高齢者は家を借りられない、なんてない。―門前払いの現実を変える。影山桐子さんが挑む、安心できる社会―
借りられる部屋がない。十分な預金があり、健康体で、保証人もいるが、物件探しは門前払い──。これは実際に、いまの日本で起きていることだ。断られる理由は、あなたが65歳を過ぎているから、である。
「これは自分の問題だと思った」
70代の両親が賃貸探しに困窮した際、いつか自分も同じ問題に対峙する可能性を感じ取った影山桐子さんは、解決側にまわることを決意。宅建(宅地建物取引士)の資格を取得し、未経験で不動産業に転向した。開業したてのさわやかなオフィスを訪ねて、この問題の最新事情と、ミドル世代が今のうちに準備すべき心構えについて教わった。
高齢者が賃貸物件を借りられない問題に取り組む影山桐子さんの姿勢は、誠実だ。30年にわたる編集者としてのキャリアに見切りをつけたことにも「迷いはなかった」と言う。それほど2023年の体験は大きかった。
九州の持ち家に住んでいた両親が関東に引越す際、70代夫婦というだけで賃貸物件の内見すらできない現実を味わった。後に聞いた話によれば、高齢者が借りられる民間の賃貸マンションは、「10軒電話して1軒内見できるかどうか」だという。最終的に影山さんの名義で申し込むことで両親の家問題は落ち着いたものの、健康で経済力もあり、影山さんや妹さんという身内が近くに住むにもかかわらず難航したことに、強烈な危機感を覚えた。
将来、自分や大切な友人たちもこの絶望を味わうのは耐えられない。どうにかしたい、と思いました。
「高齢者に貸したくない」大家さん側の4つの懸念
そもそも「高齢者に貸したくない」要因はどこにあるのか。影山さんは主な4つの理由を挙げると共に、意外にも「実はすでにそれぞれの解決策もある」と話す。
まず最初の理由は、家賃の滞納。高齢により経済力が尽きることを懸念する大家さんの気持ちも分からなくはないが、この懸念は、居住者が払えない場合に家賃を立て替える家賃保証会社の利用で解決する。また、居住者が生活困窮している場合は、社会福祉協議会などのサポートを頼ることもできる。
続いて二つ目は、孤独死する可能性。万が一発見が遅れ、特殊清掃が必要な事態になると、費用に加えて、その物件には3年間の告知義務がつく。しかしこれもIT機器の発達によって非常に良い形で進化した、見守りツールを利用し早期発見を可能にすることで解決する。
「実際、起業前にある不動産屋さんで研修期間中、転倒して骨折の痛みで起き上がれなかった高齢の男性が、『ハローライト』という見守りサービスによって救助されました。電灯のスイッチが24時間入らなかった際、事前登録された連絡先にメールで通知が届くシステムです」
三つ目の懸念は、居住者が亡くなった場合の残置物と契約解除について。賃貸の権利は相続権に含まれるため、居住者が亡くなったからといって、大家さんが勝手に荷物を片付けたり、他の人に部屋を貸すことはできないからだ。そこで解決策としてあらかじめ、賃貸契約の際、万が一の時は残置物と契約解除を一任する人を取り決めておき、管理会社で契約しておくこと。国土交通省からも「残置物の処理等に関するモデル契約条項」が策定され、住宅セーフティネット法の改正など、この解決に取り組む傾向は見てとれる。
そして四つ目は、認知症だ。判断能力が低下した時のことを考慮して、あらかじめ生活サポートを依頼する「任意後見制度」の利用が確実で有効的だが、公正証書による契約はハードルが高い。また、その居住者が認知症か否かという線引きも、容易とは言い難い。しかしこれも、最新技術が役に立つという。
「私も認知症についてはどうしたらいいんだろうかと悩ましく思っていましたが、つい最近Wi-Fiセンシングの技術が新しくなり、見守りにも有効であることを知りました。Wi-Fiセンシングとは、デバイスから発せられる電波の揺らぎを分析することで、カメラを使わずに、人の存在や動きを検知する技術のことです。認知症は発症の数年前から、歩くスピードが遅くなったり、睡眠の質が落ちて昼間の活動量が減るといった、認知症特有の行動変容があるそうなんです。その変化をWi-Fiが感知してAI解析することで、認知症の早期発見が可能になります」
感知されたら地域包括支援センターに繋ぐなどし、居住者の認知症が急激に進んでしまうことも防げる時代が来る。「貸したくない」理由は全て解決済みに見えるが、「問題はこの情報を大家さんたちが全く知らないこと」だと影山さんは続けた。
「高齢者の賃貸住宅問題に関心がない限り、大家さんが自らこうした情報に触れる機会はないのでしょう。実際、管理会社さんや不動産屋さんでもまだまだ知られていません。行政の補助金制度もいろいろ出ているんですが、その情報もあまり届いていないのが現実です。
例えば見守りサービスの設置や、耐震工事、バリアフリー工事など、補助金を使って物件の価値を上げることだってできるはずなのに、全然使われていない。大家さんが改修を希望すれば管理会社さんも動きますから、こういう制度をもっと大家さんに知ってほしいです」

安心してほしいから。ばらばらの情報を繋ぎ直す
宅建合格から約1年で開業に至っているように、影山さんの行動力には目を見張るものがある。行政の実態を知るためにも、ウェブサイトや資料のリサーチに留まらず、居住サポートや支援窓口まで出掛けて行き、どこでどんな対応をしているのか、担当の業務を整理した。物件オーナーである大家さんたちのコミュニティにも積極的に顔を出し、自らも情報提供を惜しまない。
その結果、行政では役割が重複する部分があったり、必要な人たちに情報が届かずにいる現実を知った。分散された情報を整理して的確に届けることにおいて、編集者ほど適任のスキルはないだろう。
「ずっと伝えることを仕事にしてきたので、この問題も情報を的確に伝えることで変えていきたいです。高齢者が借りられない問題を解決する一番の方法はやはり、大家さんの意識が変わり、高齢者が入居できる素敵な物件を増やすこと。高齢者に貸さないと損だ、という気持ちになってもらえるようにしたいです」
根本的な問題解決を目指して、「穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるだけでなく、穴を塞ぐことも考えている」と言う。
「高齢者への物件紹介や情報発信だけでなく、将来的には自分たちで受け入れ先をプロデュースしたいと思っています。例えば、世田谷区は空き家が多いので、リノベーションの事業者さんと協力して、補助金で空き家を改修してから貸し出すとか、高齢者のシェアハウスにするとか。もう少し会社が成長したら、見守り契約や身元保証、死後事務委任なども請け負えるようになりたいです。お家探しから最後のご退去まで、全部任せてもらえるようになれたら安心してもらえると思うんです」

住むところだけじゃない。ワクワク老いるために必要なこと
社名のamuは、編む。編集者として情報を編むことに加え、暮らしや繋がりを編むことがコンセプトだ。高齢者世代への不動産事業だけに収まらず、もっと根源的に「老いる」過程を豊かにし、誰もが安心して生きられる社会を目指している。
「家は暮らしのベースになるものですが、住む場所があれば幸せなわけではないんです。例えばすごくたくさんお金があって、豪華なシニア向けマンションに入居しても、孤立しているとしたらどうでしょうか。私自身、ワクワクしながら人生の後半戦を楽しむために、一体どんなことが揃えば良いのかを自分なりに定義してみました」
「ワクワク老いる」ために影山さんが挙げるのは、自分らしい住まいに住める、生きがいとしての仕事や人の役に立てる、人とのつながりがある、健康な心と体、ワクワクする趣味、お金の不安がない。この状態を、できるだけ多くの人が持てることを理想としている。
「会社として全部を一度に始められないので、まずはつながりづくりですね。つながりがあれば、見守りや生きがいにもなるかもしれない。コミュニティになるように、ワークショップの開催や、運動にもなる定期イベントなどを開催して、それを地域に開いていくつもりです。ゆくゆくは65歳以上の人を採用する仕事もつくりたいですね。 仕事のやりがいがあると、認知症予防にもつながると思うんです」

今が適期。ミドル世代の「老いじたく」
昨今、書店には老いに関する書籍が充実し、終活というコンセプトも定着した。しかし影山さんは「シニアになる前の、まだ現役でお金を稼いでいる50代のうちに考えておくべきことがたくさんある」と、あえて早めの行動を呼びかける。
「重苦しく考えるのではなく、まずは自分の理想の未来を考えてみることをお勧めしています。80〜90歳の時はどうありたいか。どんな家で、誰と何をしていたいか。そのために、今の時点でやりがいのある仕事はあるか、夢中になる趣味は何か。お金の心配はどうか。あるいは、もしも重い病気や交通事故にあったら誰に介護してもらいたいか、延命に関する考えは、などなど。もちろんこうした希望を親から聞き出しておくことも大切ですが、自分自身の希望も残しておくと、とても安心できます」
影山さんが起業の意思を固めた背景には、ご両親の賃貸探しに伴走しながらも、「大切な友人たちの顔が浮かんだ」ことがある。
「賃貸住まいの友人たち、一人暮らしに限らず、夫婦でもどちらかが先立てば最後は一人になるし、子どもがいない友人もたくさんいます。もちろん親世代の問題もどうにかしたいですが、20〜30年後、この問題は私たちの前に大きく立ちはだかり、みんなが絶望で立ち尽くす姿が浮かんでしまったんです。自分も含めて。そんなことは耐えられないので、今からこの仕事に取り組んで、10年かけて絶対変えていこうと思いました」
ハッシュタグ「#高齢者賃貸住宅困窮問題」で積極的に発信する影山さんの事業は、多方面にわたって拡がりはじめている。
10年、あるいは15年後には、もっと楽しい選択肢を増やしたい。元気なシニアが自由に暮らすことを当たり前にしたい。そのためにまずは私から、ちっちゃく叫び始めたところです。
取材・執筆:やなぎさわまどか
撮影:八幡宏
株式会社amu代表取締役。女性向けウェルネスメディア「ウィメンズヘルス」(ハースト婦人画報社)日本版創刊より編集長として8年間務め、2023年には同社「エル・グルメ」編集長に就任。同年、両親の物件探しを通して高齢者の賃貸住宅問題に直面し、宅建業を軸とした起業を決意。24年宅建合格、25年には世田谷区の地域連携型ハンズオン支援事業に採択され、26年2月開業。「ワクワク老いるプロジェクト」主宰。
https://amu-inc.jp/
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