劣等感は自分の敵、なんてない。
まるでゲームの世界から飛び出してきたかのような、近未来なデザインと世界観が特徴のサイバーファッションを着こなすことに特化した「サイバー系モデル」として活躍されている斎藤ゆきえさん。唯一無二の妖しく美しい世界観に憧れ、彼女が主催する撮影会には若い女性はもちろん、さまざまな人が訪れる。今でこそ企業からオファーが殺到する斎藤さんだが、小さな頃には吃音症(きつおんしょう)が原因で学校で仲間外れにされた経験がある。今は彼女自身が「身体的特徴の一つに過ぎない」と考える斜視も、サイバーファッションに出合う前は彼女にとって「障がい」の一つだったのだ。100均アイテムやプラスチックごみで作った衣装で夢のモデルデビューを果たした彼女のここまでの道のりや、コンプレックスを乗り越えた今だからこそ見える「これからやりたいこと」「目指すもの」を伺った。
「サイバーファッション」という言葉を聞いたことがあるだろうか? 日本では古くからお気に入りのアニメのキャラクターの格好をするコスプレが人気で、海外でも日本のカルチャーとして高い知名度を誇っている。しかし、アニメキャラのコスプレとは異なる「自分自身の表現」として、サイバーファッションが今注目を集めている。
企業展示会へのモデル出演を機に、テレビでも取り上げられたサイバー系モデルという存在。彼女に憧れるファンたちから多くの支持を得ている斎藤さんだが、サイバーファッションに身を包むようになったきっかけとは?
全ての短所やコンプレックスを魅力に変える。それが私の愛するサイバーファッション
仮面ライダーを機に芸能界への憧れを抱き続けた10代
彼女のスタイルは“既存キャラクターのコスプレ”ではなく、“サイバーファッション”という一つのファッションジャンルだという。その独自の世界観はどのように生まれ、ブラッシュアップされていったのだろうか。
「私は、しゃべる時にどもる吃音症があったために、小学生の頃からなかなかクラスの子たちとうまくコミュニケーションを取ることができず、コンプレックスを持っていました。学校でも仲間外れにされたこともあったのですが、そんな気分が落ち込んでいた時に心の支えになったのが、テレビの中のヒーロー、仮面ライダーでした。一人で悪と戦う仮面ライダーに勇気をもらい、すっかりハマってしまいました。学校でどんなに嫌なことがあっても、仮面ライダーを見始めると嫌なことを忘れてしまうんですよね。そして、『私も仮面ライダーの番組に出たい』と思うようになり、単純な特撮ファンから夢がどんどん膨らんでいき、気がついた頃には私は芸能界デビューを目指していました。
私は仙台出身なのですが、やはり芸能界を目指すなら東京だと思って上京しました。事務所のオーディションを150社以上は受けたのですが、まるでダメで。吃音の症状が落ち着いた時には既に20代後半で、そこから演劇スクールに通い始めたのですが、それまでにお芝居の経験はなく、これといって秀でた才能があるわけでもなく。芸能界への道は私のような人間にはとても遠いものなんだという現実に打ちのめされる日々でした」
特撮ヒーローと同じくらい「モノ作り」が好きだった斎藤さんは、高校卒業後は美術大学に通っていた。この道が、後に斎藤さんが見つけた「やりたいこと」と見事に直結することになる。
「コンプレックスを隠さず、個性に」。一つの発想が大きな転機に
アルバイトの傍ら、憧れの芸能界を夢見る日々。オーディションに明け暮れる中、いつの間にか片目の視線が合わない斜視になってしまったという。外見が大事な芸能人を目指すにあたり、致命的とも言えるハンデだったが彼女はめげなかった。
「芸能人やタレントって、顔がキレイとかスタイルがいいとか人と違う特徴を持っているから目立っているし、アイデンティティになっていることも多いわけじゃないですか。斜視だって、“他人と違う特徴の一つ”なのに何がダメなんだろう?って。
自分のコンプレックスを隠すんじゃなくて、逆に生かせる方法ってあるはずだ!と思った時、当時放送されていた左右で色が違う仮面ライダーWを見て、『これだ!』って思ったんです。左右で色が違うという個性をヒントに、左半身が機械の体『サイボーグ』のコスプレをするオリジナルのアイデアが生まれたんです。そのサイボーグをイメージしたメイクと自作の衣装で友人主催のハロウィンパーティーに参加したら、私の写真がSNSで広がりバズったんです」
そして、そのサイボーグ風コスプレをきっかけに、思いがけない転機がやってきたのだ。
「Facebookの友達の友達に、たまたま電子機器メーカーの役員の方がいらして、『ぜひ当社の展示会ブースにPRモデルとして出演してほしい』と声をかけて頂いたんです。10万人が来場する大規模なイベントの、しかも一番大きなブースで、多くの人に足を止めて声をかけて頂いて、このサイバー系コスプレの方向に可能性を感じたんですよね。『あ、これはイケるかも』みたいな。
芸能事務所のオーディションがまるでダメだった私ですが、イベントのPRモデルのお仕事がきっかけで道が開けるんじゃないかと思って、力を入れることを決意しました。
この頃から、『どうにか知名度を上げたいな』とInstagram やTwitterを始めましたが、すでに競合相手が多すぎるアニメキャラコスプレでは戦っていくのは厳しいなと感じて。そんな時、とある屋外コスプレイベントで『日が落ちて暗くなったら有名コスプレイヤーといえど見えなくなるから、そこで一人だけ光っていたらすごく目を引くんじゃない?』と思って、LED電極を着けたんです。そうしたら、それもまた狙い通りに話題になって」
事務所にもなかなか入れない、グラビアをやっても大きく人気が出るわけでもない、イベントコンパニオンをしても期待通りの人気にはつながらない、と八方ふさがりな状態でも腐らず常に「新しい何か」を積極的に追求していた斎藤さん。サイバー系モデルとしての原型ができた瞬間だった。
「なりたい自分」は自分でつくる!
サイバー系モデルという、唯一無二の売り出し方を見いだした斎藤さん。とはいえ、まだまだ売り出し中の身であるから、衣装の8割以上は手作りだという。
「こういう格好をしたいと思っても、コスプレの衣装としてそもそも売ってないんですよね。だから自分で作るしかありませんでした。
今でこそサイバーファッション用のアイテムやパーツも手に入りやすくなりましたが、当時は100均アイテムや中古のプラモデル、廃材から作っていました。そうやって衣装の完成イメージを想像しながら作業するのがとても楽しかったんですよね。元々モノ作りが好きだったので、美大でアクセサリーを仕立てる基本スキルを身につけていたのはラッキーだったと思います。結果的に、今の私があるのはその時に学んだ技術のおかげ。吃音症があったので演劇の学校に行くのを諦めて美大に進んだけど、今こうして考えると、人生に無駄なことってないんですよね!」
撮影用の衣装や小道具は、ほとんどが手作り。「このアイテムは、秋葉原の電気街で見つけたジャンク品のヘッドホンとプラモデルのパーツ、そして調味料を入れたビンのキャップなどを組み合わせて、衣装のコンセプトに合わせてカラーリングしました。そのままならごみになるものを再利用しているって、なんかいいですよね?」
「自分の中でだんだんサイバーファッションが確立し始めた頃、私が好きな家電メーカーが展示会に出展していることをたまたま知ったんです。そこで、その会社の商品をイメージしたオリジナルのサイバーファッションに身を包んで、展示会にアポなしで突撃したことがあります。『こんなにあなたの会社の良さをわかっている人はいないよ!』というくらいの気合で訪問したところ、担当者の人は驚きながらも、とても喜んでくださってお話をたくさん聞いていただけました。
その会社のお仕事にはつながらなかったものの、結果的にその時の様子がSNSでバズって、違う企業さまからご依頼を頂くことになったんです。もちろん私の大好きなサイバーファッションで。「こうやったら正面突破じゃなくても道が開けるかな」と、いろいろ考えるのが大好きなんですよね。その辺りからマスコミに取材して頂いたりお声がけを頂いたりして、ありがたいことに一気に活動の幅が広がりました」
小さな頃から女優に憧れてもなかなかうまくいかなかったり、さらに幼少期には普通に友達と遊びたくても吃音が原因でいじめられて仲間外れにされたりと、さまざまな挫折や悲しい経験がある。その経験が「正面突破がダメなら、それ以外の道は?」と考える柔軟性を育んでいたのだ。
最近一番力を入れているのは仲間づくりと次世代の育成
日本女性におけるサイバーファッションの第一人者としての地位を確立した今、彼女は何を目指しているのだろうか。
「今までは『どうにか自分が表に出たい!』という気持ちが強く、さまざまなチャレンジをしてきましたが、ここ最近変わってきたんです。私のサイバー系コスプレというコンセプトを見て、『いいな! 私もやりたい!』という若い女性が集まってきてくれて定期的に『サイボーグ撮影会』というイベントを開催しています。その中には『グラビアをやっていたけど、胸やお尻が小さくて芽が出なかった』『芸能界デビューをしたかったけど無理だった』という、かつての私と同じ悩みや挫折をしてきたモデルさんも結構いたんです。
確かに、芸能界へ続く道からは外れてしまったかもしれないけど、それが全てじゃないし、そんなことで自信をなくしてほしくないんです。私が、コンプレックスだった斜視を生かすためにサイバーファッションに目覚めたように、自分が悩んでいるような部分でも個性としてアピールしていってほしいです。
海外には、顔にある大きなあざにボディペイントをして、その人だけの世界観を確立している人もいるし、そうやって一般社会ではコンプレックスや欠点と見られる部分も、考えようによっては武器になるということを、後進の若い子たちに教えてあげたいんです。もちろん衣装は、私の手作りアイテムがたくさんあるので、どんどん貸し出しして撮影を楽しんでいます」
誰にでもコンプレックスはある。しかし、それを「欠点」と捉えるか、「個性」と捉えるかは考え方の切り替え次第なのかもしれない。
取材・執筆:阿部知子
撮影:内海裕之
サイバー系専門のモデル。日本のサイバーファッションの第一人者として、これまでのモデル実績は100件以上。現在は彼女の作り出す美しい世界観に企業からも熱い視線が注がれ、「私もサイバーファッションに挑戦してみたい」という女性が後を絶たない。夢は、今も昔も「仮面ライダーの番組に出演すること」。「ザ!世界仰天ニュース」 への出演、「Yahoo!ニュース」掲載など多数。
Twitter @cyborgyukky
Instagram @cyborgyukky
公式チャンネル https://www.youtube.com/channel/UCtZGJp4VMpi80p4pE2dZ4jQ
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