壊れたものには価値がない、なんてない。【前編】
次から次へと新たなトレンドが生まれていく一方、“古いもの”でありながら価値があるとされるビンテージ品。震災やパンデミックなどをきっかけに、消費のあり方や暮らしとの向き合い方を見つめ直す人が増えているのではないだろうか。
そんな中、「壊れてしまったものを修理し、もう一度使えるようにする」ことで新しい価値を生み出している人がいる。昨今注目を集めつつある「金継ぎ」の文化を世界に普及し、活動しているナカムラクニオさんだ。10代から画家として活動を始め、前職のテレビディレクター時代から古美術を集めていたナカムラさんはいま、荻窪の一角で「6次元」というアトリエを運営しながら日本のみならず全世界で金継ぎワークショップを行っている。
連載 壊れたものには価値がない、なんてない。

ものであふれている現代。テクノロジーの発展に伴い大量生産が可能になった今では使っては捨てるを繰り返す「大量生産・大量消費」の文化が浸透している。一方で、こうした消費行動に歯止めをかけようと3R活動(※1)やSDGs、サーキュラーエコノミー(循環経済/循環型経済)などというキーワードも出てきており、環境問題に対する関心は徐々に高まっている。しかし、環境省によると国内の廃棄物量は年間約4,300万トン(東京ドーム約115杯分)(※2)と深刻な問題のままだ。
そこでナカムラさんは日本の伝統工芸である金継ぎの技法を自ら研究し「長く使えるもの」「一生もの」を創り出す金継ぎを始めた。金継ぎとは、割れた陶磁器に漆を使って接着し、その継ぎ目を金などで飾り新たな食器へと生まれ変わらせる、日本の伝統的な修理技法だ。加えて、金継ぎを行うこと自体にも価値があるとナカムラさんは語る。今回は、そんなナカムラさんに、金継ぎの魅力についてお話を伺った。
※1 3R活動
リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の3つのR(アール)の総称
※2 出典:環境省「一般廃棄物処理事業実態調査の結果(令和元年度)について」https://www.env.go.jp/press/109290.html
大切にしていたものをずっと使い続けるために、自分の手で直したい
きっかけは母からもらったコーヒーカップ
「これが最初にやった呼び継ぎ(※)なんです」
そう言って見せてくれたのは、手にちょうど収まる大きさの味わい深い焼き物。
「これは15歳の頃、両親からプレゼントしてもらった萩焼のコーヒーカップで、ある日取っ手が折れてしまいました。20年くらい使っていたのでどうしても直したくて、東急ハンズで引き出しの取っ手を買い、見よう見まねでつないでみました。すると簡単に直すことができ、修理することの楽しさを知りました」
ナカムラさんは幼少期から骨とうや美しい陶磁器を日常的に、茶道、花道などの道具として使っていたため、ものを修理することが身近だった。
「うつわが好きな母が作ってくれた楽茶碗を3歳頃から今もずっと使っています。それ以外のうつわもすべて子供の頃から使い続けていて愛着があるので、美しい焼き物を捨てるという考えはありませんでした。また、祖父は東京の目黒で先代から続く金型工場を営んでいて、自転車や木の柵など、丁寧に修理されたものが家にたくさん置かれていたので、幼い頃から修理することにも関心を持っていました」
もともと芸術に興味があり、10代から古美術品を集めていたナカムラさん。神社の骨董市や古道具屋さんなどで目にする、欠けた陶磁器をいつか自分の手で直せたらと考えていたという。
※ 呼び継ぎ
異なる破片やパーツを組み合わせて修理する技法
価値がなくなったものを組み合わせて唯一無二のものを作りだす金継ぎ
ナカムラさんは、自ら壊れたものを継ぎ直す経験をしたことで、より一層金継ぎに興味を持ち始めた。20代の頃から、テレビ局のディレクターとして日本全国の工房やアジアの漆器工房などを回りながら古美術鑑定の知識をつけ、金継ぎについても調べていた。しかし、全国のどの地域にも金継ぎを専門にしている職人に出会うことはなかった。
「今から約20年前は、金継ぎの技法を知っている職人さんは非常に少なく、後継ぎもいませんでした。このままではこの技術が衰退していくと危機感を覚えました。
同時に、金継ぎにはとても価値があることに気づきました。大切にされているうつわしか金継ぎされない上、純金粉が使われているので、とても高級品なんですよね。そこで、独学で覚えた技術を自分なりに広めてみようとワークショップを開催してみました。すると予想以上に反響があり、ものを直したいという需要があることを知りました」
東日本大震災をきっかけにより多くの人がものを大切にするという価値観へと変わったという。次第に海外でも注目されるようになり、アメリカでは金継ぎアカデミーを設立、映画にも数本出演した。現在は、ドイツのドキュメンタリー映画とイギリスでの展示準備に追われている。
「景気がいい時はものを直すことに誰も興味がありませんでした。しかし、災害などの有事が起こると、大切にしていたものを直したいと世界中から依頼が殺到しました。生活者だけでなく焼き物を作る職人も意識が変わってきています。自分の作品を大量に作って大量に捨てられるのは嫌だと思うんですよね。愛情を込めて作っても割れたら捨てられてしまうのではなく、本当はもっと長く使ってほしいとみな思っているんです」
うつわが割れた瞬間に入ったひびは、他にはない唯一無二のものになる。そこに金継ぎを施すことで再びうつわはよみがえり、新たな思い出を重ねていくことができる。
ナカムラさんは、壊れたものの価値を高めていくことに興味があると目を輝かせた。実際に陶磁器だけでなく、貴重なバイオリンやチェロなどの楽器の修復からビンテージの家具、古民家の再生まで、手放されたあらゆるものに新たな命を吹き込んでいる。
「捨てられるものと捨てられるものを組み合わせて価値が作れたら一番いいと思いますね」
そう話すナカムラさんは破棄された陶片や素材をさまざまな場所で集めて活用している。
「例えば、細かく砕いた真珠の粉は、顔料として使うとまた新しい価値が与えられます。同じく沖縄に漂着し、問題になっている軽石(※)も砕いて使えば、絵画の画材として変身します。常に日本全国を探しまわって、新しい素材を探しています」
※沖縄県への軽石の大量漂着
2021年8月に発生した小笠原諸島・福徳岡ノ場の海底火山噴火に由来するとみられる軽石が沖縄周辺に押し寄せ、船舶の航行、漁業、観光等に対し様々な被害が生じた。沖縄県への軽石大量漂着・漂流について
人、環境、動物にも配慮した安全な漆の普及によって、だれでも金継ぎができるように
割れてしまった部分に漆を使って破片をつなぎ合わせることで再びうつわとして繰り返し使い続けることができる金継ぎや、異なる破片を組み合わせる呼び継ぎへの注目が昨今高まっている。広く普及しはじめた背景には漆の安全性が高まったこともある。
「今までの漆に比べて安全な漆の材料が手に入るようになりました。私は誰がどういう経緯で作られたものなのかできるだけ現地に行って調べるようにしています。肌に触れてもかぶれにくく、環境も破壊しない、そして動物や人権も守られる漆しか使わないようにしているんです。そのために、長い時間をかけて日本全国のみならずミャンマー、カンボジア、タイ、ラオスなどの漆を調査してきました。最近は、伝統的な漆の木を植える活動も始めました。こうして材料調達から未来を考えることで、海外の人も抵抗が減り、金継ぎを受け入れやすくなっていくと考えています」
ナカムラさんは新しい安全な材料を使うことによって伝統を残すという考えを持っている。それだけでなく、漆の材料の入手先も選定し、漆を使うことで支援につながる、持続的かつ顔が見える関係構築も大事にしたいと語った。
英語で漆の魅力や正しい使い方を説明しているため、外国からの取材やワークショップの依頼が増えているという。それに加え、東北、熊本などの被災地での「金継ぎボランティア」活動が続き、2021年には、山形県の東根市美術館で東北各地の市民とともに制作したうつわを展示する「金継ぎアンソロジー」展を開催。そして現在、スロバキアの美術館での展覧会を準備している。
修理に留まらず心を癒し、歴史や文化をつなぐ
金継ぎは修理に留まらず、金継ぎを行うことに意義があるとナカムラさんは続けた。
「壊れたものを他人が直しても、持ち主はただ直ったとしか思わないので意味がありません。なので、自分で直すことに重点をおいたワークショップも実施しています。実際に自分の手を動かすことで直すことの大変さや、ものとじっくり向き合うことで発見があります。しかも自分で手間暇をかけて直すとさらに愛着も湧くので、ぜひ多くの方に体験してほしいです」
ワークショップではまず最初に、うつわに対する思い出を聞くという。
「そもそもうつわは、自分自身を投影する鏡みたいなものです。どんなうつわでも10年ほど使っていると特別な存在になりませんか。使い込んだうつわに愛着を持っている人が多くて、ひとつひとつにみなさんの思い出や想いが詰まっています。本来であれば割れたら捨てればいいわけですよね。また買い替えることができるものをあえて直す必要はないけれど、うつわ自体に大切な想いや魂がこもっていると感じる日本人独特のアニミズム文化もあります。だから大切なものを直すのは特別なことで、うつわに対する想いを共有する、話すことに意味を持つことに気づきました」
込められた想いを話してから金継ぎを行う。そうすることで修理するだけでなく自分に向き合う行為になる。そのプロセス自体にも価値を感じている海外では「金継ぎセラピー」と呼ばれているのだという。
「ワークショップを開催するうちに気がついたのは、金継ぎには夢中になれる、ゾーンに入った間隔を味わうこともできるということです。実際にやすり掛けが一番楽しかったとよく言われます。そして、金継ぎは自己治癒の行為という発見もありました。キリスト教の教会で実施する時は金継ぎで使う金を『赦し』の色として捉えられていて、金継ぎをすることで癒された、赦されたと感じ、涙を流しながら作業をする方もいます」
同じものを買えばいいが、わざわざ高額のお金を払ってまでもワークショップにやって来る。それは物自体が他には変えられない価値がこもっているだけでなく、自分で直す行為に意義を感じているからである。
「そして最後にはひびに銘(名前)をつけてもらいます。想いの詰まったうつわに新たな価値が加わり、自ら作ったそのひびにも愛着が湧きますよね」
また、金継ぎの技法を活用して異なる破片同士をつなぐ、呼び継ぎは異なる時代や文化をつなぐ象徴にもなる。
「欠けてしまった箇所に時代や文化が違うピースをはめ込むと、それらをつなぐ象徴になります。こうしたものをプレゼントしたいという依頼もたくさん来ます」
~壊れたものには価値がない、なんてない。【後編】へつづきます。~
編集協力:「IDEAS FOR GOOD」(https://ideasforgood.jp/)IDEAS FOR GOODは、世界がもっとすてきになるソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジンです。海外の最先端のテクノロジーやデザイン、広告、マーケティング、CSRなど幅広い分野のニュースやイノベーション事例をお届けします。

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