アクティビストの意見がマイノリティの総意だ、なんてない。
2012年より交際開始、2017年に結婚式を挙げた同性カップルの佐藤潤さんと内田直紀さん。セクシュアルマイノリティの人々を取り巻く環境も少しずつ変化してきているように見えるが、2人はこの10年の変化をどう捉えているのか。「アクティビストではない人たちの声が届きますように」と連絡をくれた2人に、話を伺った。
LGBTQ+やセクシュアルマイノリティといった言葉がかつてよりも認知され始めた昨今。さまざまな当事者や活動家(アクティビスト)の口からは、かつて、あるいは現在進行形で直面しているつらい現実や苦しみが語られる。そんな様子を横目に、「これまでずっと楽しく生きてきました」と明るく語る佐藤さんもまた、ゲイでありセクシュアルマイノリティの当事者だ。
佐藤さんは2017年にパートナーの内田さんと結婚式を挙げた。交際開始から10年、挙式から5年がたった今、2人はどんなことを感じているのだろうか。自らを「アクティビストではない」と語る2人のリアルな胸の内を教えてもらった。
家族や友達、同僚、身近な
コミュニケーションに変化を感じる
表層的な「多様性」ブーム
佐藤さんと内田さんが結婚式を挙げたのは、2017年のこと。交際から4年がたち、初めは「式でも挙げてみる?」と軽い気持ちで同性カップルでも式ができるのかと式場に問い合わせてみたのだという。意外にも式場の対応はスムーズで、みるみるうちに2人の結婚式が現実のものになった。当時から周囲に自身のセクシュアリティーをオープンにしていた佐藤さんに対し、家族にもカミングアウトしていなかった内田さん。当然不安はあったものの、式の後に残ったのは自信と安心感だったという。
内田「式を挙げてから自信が出たというか、しっくりきたんです。今までなんとなく後ろめたさがあったり、言ったら引かれちゃうんじゃないかと思っていました。でも、式を挙げてみたらみんなおめでとうって言ってくれて、もう誰にでも言えるかなって思えました」
2017年当時、少しずつLGBTQ+への関心が高まりつつあったが、挙式する同性カップルはまだまだ少数。佐藤さんと内田さんの式には数多くのメディアが押し寄せた。2人の挙式に注目が集まったように、LGBTQ+に関するメディアの報道が増えるにつれ、「多様性」を打ち出す企業も増えてきた。しかし、この「多様性」ブームは根本的に人々の意識を変えたのではなく、表層的な姿勢を生み出しているのでは、と感じる場面があるという。
内田「家を決める時は、管理会社さんによって違う対応に少し苦労しました」
佐藤「そもそも同性2人で住むのがダメだというところもあって、最初の家探しは大変でした。住民票とかもしっかりあるのに『結婚相当の関係だったらいいですよ』と言われて(現状、同性は結婚できないので)あおっているのかなって……。結局、結婚式の記事などを見せて“特例”として通りました。
その後に住んだ家は、今度は表向きにはLGBTQ+ウエルカムみたいなことを掲げている会社が管理していました。だから『同性でもウエルカムなんですよね?』といったことを聞いたのですが、『事務的に、です』と言われたんです。張りぼてのマーケティング施策だったのかと感じてしまいましたね」
LGBTQ+は暗い、つらい経験ばかりしているわけじゃない
この「多様性ブーム」に違和感を感じるのはこんな場面だけではないという。「この10年でどんな変化があったと感じますか?」と尋ねると、佐藤さんからは次のような回答が返ってきた。
佐藤「『多様性』という言葉を使う人が増えたけれど、僕は正直、根っこは何も変わっていないと思うんです。虹色のグッズが増えたくらいで、なかなか人は変われないと思うので。多様性ってなんだか“認める”もののように扱われているけれど、本当は『包摂(インクルージョン)』って言葉の方がいいんじゃないかなって」
佐藤さんが語るように多様性は“認める”ものではなく、もともとあるものだ。もともと存在する多様な人々を、包摂できる社会を目指すべきなのだろう。
さらにこの10年の変化として佐藤さんは「アクティビストが増えた」ことも挙げた。自らの結婚式にメディアを招待したり、はたから見れば十分積極的に活動しているように見える2人だが、「自分たちはアクティビストではない」と言う。彼らはアクティビストたちの活動をどう見ているのだろうか。
佐藤「強い意見を言うアクティビストの背景には、いじめや差別など暗い話が多いと感じています。その経験は事実なのかもしれないけれど、そんな暗い話ばかり聞いたら今の悩める世代の人たちがもっとつらくなってしまうのでは、と感じることもあるんです。LGBTQ+当事者は将来はアクティビストになるしかないのかって感じる若い人もいるかもしれません。逆に、LGBTQ+であっても幸せな経験をしてきた人の話ももっと出てきてもいいんじゃないかなって。しかも幸せの選択肢ってその数の分以上に存在しているわけで」
内田「潤さんの意見を普段から聞いているからかもしれないですが、僕も同じように感じることが増えてきました。アクティビストの人だけが僕らの代表や代弁者ではないので、いろんな意見が出るのがいいのかなと思います」
佐藤「あと、Twitterなどでアクティビストと自称する人や当事者の中にも、無意識のうちに差別をしてしまう人もいます。実際、SNSでセクシュアルマイノリティの地位向上を叫んでいて、自分の職場に勤めていたFtMの人が、僕のセクシュアリティーを知らずに『佐藤さんの奥さんって〜』と僕のセクシュアリティーを決め打ちで話してきたことが何度もあります。大きく社会に発信する前に、当事者自身もまた普段の言動や身近なコミュニケーションを気にすることが大事じゃないかなと感じてしまいました」
人権がマイナスから始まっている
身近なコミュニケーションから変えていく。この10年、佐藤さんと内田さんに起こったポジティブな変化も友人や家族といった身近な人々との関わり合いの中で感じられたという。
佐藤「例えば、友達家族と一緒にバーベキューをする時や、忘年会をする時に、僕ら2人をセットで認識してくれる人が増えました。30歳から40歳になったことも大きいかもしれないのですが、家族交流の場が増えて、そういった場所に僕ら2人がいてもみんな何も言わずに受け入れてくれるんです」
内田「前は他人からの見られ方をすごく気にしていたけれど、最近はあまり気にしなくなりましたね。周りのことよりも、僕らは僕らで2人で一緒にいられたらいいなって思えるようになってきたんです。式の当初は僕らの関係にあまり理解を示してくれなかった母も、今では普通に潤さんとも仲良くやってます」
しかし、婚姻制度をはじめとした不平等な現実は存在する。アクティビストではないとはいえ、平等を望む気持ちはもちろんある。「楽しく過ごしてきた」という10年を経て、ここから先の10年、20年、どんな未来を思い描いているのか。
佐藤「家探しのことなども含め、苦労すればどうにでもなることは知っているんですけど、同性婚制度があることで暮らしやすくなるのであれば、その制度が欲しいです。僕らの人権はいつもマイナスから始まっていて、制度ができることでやっとゼロになると思う。一方で、僕らが幸福であると感じられることが前提で、政治家とか赤の他人が僕らの幸せを決める必要もないと考えてますね」
内田「保険などのお金のことや、手術や入院の時の立ち会いができるかどうかなども制度によって決まったりしますしね。あとは、子どもが欲しいと思っても現状はなかなか同性カップルだと難しいけれど、そういうのがもうちょっと当たり前になったらいいなとは思います。少しだけ、男女の夫婦に憧れたりすることもあるんです」
佐藤「これから10年、20年とたてば、政治家も代わるし世代も変わっていくので、社会は自然と変わらざるを得ないと思います。そうなった時に、若い人たちが好きに自身のセクシュアリティを前向きに捉えたり、前向きに生きられるようになっていたらいいな」
アクティビストたちが発信する情報も現実に起こっている問題であり、学ばなければならない事実だろう。その一方で、それらの暗い現実を目にしたこれからの世代や当事者がどう思うのか、といった視点から語られる2人の話もまたリアルな当事者の声なのである。本当に“多様な”社会を目指すのであれば、2人が語るようなさまざまな視点を包摂した在り方を目指さなければならないのであろう。
取材・執筆:白鳥 菜都
撮影:服部芽生
川口市在住の男性カップル。SNSを通して出会い、2012年より交際。交際5年目を迎えた2017年に神奈川県横須賀市で結婚式を挙げた。
佐藤 潤(画像左)
1982年東京都生まれ。今は川口市にパートナーと在住。学生時代から水商売やバンドマンを経験し、会社員・フリーランス共に10年を過ごしてきた。今はDXおよびデジタルマーケティングのコンサル企業にて事業企画の責任者をしている。また、来年で10周年になるバンド活動をパートナーと共にしている。
内田 直紀(画像右)
1989年静岡県生まれ。5年前より川口市に在住。障がい者就労支援施設にて勤務をし、今は所長として仕事をしている。上記同様、バンド活動をパートナーと共にしている。
多様な暮らし・人生を応援する
LIFULLのサービス
みんなが読んでいる記事
-
2024/12/27失敗=ダメなこと、なんてない。クリエイティブ本部 マーケティング マネジャー 畠山 大樹
LIFULLのブランディングの責任者として、TVCMやオウンドメディア、ホームレス・ワールドカップ2024日本代表への協賛などさまざまなプロジェクトに挑戦してきた畠山 大樹に話を聞きます。
-
2022/02/10意見がないなら対話しちゃいけない、なんてない。永井 玲衣
日本全国の学校や企業、寺社など幅広い場所で哲学対話の活動を重ねてきた永井玲衣さん。哲学対話はその場ごとにテーマを設けて、複数人で話しながら思考を深めていく活動だ。数え切れないほどの回数を重ねながらも、未だ「対話は怖い」という永井さんだが、ではなぜ活動を続けるのだろうか。哲学対話、そして他者と話すことの怖さと面白さについて話を伺った。
-
2022/01/12ピンクやフリルは女の子だけのもの、なんてない。ゆっきゅん
ピンクのヘアやお洋服がよく似合って、王子様にもお姫様にも見える。アイドルとして活躍するゆっきゅんさんは、そんな不思議な魅力を持つ人だ。多様な女性のロールモデルを発掘するオーディション『ミスiD2017』で、男性として初めてのファイナリストにも選出された。「男ならこうあるべき」「女はこうすべき」といった決めつけが、世の中から少しずつ減りはじめている今。ゆっきゅんさんに「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」について、考えを伺った。
-
2022/08/04結婚しなくちゃ幸せになれない、なんてない。荒川 和久
「結婚しないと幸せになれない」「結婚してようやく一人前」という既成概念は、現代でも多くの人に根強く残っている。その裏で、50歳時未婚率(※1)は増加の一途をたどり、結婚をしない人やみずから選んで“非婚”でいる人は、もはや珍しくないのだ。日本の結婚の現状や「結婚と幸せ」の関係を踏まえ、人生を豊かにするために大切なことを、独身研究家の荒川和久さんに伺った。
-
2021/04/23“美しいが善し”、なんてない。山﨑ケイ
「ちょうどいいブス」のキャッチフレーズで人気の芸人、相席スタートの山﨑ケイさん。小学生の頃から読んでいた少女漫画で繰り広げられるような恋愛に憧れるものの、現実はそうではなかったことから、「容姿」について意識し始めたのが中学生のときだったという。2018年には初のエッセイ集『ちょうどいいブスのススメ』を出版し、反響を呼んだ。ルックスをネタにすることが炎上すらする時代の中で、どう自分の立ち位置と向き合ってきたのか――。“美しいが善し”とされるルッキズムの価値観について、改めて考察する。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。