕事や友達以外のつながりがないから地元(地域)に戻りづらいという実情があって。10年、20年くらい接点がないのに、急に帰ってきて、これやります!っていうのも変だなと思って。それに東京も好きなので、どちらかひとつを選べないという気持ちもあります。東京にいながら、地元に対して何かできることがないかと考えている人たちは多いと思います。超帰省というツールがあることで、『今度ツアーをやるので、この場所を案内させてもらえないですか?』など、地域と接点を持つきっかけをつくりやすいので、そこから自然とつながって、仲良くなれるんです」(守屋さん)
帰省についていく人たち(=参加者)は、東京生まれ東京育ちの、地元と呼べる場所がない人が大半で、土地や人とのつながりを求めて参加することが多い。また、案内側として超帰省をしていた人が参加者になることも多いという。
超帰省は旅のとなりにある選択肢
地域と関わりを持つための行動であれば、移住や二拠点居住などの選択肢もある。しかし、多くの人にとっては、それらはまだまだハードルが高い行為だろう。
超帰省のハードルはそれらに比べれば低い。どちらかといえば「旅」のとなりに並ぶ、新たな週末や休みの過ごし方のひとつとして気軽に選択するものになってほしいと3人は言う。「どこに旅に行く?」と同じような感じで、「今度誰の地元に行く?」という会話が普通に交わされるような未来を目指して、「地元にしか帰省しちゃいけないの?」と問いを掲げながらこれからも3人は活動を続けていく。
編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっと素敵になるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。
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地元を愛する3人が、実家に帰る帰省の時に友達も一緒に帰る「超帰省」という概念を提唱し、2020年9月に超帰省協会を立ち上げる。発起人や賛同する全国のアンバサダーたちによるツアーやイベントなどの開催、情報発信を通じ、まちとの新しい付き合い方を「#超帰省」という文化として普及させるべく活動を行う。
守屋 真一 - 発起人
神奈川県秦野市出身。芝浦工業大学・同院終了後、株式会社日本設計、VUILD株式会社を経て、micro development design設立。学生時代に東伊豆で空き家を改修したことをきっかけにまちづくりNPOを設立。「”誇れる地元”を全てのひとに」をモットーに東京と地方、複数組織間を横断しながら、建築・まちづくりにおける企画・設計・運営に携わる。
根岸 亜美 - 発起人
神奈川県足柄上郡大井町出身。早稲田大学地理歴史学科にて教師を志すが、在学中にまちづくりブランディング領域に触れ、広告会社へ。コンセプト開発から企画ディレクションまで統合プランニングを手掛けている。個人活動として週末地元ツアーをはじめとしたローカルPRに勤しむ。アドレスホッパー。
原田 稜 - 発起人
静岡県焼津市出身。芝浦工業大学建築学科、積水ハウス(株)を経て、HITOTOWA INC.に所属。 行政やデベロッパー、地域のプレイヤーと共に、持続的なまちづくりの企画設計・運営、地域コミュニティ形成の伴走支援の取り組みや、プロのスポーツチームと共にスポーツを通した社会課題解決事業を推進。
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