LGBTQという枠の中で暮らさなきゃ、なんてない。
今でこそタレント・美容家として多方面で活躍するGENKINGさんだが、現在の幸せをつかむまでにはさまざまな苦難があったという。その大きな原因は、自身が性同一性障がいであったこと。周囲からの偏見を恐れ、常に人の目を気にしながら生きてきたにもかかわらず、自分が求める生き方や暮らしを手に入れるに至った強い思いの原点とは?
「その人らしさ」とはなんだろう? 本人が「こうなりたい」と思い描いたように生きることこそが正解であると思いたいが、現在の日本では未だに「男らしさ」「女らしさ」を筆頭とした「こうあるべき」という古い既成概念を押しつける風潮が強い。独自のセクシュアリティを持つLGBTQの人が生きづらい世の中だといわれるのも、こういった価値観の押しつけと理解不足によるものだろう。体は男性、心は女性という性同一性障がいのGENKINGさんもずっと生きづらさを感じながら人生を歩んできたひとりだ。逆境にもめげずに夢や理想の生き方を実現した彼女の生き様と、自分らしい暮らしを手に入れるためのコツについて話を伺った。
「こうあるべき」を押しつける世界で
本当の自分を出すのが怖かった
スラリと長いきゃしゃな手足と、ハーフ風のメークが似合う彫りの深い顔立ち。女性と見間違えるような美貌とゴージャスな暮らしぶりがインスタグラムで注目を集め、「謎のセレブ男子」としてたちまち話題の人に。2015年からは本格的にタレントとして活動を始め、男性でも女性でもない“ユニセックス”キャラで一世を風靡(ふうび)。物おじしない発言や明るいキャラでたちまちお茶の間の人気者になったが、心の内では常に自身のセクシュアリティについて悩み続けていた。
「あの頃は『私はユニセックスです』と言っていたけれど、心の中ではずっと『本当はそうじゃない。私は女性なんだ』という葛藤を抱えていました。じゃあ何でそんなことを言ったのか?というと、怖かったんです。また子供の頃のように気持ち悪いと言われたり、いじめられたりするんじゃないかって……」
周囲から「男の子は男らしくあるべき」と言われながら育ったGENKINGさんだが、物心がつく前から好きだったのはピンクや女の子の遊び。そのため「男の子なのに女の子っぽい」という理由だけでいじめを受けたり、からかわれることもしょっちゅう。12歳のときに金髪にしてからは周囲から一目置かれるようになったものの、当時の暗い経験が心に落とした影は大人になってからも消えることはなかった。そのため「本当の自分がバレたらどうしよう?」という不安にいつもおびえていたという。
「セクシュアリティが理由で好きなファッションやメークを自由に楽しめなかったり、恋がうまくいかなかったりするのは当たり前。『結婚できるのかな?』という将来に対する不安も大きかった。相談できる人もいなかったし、当時は生きているだけでつらかったです」
そんなGENKINGさんが自身の性自認をカミングアウトしたのは、とあるテレビ番組での収録中。夢をかなえるために決意したこととはいえ、「相当な覚悟が必要だった」と当時を振り返る。
「周りの友達の反応は『やっぱりそうだったんだ!』『本当の自分を出せてよかったね』という感じ。うすうす気づいていたのかもしれないけど、確信がないと誰も『そっちなの?』とは聞いてこないんですよね。だからこれまでバレずに済んでいたというか。周りがいい大人ばかりだったからすんなり受け入れてもらえたけれど、これが自信のない10代の頃だったら、絶対にいじめられていただろうし、今の自分のように言い返す力もなかったと思います」
失敗もつらい思いも明日の成功につなげていける
「昔よりも堂々と生きられるようになったのは、『芸能人になりたい』という幼い頃からの夢をかなえることができたから」とGENKINGさんは語る。その原動力になったのは、いじめられていた頃の悔しさと負けん気の強さ。
「本当につらくてすごく落ち込んだし、自分の未来は不幸しかないと思っていました。だけど、それが逆に『負けてたまるか!』とか『絶対かわいくなってやる!!』という前に進むためのパワーになったんです。中傷で心が折れそうになったことも何度もありました。でも、中には『確かに!』と思えるものもあることに気がついたんですよね。そこから自分を見直すようになったことも、成功に近づくきっかけになったと思います。そうして試行錯誤を重ねて少しずつ自信をつけて、ちょっとずつ強くなっていったという感じです」
夢をかなえるまでにはさまざまな失敗や苦難もあったという。しかし、軽妙にそれらを語る彼女の表情は明るい。それは持ち前のサバサバした性格と、がむしゃらに努力を重ね、困難を乗り越えていくうちに身につけた強さによるものだろう。そんな彼女が大事にしていることのひとつに「生きている限り失敗はない」という持論がある。
「過去を振り返ったときに気づいたことなのですが、失敗もつらい思いも全てが今の成功につながっていたんです。例えば、インスタグラムにゴージャスな暮らしぶりを載せようと見栄を張りすぎて、借金地獄にハマった時期があるんですよ。でも、その見栄があったから注目を集めて芸能人になることができたし、借金も1年で完済することができた。セクシュアリティのこともそう。普通に女の子として生まれたかったという思いはずっと変わらないけれど、今では性同一性障がいだったおかげで有名になれたと思えるようにもなりました。夢をかなえたことでこれまでの苦労がようやく報われたというか、持って生まれた運命と人生とのつり合いが取れるようになった気がします」
LGBTQというくくりのない世の中になってほしい
芸能人になるという夢をかなえたGENKINGさんが次に目指したのは、女の子に戻ってすてきな彼氏と結婚すること。芸能活動をセーブしながら準備を進め、2017年5月にはタイで性別適合手術を受けることに。同年7月には戸籍上の性別を女性に変更。同時に本名を「元輝」から「沙奈」に変え、名実共に女性に戻ることができた。
「解消した悩みはたくさんありますが、一番うれしかったのは女として今の彼氏とつきあえるようになったこと。そして普通の女性と同じ方法で結婚できるようになったことですね。今でこそ同性パートナーシップ制度を利用するという方法もありますが、私は女性としての人生を歩みたかった。だから性転換手術を受けて、戸籍を変えるという方法を選びました」
戸籍を変えた一番の理由は結婚のためだが、その背景にはLGBTQというくくりから「卒業」したいという思いもあったという。
「男も女も関係ないというこのご時世でも、LGBTQという枠に当てはめられるだけで特別扱いになってしまうじゃないですか。そのことを嫌がって、一生セクシュアリティを公表しない当事者の方もたくさんいるんです。当事者以外の方に知っておいてほしいのは、LGBTQの枠に入れられている方たちの日常がすごく大変だということ。いじめや偏見があるだけでなく、当事者に対する理解のある場が少ない。そのため就職先を探したりおうちを借りたりといった、ごく普通のことですらうまくいかないことが多いんです。かといって、手術をして体や戸籍上の性別を変えようにもすごく費用がかかります。なので、もし当事者の方と接する機会があるときは、『もし自分がLGBTQの当事者だったら?』と考えていただけるとうれしいです。そして、自らなりたくて当事者になったわけじゃないってことをおわかりいただければと」
理想の住まいも暮らしも自分で作っていける
「今彼氏と一緒に暮らしている家を借りられているのも、戸籍を女の子に戻してLGBTQという世間のくくりから抜けたから。男女という関係だから入居できたんですよ。でも、今の日本の制度的に同性2人で住むのって、なかなか認めてもらえない。私の友人も何度も断られたことがあります」
同性同士だと部屋が借りにくい日本の現状と比べて、「アメリカの都市部は同性カップルのほうが審査が通りやすい」とGENKINGさんは語る。
「なぜかというと、お部屋をすごくキレイに使うということが周知されているんですよ。日本でもこういったいい話がもっと広まって、理解のある不動産会社さんが増えていけば、当事者の人がお部屋探しで悩まずに済むのではないでしょうか? そういった意味でもLIFULLさんのFRIENDLY DOOR はすごくいいサービスですよね。LGBTQに理解のある不動産会社さんを紹介してもらえる場ってなかなかないので。理想の住まいを見つけやすくなれば、当事者の方々の暮らしもよりハッピーなものになっていくのではないかと思います」
「仮に理想通りの物件が借りられなかったとしても、自分好みの住まいは作れる」というのも彼女がこれまでの経験から得たライフハックだ。
「理想とは程遠い見た目や内装のおうちに住むことになったら、物件を傷つけない範囲でリノベーションすればいいんです。100円均一のお店でも売っているような壁紙や、フロアシートなどを使えばお部屋の印象を手軽に変えられますし。私が活用してるのは大理石調のPタイル。床や水回りに敷き詰めればロサンゼルスのおうちみたいになるんですよ。だから私は不動産の審査に落ちてもあまり気にしないんです。住まいも自分も大事なのは中身。家も人生も自分次第でイケてるものに変えられますからね。ちなみに私の場合は完全に形から入るタイプ。見た目でも住まいでも『こうなりたい!』という明確な理想像を思い描いて、その生き方を続けていくと本当にその通りになっていく。口にプラス(+)と書いて“叶(かな)う”という字の通り、夢は本当にかなえられるんです!」
明るい笑顔でサラリと話してくれるが、今の幸せをつかむまでには並々ならぬ努力があったことは誰が見ても明らかだろう。なりたい自分や理想の暮らしを手に入れる行動を起こし続けるための極意とは?
撮影/尾藤能暢
取材・文/水嶋レモン
愛知県出身。A型。
趣味:DIY、料理、美容
特技:時短料理、リメイク
SNSから芸能界へ進出という流れを作った先駆け的存在。2017年5月に性別適合手術を受け、本来あるべき自分の姿へ生まれ変わる。美容石鹸のプロデュースやトークショーを行うなど、美容家としても活躍。偽りの自分から脱却し、全てをさらけ出せる今、飾らない言葉で自分らしく生きる楽しさを発信している。
Twitter:https://twitter.com/officialgenking
Instagram:https://www.instagram.com/_genking_/
オフィシャルブログ:https://ameblo.jp/genking-official/
みんなが読んでいる記事
-
2024/09/30女性だと働き方が制限される、なんてない。―彩り豊かな人生を送るため、従来の働き方を再定義。COLORFULLYが実現したい社会とは―筒井まこと
自分らしい生き方や働き方の実現にコミットする注目のプラットフォーム「COLORFULLY」が与える社会的価値とは。多様なライフスタイルに合わせた新しい働き方が模索される中、COLORFULLYが実現したい“自分らしい人生の見つけ方”について、筒井まことさんにお話を伺った。
-
2023/09/12ルッキズムとは?【前編】SNS世代が「やめたい」と悩む外見至上主義と容姿を巡る問題
視覚は知覚全体の83%といわれていることからもわかる通り、私たちの日常生活は視覚情報に大きな影響を受けており、時にルッキズムと呼ばれる、人を外見だけで判断する状況を生み出します。この記事では、ルッキズムについて解説します。
-
2023/02/27アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)とは?【前編】日常にある事例、具体的な対処法について解説!
私たちは何かを見たり、聞いたり、感じたりした時に実際にどうかは別として、「無意識に“こうだ”と思い込むこと」があります。これを「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)」と呼びます。アンコンシャスバイアスによるネガティブな影響に対処するための第一歩は、「意識し、理解する」ことです。
-
2022/02/22コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。吉田 尚記
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
-
2024/04/04なぜ、私たちは親を否定できないのか。|公認心理師・信田さよ子が語る、世代間連鎖を防ぐ方法
HCC原宿カウンセリングセンターの所長である信田さよ子さんは、DVや虐待の加害者・被害者に向けたグループカウンセリングに長年取り組んできました。なぜ、私たちは家族や親を否定することが難しいのか。また、世代間連鎖が起きる背景や防ぐ方法についても教えていただきました。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。