拠点を変えたら縁が切れる、なんてない。

塚本 紗代子

現在、食養生研究家として、「現時点では」と断りつつ神奈川県葉山町で活動をしている塚本紗代子さん。都心で料理教室を開いていた塚本さんが、葉山を次の拠点に選んだ理由は? そのために捨てたものや、捨てたつもりが意外と消えなかったものとは? コロナ前から始めていた“場所にこだわらない”働き方、そして「生活共同体TSUMUGI」など、葉山だからこそできる豊かな活動の数々について、梅雨明け当日の焼けるような太陽の下で伺った。

2020年、突然世界中を襲った新型コロナウイルス感染症は、一瞬にして私たちの生活や働き方を変えてしまった。出勤せずに自宅で仕事をすることに戸惑う人も少なくない中で、「それなら都心から離れた場所で」と、今までと異なる働き方に目を向けた人もいる。コロナの直前から都心を離れて、“場所にこだわらない”働き方を始めていたのが、食養生研究家の塚本さんだ。食養生の研究家とは?と聞くと「わからないですよね、だって私が考えた言葉だから」とはじける笑顔で笑う。

「私は『食を通してより良く生きる方法』を教えたいんです。より良く生きることって『養生』って言いますよね? だから私は食養生研究家。何を食べるか、何を選ぶかで性格も人生も変わってきます。結局人間も、全部自然界とつながっているんです」という塚本さんの生き方に賛同する生活共同体TSUMUGIには、60名を超えるメンバーが集まる。TSUMUGIはどんな活動をしているのか、何を目指しているのか。まずは塚本さんと「食」との出合いから伺った。

ダイエットで体を壊して初めて抱いた疑問。
「“健康的に痩せる・健康的な体”って何?」

「思春期に誰もが通る道だと思いますが、高校生の時にダイエットがはやっていて、私もむちゃなダイエットを一生懸命していたんです。朝バナナダイエットのような『○○ダイエット』など、はやりのダイエットに次々と飛びついて、基本的にゼロカロリーのものしか食べないなど、カロリーを極限まで取らない生活を送っていました。そんな生活を続けていたら、生理痛が起きたり冷え性になったり、あちこちが痛くなったりと体に今までにないさまざまな不調が起き始めたんです。途中から生理も止まってしまい、慌てていろいろな病院で診てもらっても特に原因は見つからなくて。その時ようやく『これは極端なダイエットのせいだ、私が食べるものを変えたことが原因だ』と思ったんですよね。

ちょうど大学進学で上京するタイミングでもあったので、自炊して体を立て直そうと。そこでいろいろ調べている中で、私の地元にはなかったマクロビオティックや薬膳に出合ったんです」

体質を改善して「病気になることを防ぐ」を学ぶ

病気ではないけれど体のあちこちがおかしいという症状に悩んでいた塚本さんは、マクロビオティックを真剣に学び始めたそうだ。

「穀物や野菜、大豆などをベースとした食事法であるマクロビオティックは西洋から入ってきたものと思われることが多いですが、実は日本発祥の食事療法です。​​明治時代の食医・石塚左玄氏が考案した食養生に、中国の『易』の陰陽の要素や玄米菜食を軸として発展したのです。欧米から逆輸入のような形で日本に入ってきましたが、もともと玄米や味噌など日本の食文化から生まれたものなので、あちこちのバランスが崩れていた私の体にもとてもよく合っていて、徐々に健康体を取り戻していきました。

この頃、私がもう一つ出合ったのが『食医』です。昔、中国には薬で治療をする『疾医(しつい)』、メスを用いて治療する『瘍医(ようい)』、動物を診る『獣医』、そして食全般を担う『食医』の4種類の医者がいて、最も重要なのが日々食べる食事で病を治す食医だったそうです」

口に入ったものが私たちの体をつくる、つまり健康になるのも病気になるのも食べるものから。「だからこそ食べるものを大切にしよう」というのが食医の考えで、塚本さんはこの考え方に大きな影響を受けた。

「どちらも日本や中国の家庭で、『家庭の医学』のように当たり前に使われてきた食文化ですが、そういった昔ながらの知恵が現代ではほとんど伝承されていないように思えます。それが、私のような体の不調を生んでいる原因なのでは、と考え、学びに没頭していったんです。

食医は、特に未病(※)を重く見ますが、みんなが未病で済めば超高齢化社会のこれからの助けにもなると思いませんか? 学生の頃、身内が意識もなく何年も寝たきりだったのをずっと見ていて『生きているってなんだろう? 死ぬってなんだろう?』と常に考えていたので『生きている間は自分の意思で自分の体がしっかり動いて、最期まで健康でいる』というのは、私が考える理想の生き方の一つなんです」

※未病とは…「未病」とは発病には至らないものの軽い症状がある状態で、軽いうちに異常を見つけて病気を予防するという考え方です。

科学的に証明されていないからこそ面白いマクロビオティック

大学を卒業した後は、マクロビオティックの教室に通いながら美容関係の仕事に就く。そこで接客をしているうちに「上から何かを塗ってきれいに見せても、中身から変えていかないと本当にきれいにはなれない」と実感し、自分の過去の経験からますますマクロビオティックへの関心が強まっていったという。

「マクロビオティックを始めてみると、止まっていた生理も肌の艶も戻り、不調が改善されていきました。なぜ体に良いのかは科学的にも栄養成分でも説明はできないし証明もできません。でも、確実に健康体になった私がいる。食べたもので体はつくられるのだから当たり前ですよね。そして同じ野菜でもとれた場所によって生命力の強さや栄養も異なり、その強さが人間性にまで影響を及ぼすのです。だからこそ学べば学ぶほど面白くて。

マクロビは、本来は私のように不調になってからすがるものではないんです。家庭で誰か一人でもこの考えを知ってマクロビに基づく食生活を送っていたら、そもそも不調は起きません。だからこそ『不調にならない体づくり・食生活を若い世代に教えたい』と思うようになりました」

葉山で本格的に始めた「生活共同体・TSUMUGI」とは

「もともと都心で料理教室をしていた私がちょっとずつ葉山にも拠点を持ち始めたのは2年半前。食べたものが健康から人間性にまで影響を与えると思ったら、やっぱり食材にもこだわりたくなって、少しでも生産地に近いところに行きたくなりました。

ですから、コロナが起きたから地方に来たわけではなく、その前から少しずつ活動の場を移していたんです。なぜ葉山かというと、海と山がありさまざまな食材が自分の手でしっかり選べて、育てられるから。そして都心へのアクセスの良さ。ここが拠点先の候補として迷っていた千葉との違いでした。2021年には完全に生活拠点も葉山に移しましたが、東京を捨てるつもりはないんです。東京には東京にしかない文化がありますからね。

今、私は生活共同体TSUMUGIの管理人という立場でこの葉山の一軒家に住んでいます。TSUMUGIは、私の目指す「食養生」という考えに共感して集まってくれている仲間たちで、2019年の夏頃から始まりました、最初はお母さんを中心に「家庭の食事」について一緒に考えていましたが、今では60名以上に増え、自分たちでできる範囲の“自給自足”を目指し、食の循環を一緒に作っています。2020年に本格的に活動を始めたタイミングで新型コロナウイルスの感染拡大が起き、この1年半はほとんどオンラインでコミュニケーションをとりながらリアルの活動を並行して行っています。

具体的にいうと、千葉には田んぼがあって一緒に稲を育てていて、小田原には畑があって野菜を育てています。ここ葉山でも何種類もの野菜を作っています。もちろん私一人が管理や作物を育てるのは無理なので、畑を貸してくださる農家さんやTSUMUGIのメンバーと種をまいたり収穫したり、という共同作業をしています。

CMでも使わせていただいた畑は生態系がとても豊かで、タガメやいろいろな生物がいるんですよ。私たちが自給自足を目指すことで、小さな生態系を守れたり、参加する子どもたちの『食』や『自然』への意識を変えたりできるって、なんかうれしいですよね」

東京を離れて変わったこと、これから目指したいこと

最初に「東京を離れよう」と思った時、これで仕事や人間関係もリセットされるという覚悟があったという塚本さん。

「学生の頃から、好きな時にいつでも会っていた友達とも同じようには会えなくなるし、もしかしたら付き合いも途絶えてしまうかもしれない。それでも行こう、って。でも実際には、私が定期的に東京に行くので、会う回数は減っても必要なだけは十分会えているし、葉山に遊びに来てくれることもあるので、心配は杞憂(きゆう)でしたね。

葉山に来て良かったことはたくさんありますが、一番は“人間らしい生活”を手に入れたこと。東京だと“寝て起きて仕事”というサイクルの繰り返しでしたが、今は四季はもちろん、一日の中でも“日が昇る”“日が沈む”というのを感じることができ、自分の生活リズムが整った感じがします。

私が東京を離れて生活共同体TSUMUGIをつくった一番の理由は“快適に生きていくためのコストを下げたい”ということなんです。東京にいた時は休みなく働いて、いつも時間がなく疲れていたし、家賃から物価、全てが高いので生活のために働いている感覚でした。東京って、自由を得るために個人の責任や負担が大きい場所ですよね。でも今は、共同体のみんなで意思決定をしたり、集まりたい時に家に集まったりするなど、ちょっと自由じゃない分、野菜やお米を作る費用や手間・負担・責任もみんなで分け合っています。自由と責任って、つながっているんですよね」

塚本さんが目指す暮らし方、生き方を体現するTSUMUGIという共同体は、コロナ禍の影響もあり、これまで活動の中心はオンラインだった。これからオフラインが本格化すると、きっとさまざまな課題が見えてくるはず。最初は「料理を教えるには食材から」と葉山に訪れた塚本さんだったが、今はさらに興味が広がり、地球全体や海洋プラスチック問題、環境問題など関心事が尽きないもようだ。一個人の課題も地球規模の問題も、視点を変えるだけで解決の糸口が見えてくるのかもしれない。不自由で居心地が悪いと感じていた都会暮らしから、自然豊かな地方へ拠点を移すというのもそのきっかけになるのかもしれない。

よく「捨てないと入らない」と言いますが、両手にたくさんの荷物を持っていたら身軽に動けないので、新しい荷物を手に取る時には毎回、古い荷物を一つ捨てる選択を意識的にしています。これは物理的にも、精神的にも。私が東京を離れようと思った理由は、東京の高すぎる固定費、家賃や生活費などを捨てたかったから。結果的に友達と飲む時間もだいぶ捨てざるを得なくなりましたが、縁は切れていません。東京を離れて家賃は半分になり、やりたいことをする時間や自分自身を見つめる時間は増えました。今は葉山にいますが、一生かどうかはわかりません。私は多拠点で生活をしたいので、いつでも身軽に動けるようにますます「持ち物」を少なくしたいと思っています。覚悟を持って捨てたつもりでも、本当に大切なものは意外となくならないもの。そう思ったら、新しい一歩がほんの少し楽になるんじゃないですかね?
塚本 紗代子
Profile 塚本 紗代子

食養生研究家。高校時代の無理なダイエットで、生理が止まったりあちこちが痛くなったりするなどさまざまな不調が起きたことをきっかけに食の大切さに目覚める。マクロビオティックや食医に出合い「口に入れるものが自分の体や性格までもつくり上げる」ことから、健康につながる食を追求する食養生研究家に。現在は「生きるために仕事に追われる人生は嫌だな」「もっと食と密着して暮らしたい」という思いから神奈川県葉山町に居を移し、東京・葉山間で仕事をするライフスタイルを送っている。自然の循環や自給自足を目指す生活共同体TSUMUGIは、現在メンバーは60名以上。千葉の田んぼ、小田原の畑、葉山の畑で多くの作物を育てている。

Twitter @tsumugi_kitchen
Instagram  @tsumugi_commons

STORIES 2021/09/22 拠点を変えたら縁が切れる、なんてない。