コミュ障は克服しなきゃ、なんてない。
人と会話をするのが苦手。場の空気が読めない。そんなコミュニケーションに自信がない人たちのことを、世間では“コミュ障”と称する。人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務めたり、人気芸人やアーティストと交流があったり……アナウンサーの吉田尚記さんは、“コミュ障”とは一見無縁の人物に見える。しかし、長年コミュニケーションがうまく取れないことに悩んできたという。「僕は、さまざまな“武器”を使ってコミュニケーションを取りやすくしているだけなんです」――。吉田さんいわく、コミュ障のままでも心地良い人付き合いは可能なのだそうだ。“武器”とはいったい何なのか。コミュ障のままでもいいとは、どういうことなのだろうか。吉田さんにお話を伺った。
この世に、コミュニケーションに悩む人はどれだけいるのか――。実際の人数はわからないが、2021年のベストセラー総合第1位に輝いた書籍はコミュニケーションに関するものだったと聞くと、決して少なくないことは想像にたやすい。書店のビジネス書コーナーを見ても、コミュニケーション術にまつわる書籍がひときわ多いことに気が付く。吉田さんも、コミュニケーション術に関する書籍を出版している一人だ。しかし、吉田さんは学者や専門家ではない。コミュニケーションが苦手な、“コミュ障”に悩む一人なのだ。
※参考:日本出版販売株式会社 2021年 年間ベストセラー総合第1位は『人は話し方が9割』(すばる舎)
コミュニケーションは、“自己表現”の場じゃない。それに気付いたら、楽になった
タレントや芸人から指名がかかる人気アナウンサーで、コミュニケーションに関する著書も多数出版――。一見して“コミュニケーション能力が高そう”な経歴を持つ吉田さんだが、実は他人とコミュニケーションを取るのが苦手な、いわゆる“コミュ障”なのだそうだ。
「服を買いに行きたいけど、おしゃれな店員さんと何をしゃべったらいいのかもわからない。だから買いに行けない。学生時代はそんな悩みを抱えていました。
僕が学生だったのは1990年代。その頃は、“オタク”は気持ち悪いといわれていた時代です。でも、僕の通っていたのは中高一貫の自由な校風の男子校だったこともあり、アニメやゲームの話ばかりする、僕のような“オタク”にも居場所があったんですよね。
服を買う時など、学校の外では『人と上手に話せない……』と落ち込むことはあっても、生活のほとんどを占める学校では人付き合いに悩むことはあまりありませんでした。だから、“僕はコミュ障なのかも”と気付きながら、そのために何かしようとは思っていなかったんです」
しかし、そんな吉田さんの思いは就職活動を経て一変する。高いコミュニケーション能力が求められる“アナウンサー”として採用されたのだ。
「就職試験は大学入試と違って受験料もかからない。じゃあ、いろいろな企業を受けたほうがいいじゃん!という気持ちでいました。アナウンサーもその“いろいろ”の中の一つだったのですが……。当時はマスコミの採用スケジュールが他の業界に比べて早かったため、真っ先に内定が出たのが“アナウンサー”の仕事だったんです。
僕と一緒に面接を受けていた人たちは、アナウンサーになるためにスクールに通っているような、志もコミュニケーション能力も高い方ばかり。一方で僕はというと、面接で趣味の落語を語ったら、年配の面接官の方から面白がられて採用されただけで……。まぁ、採用理由は想像ですけどね(笑)。とにかく、アナウンサーになることが決まってから、プレッシャーに押しつぶされそうな日々を過ごしていました。
アナウンサーになるためには、面白い話ができないといけない。そのためには、コミュニケーション能力を高める必要がある。でも、どうしたらいいかわからない。就職活動をきっかけに、人生で初めて“コミュニケーション”について真剣に考え始めたんです」
興味を持つことが、コミュニケーションの第一歩
アナウンサーの内定を受けた吉田さんは、なんとかコミュニケーション能力を高めなければと焦っていた。「面白い話ができるようになるためには、会話の引き出しを増やさなきゃいけない。引き出しを増やすために、映画を見よう」そう思いレンタルビデオショップを訪れるも、棚の前で“会話がうまくなるために一番役立つ映画はどれか”を考え、結局何も借りずに自宅に帰る……焦りは募っていく一方で、何をしたらいいかわからない日々を過ごしていた。
そして、吉田さんは“コミュ障”を克服できないまま、アナウンサーとして働き始めることとなる。
「入社して1年目はとにかく散々でした。共演者の方に『吉田が相手だと話しづらい』と言われてしまったり、緊張し過ぎて失礼な質問をしてしまったり……。
想像以上に、“コミュ障”であることがアナウンサーにとっては死活問題だったんですよ。それからはコミュニケーションに関する書籍を読んだり、仕事でも私生活でもコミュニケーションの練習をしたり、とにかく必死に『どうしたらコミュニケーション能力を高められるか』を研究しました。
僕が勤めるラジオ局は、新人でもどんどんバッターボックスに立たせてくれたので、幸い実践する場はたくさんありました。とにかくコミュニケーションを取る場数を踏んでいきましたね。当時は仕事だけでなくプライベートでも、苦手なコミュニケーションを取り続けていたので、すごくしんどかったです(笑)」
試行錯誤してたくさんの失敗を積み重ねていく中、吉田さんはあることに気付いた。
“相手に興味を向ければ、多くのことは解決する”
コミュニケーションはそもそも“自己表現”の場ではない。自分を良く見せるため、自分が気持ち良くなるためなど、“自分”に興味を向けるのではなく、“相手”に興味を向けるものだ。吉田さんは、コミュニケーションをそう捉えるようになった。
吉田さんいわく、具体的な興味の対象は何でもいいのだそうだ。
「俳優のサミュエル・L・ジャクソンさんが映画の宣伝のため来日された際、取材を担当させていただきました。僕は、以前から彼の名前の”L”がどうしても気になっていて。サミュエル・ジャクソンだと自然に聞こえるのに、どうしてサミュエル・“エル”・ジャクソンと、わざわざ“エル”を2回続けるんだろう、と。取材中に『Please give me your “L”(あなたの“L”をください)』と伝えたらすごく面白がってくれて、丁寧に“L”の意味を教えてくれました(笑)。
『海外の大物俳優にそんなくだらないことを聞くなんて失礼ではないか』と思う人もいるかもしれません。でも、僕の興味にサミュエル・L・ジャクソンさんは喜んでくれて、放送を聴いていたリスナーにも『サミュエル・L・ジャクソンさんって気さくな人なんだよ!』と新しい一面をお見せできました。
このように、どんな相手でも気になる部分は必ずあるはず。くだらないことでも何でもいい。相手に興味を持つことが、良いコミュニケーションの第一歩だと思います」
コミュ障のままでも、“武器”を持てばコミュニケーションは格段に取りやすくなる
吉田さんは、どのようにコミュニケーション能力を身に付けていったのだろうか。
「完全に自己流です。だから、ある程度自信が持てるようになるまで10年ほどかかりましたね。本から知識を得ようと思ったこともありましたが、“コミュ障”の僕にはハードルが高い内容が多過ぎて。コミュニケーションに関する本を読むと、だいたいどれにも“自信を持ちましょう”や“聞き上手になりましょう”と書いてあるのですが、『それができないから困ってるのに……!』と憤りを感じていました。それで、自分が本を書くなら、“コミュ障”の人でもすぐに実践できる内容にしようと決めていたんです」
2020年、吉田さんは6冊目の単著となる『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』を上梓した。本の中には、すぐに使える“話し方・聞き方の武器”が24個紹介されている。
その中でも、吉田さんは特におすすめしたい武器があるそうだ。「自己紹介では『共同体への貢献』をアピールすることがポイント」というものだ。
「初めて人にお会いする時や、新しいコミュニティに属する時には、“自己紹介”をしますよね。でも、コミュ障の人からすると自己紹介ってすごく難しい……。そこで使えるのが、『共同体への貢献』のアピールなんです。
自己紹介が苦手な人は、◯◯大学に通っていますだとか、△△会社に勤めていますだとか、自分の“属性”を言いがちです。ここで、“属性”ではなく“能力”を伝えると話が広がりやすくなります。
例えば、『電車にめちゃくちゃ詳しいので、電車で旅行をする予定がある人はいつでも相談しにきてください!』とか。僕だったら『アニメ、漫画、ゲームの話はだいたいわかるので、マニア過ぎて話し相手がいなくて困ってる人は僕に声をかけてください!』ですかね。
もう一つポイントは、“能力”のあとに“弱点”を加えること。例えば、『電車にめちゃくちゃ詳しいです! でも、財布の中には16円しか入っていません!』とか。弱点を聞くと、突っ込みたくなりません? 突っ込みどころがある人って、まわりの人から話しかけられやすいんです。自己紹介では“能力”と“弱点”を伝えることで、そのあとのコミュニケーションが一気に取りやすくなります」
自己紹介でコミュニケーションのきっかけをつくり、そのあとは相手に“興味”を持って会話を進めていく。試行錯誤し、何度も失敗を重ねた吉田さんだからこそ、いろんなシーンで使えるオリジナルの“武器”をたくさん生み出してきたのだろう。
コミュニケーションの“武器”は、目の前の世界を広げる
入社したばかりの頃は、“必要とされていないアナウンサー”だった吉田さんは、今ではラジオのみならず、イベントやテレビ、舞台にまで活動の幅を広げている。アナウンサー歴はすでに20年以上のベテラン。しかし、今でも根っこは学生時代から変わらず“オタクでコミュ障”なのだという。
「コミュ障は性分なので、“克服する”とか“治る”ようなものではないと思うんです。コミュ障の人に『コミュ障を克服したほうが幸せだよ』と言うのは、翼を持っていない生き物に『飛べると楽しいよ』と言うようなもの。そんなの無理じゃないですか。
でも、飛べなくても自転車があれば、時間はかかるかもしれないけど遠くまで行ける。そんな“武器”があれば、僕たちコミュ障だって心地良いコミュニケーションが取れるようになります」
自転車がなくても幸せな人もたくさんいるだろう。でも、自転車があると「いつもより少し遠くに行ってみようかな」と選択肢が広がる。好奇心が湧いてくる。
「武器を持つって、そういうことなんです」
コミュ障のままでも生きていける。でも、“武器”を持つと、見える世界は広がる。吉田さんの話からは、そんな希望が感じられた。
取材・執筆:仲 奈々
撮影:阿部健太郎
ニッポン放送のアナウンサー。ラジオパーソナリティの他、イベントの司会者やVtuber、マンガ大賞実行委員などマルチに活躍しており、“日本一忙しいラジオアナ”といわれている。近著は予防医学研究者・石川善樹氏との共著『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』などがある。
Twitter https://twitter.com/yoshidahisanori
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