スポーツのルールは変えられない、なんてない。
「スポーツ弱者を、世界からなくす」というコンセプトで2015年4月に活動を開始した、「世界ゆるスポーツ協会」。年齢・性別・障がいにかかわらず、誰もが楽しめる新スポーツをこれまでに110競技生み出し、世界で20万人が体験し楽しんできた。協会の代表を務めるのが澤田智洋さん。コピーライターからのキャリアチェンジだったが、意外にも「スポーツ」や「福祉」とはこれまで無縁だったという。スポーツが苦手で子どものころは体育の授業に嫌悪感すら抱いていた澤田さんが、ルールや勝敗に縛られるという「スポーツ」の既成概念を覆す新たな挑戦をどうして始めたのか、話を伺った。

成人のおよそ4割は、日常における運動習慣がないといわれている。澤田さんもかつてその一人で、子どものころから体育の授業が大嫌いだった。
体育の授業は長年、通信簿で評価されてきた。運動神経のいい子どもはヒーローになれる一方で、そうでない子どもは劣等感を抱くきっかけにもなりかねない。それは、かけっこであれば「走るタイム」、球技であれば「勝敗」など、目に見える物差しでしか評価されてこなかったことも一因だろう。
一方で、オリンピック・パラリンピックの機運によってパラスポーツが身近になった近年。しかし、実際にスポーツに取り組んでいる障がい者は一部にしか過ぎないという。
スポーツとは、運動神経のいい人が上を目指すものなのか。五体満足でないと、楽しめないものなのか。澤田さんの追求する、スポーツのあるべき姿をひもとく。
参考文献 スポーツの実施状況等に関する世論調査(令和2年11月調査)
スポーツは世界一嫌いだった
澤田さんは、幼少期から高校時代にかけての多くを海外で過ごしてきた帰国子女。体育の授業は、大嫌いだった。
「世界一嫌いなものがスポーツだったんですよ。なんで地球にスポーツがあるんだって怒りを覚えるくらい(笑)。小学1年生で海外から帰国して、小学4年生までは日本にいたんですけど、日本の体育では”1つのボールを追いかけて頑張れ”みたいなルールの硬直性があってすごく苦手だったんですよね。その後のアメリカ生活で印象に残っているのは、体育のサッカーの授業。”今日はボール2つでサッカーをしよう”と先生が言ったんですけど、1つのボールに20人くらい生徒が群がっていたおかげで、僕は目の前にあったもう1つのボールをシュートできてしまったんですよ。”なんだ、ルール変えればいけるんじゃん”と思った瞬間でしたね。それでもスポーツ嫌いには変わりはなかったですが(笑)。
体育で自己肯定感を失う人って結構多いんですよね、例えばトランスジェンダーの友人たちは、男の子なのに走り方が女の子っぽいってからかわれたり、心は男性なのに体は女性だから体操服を着るのが苦痛だったり。体育がトラウマになっている人って、結構いるんですよ。僕自身はただただ運動自体がすごく苦手だったので、12歳くらいの時に”スポーツを引退しよう”と決意していましたね。アスリートみたいなこと言ってますけど(笑)」
日本の大学を卒業後は、大手広告代理店に就職。コピーライターとして活躍していたが、転機となったのは息子の誕生だった。
「息子に障がいがあったんです。視覚障がい(全盲)と知的障がいの重複でした。最初は目が合わないな、とか目が赤いな、ということに気付いて近所の眼科に軽い気持ちで受診したら、大きい病院を紹介されて障がいがわかったんですよ。当時は僕も妻も、”どう育てたらいいんだろう”という濃い霧の中に入ったような感覚でしたね。
それがちょうど僕が32歳のころで、息子の障がいがきっかけで自分のキャリアに一度句読点を打ってみようと思ったんです。一つのことを40年間定年までやり遂げるのも素晴らしいですけど、違う人生を始めようと思うようになって。障がいのことを知りたいと、障がい者の方にどんどん話を聞いていると、本当にダイバーシティ(多様性)を身近に感じたんですよね。
広告業界って結構似ているタイプの人が多くて、お酒が好きで夜遊びも好きで声が大きくて目立ちたがり屋みたいな……僕はグイグイ系じゃないですけど(笑)。でも障がい者って会社の特性によって分けられているわけじゃないから、横軸なんですよね。障がい者の中に広告系の会社に勤める人もいればファッション系の会社に勤める人もいるし、自動車系の会社に勤める人もいる。そういったことを知っていくと同時に、自分も何かできることはないか。その答えが、広告業で培ったクリエイティブを福祉に生かすことだったんです」
息子の誕生をきっかけに出合った福祉の世界に、世界一嫌いだったスポーツ。2つを掛け合わせた「世界ゆるスポーツ協会」の設立は、誰しもが持つ弱さや劣等感を克服する挑戦だったのだ。
トップではなくポップ。裾野を広げるためのスポーツ
ラケットに穴が開いた「ブラックホール卓球」に、専用のスポーツ用ハンドソープで手をぬるぬるにして行うハンドボール「ハンドソープボール」。110種類もある競技はどれもユニークで、とにかく”ゆるい”。
「僕自身、スポーツが何で嫌いなのかって考えた時に、やっぱりルールがガチガチだからなんですよね。人の体で例えると、全然肩が上がらない状態というか血流が悪いというか。だから、スポーツをマッサージしたいと思ったんですよね。緩めると血流が良くなって流動性が生まれて、新しい波というのが起こってスポーツが苦手な人もその波に乗れるんじゃないかなと。
あくまで、これは”障がい者スポーツ”ではないんですよ。”老若男女健障スポーツ”って僕たちは言っているんです。年齢や性別に加え、障がいの有無にかかわらず楽しめるスポーツを目指していますね。だから種目によっては高齢者向きだったり、子どもが親に本気で勝てるようなものもあるし、障がい者が健常者にフラットに勝てる種目もあります。そういう意味では本当に多様な世界観が共存しています。障がい者スポーツというと対象がどうしても障がいのある人だけになりがちなので、いろいろな人との接点は多くしたかったんです」
オリンピック・パラリンピックの機運により、パラスポーツが以前よりも身近になってきた日本。しかし、ゆるスポーツとパラスポーツには明確に違いがあるのだ。
「パラスポーツって、実はほとんどの障がい者はできないと思っているんですよ。僕の子どもはブラインドサッカーを、本気レベルでは危なくてできないし、ゴールボールは大きくて重いボールを体当たりで止めるから、子どもにはちょっとしんどいこともある。パラスポーツ自体は僕も大好きですけど、レベルの高い”トップ”のスポーツなんですよね。それに対してゆるスポーツは”ポップ”なものと位置付けていて、運動能力が高くなくても勝てたりする。スポーツの山があるとしたら、上に行くトップと裾野を広げるポップ、両方必要ですよね。実際に特別支援学校でゆるスポーツをやっていただく機会も少しずつ増えています。
プレイヤーの「トントン」という声に合わせてステージが振動する紙相撲「トントンボイス相撲」は、「要介護4の高齢女性ができるスポーツはないか」という声がきっかけで作られました。今は限界費用も下がっているので、そこまで膨大な開発費をかけなくてもテクノロジーを使ったスポーツ用具は作れるんですよ。だから全身が動かないんだったら声でやればいいし、できなければ顔や視線でできるもの、それも動かないんだったら脳波でできるものを生み出せばいいんです。五体満足じゃないとスポーツができないということは、決してないですよね」
ただし、ゆるスポーツとパラスポーツの親和性が全くないわけではない。番組でパラスポーツ選手がゆるスポーツに挑戦したり、イベントではパラスポーツとゆるスポーツが両方できるものもこれまで開催されている。パラスポーツに刺激を受けながらも、ゆるスポーツは裾野を広げるべく発展を続けていく。
「僕たちのイベントには、僕と同じようなタイプの方って結構いらしていただくんですよ。小学校の体育で嫌な思いをして、大人になっても何十年やっていなかったけど”今回でスポーツを好きになりました””自分を認めてあげられました”という声をたくさん聞く。スポーツが苦手で自分が嫌いになっている人にとっては、自分を好きになる力が培われる部分があると思うんですよね。
また、参加者の半分くらいは日常的にスポーツをほとんどやっていない人たちなんですが、アンケートを見ると5段階で一番上の”楽しかった”にチェックをつける人が99.9%なんですよ。今までの体験者数が20万人だとすると、半分のおよそ10万人がスポーツ嫌いか興味のない人で、そのうちの99.9%が楽しかったということは、少なくとも10万人近くのスポーツ嫌いを‟嫌いじゃない”にしているので、それは着実な変化だと感じています」
澤田さん自身も、今では月に70㎞から100km走るランナーとしてスポーツを楽しんでいる。自分自身が変化しながら周りを巻き込んでいくことが、大きな力になるのだろう。
さらに、ゆるスポーツに関わることで澤田さん自身が変化したのは、多様な属性の人々に触れ、相手の目線や考えをより想像できるようになったことだという。しかし、ダイバーシティの”自分事化”はなかなかすぐにはしづらいのも現実だ。
‟結果的に”D&Iが実現されるのが、ゆるスポーツの世界観
障がいや性別・年齢だけではなく、例えば得意分野など人の属性はさまざまだ。ダイバーシティを‟自分事化”するには、どうしたらいいのだろうか。
「僕らは”インクルージョン”とか”ダイバーシティ”などという言葉を入り口では使わないんですよ。言葉そのものがバリアになってしまって、ダイバーシティと言った瞬間に”自分には関係ない””ハードル高そう”って思われてしまうことも多いと思うんですよね。そういう言葉は入り口では使わずに、でもスポーツをやったら結果的にさまざまな立場や価値観を理解して”ダイバーシティ&インクルージョン”になっているというのを目指していますね。
入り口でいうと、オリジナルのスポーツを考えてもらうこともすごく大事なんですよね。スポーツをやるのはハードルが高いけど、ワークショップで自分たちが作るとなるとすごく楽しいからできる。できたらもう、やるしかないんですよ。自分が作ったスポーツってまるで子どもみたいにかわいいから、”あれ俺が作ったんだよね”ってSNSとかで投稿し始めて、気付いたら審判までやっている人もいます。そういう入り口を設けるのも、”自分事”として参加する上ですごく大事ですよね」
6年間で多くの人を巻き込んで波を起こしてきた「世界ゆるスポーツ協会」。澤田さんの今後の野望とは。
「ゆるスポーツがエストニアとタイとシンガポールに進出し始めているんですけど、世界中にスポーツ苦手な人が何十億人といるから、その人たちがスポーツで傷つかない世界を作りたいんですよね。それは僕が生きている間に達成できなくても、今はタネをたくさんまいて子どもたちが大人になった時に引き継いでくれたらいいなって思っています。
これは野望であって、夢や目標とは違う。広告代理店時代はKPI(数値目標)がずっと掲げられていて、疲れちゃったんですよね。今はそういうものは設定しなくても遠くに来ることができた。もし「世界ゆるスポーツ協会」を設立する時に”6年後に100競技作れます”ってKPIを掲げていたら、達成できていたかもしれないけどつまらなくなっていた可能性があります。楽しくやっていて気付いたら積み上げられていたというのが今なので、この感覚を大事にしていきたいと思っています」
障がいがあるから、運動神経が良くないから——。それぞれの理由でスポーツを諦めている人はたくさんいる。でも本来は自分を好きになる手段であり、生活を豊かにする手段だ。工夫次第で、ハードルはいくらでも下げられる。それこそが、澤田さんの目指すスポーツの姿だ。

1981年生まれ。「世界ゆるスポーツ協会」代表。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告代理店入社。映画『ダークナイト・ライジング』、高知県などのコピーを手掛ける。2016年、誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで110の新しいスポーツを開発し、20万人以上が体験している。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)、『マイノリティデザイン』(ライツ社)がある。
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