日本には多様性がない、なんてない。
クリエーティブ・ディレクター、コピーライター、絵本作家として活躍するキリーロバ・ナージャさん。幼少期より6カ国での生活を経験し、現在は日本で生活している。近年では子ども向けに多様な視点を教えてくれる絵本シリーズを執筆。活動の背景になるナージャさんの経験や思いを伺った。
「多様性」という言葉を聞くと、少し身構えてしまう。あるいは「また『多様性』か」と、心の内で感じてしまう。現代社会を生きる全ての人にとって大事な考え方だとわかりながら、どこか実態のない言葉のように感じられる。そんな人は少なくないのでは。
キリーロバ・ナージャさんの絵本は、そんな人たちの頭をほぐし、肩の力を抜いて「多様性」と向き合うヒントをくれる。クリエーティブ・ディレクター、コピーライター、絵本作家として活躍するナージャさんは、小学生時代から6カ国を渡り歩いてきた。ナージャさんの今をつくり上げた幼少期の経験や、現在取り組んでいる活動について聞いた。
子どもの時になりたかった「普通」は、大人になって評価されるとは限らない
朝顔の育て方も虹の色も正解はない
ロシア(当時はソ連)のサンクトペテルブルクで生まれたナージャさんは、7歳の時に初めての海外生活を経験。親の仕事の関係で京都に引っ越してきた。年齢的には小学2年生の年だったが、言葉も文化もわからない中で少しでも暮らしやすくするためにと、弟に合わせて1年間保育園に通うことになった。
「初めての海外で、心細いだろうからと弟と一緒に保育園に行きました。実際、言葉もわからないし、給食に出てくる食べ物も私にとっては不思議なメニューでカルチャーショックを受けました。当時は知らないことばかりだし、意見や不満があっても言葉が通じないから言えないのですごくストレスだったのか、よく保育園から脱走していたみたいです(笑)。でも、次第に反発しても何も良くならないから、とりあえず目の前にあることを試してみるようになりました」
少しずつ新しい環境に慣れようとしていたナージャさん。しかし、翌年にはさらに別の国への移住が待っていた。小学3年生から中学生の間はイギリス、フランス、ロシア、アメリカ、カナダ、そしてまた日本と6カ国での学校生活を経験することになった。その中でもフランスでの経験はナージャさんに新鮮な発見を与えてくれたという。
「フランスには移民や海外から来る子どもが多くて、学校の中にフランス語がしゃべれない子どものためのクラスが用意されてる場合があります。そのクラスでは文化も習慣も違う子どもたちが集まっているので、価値観の違いが表れてよく言い合いになったりするんです。例えば朝顔をどうやって育てるのかとか、虹の色は何色なのかとか、それぞれの『当たり前』が違うんですよね。正解・不正解はないけれど、自分の考えを持つのは大事だなと気付きました。その数年後にアメリカで暮らした時も『あなたの意見は?』とよく聞かれました。『私もそう思います』ではダメで、自己主張が求められる場所もあるんだなと面白く思ったのを覚えています」
人見知りだからこそたどり着いた仕事
学年が変われば住む場所が変わる。そんな生活が自分にとっての当たり前になっていたというナージャさん。どこでも違いを楽しみ、すぐに人と打ち解けられる性格なのかと思えば、実は極度の人見知りだという。今振り返ると、そんな人見知りの性格があったからこそ次々に変わる環境での身のこなし方を身につけられたと語る。
「どこに行っても最初は言葉がわからないし、わかったとしてもものすごく人見知りであまりしゃべらない子どもだったんですよね。でも、子どもなので友達と遊びたい気持ちはある。どうしようって思った時に周りを観察して、みんながどんな遊びをしているのか、どんなことを言えば面白がってもらえるのかと考え始めるようになりました。
実はこの力は勉強や仕事にもつながっているような気がしています。もともとは勉強は得意な方だったのですが、言葉がわからない国に行くと、そもそも問題文が読めないのでだんだんと勉強の成績が落ちていくんです。特に小学校高学年くらいになるとより複雑な言葉を使うようになるので、テストで0点でも仕方ないような状態で。どうしたら勉強もうまくいくだろうかと考えていた時に、自分が今までにいろんな国で暮らしてきた経験を生かして作文を書いてみたら先生が面白がってくれて。少し見方を変えて、人と違うことやみんなが知らないことをアイデアとして使えば、サバイブできるんだと気付きました。今の仕事でやっていることとも近いです。当時は必死だったけれど、今思えば人見知りって悪くないなって思います」
その後、大人になったナージャさんは、大手広告代理店に入社し、広告の仕事に携わることになった。広告の仕事を選んだ理由は大きく2つあるという。
「1つは、ピンチをアイデアで解決するのが好きだと思ったからです。自分の人生を振り返った時に困った場面で周りを観察してアイデアで解決するのを苦しいながらも、楽しんでいたなと思って。広告の仕事なら、そういうことができるんじゃないかと考えました。もう1つは、私は幼い頃は社会主義の国にいたので、広告ってなかったんです。初めて日本に来て広告を見て、衝撃を受けました。言葉がわからない私はテレビ番組の内容はわからないけれど、キャッチーなCMはわかる。学校の友達の前でもCMのまねをすればなぜかウケる。そんな経験があったので自分も挑戦してみたくなりました」
入社後は、クリエーティブ局に所属し、コピーライターとしての修業の日々。もともと国語(日本語)は苦手だったし、コピーは自分には書けないと思っていたという。それでも持ち前の発想力を生かし、切り口や考え方の転換で様々な企画やコピーを制作してきた。そんなナージャさんだが、現在では教育関連の事業や制作にも携わっている。
「最初はコピーやCMの仕事をしていましたが、入社3年くらいたって新規事業の部署に異動することになりました。アプリを作ったりデジタルの仕事をしたりといろんな仕事をしていたのですが、ある日、雑誌の編集者さんに声をかけられて教育関連の取材を受けました。それまで自分のバックグラウンドについてそんなに深く話したことはなかったのですが、周りの人たちにすごく面白がってもらえて。そこから教育のプロジェクトを始めることになって、私も自分の経験をコラムに書いたりするようになりました」
「マイノリティー」から「レア」へ
ナージャさんがウェブ上で公開していた連載コラム「アクティブラーニング こんなのどうだろう」は、2018年に絵本『ナージャの5つのがっこう』や、2022年に『6カ国転校生 ナージャの発見』になって発売された。ナージャさん自身が経験してきたさまざまな国の小学校の違いを紹介する内容だ。この本を含め、これまでに5冊の本を発売。どんな思いをこめて絵本を制作しているのだろうか。
「最初にコラムを書いていた頃は、大人向けの企画だけでしたが、子ども向けにも発想を広げてあげるようなコンテンツがあればいいなと思いました。幼い頃から、いろんな考え方や価値観があることを知ったり気付けたりしたら、後々の人生が変わるんじゃないかなと。人と違うことでかわいそうだと思われたり、欠点があるように感じてしまうことってありますよね。でも、大人になると仕事では『普通』の企画は通らないし、人と違う発想が求められる。だから、子どもの時から持っている『レア』な部分を応援できるような本が作りたいなと考えました」
その言葉の通り、最近ナージャさんが発表してきたのは「レアキッズシリーズ」と名付けられた絵本シリーズだ。食生活の多様性をからあげを題材に伝える『からあげビーチ』、左利きの人から見た世界を教えてくれる『ヒミツのひだりききクラブ』、じゃがいものキャラクターで移民がぶつかりやすい経験を表現した『じゃがいもへんなの』。ペスカタリアン(※)で、左利きで、6カ国で暮らしてきたナージャさん自身が持つマイノリティーな部分をテーマに制作されている。
※牛や豚、鶏などの肉類は食べないが、魚介類は食べる菜食主義者のこと。
「マイノリティーっていうとどこか遠い国にいる、肩身の狭い思いをしているかわいそうな人というイメージがつきやすいと思います。でも、実際にはそうとは限りません。例えば、子ども向けにジュースのレシピを考えるワークショップをしてみると、大体アレルギー持ちの子がいる班が一番おいしいものを考えたりします。なぜかというとアレルギーのある子は普段から、自分が口にするものと真剣に向き合っているからよく知っているんです。私だって、人見知りだからこの仕事ができたし、いろんな国で生活してきたから人と違うアイデアを考えられるようになった。少し周りと違う子たちのことを表すのにマイノリティーから少し言葉を変えたいなと思って『レア』としました。一気にポジティブなイメージになりませんか? 自分がマイノリティーだと思うとなんだかドキドキするけれど、レアだとむしろワクワクしますよね」
人と違うことは「レア」で特別な部分。そんなメッセージが詰まった絵本はきっと多くの子どもに希望を与えてくれるだろう。さらにナージャさんは続けて、「レア」な部分はどんな人にもあり、それに気付くことで「多様性」を身近に感じることができるのではと語る。
「本当は、日本の中にもたくさん多様性はありますよね。北海道の人と九州の人は言葉遣いも、食べ物も慣習も違いますよね。もっと言えば、家族の中でもみんな違う個性があって、考え方も好きなものも違う。多様性って大きくて堅いテーマだと思う人が多いかもしれないですが、もっと小さくて身近なところにもあると思います。家族の中、クラスの中、会社の中とか、小さな単位から自分や周りの『レア』な部分を発見していくことで、もっと面白い発想が生まれたり、生きやすくなっていくのではないでしょうか」
周りをよく見つめた上で、自分の在り方を考えてきたナージャさんのお話からは、自分のすぐそばにある多様な他者、そして自分との向き合い方のヒントをもらったように思う。最後に、他人との違いに悩む人に向けてメッセージをもらった。
取材・文:白鳥菜都
写真:服部芽生
撮影協力:奥野ビル
株式会社電通 Bチーム、アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所属、クリエーティブ・ディレクター、コピーライター、絵本作家。ソ連・レニングラード(当時)生まれ。「電通アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」メンバー。著書に『ナージャの5つのがっこう』(大日本図書)、『からあげビーチ』『ヒミツのひだりききクラブ』『じゃがいもへんなの』(全て文響社)、『6カ国転校生ナージャの発見』(集英社インターナショナル)がある。
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