エイジズム的行動とは?エイジズムがもたらす健康と意欲への影響
「エイジズム」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この言葉を知っているかどうかに関わりなく、社会生活を送っている私たちはみんな「エイジズム」の影響を避けることは困難です。年齢に基づく固定観念、偏見、差別を表すエイジズムは、職場や医療現場など日常生活のさまざまな場所で見られます。
この記事では以下の4点をレポートします。
- 年齢を理由とした発言や行動「エイジズム的行動」とは
- 医療・介護現場で起こるエイジズム的行動の例
- エイジズムは自身の成長意欲を奪ってしまう
- ネガティブな認識をやめるには?
エイジズム的行動とは
「エイジズム的行動」とは、年齢を理由とした発言や行動のことです。
2021年9月に公表された調査結果(※1)によると、「これまでにあなたがしたことのある、年齢を理由とした発言や行動」として「年齢を理由に人に席を譲った」が全体の38.0%、「何かを思い出せない理由を年齢や老化のせいにした」が34.4%、「ケガや病気をした理由を年齢や老化のせいにした」が24.6%でした。他にもエイジズム的行動として、「年齢に関する冗談を言った」「親しくない相手に対して、名前ではない年齢に関連した呼び方をした」などの回答もありました。
こうした調査結果からエイジズム的行動の多くが年を取ることに対するネガティブな感情とともに用いられるケースが多いことが分かります。
さらに注目すべきことは、同調査において「エイジズムを知っていますか?」という質問に対し「知らない」と答えた人が全体の77.9%に上り、「知っている・理解している」と答えた人は1割にも満たない8.7%だった点です。
※1 出典:対話から考えるエイジズムのこと|年齢の森
つまり、多くのエイジズム的行動がまったく無意識のうちに行われていることが分かります。
イェール大学公衆衛生大学院の疫学教授であるベッカ・レヴィ氏も、社会には「暗黙のエイジズム(Implicit ageism)」があり、それはほとんどがネガティブなものだと述べています。
※出典:Eradication of Ageism Requires Addressing the Enemy Within | The Gerontologist | Oxford Academic
医療・介護現場で起こるエイジズム的行動例
エイジズム的行動は日常のさまざまな場面で見受けられますが、特に多いのは医療・介護現場のようです。そして、その多くが無意識のうちに生まれています。
では、なぜ医療・介護現場でエイジズム的行動が多いのでしょうか?
老年社会学者のアードマン・B・パルモアによると、医療保険従事者による無意識なエイジズム的行動には以下のような4つの背景があるとのことです。
- 医療従事者たちは病理学や疾病について豊富な知識を持っているものの、正常な老化の過程についての教育をほとんど受けていない。
- 高齢者を死と結びつけているため、死への強い恐怖を抱きがち。
- 医療現場で病気にかかっていたり、虚弱な高齢者に接したりする機会が多く、健康な高齢者と滅多に会う機会がないことを忘れてしまい、高齢者の大半は自分たちが接しているような状態だと思い込んでしまう。
- 自分の両親や高齢の身内に対する専門家の思いと、高齢患者を扱うときの感情は相いれないことがある。
医療従事者の中には、高齢者の患者に安心感を与え、親しみをこめて話したいという動機から幼児言葉をつい使ってしまう人もいるようです。しかし、相手の気持ちを考慮すると、幼児言葉を使わないコミュニケーション手段を模索していくことが必要でしょう。
そのため、看護士や介護士など高齢者ケアにあたるスタッフのみならず、施設・病院等の責任者、職員全体に対して高齢者や認知症患者への看護に関する基礎教育に、エイジズムに対する理解が必要だと考えられるようになってきています。
例えば、看護士国家試験には以下のような問題が出題されたことがあります。
Q:エイジズムを示す発言はどれか。
1.「介護を要する高齢者を社会で支えるべきだ」
2.「後期高齢者は車の運転免許証を返納するべきだ」
3.「認知症の患者の治療方針は医療従事者が決めるべきだ」
4.「高齢者が潜在的に持つ力を発揮できるような環境を整えるべきだ」
正解は2です。「後期高齢者」という年齢だけで一律に高齢者を扱い、個別性を考慮していないため、エイジズムに該当します。
※出典:看護師国家試験 第105回 午前50問|看護roo![カンゴルー]
成長意欲を奪うエイジズム的思考とは
自分の中に存在するエイジズム的な思考に気付かないと、知らず知らずに周りの人や自分の成長意欲を奪うことになりかねません。
例えば、オクラホマ大学、健康運動科学分野のジュリー・オーバー・アレン氏は2019年に50~80歳の男女2,035人(平均年齢62.6歳)を対象に調査を行った結果、全体の81.2%が「内面化されたエイジズム」を経験していることが明らかになりました。「内面化されたエイジズム」とは、健康問題や孤独感、抑うつなどが生じる原因を年齢のせいだとするエイジズムです。
同氏は「エイジズムをたいしたことではないと笑い飛ばす人もいるだろう。しかし、それを自分の価値や規範として受け入れてしまう可能性もある。そのような内面化されたエイジズムの信念とステレオタイプは、心身の健康にも影響を与える可能性があり、最も有害だ」と述べています。
また、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のキャサリン・サルキシアン氏はこの研究結果について「高齢者は揶揄されることが容認されている集団の一つであり、これは許されることではない。高齢者がこうした偏見や差別を内面化すると、その人の生活の質(QOL)にも影響を及ぼす可能性がある」と警鐘を鳴らしています。
※出典:Ageism Is Everywhere and Can Harm Health
エイジズムの内面化が問題なのは、老化を左右するのは実年齢よりも「主観年齢」という研究結果もあるからです。
例えば、米バージニア大学のブライアン・ノセク氏は「中高年の主観年齢が実年齢と比べてどれだけ若いかは、次に何をするかという、日常や人生に関わる重要な決定を左右するかもしれない」と述べました。
モンペリエ大学のヤニック・ステファン博士が合計17,000人の中年・高齢者を追跡調査した結果はそれを裏付けています。その調査によると、教育や人種、結婚歴といった要素を排除しても、主観年齢が実年齢より8~13歳上の人は対象期間中の死亡リスクや病気の負荷が通常より18~35%高くなりました。
こうした調査結果から分かることは、「年齢のせいでできない」という内面化したエイジズムが人のチャレンジ精神を奪い、「老けさせる」ということです。逆に、年齢を理由に「できない」という思い込みを取り払うことで、より若々しく動けるようになります。それが身体面、メンタル面でもポジティブな影響を与えるのです。
日本は世界的に見ても長寿大国と言われています。人生100年時代を見据えた経済社会システムをつくるため厚生労働省では人生100年時代構想会議が設置され、議論を重ねています。年齢にとらわれることなく、全世代が元気に活躍し続けられる社会、安心して暮らすことのできる社会をつくることが重要な課題となっています。
※出典:老化を左右するのは実年齢より「主観年齢」 健康にも影響か – BBCニュース
ネガティブな認識をやめるには?
とはいえ、多くの人が「年を取ると認知症になる」、「高齢者の運転は危ない」などと、年齢を重ねることに対してネガティブな固定観念を持っていることでしょう。
どうすれば、こうしたネガティブな認識を変化させることができるのでしょうか?
その鍵になるのが「メタ認知」です。メタ認知とは、「自分の認知活動を客観的に捉えること」と定義できます。つまり、エイジズムに関していえば、「自分が『年を取ると認知症になる』と認知していること」を認知することです。そうすることで、自分の認知の仕方をコントロールすることができるようになります。
自分の認知を客観視する一つの方法は、記録することです。例えば、1週間、老化に関して、自分がどのような反応をしたのかをメモしてみます。会話で「年を取ったよな」と笑い合ったり、テレビなどで老化を茶化したりするのを見てどんなリアクションをしたか、老化に関して心配したことなども全て記録してみましょう。
ネガティブな認識をやめるために、自分の認知をまず客観視し、何が影響を与えているのかを分析してみましょう
まとめ
エイジズム的行動は自分の周りにいる他者に影響を与えるだけでなく、自らの身体面、メンタル面での健康にも影響を及ぼしかねません。いつもチャレンジングで、意欲的な高齢者が近くにいれば、その人を観察してみるのも良いかもしれません。きっと「自分は年だから」といって、自らリミッターをかけていないことに気付くのではないでしょうか。
執筆:河合 良成
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