「インクルーシブ教育」とは? 障がいや人種、性別の違いを超えて学び合う教育の海外事例と特別支援教育の課題を解説
インクルーシブ教育とは、障がいや病気の有無、国籍、人種、宗教、性別などの違いを超えて、全ての子どもたちが同じ環境で学ぶ教育のことです。日本の教育現場では、インクルーシブ教育の浸透が遅れていると言われています。
この記事では、「共生社会」の実現に欠かせない「インクルーシブ教育」について解説します。
インクルーシブ教育とは?

ユネスコ(国連教育科学文化機関)は、すべての人が平等に学べることは重要であるにも関わらず、今日の世界では、性別や民族、社会的背景、言語、宗教、国籍、経済的状況、能力などを理由に教育から特定の人たちが排除されている現状があることを指摘した上で、それらの障壁を取り除き、全ての子どもに教育を保証する理念のもとに取り組むプロセスを「インクルーシブ教育システム」としています。
インクルーシブ教育がはじめて国際文書に明記されたのは1994年の「サマランカ宣言」と言われています。「万人のための教育(Education for All)」を宣言し、「どんな特別な教育的ニーズを持つかにかかわらず、万人が教育を受けられるようにしないといけない」と述べている点で、インクルーシブ教育の理念を明言しています。(※1)
国連は2006年に「障がい者の権利に関する条約」を採択しました。障がい者の権利に関する条約第24条によれば「インクルーシブ教育システム」とは、「人間の多様性の尊重等の強化、障がい者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的下、障がいのある者と障がいのない者が共に学ぶ仕組みであり、障がいのある者が教育制度一般から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な『合理的配慮』が提供される等が必要とされている」と定義されています。日本も2014年に批准し、小中学校でインクルーシブ教育の実現は重要課題とされています。(※2)
出典
※1 「インクルーシブのつぼみ: ともに育ちあい、学びあうための10の提言」
※2共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要:文部科学省
インクルーシブ教育と特別支援教育の違いを解説
特別支援教育は障がいのある子ども一人ひとりの教育的ニーズを把握し、生活や学習上の困難を改善・克服するための指導や支援を行う教育です。
多様性を尊重する「共生社会」の実現にはインクルーシブ教育が不可欠で、そのシステムを構築するために必要なのが障がいのある子どもたちの社会参加を促す特別支援教育なのです。インクルーシブ教育と特別支援教育では、それぞれの意味は異なりますが、共生社会の実現には欠かせないものです。(※3)
出典:
※3共生社会の形成に向けて|文部科学省
「共生社会」とは?
「共生社会」とは「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障がい者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会」と定義されています。(※4)
簡単にいえば、障がいがある、ないにかかわらず、女の人も男の人も、お年寄りも若い人も、全ての人がお互いの人権(私たちが幸福に暮らしていくための権利)や尊厳(その人の人格を尊いものと認めて敬うこと)を大切にし、支え合い、誰もが生き生きとした人生を送ることができる社会のことです。(※5)
出典:
※4 共生社会の形成に向けて|文部科学省
※5 誰も暮らしやすい社会を目指して~心のバリアフリーについて学ぼう~
インクルーシブ教育・特別支援教育の現状と課題

特別支援教育の推進によって、障がいのある子どもがほかの子どもと同様の教育を受け、可能性を広げて成長することは共生社会の実現に重要であることは言うまでもありません。インクルーシブ教育においては、障がいのある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮および多様な学びの場を用意することが必要と定められています。
しかし、現状ではさまざまな問題点が潜んでいます。2012年から2022年までの10年間で義務教育段階の児童生徒数は1割減少する一方、特別支援教育を受ける児童生徒数は30.2万人から59.9万人と倍増しています。(※6)
発達障がいへの理解が進んだことで診断される子どもが増え、特別な支援を我が子に与えたいという保護者の考えによって特別支援学校を選択するようになったことが要因とされています。障がいのある子どもへの理解や配慮が増えた一方、障がいの有無にかかわらず、すべての子どもが一緒に学べる仕組みと環境を整備するインクルーシブ教育や共生社会の推進の流れと逆行するという見方もあり、波紋を呼んでいます。
国連の障がい者権利委員会は2022年9月に日本に対し「特別支援教育によって、障がいがある子どもが通常の環境での教育にアクセスできず、隔離された状態が永続化していることに懸念を示す」と勧告しました。(※7)
文部科学省は「障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り共に学ぶことができるように配慮する観点から、交流及び共同学習を一層推進していくことが重要である」としていますが、全国の学校・学級現場ではインクルーシブ教育の環境整備に課題を抱えているようです。
出典
※6 3.障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備:文部科学省
※7 【2022年9月9日】障害者権利条約~はじめての日本の建設的対話が実施され、国連障害者権利委員会から日本政府へ勧告(総括所見)が出されました~ | DPI 日本会議
インクルーシブ保育の海外事例

インクルーシブ保育とは、障がいの有無に関わらず、すべての子どもが一緒に保育を受け、その環境や関わりにおいて、子どもを分け隔てなく包み込む状態での保育です。端的にいえば、インクルーシブ教育システムの理念を保育に取り入れたものを指します。
例えば、ニュージーランドでは学校だけでなく、保育施設もその認可基準として、障がいを理由に入園を断ることは認められていません。また、イタリアでも障がいがある子どものみを対象とした学校はすでに廃止されており、幼稚園から大学まで障がいの有無にかかわらず、通常の学校に就学することになっています。
インクルーシブの理念を子どもがごく幼い時の保育の時点から浸透させるメリットは、インクルーシブな環境を小さい頃から自然に体験できる点です。子どもたちは「世の中にはいろんな人たちがいて、ともに違いを認め合い、助け合わなければならない」ことを肌感覚で学び取ることができるのです。(※7、8、9)
日本のインクルーシブ教育の現状と懸念点
しかし、日本社会においてインクルーシブが浸透するにはまだまだ多くの課題があります。
まず、通常の保育施設に障がい者を受け入れる義務はありません。また、海外の保育施設のように通院する障がい者の子どもに対する手厚いサポートは望めないため、親の負担が増えています。
また、保育士側には高い専門知識が求められますし、医師や看護師など専門職との連携も欠かせません。保育サービスを提供する施設側において人手不足が深刻化する中、発生しうる危険やトラブルへの対応にも不安が残ります。結果的に、サービスの受益者として保護者を安心させるにはいまだ条件が整っていないと言わざるを得ません。
さらに、人手不足の現場では職員も余裕がないため、障がいのある子どもに対するサポートが不十分になり、目の届かないところでいじめられたり、特別扱いされることでの疎外感を感じたりする可能性もあります。(※10)
出典:
※7 インクルーシブ保育の実践における保育者の専門性の向上に関する研究
※8 ニュージーランドのインクルーシブ教育とわが国への示唆|日本総研
※9 諸外国におけるインクルーシブ教育システムの構築状況|文部科学省
※10 違いを認め合う「インクルーシブ保育」のメリット 普及への課題とサポートの現状とは
教育の現場で障がいと向き合う人
インクルーシブ教育システムや共生社会の実現を阻む障がいの一つに、誰もが持っている「人に迷惑をかけてはいけない」という価値観があります。言い換えると、共生社会の実現には障がい者が誰かに「迷惑をかける」としてもすぐに助けを求められるような環境構築が不可欠です。
教師の真壁詩織さんは、大学1年生の時にAPD(聴覚情報処理障がい)の診断を受けました。APDとは、聴力には問題がないのに、聞えてきた音声を言葉として聞き取ることが困難で、特に複数人で会話したり、相手の話すスピードが速かったり、電話越しやマスク越しだと聞こえづらくなります。
真壁さんは現在職場でも自身の障がいを公表し、周囲にサポートをお願いしたり、自分なりにやり方を工夫したりしています。真壁さんは「APDの障がいで困ることは確かにあります。でも、助けてくれる人が周りにいれば、自分がAPDだということはさほど気にならなくなるんです。だからこそ、『適切に助けを求める』ことはとても大切なのだと思います」と語ります。
まとめ
インクルーシブ教育がシステムとして機能するためには、子どもを持つ親や教育者だけでなく、社会を構成する私たちが互いの違いや背景を認めて、尊重し合える関係が重要です。そのためには、インクルーシブ教育が持つ真の意義について深く考え、議論していくことが必要になるでしょう。
執筆:河合 良成
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