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STORIES 2019/04/05

廃れた街は変われない、なんてない。

市来 広一郎

1990年代から衰退の一途をたどっていた日本3大温泉地のひとつといわれる、熱海が勢いを盛り返している。そのきっかけのひとつとなったのが、“地元の人に熱海の良さを知ってもらう”という逆転の発想ともいえる取り組みだ。「地元の人が地元を楽しむことが、豊かな暮らしや魅力的な街づくりにつながる」という思いで地域のための活動を続ける市来広一郎さんに話を伺った。

地元のことはその土地に住む人に聞くのが一番、という声をよく聞くが、熱海の街づくりにかかわる株式会社machimoriやNPO法人atamistaの代表を務める市来さんは「地元の人ほど意外とその魅力を知らない。熱海の場合はそうでした」と語る。実際、熱海で生まれ育った市来さん自身も、地元の良さを知ったのは上京してからだったという。

廃れていく街を目の当たりにし、
なんとかできないかと思っていた

熱海で生まれ育った市来さんの実家は、とある企業の保養所。社員旅行のシーズンには団体客が温泉や宴会を楽しむ姿を見るのが日常だった。

「小さい頃からお客さんたちにかわいがってもらったり、遊んでもらったことを今も覚えています。中学生くらいのときは両親のように『将来は保養所の管理人をやりたいな』とも思っていましたね。楽しそうだし、昼寝もできるしいいなって(笑)」

だが、バブル崩壊や伊豆半島東方沖地震の影響で街をにぎわせていた観光客の数はめっきり減り、大箱のホテルがバタバタと倒産。たった数年で廃墟や空き地が多くなり、ネオンがきらめいていた海沿いは一気に真っ暗になっていったという。

「『なんとかならないのか?』と明確に思ったのは高校生のとき。景気が良かった頃のにぎわいを肌で感じながら育ってきたので、みるみる街が廃れていく様子を見るのがすごく悲しくて。『何でこうなったんだろう?』という憤りを感じていました」

バックパッカーとして海外を飛び回っていた頃の市来さん

社会を変えるには
企業を変えるしかない

高校卒業後は東京の大学へ進学。20歳になってからは休みのたびにバックパッカーとして海外を渡り歩くように。さまざまな国を回る中で体感したのは、東京とは価値観の違う暮らしの豊かさだった。

「例えばフランス。東京なら残業や満員電車の中でピリピリしているような時間に、パリの人は家族と食事に出かけたり地域のコミュニティの中で、その土地ならではの暮らしをゆったりと楽しんでいる。そのおかげか街を歩く人の雰囲気も優しいんですよね。僕が道を尋ねたら、最初に声をかけた人ではわからなかったらしく、通りがかる人を全員呼び止めてわかる人が見つかるまで一緒に探してくれて。こんな都会でも見ず知らずの人間に親切に接してくれるなんていいなぁと温かい気持ちになったんです」

その一方で強く感じるようになったのが東京の街に漂う閉塞感。死んだような目をして満員電車に乗る人を見るたびに「なんとかしてこの街の暮らしを変えられないか?」という思いは膨らむばかり。考えた末に行きついたのがコンサルティング会社への就職。「暮らしを変えるには、その基盤となる働き方を形成する企業を変えていく必要があると思った」と市来さんは語る。

だが最初の頃は明確な目的ややりがいが見えず、仕事がつらくて仕方がなかったという。何より衝撃を受けたのは「残業代はつかないけど家に帰ってもやることがないから」という理由で多くの人たちが定時以降もダラダラと仕事をしている社内の風潮だった。

「この空気に合わせていたら自分も死んだような目になるのか!?という、生命の危機に近いものを感じました。でも『仕事を早く終わらせて絶対に定時で帰る』とメリハリのある働き方を続けたら、周りの社員も早く帰るようになったんです。誰かが行動を起こせば周りの人も変わるんだなと実感したのを機に、身の回りのできることから変える努力をしていこうという意識が芽生えましたね」

そんな市来さんの転機となったのは、過重労働に陥りがちな企業のカルチャーを変えていく「ワークスタイル変革」というプロジェクトに自ら手を上げたことだ。

「この仕事なら自分の中でずっと抱えていた、働き方に対する問題意識と本気で向き合えるなと。一筋縄でいかないことも多かったですが、いろいろな組織が少しずつ変わっていく様子にやりがいを感じ、初めて仕事が楽しいと思えるようになりました」

地元の人が地元を楽しむための体験ツアー「オンたま」の様子。熱海に残る昭和レトロな街並みを歩いたり老舗の喫茶店を訪れるなど、地元の人が“意外と”知らなかった観光以外の街の魅力を楽しむことができると好評を博している。ⒸHamatsu Waki

熱海に住んでいる人ほど
地元の良さに気付いていない

「いつかは熱海のために何かしたい」という思いを実現すべく市来さんが帰郷したのは、入社から3年半後の28歳のとき。「こんなに楽しく仕事ができるなら、本気でやりたいことをテーマにすればもっと没頭して働けるんじゃないか?」と一念発起。具体的なプランも頼れる人脈もなかったが、「ひとまず1年やってみて、何かにつながったら続けよう」という軽い気持ちで踏み切ったという。

手探り状態で行動を起こしてまず気が付いたのは、自分が熱海のことを全然わかっていなかったことと、地元の住民に向けた情報がほとんど発信されていないということ。

「ネットで検索しても出てくるのは観光やイベントの情報ばかり。地元の人の暮らしが置き去りにされているなと感じたんですよね。それで始めたのが『あたみナビ』(※)という地域情報サイト。取材を通じて僕自身が熱海を知ると同時に、地元の人がもっと熱海を好きになるような情報を発信していこうと思ったんです」

(※現存するサイトは熱海商工会議所が運営しているもので、本文当時のサイトとは内容や方向性が異なります)

あたみナビの取材を通じて街の魅力を発掘していく一方で、新たに見えてきたのは地元の人たちの多くが熱海に対して「愛着はあるけど何もない街」と自虐的な感情を抱いていることだった。

「海とか温泉とかおいしい干物があることも、全部が当たり前すぎて価値に気付いていないんですよね。僕自身も熱海が全国的に有名なことを知ったのは地元を離れてからだし、熱海の良さを実感したのも外から遊びに来てくれた友達が喜んでくれている様子を見たり『楽しかった』という声を聞くようになってから。僕がそうであったように、地元の人たちにも熱海の良さに気付く体験をしてもらえば、もっと熱海に誇りを持ってもらえるんじゃないか?海外を旅したときに『また行きたい』と思ったような、魅力的な街に近づくのではないか?と考えるようになりました」

それを機に始まったのが、地元の人が地元を楽しむための体験ツアー「オンたま(熱海温泉玉手箱)」だ。第1回から評判は上々で「熱海ってこんなに楽しかったんだ!」と地元の熱海ファンが急増。たくさんの人が喜ぶ姿を目の当たりにした結果、「観光地に地元の人間を呼び込んで何になる?」と不評だった商店の人たちの反応も様変わり。「次はいつやるの?」と笑顔で協力してもらえるようになった。

地域の人々が持つ熱海のイメージが前向きなものになったことで、街の雰囲気や観光客の満足度も向上。「熱海で面白いことがしたい」と移り住む人や二拠点生活の場に選ぶなど、多様な形で熱海にかかわる人が増えてきている。

「『熱海をV字回復させた』と言われることもありますが、たまたまそういう結果になっただけ。本当に僕がやりたかったのは地域のファンを増やすことだったんです。街がにぎわったり外部と地元の人が交流する熱海銀座商店街のようなコミュニティが生まれたのは喜ばしいですが、エリアによっては逆に外部と地元の人の対立や地域格差などのひずみが起きている。これらの問題ともどう向き合っていくかが今後の課題。これからが本番ですね」

築66年の倉庫を改装して作られた「guest house MARUYA」(ゲストハウス マルヤ)。地域との交流を通じて熱海の日常に溢れる魅力を体感できるほか、二拠点生活を考える人の入り口としても活用されている。ⒸHamatsu Waki

行動し続けるためには
やる気を持続させることが大事

精力的に活動を続ける市来さんだが、元は慎重な性格で自分から何かを始めることが苦手だったというから驚きだ。熱海にかかわりだした当初は「地域のしがらみを気にしすぎて、思うように動けなかった時期があった」と語る。

「ルールを知らなかったがためにお偉い長老から『俺に話がない』と怒られることもありました。でも熱海って昔から“よそ者”を受け入れてきた街でもあるので、なんだかんだ言って懐の広い人が多いんです。『気にしても自分が苦しくなるだけ』『モチベーションが下がってやりたいことを続けられなくなるほうがよくないな』と気付いてからは、吹っ切れて肩の力が抜けました。単純に図太くなっただけかもしれませんが(笑)」

熱海への熱い思いだけではなく、「地元の人の変化や喜んでくれる方の声も日々を動かし続ける原動力」だそうだが、とはいえこれほどの結果を出すのは並大抵のことではない。市来さんならではのやる気を持続させるコツとは何なのだろうか?

苦しくならないように続けること。だからモヤッとしたら寝るか温泉に入ります(笑)。ムリにやる気を出そうとしても空回りするし、自分を抑えて頑張りすぎても苦しくなってしまうので。それにひと呼吸入れたほうが物事の視点を変えやすくなって、当初より楽なやり方が見えたりするし、心にゆとりのある暮らしができる。日本の古い価値観では休まず働くことや高いハードルに挑戦することが美徳と言われがちですが、物事を長く続けるためにはゆるく楽にやることも大事だと思うんですよね。自然体で臨んだほうがうまく行くことも多いし、何より死んだような目にならずに済む。僕だったら死んだような目になるまで頑張るくらいなら、何もしないで寝てたほうがマシです(笑)
Profile 市来 広一郎

株式会社machimori代表取締役、NPO法人atamista代表理事。
1979年静岡県熱海市生まれ、熱海育ち。東京都立大学大学院 理学研究科(物理学)修了後、アジア・ヨーロッパを3カ月、一人で放浪。その後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に勤務。
2007年に熱海にUターンし、ゼロから地域づくりに取り組み始める。遊休農地の再生のための活動「チーム里庭」、地域資源を活用した体験交流ツアーを集めた「オンたま熱(海温泉玉手箱)」を熱海市観光協会、熱海市などと協働で開始、プロデュース。
2011年、熱海の中心市街地再生のための民間まちづくり会社、株式会社machimoriを設立し、2012年に空き店舗を再生したカフェCAFE RoCAを、2015年にはゲストハウス「guest house MARUYA」をオープンし運営するなど熱海の“リノベーションまちづくり”に取り組んでいる。
2013年より、静岡県、熱海市などと共同でリノベーションスクール@熱海も開催している。
一般社団法人熱海市観光協会副会長。一般社団法人ジャパン・オンパク理事。

株式会社machimori http://machimori.jp/
NPO法人atamista  http://atamista.com/

Facebook https://ja-jp.facebook.com/koichiro.ichiki

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