LGBTQだから自分らしく生きられない、なんてない
LGBTQと社会をつなぐ場づくりなどの活動を行っている松中権さん。小さい頃からゲイとしての自覚はあったそうですが、社会の中にある「男なら当然女性が好きになり、こういう生き方をすべき」といったバイアスにより生きづらさを感じながら過ごしていました。そんな生活から脱却したいと、違う世界に触れるため、一橋大学4年生のときに縁もあってオーストラリアへ渡航し、そこでLGBTQが当たり前に存在する世界を目の当たりにし、感化されたといいます。それから約10年が過ぎた2010年、NPO法人グッド・エイジング・エールズを仲間たちと設立。翌年にはLGBTQや外国人などが気軽に交流できる夏季限定サマーカフェ「カラフルカフェ」の運営を開始しました。LGBTQが生きやすい環境をつくるため、今日も社会と奮闘する松中さん。どんな未来を描いているのでしょうか。ご本人にお話を伺いました。

日本では、左利きの人と同じくらいの人数がいるといわれているLGBTQ。最近では、テレビドラマ「おっさんずラブ」や「きのう何食べた?」など、LGBTQが題材となった作品を見かける機会が増えたように感じないでしょうか。かつては、今以上に、LGBTQが身近な存在として感じられていなかったため、LGBTQを日常の世界の中で表現しづらかったというのも事実でしょう。時代とともに男らしさ・女らしさという「制約からの解放」が少しずつ進んでいるように思われます。そんな中、LGBTQの一人であることを公言している松中さんは、どのようにご自身を受け止め、どのように人生を歩んできたのでしょうか。
日本で生きていくことが不安だった
一橋大学在籍時、所属していたゼミの中にメルボルンからの交換留学生がいたそうで、メルボルンには多民族、多人種が暮らしていることを松中さんは聞いていました。そして今度は、自身がメルボルンへ交換留学に行くことになり、そこで多様な人たちが交わる世界に初めて触れました。
「僕は自分がゲイだと子どもの頃から知っていたので、日本で生きていけるかすごく不安がありました。やはり海外の方がいいのではないかとどこかで思っていたのです。そんな中で僕がオーストラリアへ行ったのはちょうど、2000年シドニーオリンピック開催の前後。メルボルン大学での留学を終えたあと、3カ月間、シドニーでインターンをしていたのですが、その最後にオリンピックのクロージングセレモニーに行く機会をいただきました。そこでオーストラリアの歌姫であるカイリー・ミノーグが、『ドラァグクイーン』という男性ではあるけれど女性の格好をしたプロのパフォーマーを50人くらい引き連れて、会場を盛り上げていたのです。そのときに、『将来オリンピックに関わってこんなことができたらいいな』と思いました。当時、電通から内定をもらっていたので、こういうことを電通に入ってやりたいんだと思い帰国した覚えがあります」
しかし、電通に入社後は、ゲイであることをなかなかカミングアウトできず、肩身の狭い思いをしていたそう。そんな中での、一人の上司との出会いによって、気持ちに変化が現れたといいます。
「入社2年目くらいのときに、僕がいた部署に一人の上司が異動でやってきてよくご飯に誘ってくれました。本当に誰からも慕われている素晴らしい方で、だんだんと打ち解けてきたときに、『知り合いを紹介してあげるよ。昔から仲の良いゲイなんだけど』ということを言ってきて。今思えば僕がゲイであることに気づいていたからこその発言だったんだと思います。いつしか、とても信頼を寄せていたその上司に、自分がゲイであることをカミングアウトしようと思うようになりました。しかし、その直後に事故で亡くなってしまったんです。信じられなくてとても悲しかったです。それから数年が経ち、偽り続けている自分の人生を変えたいと思い、研修制度を活用する機会を得て、その上司が昔住んでいたというニューヨークで働くことになりました。ちょうどオバマ大統領が誕生するタイミングで、街中の人たちが『Change!』『Yes, we can』と言って社会を変えようとする熱意を目の当たりにし、やはり日本で僕のようなLGBTQの人たちが生きやすい環境づくりをしていきたいなと思いました」
将来が見えない……
安心して暮らすための環境づくり
アメリカから帰国した2009年から1年が経った2010年、松中さんは仲間たち11人で「グッド・エイジング・エールズ」を立ち上げ、LGBTQが暮らしやすい場づくりや社会づくりの活動を始めました。
「11人のうち10人は僕のゲイの友人たちで、一人だけ、唯一、LGBTQではない人が参加していました。いわゆる“ストレート”“ノンケ”と呼ばれるその人は、実は亡くなった上司の奥様でした。キックオフ時点で、ある意味、ひらけた団体であり、その後、本当にさまざまなセクシュアリティや年齢の方々がメンバーに加わりました。当時はまだLGBTQという言葉すらなかった時代でしたが、もっと誰でも気軽に参加できる、みんなで自分の人生を考えられる勉強会やお茶会みたいなことをしようということから始まったんです。歳を重ねることを前向きに考えられる、そういうつながりにしようと。というのは、特に同性愛者の場合は将来結婚することもないし、どうせ自分は一人もんだし、と思ってしまう。若いうちは新宿二丁目などに行って集まっている人もいますけれど、だんだん歳をとるにしたがって、そういう人たちが飲みの場にも姿を現さなくなっていく。こんな歳の重ね方をしたいというロールモデルが不在なんです。なので将来はLGBTQフレンドリーな老人ホームをつくろう! みんながお互いにエールを送りあえる楽しい場所をつくれたらいいよね、みたいなのがグッド・エイジング・エールズのスタートでした。具体的にはまず、LGBTQの人たちが気軽に集まれるようなイベントを開催することから始めました」
そして、2013年にはシェアハウスの運営を始めます。
「神奈川県・葉山町に夏季限定でオープンした『カラフルカフェ』など、それまで、インクルーシブな場づくりをずっとやってきて。もう少し社会との結びつきのあるような場所をつくろうと思って始めたのが、まず一つはシェアハウス。現在都内に2軒、LGBTQの枠を超えたフレンドリーなシェアハウスを運営しています。もう一つが『work with Pride』という職場環境を変えるカンファレンスです。2012年から毎年1回開催していて、『PRIDE指標』という指標をつくって職場を変えていくための項目出しをして、企業さんに実施している取り組みを申請していただき、点数に応じて賞をお渡ししています。LGBTQはサードプレイスが重要といわれているのですが、まさにカラフルカフェはサードプレイス。実はLGBTQにとってファーストプレイス(=家)とセカンドプレイス(=職場)がもっともカミングアウトしづらい場所なんです」
同性愛者同士は家が借りられない!?
安心して暮らせる世の中にしていきたい
グッド・エイジング・エールズは来年の4月で設立から10周年を迎える。団体としても、世の中的にも課題は多いのが現状です。
「『住む』という点でいうと、例えば同性愛者同士のカップルで一緒に住みたいとなったときに、家を借りようとすると、男性同士だとまだまだ断られてしまうケースが多いです。偏見もきっとあると思いますし、男性同士で一つの部屋を使うことで何か犯罪に使われるのではないかと思われてしまう。女性同士でも断られるケースもやはりまだあるようです。それと、共同の住宅ローンはほとんど通りません。日本では事実婚が認められてきていますが、同性婚の実現については正直まだまだ先かもしれません……。そういったハードルがまだ実際に存在し、不動産会社もそうですが、オーナーさんや大家さんたちが一人でも多く理解してくれるように日々活動に励んでいます。人生の中で出会う人って世界を見渡せばそう多くはありません。もちろん世の中のすべての人に幸せになってほしいですが、特に、せっかくなら出会った人には幸せになってほしいし、その姿を自分の目で見られたらいいなと思っています。活動の動機はそれくらいシンプルかもしれません。すなわちそれが僕にとっての幸せでもあります」

1976年生まれ、石川県金沢市出身。ゲイアクティビスト。
一橋大学法学部在学中に、メルボルン大学へ留学。そこでLGBTQが当たり前になっている世の中を目の当たりにし、感化される。2001年に電通へ入社する。2008年、海外研修制度でニューヨークへ渡り、NPO関連事業に携わる。その経験を活かし、2010年、NPO法人グッド・エイジング・エールズを設立し、代表に就任する。現在は、LGBTQと社会をつなぐNPO活動だけに限らず、法制度を整えるための活動に個人で参加するなど、さまざまな分野で活躍する。
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