なぜ、人は「5月病」になってしまうのか|産業医 精神科医・井上智介に聞くメンタル不調の理由と解決法は?
「会社に行こうとすると暗い気持ちになって、なぜか涙が出てくる」
「何をするにも身体がだるく、疲れて意欲が湧かない」
新生活から1か月、ゴールデンウィーク明けから気分の落ち込みや倦怠感に悩まされる「5月病」。どうしてこのタイミングで、体調を崩してしまう人が多いのだろうか? そしてその原因とは?
5月病の症状や原因、兆候を見抜くためのポイント、そして自分の人生を幸せなものにするために大切なマインドについて、精神科のクリニックで診療を行いながら産業医として毎月30社以上を訪問する、「ラフドクター(「大ざっぱ(rough)」に「笑って(laugh)」の掛け合わせ)」こと井上智介さんにお話を伺いました。
5月病になってしまうのは、その人が誰よりも頑張り屋だから
――まずは、5月病とは何かについて教えていただけますか?
井上さん(以下、敬称略):「5月病」は、医学的に正しい呼び方ではなく、その正体は「適応障害」と呼ばれる病気です。名前から「社会に適応できない人がなってしまうの?」と思われがちですが、実は正反対です。
適応障害になってしまう人というのは、総じて「(適応しようとして)頑張り過ぎた人」なんです。僕らは「過剰適応」と呼ぶのですが、これは適応し過ぎてオーバーしてしまっている状態。新しい環境や人間関係に十分適応できているのに、そこからさらに努力して、心も体もエネルギー切れになってしまって自律神経の乱れが起こり、適応障害になってしまうのです。
一般的に5月病と呼ばれる理由は、タイミングの問題ですね。4月から始まる、新学期、新年度で生活環境がガラッと変わり、そこに無理に適応しようと頑張りすぎてしまっている状態でのゴールデンウィークが来ます。すでにエネルギーは枯渇しきっている状態で、レジャーや資格勉強などを頑張るとエネルギーはさらに使われることとなり、ゴールデンウィーク明けに反動が来てしまうことになるのです。
――実際、どんな症状が出ることが多いのでしょうか?
井上:身体や心に下記のような症状が現れることが多いですね。
<適応障害の症状>
- 身体的症状:倦怠感、だるさ、頭痛、吐き気、動悸、胸やお腹の痛みetc.
- 精神的症状:意欲の低下、食欲の低下、集中力の低下、不眠etc.
人によるところもありますが、常にこういった倦怠感や意欲の減少があるのではなく、休み中は元気だけど、会社に行こうとすると症状が出てくるといった感じで、状況によって変わってくることもあります。
――症状が出る何らかの要因があるということですね?
井上:そうです。これは、うつ病と適応障害の大きな違いとも言えるのですが、適応障害には「明確な原因」があるのです。逆に言ったら、その原因さえ取り除くことができれば、かなり良くなる病気と言えます。
原因で一番多いのは、同僚や上司との「人間関係」。「仕事量」と言われる患者さんもいらっしゃいますが、突き詰めると仕事量の多さを相談できない人間関係に行き着くことがほとんどです。
コロナ明けの現在では、リモートワークが減り、会社や取引先に行くことになって症状が出てくる方もいらっしゃいます。人と会うということは、それだけで大きなエネルギーを使いますからね。
自分を守れるのは自分だけ。早めの気付き、対応で早期に改善するケースも。
――5月病(適応障害)の前兆はどのようにすればわかるのでしょうか?
井上:睡眠トラブルで気付くことが多いですね。夜に寝付けない日が続いたり、寝ている途中で何度も目が覚めたりする日が連続する場合は、産業医や近くの精神科医に行ってみることをおすすめします。特に「朝起きた時が一番疲れている」と感じるのは、精神疾患でよくあるパターンです。
疲労感や意欲の低下自体は気が付きにくいのですが、一日の行動に注目することでわかるケースもあります。
例えば、多くの人は仕事が終わったら、19時くらいに家に帰って、19時半にご飯を食べて、21時にお風呂、その後歯磨き……みたいなルーティンがあると思うのですが、それが後ろ倒しになることが多いと注意が必要です。
家に帰ったら何もやる気がせず、まず1~2時間仮眠してそこからダラダラして結局寝るのが遅くなってしまったり、ソファで寝てしまったり、動画を見続けたりするというのは危険な兆候ですね。
――会社や家族、友人が病気の兆候に気が付くといったケースもあるのでしょうか?
井上:これはちゃんと言っておいた方が良いことなのですが、なかなか気が付けません。元も子もない感じで申し訳ないのですが、本当に難しいものなのです。
理由は、ご本人が周りにバレないように気を遣うから。誰でも「自分は病気です」とは言いにくいですもんね。それに会社の上司や同僚、そしてご家族も、自分の仕事ややるべきことで手一杯です。
僕らは患者さんが診療室に来るからわかるものの、プロでもわからないレベルなんです。ですので、ご家族やパートナーの方、職場の方は「なんで手を差し伸べられなかったんだろう」と落ち込まないでいただきたいですね。
以上を前提として、強いて見える兆候としては「人との関わり合いを避ける」ことでしょうか。人と関わるというのは大切な反面、とてもエネルギーを使うものなんです。
会議での発言がなかったり、LINEの文章がすごい簡素化されたり(文章を作るのにもたくさんのエネルギーがいるため)、見た目的にも元気がなくなり、伏し目がちで笑顔がなくなるといった兆候はあるかもしれません。
しかし、はたから見ると単純に「疲れていそうだな」って見えるだけで、そこから「病気じゃないか?」と気が付くことはなかなか難しいんです。
――なるほど。適応障害の兆候に早めに気が付いて対処できるのは、自分しかいないのかもしれませんね。
井上:2週間という期間が目安になります。不眠や生活リズムの乱れ、人と関わりたくない気持ちが2週間ほど続いたら、迷わず産業医や精神科医に行ってください。そのままにしておくと、社会生活に支障が出るほど悪化したり、うつ病になってしまったりするケースもあります。
人によっては、多少の睡眠障害や倦怠感があっても「まさか自分が……」「私は大丈夫だ」と、認めたくない気持ちがあるかと思いますが、そのままにしておけば病気が悪化し、自分にとっても周りにとっても望まない結果にしかつながりません。
自分の人生を生きるのが「本業」。仕事は「副業」でもいいんじゃない?
――先ほど、「頑張り屋」の人が適応障害になりやすいとのことでしたが、患者さんご自身が自分で変えていける部分もあるのでしょうか?
井上:そうですね。真面目で几帳面、責任感のある方、周りにも配慮できる平和主義な方が適応障害になりやすい傾向にあります。そういう優しい性格だからこそ、周りに合わせ過ぎたり、自分で我慢をし過ぎたりしてしまうことが多いためです。
だからこそ、自分の心の声や、ガサツな部分をもっと大事にしてあげることも大事なんです。
それを僕は「キショさ」って呼んでいるんですけど、自分の“キショいところ”、つまり、未熟なところ、ダメな部分について、それを一生懸命隠すのではなく、誰でもあるものなんだと考えるだけで楽になってくると思います。完璧な人なんて、始めからいないんです。
――ありがとうございます。適応障害になってしまった場合の対処法についても教えてください。
井上:まずは産業医や近くの精神科、心療内科に足を運んでみてください。安心できる空間で、しっかりとお話を聞きます。一緒に原因を探って行きましょう。
患者さんのマインド面も大事ではありますが、環境面もかなり重要です。適応障害は何らかの原因があって起こるもの。ですから、その原因を取り除いてさえあげれば、3か月も経てば良くなるケースも多いんです。一人で抱え込まないことがとても大事ですね。
――療養期間や休職期間中はしっかりと休みを取ることが大事でしょうか?
井上:思いっきり休んでください。日本人は幼少期に親や学校の先生、メディアから「人に迷惑を掛けてはいけない」「弱音を吐いてはいけない」「学校や会社を休んではいけない」といった刷り込みを受けていることが多いですが、気にせず休みましょう。
休職中の生活としては下記のステップがおすすめです。
【STEP1】とにかくダラダラする期間
思う存分、欲求のままに生きてください。1日28時間ゲームをしたっていいですし、夜更かしをしてもOK。人間には体内時計があるので、いずれ元に戻ります。食事も栄養バランスなど考えずに好きなものを食べてください(※お酒は注意が必要)。ここでの目的は「頭を休めること」です。
そのうち頭が休まって、身体のだるさや疲れが減ってきます。そこからは「のんびりとした休日」のような生活に変わっていきます。家族にも、そういう期間だと事前に話をしておくと良いでしょう。
【STEP2】働くための準備期間
「のんびりとした休日」生活に慣れてきたら、社会復帰を想定したリハビリ期間に移りましょう。ここでは、生活リズムの調整(会社に行く時間に起きる)、体力をつける(週数回のウォーキングがおすすめ!)、思考力と集中力を取り戻す(読書や勉強)をして社会復帰を目指します。
休職中は遊びに行ったり、転職サイトに登録して、気持ちを切り替えたり、頭を働かせるのも問題ありません。
参考:井上智介『この会社ムリと思いながら辞められないあなたへ』(WAVE出版)
――ありがとうございます!最後に適応障害に悩まれている方に向けてメッセージをお願いします。
井上:「自分が幸せになるための選択」を躊躇しないで欲しいです。
「病院に行くのはダメなこと」「精神病になったらおしまいだ……」って思う方も多いとは思うのですが、それはどちらかというと自分ではなく社会的な基準だと思います。世の中に素晴らしい会社はたくさんあると思いますが、会社はあなたを助けるためにあるものではなく、自分を助けられるのは自分しかいません。
人生の最大目標は「自分の幸せ」なのではないでしょうか?そこを勘違いして、病院を後回しにしたり、自分の現状から目を背けたりしていると悪化の一途しかありません。
個人的には、身体や心を壊してまでやる仕事なんて世の中に一つもないと思っています。会社とか仕事にしがみついたり、職業にアイデンティティを求め過ぎたりするのも健全とは言えません。身体にどこか不調が出た時、一緒に心を病んでしまうことがありますので。
僕自身も産業医や精神科医として働きながら、メディア出演や書籍を執筆しているので、「何が本業ですか?」ってよく聞かれるんですよ。でも、僕からしたら本当に全てが「副業」で、井上智介という人生を生きる方が「本業」なんです。
だから仕事だけにとらわれず、自分の人生とのなかで「幸せ」に繋がる選択肢を選んでほしいんです。
取材・執筆:立岡美佐子
撮影:長谷川美澄

産業医、精神科医。精神科医として大阪府にあるクリニックで診療を行うと同時に、産業医としては毎月30社以上を訪問し、人間関係などで悩む従業員にカウンセリングを取り入れた対話を中心として診療を行っている。全ての人に「大ざっぱ(rough)」に、「笑って(laugh)」人生を楽しんでもらいたいという思いから「ラフドクター」と名乗り、ブログやSNS講演会などを行い心をラクにするコツやメッセージを発信している。
著書(12冊) https://t.co/N9Di8kqURJ?amp=1
ブログ https://ameblo.jp/tatakau-sangyoi/
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