車椅子では踊れない、なんてない。
先天性二分脊椎症という重度の障がいのあるかんばらけんたさん。下半身に不自由がありながら、2016年のリオデジャネイロパラリンピック閉会式に出演するなど、活躍の場を広げる車椅子ダンサーだ。躍動感のある動き、情熱がほとばしる肉体……観る者を圧倒する技術と表現力を武器に、ダンスという身体表現に挑む。
車椅子テニス界の王者、国枝慎吾選手が、今年、全米オープン車椅子の部で準優勝した。これまでグランドスラムの同部門で、42回もの優勝を果たし、これは男子の世界歴代最多記録。自分の道を突き詰め、圧倒的な強さを見せてくれる存在には、大きく心を揺さぶられる。それは、車椅子であろうとなかろうと関係ない。
かんばらさんは、ダンスという自己表現を通じて、人々に驚きと感動を与えてくれる。それでも、日常生活では「エレベーターに乗っているだけで『頑張ってるね』と言われる」。そうした現実がある以上、「車椅子では踊れない」と思う人が少なくないのも無理はない。しかし、日常に車椅子があり、障がいをすっかり受け入れているかんばらさんにとって「車椅子でも踊れること」は当たり前のこと。さらにその先の、自分だけにしかないダンスを求めている。
“車椅子だから踊れない”という
感覚がないんです
かんばらさんの生まれた時からの障がい、二分脊椎症とは、脊椎が二つに分かれた、「交通事故で背骨をボキッと骨折したのと同じ状態」のこと。腰から下の神経が弱く、骨の形も特殊で、背中には強い側弯がある。その障がいを初めて意識したのは、5歳の時だった。
「弟が生まれて、最初に親に聞いたのが『弟の脚は動くの?』でした。幼心に、『自分の脚は人とは違う』『脚が動かないことはよくないことだ』と僕自身が思っていたんでしょうね。リハビリしても治らないことにも、なんとなく気づき始め、小学3年生で母親に『もう一生歩けないの?』と聞いたそうです」
子どもからの真摯な問いに、過酷な現実を正直に話をしてくれた母親と一緒に大泣きをした。そして、徐々に障がいを受け入れるようになった。
「障がいを受け入れるタイミングや形は、人それぞれ。歩けないことにこだわりすぎて暗く暮らすより、障がいがあっても楽しく、幸せに生活するほうがいい。それが、僕が選んだ障がいとの付き合い方の形です」
できることは自分でやる。でも「できないことだらけ」
実家の子ども部屋は2階だった。ご飯を食べるにしても、手で階段を上り下りしなければならなかった。
「日々、筋トレみたいな(笑)。『できることは自分で』と教えられてきたので、5分かかってもひとりで靴下をはいてました。幼稚園の時には、逆立ちができるようになっていて、運動会では、みんなと一緒に逆立ちで大縄跳びを跳んでました」
専門学校を卒業して、システムエンジニアとして就職するため上京。初めてのひとり暮らしで、料理、洗濯、掃除など、道具を工夫して使いながら、おおよその家事もこなせるようになった。結婚し、人工授精で授かった子どもをお風呂にも入れる。
「それでもできないことだらけですよ。電球は替えられないから、妻の仕事。プラスマイナスゼロを目指しているわけじゃないけど、『できないことはできない』とわかっているから、僕ができることで補っている感じですね」
新婚旅行は、妻のリクエストでメキシコとキューバへ
「妻が、バリアフリーとか関係なく、行きたいところを選びました。彼女は『階段があるなら這って登ればいいじゃん。車椅子は私が運ぶから』という人。不安がなかったわけではないけど、楽しかったですね。キューバでは、初めて障がい者にたかられるという経験もしました(笑)」
障がいを受け入れた時に選んだ「幸せに、楽しく暮らす」生き方を、家族と共に実践しているのだ。
「幸せって、すごく大きな、ひとつのものとして存在しているわけじゃなくて、子どもと遊んでいて楽しいとか、ご飯を食べておいしいと感じるとか、日々の積み重ねなんだなと実感しています」
障がいの部位を見せることがインパクトになる
かんばらさんの人生を輝かせる、小さな幸せのかけらたち。今は、そのひとつのピースに、ダンスがある。太鼓やスピーカーがついている車椅子がかっこよくて、それに乗りたいというのが始めた動機だった。
「僕は、できることはできるし、できないことはできない。車椅子ダンスに関しては、できることなんですよ。だから、最初から車椅子だから踊れないという感覚はありませんでした。小学生の時には、授業で創作ダンスもやりましたしね。当時は、嫌々でしたけど(笑)」
すでに障がいを受け入れていたかんばらさんにとって、ダンスを始めて救われたといった美談は存在しない。しかし、ダンスを始めて気づかされたこともあった。
「ダンスを始めるまでは、脚は絶対に人には見せないパーツで、細いのがわからないように、太いズボンばかりはいていました。それが、ダンスを始めてみたら、脚を出す衣装を着るように要求されたんです。障がいの部位をわざと見せることは、けっして悪いことではなくて、ひとつの個性になり得るんだ、見せてもいいんだって思えた。そうした考えは、それまでの自分の障がい観にはなくて、ダンスがもたらしてくれた発見でしたね」
隠してきた脚を見せるには、とてつもない勇気が必要だったに違いない。しかし、ダンスが価値観を変えてくれた。
車椅子に対する既成概念はまだまだ存在する
かんばらさんの話し方は、関西人らしいユーモアを交えながらも、口調はいたって穏やか。どちらかというと淡々としている。それが、ストレッチを終え、ひとたび踊り始めると、感情を爆発させた。鍛え抜かれた腕の動きにはキレがあるし、美しい。身体と車椅子が一体となり、くるくる回るアクロバティックな技には、目を奪われる。かんばらさんのダンスを観れば、『車椅子だから踊れない』は、誤った既成概念に過ぎないことは一目瞭然だ。
しかし、人々の中に『車椅子だから踊れない』という既成概念があることにも、かんばらさんは、極めて自覚的だ。
「ダンスのコンペで『なんで車椅子の人がここにいるの?』というアウェイの雰囲気を感じたこともありますし、普段の生活でも、ただエレベーターに乗っているだけで、知らない人から『頑張ってるね』って声をかけられるんですよね。世の中の認識は、まだそのレベルかと思う半面、仕方ないことだっていうのもわかってるんです。海外だと、気軽に声をかけてくれるんですけど、日本はまだ障がい者と健常者の距離が遠いんですよね。近づくきっかけがないから。僕は別に、社会を変えたくて踊っているわけじゃないけど、車椅子ダンスが、お互いの距離が近づくきっかけになるといいなとは思っています」
純粋にカッコいいと思ってもらえる自分だけのダンスを求めて
車椅子は、かんばらさんのダンスにとって欠かせない要素だ。しかし、“車椅子ダンス”というカテゴライズが、観る人のバイアスになっている可能性もある。
「車椅子で踊ると、観る人のハードルが下がるんですよ。たいして踊れてなくても『感動した』って言われるんです。でも、僕は『車椅子で踊れるなんてすごい』というところは目指してなくて、僕にしかできないダンスを踊りたい。パフォーマンスを観てくれた人が、直感的に『カッコいい!』と思ってくれるダンスが理想ですね」
しかし、どうしても車椅子ダンスのイベントに来るのは、同じ人たちばかり。ムーブメントが思うように広がらないもどかしさを感じている。ダンスを始めて半年で、出演したリオデジャネイロパラリンピックの閉会式も、首相がマリオに扮して登場したオリンピックのそれと比べれば、視聴者の数は格段に少ない。どうしたら、より多くの人に届くのだろう。その問いのひとつの答えが、公園や美術館、駅などでパフォーマンスができる大道芸のライセンス取得だった。健常者が大勢集まるイベントに意識的に参加し、空中ブランコも披露する。目下の目標は、東京オリンピックだ。パラリンピックではない。
1986年生まれ、兵庫県神戸市出身。専門学校を卒業後、日本ヒューレット・パッカード株式会社に入社。システムエンジニアとして働く。2014年、結婚。現在、1児の父。16年、リオデジャネイロパラリンピックの閉会式に出演。翌年、人間力大賞で文部科学省大臣賞を受賞する。同年、東京都の大道芸ライセンスである「ヘブンアーティスト」に合格。
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