リスキリングとは? OJT・リカレント教育・アンラーニングとの違い、海外・国内の取り組み事例を解説
日本企業が行ってきたこれまでの雇用システムが崩れ始めています。例えば、かつては新卒を一括で採用し、長期にわたって雇用し続けるメンバーシップ型雇用がメインでした。しかし、それが徐々に仕事内容にマッチする人材を採用するジョブ型雇用に変化してきています。
こうした動きと連動して求められるのが、スキルや専門性を身に付けることです。やりがいを持って働くために、キャリアアップの重要性は以前から強調されていました。近年、取り上げられているのは「リスキリング」という概念です。
この記事では以下の5点を解説します。
- リスキリングとは? なぜリスキリングが注目されているのか
- OJT・リカレント教育・アンラーニングとの違い
- 海外におけるリスキリングの動向と事例
- 日本国内のリスキリングの動向と事例
- いくつになっても働き方やキャリアは変えられる・チャレンジできる
リスキリングとは? なぜリスキリングが注目されているのか
経済産業省が発表した「リスキリングとは‐DX時代の人材戦略と世界の潮流」(2021年2月26日)によると、リスキリングとは「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されています。
※引用:リスキリングとは – 経済産業省
DX(デジタルトランスフォーメーション)によって新たな価値を生み出すことが求められている企業にとって、デジタル人材のニーズはますます高まっています。また、デジタルテクノロジーに関する高い専門性が要求されていなくても、どの分野でも仕事の進め方が大幅に変化しており、スキル習得が求められています。
業務効率のための自動化や環境に配慮したグリーン対応により、企業側の仕事は従来と大きく変化してきています。その文脈で、従業員一人ひとりも適応することが求められており、そのためのスキル習得が「リスキリング」と呼ばれることが一般的です。
また、リスキリングはDXなど企業側の戦略的ニーズに基づく新たなスキル習得、社会的要請に基づき官民連携で行うスキル習得という意味も強いようです。
こうした背景を考慮に入れると、リスキリングは全ての従業員を対象にするもので、いわゆる「高度デジタル人材」の育成なども含まれます。
リスキリングが注目される理由
リスキリングの背景には、業種を問わず進む、業務のデジタル化があります。デジタル化により、これまでの働き方では対応できない仕事が増加し、企業は従業員が新たなスキルを身に付けるのを支援したり、労働環境を見直したりすることが求められています。
日本のデジタル人材不足は深刻です。2022年の調査によると、日本人労働者のデジタル/テクノロジーのスキルは世界64カ国中62位でした。また、人材の偏在も見られ、デジタル人材の7割強はIT企業内に在籍、IT技術者の約6割は東京圏に集中していることが分かりました。また、国内事業会社の約9割がIT人材の質・量ともに不足を感じています。
ランサーズ株式会社による「新・フリーランス実態調査2021-2022年版」では、20~40代のフリーランスはプログラミングやWebデザインといったデジタルスキルの「リスキリング」に興味を持っていることも明らかになりました。経済産業省の資料によると、「リスキリング」のGoogle検索は2020年5月ではわずか1,470件に過ぎませんでしたが、2021年2月には77万7,000件に急増したことからも、リスキリングの注目度が高まっていることが分かります。
※出典:デジタル人材の育成・確保に向けて
※出典:『新・フリーランス実態調査 2021-2022年版』発表 | ランサーズ株式会社コーポレートサイト (Lancers,Inc.)
OJT・リカレント教育・アンラーニングとの違い
スキルアップやキャリアアップの重要性はこれまでもたびたび強調されてきました。「リカレント教育」や「OJT」「アンラーニング」などの言葉が用いられてきましたが、リスキリングはこれらとどのように異なるのでしょうか?
「リカレント教育」と「リスキリング」は社会人の学び直しという点で共通しています。しかし、リスキリングがデジタル化に伴う企業の新しい働き方に適応することを指すことが多いのに対し、リカレント教育は新しいことを学ぶために職場と学校を行き来しながら学ぶことを示します。
企業における従業員教育ということで混同されやすいのがOJT(On The Job Training)です。OJTは職場で行う教育訓練のことで、既存の業務を実践しながら必要なスキルや知識を学びます。教育を担当するのは、配属された部署の上司や先輩であることが一般的です。
リスキリングは、DXへの適応や新規事業の立ち上げなど、既存業務から新しい業務へ従業員を配置転換するために、スキルチェンジすることを目的としています。
新たな価値創造のための学びという意義が大きく、社内に必要なスキルを教えられる人材がいないケースもあるため、教育担当は外部の講師や有識者も想定されています。
「アンラーニング」とは、日本語では「学習棄却」を意味し、環境の変化に対応するため過去に学んだ知識を捨て、新たな知識を吸収することをいいます。アンラーニングの後に、「リスキリング」によって新たなスキルや知識を学ぶという関係になります。
※出典:リスキリングとは – 経済産業省
※出典:リカレント教育と日本の大学[15]/リカレント教育とは何か?リスキリング、生涯学習との違いは?
海外におけるリスキリングの動向と事例
日本ではリスキリングに関する政策はまだ検討し始められた段階ですが、海外ではすでに国家的プロジェクトとして推し進められています。例えば、ドイツはリスキリングについて手厚い支援制度を展開し、特に全体の99.5%を占める中小企業に向けたデジタル技術活用に関わる政策に注力しています。下記は、海外のリスキリングの取り組み事例です。
①ドイツのリスキリング事例
ドイツの自動車部品最大手ボッシュ社では、仮想空間を駆使し、10年で約20億ユーロ(約2,830億円)を投資して、世界各国にいる全社員約40万人にリスキリングを実施しました。その目的は、自動化や自動運転など、ソフトウェアが車の優劣を決める時代の動向に人材を適応させることです。
②アメリカのリスキリング事例
通信事業大手であるAT&T社では、2010年代前半からリスキリングに着手しました。それは2008年に「25万人の従業員のうち、未来の事業に必要なスキルを持つ人が約半数で、約10万人は10年後に存在しないであろうハードウェア関連のスキルしか持っていない」ことが判明したからでした。
2013年にAT&Tは「ワークフォース2020」に着手しました。10億ドルかけて2020年までに10万人のリスキリングを実行する予定でしたが、2021年5月時点でリスキリングは21万人に到達しました。具体的には、自分のスキル測定や進捗管理を行う社内プラットフォーム、オンライン学習コース、キャリア開発支援ツールを提供。結果として、リスキリングプログラムに参加した従業員は、そうでない従業員に比べて高い評価を受け、昇進を実現したとのことです。
日本国内のリスキリングの動向と事例
近年、日本でも大企業を中心にリスキリングへの取り組みが始まっています。しかし、海外の取り組みと比べて、まだまだ遅れているのが現状です。
PwCコンサルティング合同会社が2021年に行った「デジタル環境変化に関する意識調査」では、「職場に導入される新たなテクノロジーの活用に順応できる自信がどの程度ありますか?」という質問に対し「とても自信がある」と回答した人は日本ではわずか5%でした。にもかかわらず、「テクノロジーの変化についていけるよう絶えず新しいスキルを学んでいる」と回答した人もわずか7%であり、リスキリングに対する意識が非常に低いことが分かります。
※出典:デジタル化がもたらすのは希望か、脅威か デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版(日本の調査結果分析) | PwC Japanグループ
一方、企業側もリスキリング実施に大きな障壁を感じています。株式会社帝国データバンクが行った「DX推進に関する企業の意識調査」(2022年9月)では、リスキリングに取り組んでいる企業は48.1%、特に取り組んでいない企業は41.5%でした。リスキリングに対する取り組みが二極化していることがうかがえます。
日本の就業者の7割が集中している中小企業に対するリスキリングを推進することが、将来に向けてデジタル人材を確保する上で急務といえるかもしれません。
※出典:DX推進に関する企業の意識調査(2022年9月)| 株式会社 帝国データバンク[TDB]
経済産業省の取り組み
こうした現状を踏まえて、経済産業省は全ての国民が役割に応じた相応のデジタル知識・能力を習得する必要があるとし、ビジネスパーソンのリスキリングの重要性を明言しています。
企業レベルではリスキリングの実施がなかなか進まないため、経済産業省ホームページ内に「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」を構築し、民間事業者に教材の無償提供を呼びかけました。2022年1月時点で41の事業者が102講座を提供、誰でも無料でデジタルスキルを学べるオンライン講座を活用できます。
また、IT・データを中心とした、専門的・実践的な教育訓練講座のうち、経済産業大臣が認定した講座を「リスキル講座(第四次産業革命スキル習得講座)認定制度」とし、受講する際に給付金や助成金を利用できる制度を実施しています。
※出典:経済産業省の取組 – 厚生労働省
国内企業のリスキリング導入事例
ここでは、リスキリングを導入している国内企業の事例を3つ紹介します。
国内のリスキリング事例①株式会社陣屋
神奈川県の老舗旅館「陣屋」は、ホテル・旅館情報管理システム「陣屋コネクト」を開発・導入し、IoT活用により業務効率化を進めています。こうしたデジタルツールを全ての従業員が使いこなして、高い顧客満足を提供できるようにリスキリングを実施。具体的には、社内SNS活用イベントで利用を促したり、デジタルの活用による失敗を許容し、そこからの学びを奨励したりしています。
※出典:リスキリングをめぐる 内外の状況について-厚生労働省
国内のリスキリング事例②久野金属工業株式会社
自動車・産業用機械向けプレス部品を製造している同社は、2018年に製造ラインの稼働状況をモニタリングするクラウドサービス「IoT GO」を開発しました。システムの開発に当たっては、社員の提案をもとに、提案者に実装まで担当させるようにしました。その結果、技術・事務系の多くの社員が自動化の提案・推進実績を持つようになり、従業員のデジタル活用提案が当たり前の組織風土が醸成されています。
国内のリスキリング事例③株式会社LIFULL
同社の企業内大学は、今のようにリスキリングの重要性が強調されるようになる前、2009年に設立されました。「LIFULL大学」の理念になっているのは、“社員のキャリアビジョンの実現”と“経営理念の実現”を両立させるという考え方。企業側が社員にリスキリングを強要するのではなく、あくまでも社員の「自分はこうなりたい」という内発的動機付けを大切にし、会社はそれを応援し、チャレンジしてもらうというスタンスです。
ビジネスパーソンとして最低限必要な知識・スキルを職種別・階層別に学んでいく「必須プログラム」と、次世代リーダーの育成を目的としたゼミを実施する「選抜プログラム」を業務時間内に行っています。
いくつになっても働き方やキャリアは変えられる・チャレンジできる
リスキリングが注目されるようになった昨今、働き方やキャリア形成の考え方も多様化しています。ここでは、既成概念にとらわれず、自分らしく働き、学んでいる事例を紹介します。
5歳さんは、株式会社アマヤドリ代表取締役としてWeb広告などを手掛ける実業家です。これまでバックパッカー、整体師、ライターなど、一貫性のないように見える、さまざまなキャリアを経験。「誰かが決めた『正解』」に当てはめようとせずに、自分の頑張り、ありのままの自分を肯定することが大切と語ります。
データベースのスペシャリストとして、エンジニア系のコミュニティーをけん引する曽根壮大(そーだい)さんがプログラミングの道を歩み始めたのは23歳の頃、それまでは警察官でした。自分のキャリアを振り返り、「いつから始めても『遅い』ということはない。自分に何ができるかを見つけるために、まずは人から学んでみる」ことを推奨しています。
金子洋子さんがリンパセラピストに転身したのは40代後半のこと、それまではファッションプレスとして長きにわたって活躍してきました。「何かを始めるのに年齢や経験は関係ありません。いつでも人生は変えることができるし、誰しも可能性は無限にある」という言葉にも説得力があります。
まとめ
企業に属していても、そうでなくても、予測不可能な複雑な社会を生き残るためには、しなやかさを身に付ける必要があります。デジタル技術だけに限らず、学ぶことは一生続きます。その時々の状況の変化に合わせて、リスキリングを続けていくことが「求められる人材」になるために大切なのかもしれません。
監修者:後藤宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。著書『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』を2022年9月に上梓。
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