地方の仕事に魅力はない、なんてない。
宮崎県日南市の飫肥(おび)地区まちなみ再生コーディネーターとして活動する徳永煌季さん。誰もがうらやむエリート街道から外れることを決意し、一時“どん底”を味わうも、今を誇って生きている。地方にある田舎町の再建に取り組む彼の姿から、生き方のヒントをもらった。

中国に生まれ、日本の地に初めて足を踏み入れたのは小学生の頃。アメリカへの留学経験も持つ国際派な学生時代を経て、世界を舞台に活躍する最前線の金融機関に勤めた。一見すると、華やかな経歴の持ち主だ。でも、心のどこかで「虚しさ」がつきまとっていた。画面に無機質に流れていく数字を眺めては、自分の居場所を探していた。そして出合った“日本の美しさ”。宮崎県日南市飫肥地区の城下町は、何よりも美しく、心引かれた。
飫肥との最初の出合いから2カ月後には移住し、「まちなみ再生コーディネーター」として、その職務をまっとうする日々が始まった。「モットーは『ケセラセラ』。やってみてダメなら軌道修正すればいいし、うまくいけばそれでいい」という。大企業より地方創生、都会より地方。魅力は、飫肥に溢れている。チャレンジする人生を選び、誰もやったことがないことが好きだと話す徳永さんの、その歩みをひもとく。
自分の手で何かを切り開き、
周囲を引っ張りながら道を作る作業が好き
高校2年のとき、東京大学を目指そうと勉強に本腰を入れ始めた頃、あることが彼を“邪魔”した。思いもよらない、突然の応援団長の指名だった。
「僕の通っていた高校はもともと女子校で、男子色を強めようと『応援団』の設立を先生たちが考え、団長に僕が指名されたんです。当時は、漫画『ドラゴン桜』がはやっていて、東大を目指そうと考えた矢先の出来事でした……。それまで、僕の高校から東大に入った先輩はいなかったので、『絶対東大の1人目の合格者になってやろう』って決めていたんですけどね」
自分で自分の道を切り開こうとした瞬間に突如現れた、邪魔。邪念。しかし彼はそれを受け入れることにした。その結果、新しい自分に気が付くことができた。
「当時好きだった子がチアリーダーをしていたこともあって(笑)、勢いに身を任せて、勉強と両立しながら応援団の活動をやろうと決心したんです。それを今、振り返って思うのは、物事を立ち上げるとか、誰もやっていないことをやることが僕は好きだったんだなということ。0から1へ。1から2へ。自分の手で何かを切り開き、周囲を引っ張りながら道を作る作業はとても楽しく思えたんです」
何よりも得難い「人生の快感」を、ひょんなきっかけから知ることとなった徳永さん。この感覚は今でも大事にしているという。
「もし、あのとき、応援団の立ち上げをしなかったら、ズルズルと何もないままいってしまっていたかもしれないですし、自分の人生において“チャレンジする快感”や“チャレンジを成功させる快感”が必要だということが分からなかったかもしれません。大学では、そうした熱が一回冷めたんですけど、社会人になってからも、何かを立ち上げるとか、いろいろなことにチャレンジするということをやっていますが、それがないとエンジンがまったく掛からないですね」
楽しいことはとりあえずやってみよう
早稲田大学卒業後は、ニューヨークに本社を置く世界有数のグローバル総合金融サービス会社のJPモルガン・チェース・アンド・カンパニーに就職した。超一流の国際的金融機関だが、待ち受けていたのは喜びや希望でなく「虚しさ」だった。
「入社後、だいぶ早い段階から、自分のやっていることに対して“虚しさ”を感じるようになっていったんです。金融という形のないものを右から左に動かす感じは、つかみどころがないと言いますか、パソコン画面の中でしか物事が動いていない感じだったんです。将来を考えても、この仕事をずっと続けるのは自分のスキル的にもキャリアパス的にも魅力ではなくなっていったんですよね……」
いつか描いた理想とは大きくかけ離れている。しかし、理想をつかみ取れる人なんているのだろうか? さまざまな思いを胸に、彼は入社から4年半後にJPモルガンを退職する決意をした。
「辞めるまでは1年くらい悩みましたが、入社後に感じた“虚しさ”と同時に、実は自分で事業を起こしたいという願望も抱くようになっていったんです。そんなことをうっすら考えていたら、知人から“事業の立ち上げ”に声を掛けていただいたので、思い切って会社を辞めることにしたんです。その事業には結果的に1年くらい関わりました。その中で日南市に訪れる機会があり、今に至っています」
大企業からベンチャー企業へ転職し、彼は1つの転換期を迎えていた。そこにはただならぬ決断があった……というのとは少し違った。
「もともと僕は楽観主義で、楽しいことはとりあえずやってみようと考える性格であり、何かにチャレンジしていく上昇志向の持ち主だと思っています。やりたいと思うこと、自分の引かれることに真っすぐに向かっていっただけなんだと思います」
勢いで突っ走る。でもきっと、なるようになる
さらなる理想を求めて別の道を歩み始めるも、簡単にはうまくいかない。なかなか究極の理想にはたどり着けないのが人生だ。
「僕はあまり『壁』を『壁』と感じることはないのですが、JPモルガンを辞めた後に収入がガクッと減って、金銭的にいよいよやばいなってことが何回かあって、さすがにそのときはどうしようかなって悩みましたね。そのときは何とかいろいろな人に助けられて乗り越えたんですが、そんな状況でも僕はチャレンジ精神を忘れませんでしたね」
そんなときに出合った日南での仕事はまさに“運命”。2015年6月のことだった。
「初めて日南へ視察に行ったときのことは今でもよく覚えています。城下町の景観や町並みが本当にきれいで。その翌月に事業の公募があったのですぐさま手を挙げ、書類選考やプレゼンテーション、面接などを経て7月末に選ばれて、最初に飫肥を訪れた2カ月後の8月には移住をしました。そのときはただただ勢いに身を任せましたね。でもやはりチャレンジするしかないなと思いましたし、日南市の人たちもすごく前向きで、チャレンジ精神を持って取り組める雰囲気を感じました」
たった2カ月、されど2カ月。それまでの経験が種となり、花開かせるのには十分な時間でもあっただろう。抱えていた空虚感が一気に吹き飛んだという。それからの時間はどとうの日々。日南での毎日には苦労はあるものの、東京とは違う人付き合いや仕事の進め方があるという。
「特に都会では飲み会がどんどん減っていってる時代に、日南ではいろいろなことを進めていくにあたって、人付き合いをしていかなければいけないことが非常に多く、飲み会ももちろんたくさんあります。顔を突き合わせて相手を知る。東京や大都市では敬遠されがちな、色濃い人との結びつきが、地方創生を育む未来を生み出す。だから、前に進んでいるという実感も手応えも、この手の中に確かにあるんです」
人生はケセラセラ。何かをやるなら楽しい方がいい
徳永さんが住む飫肥には、多くの可能性が秘められている。今まさに彼はその可能性を最大限に広げているところだ。
「飫肥には普遍的な美意識をかき立てる何かがあり、それをしっかりと伸ばしていきたいと考えています。今後の課題としては、一流のものを提供することで、町全体として付加価値の高いものを作っていくこと。歴史的景観地区や伝統的建造物群保存地区(伝達地区)である飫肥に、国内でも他にはない空間を作ることができたらなと思っています。飫肥は伝建地区の中でも非常にレベルの高い伝建地区であることは間違いありませんから」
飫肥地区に対する思いはもちろんだが、“チャレンジ”と“勢い”は、もはや徳永さんにとって人生のキーワードなのかもしれない。

宮崎県日南市の飫肥地区まちなみ再生コーディネーター。1987年生まれ。早稲田大学卒業後、国際的金融機関に入社しセールストレーダーとして金融市場の最前線で活躍するも、リアルビジネスの可能性に興味を持ち退社。2015年、日南市のまちなみ再生コーディネーターに就任。飫肥地区を中心とした伝統的建造物再生と活用を推進する。「どこにいても仕事はできる」というフリーなスタンスで各地を飛び回っている。
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